朝練前の一仕事



「おーっす。泉早いじゃーん」

「よう、米」

「うっせぇ!もーそのネタやめよーよ」

「いんやしばらく使う」

「性格悪いなー」

「阿部ほどじゃねぇ」

「いい勝負だよ」


他愛ない朝練前のやり取り。
今日もいい天気だ。


「グラ整やっか」

「オレ水撒く!」

「ラクな方とってんじゃねーよ!」

「いーじゃんケチ」

「ほれトンボ持って来い」

「理不尽!」


ブーブー文句を言いながら大人しく従う水谷は、泉にとってペット的な立ち位置なのだろう。
じょうろに水を溜めて水谷を待つ。


「泉!見て見て!」


トンボを持って嬉しそうに駆け寄って来る水谷。
右手には何か持っているようだ。


「なに?」

「蝉の抜け殻!」


じゃーん!と効果音付きで差し出された抜け殻。
泉は眉をしかめる。


「うぇっ…んなモン持って来んなよ気色悪ィ」

「えー?ちっちゃい頃集めなかった?」

「昔はな」

「今も見ると拾いたくなんねー?」

「なんねー。捨てて来い」


えー、と渋る水谷。
名残惜しそうに手の平の抜け殻を撫でる。


「キレーなのになー」

「どこがだ」

「泉には男心がないのか!」

「全然あるよ」

「田島は解ってくれたぞ!」

「だろーな」

「こんなキレーなのを気色悪いだなんて!」

「あーハイハイ」

「鬼!あくま!」

「言ってろ」

「ハゲちゃえばいいのに!」

「オレはハゲねぇ」

「ハゲって絶倫だって知ってた?」

「何そのどーでもいいマメ知識」

「ねーちゃんが言ってた」

「……お前ん家普段どんな会話してんの」


女の下ネタはえぐい、とは聞いた事はあるが、女兄弟の居ない泉にとっては理解の範疇を越えていた。

居てもそんな話はしないだろうが。
身内の床事情ほど聞きたくないものはない。


「つーか抜け殻捨てて来いよ!」


脱線した話を泉が戻す。
水谷との会話はすぐに話題が変わってしまう。


「えー」

「えーじゃない。持っててどーすんだ」

「ベンチに飾る」

「やめてくれ」

「誰かの鞄にコッソリ入れとく!」

「……許す」


泉も乗ってしまった。

2人は蝉の抜け殻を大切に保管し、残りの部員が揃うのをウキウキと待つ。


その日の朝練終了後
鞄を開けた花井の悲鳴は
校舎にまで届いたという。




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