Go for it!



俗に言うスランプなんて

オレには無縁だと思ってた。




「水谷君」


夕練の後、監督に呼ばれて言い付かったのは、モモカンオリジナルの特別ノックメニューだった。

近頃、いつも通りに練習してる筈の体が思うように動かない。
スランプってやつだ。
簡単に不調を見抜かれたオレは、厳しい練習に加えて更に厳しい特訓メニューを言い渡された。

わかってる。
わかってる。

モモカンもきっとオレをいじめたい訳じゃない。
厳しい特訓もオレを思っての事だ。
これはモモカンの厚意だ。

わかってる。
全部わかってる。

オレが一人で特訓してる間、チームメイトがオレを心配している。
わかってた。
その日から、みんな無駄に優しくなった。


「水谷!パピコ半分食う!?」

「マジ!?やった!」


いつも帰りに寄るコンビニで、田島がパピコを分けてくれた。
普段ならオレのアイスを『ひとくち!』と言って、でかい口で半分以上掻っ攫っていく癖に。
すぐにわかった。
田島も気付いてる。
オレを元気付けようとしてくれてる。
西広も買った雑誌を『読み終わったから』ってオレにくれた。
つーか読むの早すぎじゃね?
今日の昼も、阿部がオレの分のノートを取っといてくれた。
花井が購買行く時、オレの分の飲み物も買って来てくれた。
篠岡が『余ったから』と言って調理実習で作ったクッキーを分けてくれた。
カレーが食いたいとぼやいたら、三橋が晩飯に誘ってくれた。
泉からくだらないメールが増えた。
沖が新作のお菓子をくれた。
巣山がキャップをくれた。前にオレも同じの欲しいって言ったから、『新しいの買ったからやる』って。
うそつき。
そのおニューのキャップ、オレまだ一度も見てないよ。

気遣ってくれてる。
思いやってくれてる。
それぞれがみんな、自分も疲れているだろうに、何か出来る事はないかと探してくれた。
そんな有り難いみんなの気持ちを、無下になんて出来ない。
頑張らなきゃ、さあ頑張らなきゃ。
普通にしてなくちゃ。
なぜか頬っぺたが痛いけど、それは特訓で疲れてるからだ。


「水谷、今日CDショップ行くっしょ?」


そんな中で、いつもと別段変わらない奴が居た。
栄口だ。
イメージ的に、栄口が真っ先に気遣ってくれそうな気がしたけど。
みんな今日はCDショップには誘わないでいてくれた。
だって疲れてる。
今すぐ寝たい。
ほら、阿部が睨んでるよ栄口。


「行く行く!」


心の声とは裏腹に、口を突いて出て来たのは肯定の台詞だった。
だっていつものオレなら普通に行くもん。
なんとなく視界に呆れた阿部が映った。
巣山もビックリしてる。
みんな栄口が気を遣わない事と、オレが行くって言ったのが意外だったみたいだ。
オレも意外だったけど、別に悪い気はしてなかった。
その日CDショップに行ったのは、オレと栄口だけだった。


「これこれ!ニューアルバム!聴きたかったんだー」

「おー?新しいジャンルに手を出しましたな」

「やーこないだ巣山に勧められてからハマっちゃって」


最近ハマったというアーティストの話で興奮する栄口が何だか面白くて、気付けばオレも勝手に笑ってた。
眠いのも頬っぺたの痛みも、この時は忘れてた。

その理由に気付いたのは、店を出た後に言われた、栄口の一言だった。


「水谷さ、」


立ち止まってオレを呼ぶ栄口。
急だったからうまく聞き取れなくて、『ん?』と振り向いたら、栄口は困ったように笑ってこう話した。


「無理して笑わなくてもいいと思うよ」


──え。
何の事だろう。

言葉の意味がわからなくて、オレはキョトンとした。


「無理していつも通りになんか、しなくていいよ」


オレは思わず呆けてしまった。
栄口の言葉を聞くと同時に、オレの頭の中は色んな思考が駆け巡った。

だってみんなが優しくしてくれるから、愛されてるのが、大事にされてるのがわかるから、早くいつもの自分に戻らなきゃと思ってた。
だからいつも通りに笑ってるつもりだった。
それっていけない事だったのか?

何か言いたいけど言葉が出て来なくて、口を開けたまま黙ってるオレに栄口は笑って続ける。


「そんな事しなくても、大丈夫だよ。水谷は」


栄口はそう言うけど、オレにはサッパリ意味がわからない。
無理して?笑う?大丈夫って?




「──あ、」




ごちゃごちゃだった脳内が急にスッキリした。
なぜだか唐突に納得した。
頬っぺたが痛かったのは、作り笑いだったからだ。
頑張んなきゃって、オレ無理してたんだ。
疲れてたのはココロの方だったんだ。


それがわかったら、突然目頭が熱くなった。
やばい。泣く。


零れそうになる涙を見せたくなくて、ふいっと後ろを向いた。
背後で、栄口が薄く笑った声が聞こえた。


「見てないよ」


栄口はそう言うと、じゃーね、と付け足してオレとは反対方向の家に帰って行った。

オレは何も言えなかった。
何か喋ったら、声が震えそうだったから。

去って行く栄口の後姿を確認すると、緊張のほぐれた涙腺が一気に涙を解放して、漫画みたいな量の涙が流れ出た。

それでもまだ悲しいくらいに冷静な脳みそが、『外はダメだ』とNGを出した。
高校生の男の子が外で一人で泣いてる絵面なんて、ドラマでもなきゃ許されない。
オレは乱暴に涙を拭って全速力で家路を走った。

家に着くなりただいまも言わず風呂場に直行し、服を脱ぎ捨てて頭からシャワーをかぶった。
徐々にあったかくなる水温に人の温もりが重なった気がして、一度修復された筈の涙腺のダムは再度決壊した。
オレはへたり込んで、シャワーの音に隠れて、初めて声を出して泣いた。


本当は惨めで仕方なかった。
慰められたり励まされたり、みんなの他意の無い純粋な優しさが痛かった。
いつも通り、バカだなって貶して欲しかった。
ありがとうって思ってる思考の裏で、オレはみんなが疎ましかったのかも知れない。
水谷は可哀想だって、言われてるみたいで。

だからって泣いたら余計惨めになるし、みんなの好意を撥ね付けるほどオレは無神経でもない。
結局オレの脳みそが弾き出した結論は、笑う事だった。
オレが我慢すれば、みんなは安心していつも通りに戻ってくれるだろうって。
オレも元に戻れるだろうって。

だからいつも通り接してくれる栄口の隣が心地よかったんだ。
スランプだから特別じゃなくて、落ち込んでるから励ますんじゃなくて、ただ一言。


『大丈夫だよ』


無理していつも通りに振舞わなくても、オレなら這い上がるって信じてくれてたんだ。
オレの粗末なプライドも考慮して、涙も見ないフリをしてくれた。


ちくしょう、どんだけいい男だ栄口。
普段ほんわかしてる癖に。
飛んだお節介野郎だ。

ちくしょう、悔しい。
風呂出たら一言物申してやる。


オレは風呂を出た後、濡れた髪もそのままに携帯を取り出し、メールを作る。


聞け栄口。
お前に言いたい事がある。















送信者:水谷文貴
sub:無題

ありがとう






届いたメールを見て、栄口はにこやかに微笑んだ。




「どういたしまして」




頑張ろうね。

明日も明後日も

ずっとずっとね。





ネタ提供@ごまだれ様




頂いたネタとはだいぶ違いますが(汗)
1回書いてみたかったんです。
キャラ視点で話書くのも初めて。
結構楽しい!
余は満足じゃ。
でも書きながら別の励まし方(?)も思い付いたので、人を変えてまた同じようなの書くかも知れない。



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