何もしなければ退屈な。
だが毎日泥だらけになりながら白球を追い掛ける球児達にとっては
長いようであっという間の夏休み。
一生に一度きりの高一の夏。
その夏休みももうじき終わろうかという8月の週末。
「あれ、今日お祭り?」
いつもの様にコンビニで買い食いをすべく、ヘロヘロと自転車をこいでいると、先程から浴衣姿の人をちらほら見かける。
「あー、近くの公園で盆踊りやってるらしいよ」
「それでか」
「さっきから良く浴衣の人見るなーと思ってたんだよね」
時間も時間なので、すれ違う人々は帰り道なのだろう。
「懐かしーなー。オレりんごあめちょー好きだった」
「オレチョコバナナー!」
「いやー祭りといえば……何だろな?」
「ねーのかよ!」
「思い付けやそこは!」
ちょっとした巣山のボケに皆でゲラゲラ笑っていると、田島が提案する。
「なー!ちょっとだけ寄ってかね!?」
体はヘトヘトだが、確かに行きたい気もする。
むしろ行きたい。
日本独特のあの雰囲気を嫌いな奴はそう居ないだろう。
だが、
「先生達が見回り来てっかもしんねーだろ」
花井は行かない方向だ。
別に悪さをする訳ではないが、目を付けられたら気分は良くない。
「ちょっと行ってすぐ帰りゃいーじゃん」
そう言うのは阿部だ。
心無しかウキウキしている様に見えるのは目の錯覚だろうか。
花井は思う。
阿部ってこんなキャラだっけ。
「別に悪さする訳じゃないんだしさ、ちょっと寄ってこーよ」
栄口の一言で意思を固めた。
田島と三橋、たまに泉が乗っかっての大騒ぎさえ気を付ければ、特に問題も無いだろう。
「明日も練習あんだから、ちょっとだけだぞ!」
まるで保護者の様な口ぶりに、皆元気良く返事をする。
お祭りは小さな公園で開催されていた。
時間はもう21時半を回っているので、あと30分くらいで終了だろうが、未だ多くの客で賑わっている。
「沖!お好み焼き!」
「食べる!」
練習の疲れはどこへやら、いつになくテンションの高い3組ズ。
「あーもーちょい金持って来れば良かったー!」
「オレ金魚掬いやろっかな!おじさーん!」
チョコバナナ一本じゃ足りないのか金欠を歎く水谷。
年甲斐も無く金魚掬いに夢中になる栄口。
「オレこれ得意」
「ヨーヨーかよ!地味!」
ひょいひょいっとヨーヨーを釣ってみせる巣山。
意外な巣山の特技を見てゲラゲラ笑う泉。
「三橋!的当てある的当て!」
「ぅお…!や、やる!」
得意のボールコントロールでバンバン景品を掻っ攫う三橋。
タコ焼きにパク付きながらやれやれ!と煽る田島。
いつの間にかギャラリーまで集まっている。
あぁ、あんまり目立つと先生に見つかっちゃうだろ。
ベンチに腰掛けいちご味のかき氷をしゃくり、ハラハラしながらチームメイトを観察する花井。
「大変だなキャプテン」
そんな花井の様子を察したのか、阿部はニヤニヤしている。
「せっかく来たんだしさ、遊ばなきゃ損じゃね?」
ブルーハワイ色のかき氷をしゃくしゃくして阿部は言う。
阿部にもこーゆうトコあんだな。
意外なチームメイトの一面を垣間見て、花井は何だか暖かい気持ちになった。
「ま、どーせすぐ帰るしな」
溶けたかき氷を一気に流し込み、キーンとなる頭を抑え花井は立ち上がる。
「阿部、射的勝負しね?」
「おーいーよ。負けたらどーする?」
「髪伸ばす」
「ぶはっ!見たくねェー!」
「お前は逆に坊主な」
「別にオレ坊主に抵抗ねーもん」
「じゃー焼きそば奢り」
「乗った!」
何もしなければ退屈な。
だが毎日泥だらけになりながら白球を追い掛ける球児達にとっては
長いようであっという間の夏休み。
一生に一度きりの高一の夏。
大切な大切な思い出を
大切に大切にしまって
明日も走る。
明後日も走る。
明日もまた
明後日もまた。
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