最近、田島の元気がない。
一見、いつもと変わらない様に見えるが、たまに1人の時
泣きそうな顔で俯いている事がある。
「田島?」
「おぉ花井!何だ!?」
呼んでみれば、いつもの笑顔で元気に返事をする。
だから誰も気付かない。
クラスでの様子を泉や三橋に聞いてみても、いつも通りだと言う。
『でも、昼寝の後目ェ赤かった事あんな』
泉は基本的に、ストレートに頼られない限りはあまり他人に干渉しない。
冷たいと思うかも知れないが、言いたくない事を根掘り葉掘り聞く様な不粋な真似をしないだけだ。
それは泉なりの優しさでもある。
だが花井は田島の様子が気になって仕方がない。
いつも元気で、感情をストレートに表現する田島に隠し事があるならば、パンクするまで隠し通そうとする気がしてならなかった。
慣れない事はするものじゃない。
花井は、思い切って聞いてみる事にした。
「…田島、何かあったのか?」
「何かってー?」
「ヘコむ様な事とか。お前、最近ヘンだぞ」
図星だったのか、田島は一瞬眉を寄せた。
本当に、嘘を付くのが下手くそな人種だ。
「言いたくねー事なら無理には聞かねーけど、吐いてラクんなるなら聞くから」
田島は俯いた。
そして、ボソボソと喋り始める。
「…猫…拾ったんだ…」
「うん」
「まだ、ちっちゃくて…多分、生まれて1週間くらいの…」
「うん」
「ばーちゃん達もな、一生懸命面倒見てくれて…みんなで可愛がってたんだ」
「うん」
「でもな、この前…急に具合悪くなって…病院連れてったんだけど…」
「うん」
「…途中の車ん中で、死んじゃった」
「そっか…」
「間に…合わなかっ……」
堪え切れず、ボロボロと涙を零す田島。
「ま、だ…っ、なまえも決めてな…っ…」
花井はしゃくり泣く田島の頭を撫でてやった。
「…こんなに悲しんでもらえて、可愛がられて…その子猫は田島に拾われて幸せだったと思うぞ」
「そんなのわかんねーじゃん!!」
顔を上げ反論する田島。
「病院の先生も同じ事言うんだよ!!短い命でも拾われて幸せだっただろうって!!でもそんなの死んだ奴にしかわかんねーよ!!」
息を切らし、更に続ける田島。
「もしかしたらさ…、ウチじゃなかったら、別の家に拾われてたら…まだ親元に居られたら、死ななかったかもしんねーんだ…」
再び俯いて涙を拭う。
「短い命でも家族に会えた事が幸せなのか、淋しくても生きてる方が幸せだったのか…そんなのわかんねーよ…」
田島は、ただ子猫が死んだ事が悲しいのではなかった。
子猫にとっての幸せを考え、自分が取った行動が本当に正しかったのかを苦悩していた。
可愛いからって拾ったりしなければ、別の人生があったかも知れない。
子猫の人生を自分の直感で決めてしまった事を悔やんでいたのだ。
花井は変わらず、田島の頭を撫でてやっている。
「…そうだな。それは死んだ奴にしか解んねー。だから、これはお前の為の言葉だ」
田島は涙に濡れた瞳で花井を見る。
「オレは、会った事もねぇ子猫の気持ちなんか解んねー。でも、こんなに悲しんでる田島を見れば、ホントに可愛がってた事くらい解る。オレは死んだ子猫より、お前に早く元気になってもらいたい。だから、『拾ってもらえて幸せだった』ってのは、今生きてる田島の為の言葉なんだ」
飾りの無い
真っ直ぐな言葉。
上っ面だけ解った様な
悲しんでる人間を見て感情移入しただけの哀れみとは違う。
「無理に隠そうとすんな。思いっ切り泣いてやれ。オレは、それが最高の弔いだと思うぞ」
「……ふ……っ…うぅ…」
ついに田島は声を上げて泣いた。
花井はそれ以上何も言わなかった。
「…落ち着いたか?」
「うん。あんがとな、花井」
泣き腫らして真っ赤になった目を細め、田島は笑う。
これはもう作り笑いではない。
花井はようやく安堵した。
辺りはもうすっかり暗くなっていて、泣くだけ泣いてスッキリした田島は、腹減ったー!などと叫んでいる。
自転車を取りに先を歩いていた田島は、急に振り返って花井に叫ぶ。
「オレ子猫の名前『アズサ』にするわ!!」
「はぁ?やめろよ!」
「いーじゃん決めた!もー決ーめた!!」
「ちょっ…待てオイ!!」
キャハハと笑いながら走って行く田島。
追い掛ける花井。
満天の星空の祝福を受けて
彼らは生きていく。
誰もがそうして
痛みを知っていく。
どこで生まれようが どう生きようが
明日生きてる保障なんて
誰にもない。
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