伊丹家のナナセとカズ〔6〕
2022/03/05 21:39


伊丹家のナナセとカズ〔5〕の続きです。

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【ナナセの偵察編】

観察、観察、観察。
その言葉で脳内が埋め尽くされているナナセの朝は早い。

朝六時。
既に朝食を食べ終えているナナセは、ぱっぱと制服に着替え学校へ行く準備をした後、
母屋から、カズの部屋がある離れ家へと急ぎます。

モクモクと湯気を立ち昇らせるその場所で、朝食を調理する三人の侍女たち。
そうです。ここは、カズ専用の食事を作る厨房です。

見学する許可を得てから、厨房の中へと入ります。
そうして、一人の侍女に話しかけるナナセ。


「カズ...ってさ、普段、何が好きなん...?
食べ物とか、趣味とか、とにかく何でもええねんけど...っ」


まずは情報収集。
本人に聞けない...なら周りに聞く作戦。

んー、と少し悩ませてから口を開く侍女。
この女性は、カズがこの家に迎えられてから、ずっとそばに居るベテラン中のベテランです。


「好きな食べ物ですか...、
ターフェルシュピッツが好きで、最近はよくお召し上がりになってますね。
昨日の夕食も、お願いされまして」

「ほんまに?!」


“それを作って、カズに食べてもらうとか、アリかもしれへん...!”

鼻息荒く、その料理名を検索...して絶望。

ターフェルシュピッツ。
オーストリアの名物料理、牛肉が煮込んであってソースがなんちゃらぁー....ってやつ。

“んなもん作れるかぁ!おにぎりやって握れへんのに....!”
と、この案はボツに。


「趣味であれば、読書...ですかね。
書斎の方から何冊か取り出して、縁側で読んでらっしゃるのを見かけたりは」

「小説か、んー...特別感ないねんなぁ...」

「それから土日はよく、自室にこもって“何か”してらっしゃいますね」

「“何か”...?」

「はい。私たちも分からないんですが、
アスカ様なら、お分かりになるかと。」


“アスカか...やっぱりそうなるよなぁ”
カズの金魚のフンなアスカを思い出すナナセ。
どうしても良いプレゼントが思い付かなかったら聞くことにしようと、決意を固めるのでした。



「では、ナナセ様。行ってらっしゃいませ。」

「う、うんっ、行ってくる!
帰りは、迎えいらんから!歩いて帰るわ」


学院の重厚感溢れる門の前で降車するナナセ。
いつも通り教室へと向かうと思いきや、正面玄関近くの御手洗いに立ち寄り、バッグから着替え用の服を取り出します。

制服から私服へと着替えると、学院の裏口から逃げ出し、タクシーに乗り込むナナセ。
着いた先は、“乃木坂私立大”。
カズの通う大学です。

侍女からの情報によると、今日の一限目の講義は“文学”。場所はB棟の二階。


音を立てないように、講義中の教室へ入ります。
カズの座ってる席はすぐに分かりました。
端っこの席で独り、黙々と授業を受けるカズ。

筆記用具、ファッション、アクセサリーなど、目についたものは全てメモ。

“いつもこんな授業受けてるんや...”
“友だちとか、おるんかなー”
“ハァ...横顔綺麗やぁ...って変態か!”


講義終了後、バタバタと退室していくなか、
必死でカズを見失わないよう見張ります。
そんなナナセの横を通り過ぎていく男子生徒達。


「カズちゃんって超可愛くね?一発ぐらいヤりてぇわ」
「おい、ッ伊丹家の令嬢だって噂だぞ」
「は?!んなわけねーじゃん!令嬢がこんなクソみてぇなFラン来るかよー。ただの噂だろ」
「だいたいああいう清楚っぽい子ほど、エロかったりするよなぁー」
「大人しく見えて、カズちゃんもヤリマンだったりしてな!」


高校生のご令嬢が聞くにはあまりにも卑猥過ぎる会話。
苛立ちと恥ずかしさの二重苦で全身が熱くて堪らないナナセ。

考えてみれば、ここは伊丹家の屋敷からかなり離れた私立大。伊丹家の令嬢の顔を知らないのも当然です。

忌み嫌うような人間が居ない。
ということは、カズにアプローチをかける男がいても、不思議ではありません。

二十歳になるのですから、元カレの一人や二人いても、
おかしくはないお年頃。


「あかん..っ、集中できなくなってきた...、」


まさか、カズの色恋事情に触れるとは思ってもいなかったので、全く集中できず。
カズの背中から目を離さないようにしながら、追っていくナナセでしたが、頭の中は...

“彼氏...ッ、もしおるなら、出てこいや...!”
“この伊丹ナナセが、相応しい男か見定めたるわッ!”

カズに近寄りそうな男がいれば、番犬のように睨みつけます。

そうして本日の講義は、ナナセが何も得られないまま終了。
肩を落としながら、大学からタクシーに乗って帰宅するナナセ。

そんな無様な姿に呆れつつも、助け舟の用意をし始めるのは...侍女に扮したアスカでした。


「おかえり、なな。
さっきカズも帰って来たよ。あれ?なな私服だね、制服は?」

「え...?!あー、いやぁ、ちょっと、汚れた、みたいな感じやねん...」


とはいっても、小ちゃな嫌がらせはするんですけどね。


「そういえば、今、“ちょうど”
カズお気に入りの着物屋さんが来てますけど」

「着物...?」

「そこの新作が出たら、必ず屋敷に呼んで、
何着か選ぶんだよね。」

「そ...それや...!今、その着物屋さんは...?!」

「もう居るよー、客間で待ってもらってる」

「ほんまっ?ちょ、なな、急ぐ..!」


焦るナナセの腕を掴んで、引き止めるアスカ。


「ちなみにだけど、
今回新作が出てること、カズには言ってない」
「あと、これから弓道の稽古があるから....一時間はあるよ?」


ニヒッ、といつものイタズラな笑み。


「ありがとうアスカ!ええやつ選んでくるー!」

「....くく、もう誤魔化す余裕もないか。」


全力疾走で駆けるナナセ。
客間を開けると、既に数十着もの色とりどりな着物を並べて待機していました。

事情を説明すると、快く引き受けてくれます。


「あのーカズ...普段どういうのを、」

「カズ様はいつも、
“小説のイメージに合うから”とお選びに。」

「小説...あーもう、調べておくんやったなぁ...」


カズが読んでる小説、なんて一冊も、分からへんし...、

....ん?一冊も...?


「いや、ある...、い、一冊だけ、ッ」


思い出の、二人だけしか知らない...、

──ううん。ななだけしか知らない、大切な本。


「この、着物で、お願いしますっ」

「はい。かしこまりました...!」





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