流されやすいのはどっちか



教室で最後の1人になった。
帰る支度をしていると、ガラッと激しく扉が開く。

入ってきたのは同じクラスの春だ。


「如月か、どうした?」
「忘れ物」


そう言って春は自分の席をがさがさ弄りだす。見た目の割にがさつな性格に呆れたように溜息をついた。


「お前な…そんなんじゃ彼氏出来ねーぞ」
「そんなん?」
「がさつ過ぎんだろ。もう少し綺麗に整頓とか出来ねーのかよ」
「出来るけど」
「じゃあやれよ」
「何で?」
「何でって、だからそんなんじゃ彼氏出来ねーって言ってんだよ」
「いるから問題ないよ」
「…………はぁ!?」


思わぬ発言に絶句した。
そんな素振り見たことない。そこではっとした。今日が一体何の日なのかと言うことに。


「…なるほどな」
「?」
「今日はエイプリールフールだからって俺にウソついたんだろ」
「…荒船くんにウソつく意味が分からない」


淡々とした言葉が胸に突き刺さった。
そこまで意識されていないのかと。


「じゃあまた明日ね」
「お、おいちょっと待て」
「?まだ何かある?」
「……か、彼氏って…いつからだ…」


これでは気があるのがバレてしまうではないか。そうは思っても聞かずにはいられなかった。こんながさつな淡々とした女を、俺以外の誰が好きになるんだ、とそこまでは口にせずに。


「……いつから…?…たぶん、終業式のときぐらいからかな」
「こ、告られたのか?」
「うん」
「OKしたのかよ!?」
「うん」
「何でだ!」
「え、だって断る理由もなかったし」
「受ける理由もねーだろうが!」


こてんっと首を傾げた春に頭を抱えた。こんなことなら先に告白してしまえば良かったと。


「何で荒船くんが怒ってるの?」
「……いや、何でもねーよ」
「ふーん」


どこまでも自分に興味がない態度にじりじりと精神が削られていく。ランク戦よりも心臓に悪い。


「……まあ、もうすぐ別れるけど」
「!!」


ぼそりと呟かれた言葉に大袈裟に反応した。
見ると、春は頬をかいている。


「断る理由はなかったけど、流石に好きでもない人とキスとか出来ないし」
「ま、まあそうだよな」
「だから次に会ったら別れるって言おうと思ってる」
「次に会ったら?連絡すれば良いだろ」
「相手の連絡先知らない」
「は?」
「私も教えてないから連絡の取りようがないよ」
「……そいつ、彼氏なんだよな?」
「うん。一応」
「普通教えるだろ」
「やたらと連絡先は教えたくない」
「……お前、友達いるか?」
「?いるよ?」


きょとんと首を傾げた春に不覚にもときめいた。すっと視線をそらす。


「そういえば前に犬飼くんにも同じこと言われた気がする」
「同じこと?」
「友達いるか、って」
「…だろうな。……つーか、犬飼と仲良いのかよ」
「別に仲良くはないよ。話しかけられただけ」
「あいつ…」


自分が春に好意を寄せていると知っていてちょっかいを出したとすぐに分かる。


「でもちょっと楽しかったけど」
「!!…連絡先…教えたのか…?」
「?教えてないよ?」
「……お前、一体誰に連絡先教えてんだ?」
「……誰だろう。少なくともこのクラスにはいないと思う」
「………マジか」
「マジです」


それで友達がいると断言するのだから驚きだ。


「お前の連絡先を教えて良い基準が分かんねーな」
「そう?」
「いやそうだろ。一緒にいて楽しい相手にも同じクラスのやつにも、彼氏にすら連絡先教えないとか意味分か…」
「荒船くんなら別に教えても良いけど」


今度は一言も発せずに固まる。
今のは聞き間違いか。自分の良いように解釈したのか。普段勉強やランク戦で回る頭が回らない。


「…………」
「?」


当の問題発言をした春は一切表情を変えずに荒船を見つめている。視線を合わせる勇気はない。


「……俺になら、教えてくれんのか?」
「うん」
「彼氏には教えねーのに?」
「うん」
「……何で?」
「うーん、何でだろう?」


そこで好きだから、と言われるのを少し期待してしまったが、そうはならなかった。何とも言えない気持ちだ。


「でも何かそう思っただけ。それじゃ帰るから、じゃあね」
「ちょ、ちょっと待てって!」
「まだ何かある?」


ついさっきと同じようなやり取り。
せっかく春と話せている上に、何やら脈ありなことを聞けてこのまま別れるのはもったいない。

見つめてくる春に怪しまれる前の短い時間で思案し、考えをまとめた。そしてそれは自然と口から出てしまった。


「……送ってく」
「え?」
「もう遅いだろ。だから送ってってやる」
「まだ明るいから大丈夫だよ?」
「良いから!」
「?うん?ありがとう?」


どこまでも流されやすいやつで良かったと思う。だがこれで簡単に好きでもないやつと付き合ってしまうのだから危険だ。うかうかしていられない。


「…帰るぞ」
「うん」
「……それと」
「ん?」
「…連絡先、教えろ」
「うん、良いよ」


理由も聞かずに答えた春に内心喜びつつ不安になる。もしかして意識されていないだけでは、と。


「これから帰るときは必ず言え。俺がいなかったら連絡してこい。送ってくから」
「でも荒船くん忙しいんじゃ…」
「良いから連絡してこい」
「…うーん、分かった」


ふと春に見上げられ、荒船はやっと真っ直ぐに春に視線を向けた。
そして、何故かはにかむような表情の春にどくりと心臓が跳ねる。


「じゃあ、これからよろしくお願いします」
「………ああ」


お互いに薄っすらと頬を染めて。
脈があるような発言と、全く意識されていないような発言。両方されたが、これは前者を期待しては良いのではと心を踊らせる。


好きだと告白するのも、きっと遠くない。

End

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