「はー…」
陽射しもだいぶ穏やかになったある日の午後練前。
ベンチで練習着に着替える沖は、隣で盛大に溜息を吐く阿部に気が付いた。
「またでっかい溜息だね」
「あー?んー…」
沖の言葉にテキトーな返事をする阿部。
何かあったんだとは思うが、どーせ阿部の事だから三橋絡みだろうと沖は予想する。
しかし今日の溜息はどうもいつもと違う様に見えた。
阿部は悩みとかあっても、自分から話したりしないタイプだと思う。
阿部に対してそんな認識の沖は、思い切って聞いてみた。
「何かあった?」
「んー…」
阿部は普段からそれ程テンションが高い方ではないが、今日はいつにも増してローテンションだ。
そんなに言いにくい事なのか。
あー、とか、うー、とか唸っているだけで一向に話し出さない阿部を見て、あまり触れない方がいいのだろうかと沖が悩んでいると、
「阿部、今日クラスの女子泣かしたんだよ」
横から水谷が入って来た。
「…うるせーなー」
ギロリと水谷を睨む阿部だが、迫力はない。
「オレ泣かすよーな事言ったか?」
「言い方の問題だよ」
どうやら話をまとめると、7組は今日、化学の実験があったらしい。
さっさと終わらせたかった阿部は、手際の悪い水谷をどけて黙々と作業していた。
そんな阿部を気遣った女子が手伝おうとした所、始めは控え目に遠慮した阿部だったが、悪いから手伝うよと譲らない女子に一言。
「いいっつってんだろ」
それで手伝おうとした女子が泣き出してしまったのだと言う。
「キッツイなぁ阿部…」
「なー。せっかく手伝おうとしてくれてんだから任せれば良かったじゃんよ」
「オレ1人でやった方が早ェもん」
「協調性のカケラもねーな」
「そーゆーのって班でやるモンでしょ?それは阿部が悪いよ」
どうやら阿部は自分に必要な事以外で他人と協調する気は無いらしい。
チーム競技をやっている身でそれもどうかと思うが、『阿部だから』と言えば納得してしまうから不思議である。
しかし今回は女子を泣かした事で自分にも非があると自覚したのか、阿部は不本意ながらも水谷と沖の軽い説教を甘んじて受けている。
「だからさ、断るにしてももーちょい柔らかい言い方すればいんだよ」
「ハイハイ、気を付けマス」
若干ふて腐れながら、本当に解ったのか疑わしい返事をする阿部。
「阿部君!ちょっといい?」
「はい!」
丁度そこへモモカンからお呼びが掛かり、先程のやる気ない返事とは打って変わってしっかり返事を返す。
水谷と沖はモモカンの元へ走る阿部の背中を見送った後、溜息を吐いた。
「ホントに解ったんかなぁ…」
「これで三橋に対してもちょっとは柔らかくなればいいけど…」
沖の言葉に、うんうん、と頷く水谷。
春よりは慣れたものの、突然の怒声は心臓に悪い。
阿部が変わってくれるに越した事はないのだ。
「しっかし…阿部って女子にも容赦ないんだね」
さっきの阿部の様子では、特に怒ったり苛立っていた訳ではなく本当に何の気無しに吐いた言葉だったのだろうが、相手が女子であれば多少なり言い方は変わるもの、というのが沖の常識だった。
沖は女子を泣かした事より、いとも簡単に自分の常識を打ち破った阿部の方に驚いていた。
そんな沖の言葉に、水谷はんー…、と頭を掻いて言葉を返す。
「阿部ってさ、良くも悪くも差別しないんだよね」
ん?と沖が首を傾げると、水谷は話を続ける。
「男とか女とかで人を分けないって事。だってあんだけよく泣く三橋にさ、『男の癖に』とか1回も言った事ねーじゃん」
そう言えば。
沖は目を丸くした。
阿部の大声はよく響くので、台詞が細かく聞き取れる。
確かに『泣いてんじゃねェ!!』などの台詞はよく耳にするが、『男の癖に』系の台詞は聞いた事が無い。
そうなると、阿部は常に誰に対しても『人』と接しているという事だろうか。
沖は驚いた。
言うのは簡単だが、これは意外に難しい。
「よく見てるね水谷…」
阿部の件もそうだが、水谷の観察眼にも驚いた。
思わず漏らした言葉を水谷が拾う。
「同じクラスだしねー」
いつものヘラリとした笑顔で水谷は言ってのけた。
気付けそうで気付けない、チームメイトの一面を見抜いた水谷も凄いと思う。
しかも、それをさも当然の様に話すから。
「かっこいーなぁ」
再び漏れた言葉に、へ?と不思議そうに沖を見る水谷。
沖はとても暖かい気持ちになった。
自然と頬が緩む。
「何でもないよー」
本日手に入れた宝物は、教えない事にした。
なんだよー教えろよー、と駄々をこねる水谷を見て、相変わらずクスクス笑う沖。
見つけちゃった。
見つけちゃった。
今日もいーもん見つけちゃった。
また宝物増えちゃった。
何より愛おしい仲間達は
明日は何を魅せてくれるだろう。
明日の自分は
何を見つけるんだろう。
ちょっとした発見が嬉しくて仕方ない沖君。
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