「やっと涼しくなってきたねー」
9月某日の午後4時。
練習の為グラウンドに向かう沖と西広は、緩やかに頬を撫ぜる風に秋の訪れを感じていた。
「オレ秋が一番好きだなー」
「食べ物おいしいしね」
沖は意外と食い意地が張っているらしい。
食欲旺盛な高校球児の胃袋は、ちょっとやそっとでは満たされない。
秋といえば、の問いに真っ先に『食欲』と答える沖の素直さに、西広はプッと吹き出した。
「なに!」
「いやーそーだよね筍御飯とかおいしーよね」
相変わらずクスクス笑っている西広に軽くむくれる沖。
「でもさ、終わると思うと淋しくない?」
「わかるー。向日葵が枯れちゃうと、あー夏終わっちゃうんだーって思う」
向日葵かぁ…と西広はグラウンドの脇に伸びる向日葵達を見上げた。
「向日葵ってさ、日に向かう葵って書くじゃん?」
「うん。ずっと太陽の方を向いてるんだよね」
「あれってね、太陽に恋をした女の子の話なんだって」
「そーなの?」
「妹が花言葉とかの本読んでて教えてくれたんだけどね、ギリシャ神話の中に出て来る太陽神アポロに、とある人間の女の子が恋をしちゃったんだって。それを知ったアポロの母親が怒って、その女の子を花に変えちゃった訳。それが向日葵なんだってさ」
「へー…なんか可哀相な話だね」
人間ごときが神に恋をするなど、といった言い分だと言う。
神話に出て来る神々の論争は人間よりも人間らしい。
「だからね、花にされた今でもずっと太陽を見てるんだって」
報われない恋をして怒りを買って尚、太陽を見つめ続ける少女。
「一途なんだね」
現実に置き換えたらある種ストーカーまがいの想いに素直に感動する沖は、本当心が綺麗なんだな、と西広は思う。
「オレ前より向日葵好きになった!」
いい話聞いたー、と顔を綻ばせている沖はまるで幼い子供の様だ。
一瞬で空気を和ませる独特の雰囲気は、生まれ持ったものか環境か。
「沖ー!!西広ー!!練習始めっぞー!!」
気付けば随分話し込んでたらしい。
グラウンドの花井から集合が掛かる。
「行こっ!」
「うん!!」
勢い良く駆け出した2人。
グラウンドの真ん中で皆が待っている。
偶然の一致か太陽のイタズラか。
太陽に恋をした少女達は
グラウンドの球児達を真っ直ぐに見つめていた。
勝利に向かう球児達こそ
太陽そのもの
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