伊丹家のナナセとカズ〔3〕
2022/01/07 14:30


伊丹家のナナセとカズ〔2〕の続きです。

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【新しい生活編】

「伊丹カズ...です、よろしくおねがいしますっ」

「伊丹..ッ、
よりによってこのクラスに はいってくんのかよ」
「だ、だれか せきかわってくれない?」


『事故のこともあるから、近い場所に』という理由を付けて、伊丹家の屋敷から一番近い場所に立地している私立の小学校に転入したカズ。

挨拶を済ませて着席すると、案の定“伊丹”という苗字に反応するクラスメイトたちは、怪訝な表情を浮かべます。

授業が始まると、

「こんな かんたんな かんじも かけないのー?」
「かけざん も おぼえてないなんて ばかじゃん」
「みてっ、へたくそな字ー」

小学二年生にしては進み過ぎている授業内容についていけないカズ。
また昼食時にも、周りの子達の育て上げられた
完璧なテーブルマナーにも圧倒され、置いていかれる始末。

普段“伊丹家”という存在に恐れ慄いて関わらない、関わらないよう親から教育されているクラスメイト達も、
欠点だらけのカズに対してだけは、蔑むような言葉を
ここぞとばかりに浴びせます。

肩を落として落ち込むカズが帰宅すると、さらに追い討ちをかけられていくのでした。

「カズがいけた花、へたすぎー」

「ほんとほんとっ、お姉様はやっぱりさすがね!」
「お姉様のセンスには敵いませんよぉー」

「ふふふ、そんなことないわ。イクもマツもじょうずじゃない?」

伊丹家で毎週月曜日に行われる華道の稽古。
カズの向かいに座るマイが鼻高々に笑うと、マイの隣に並んで座るイクとマツも便乗して笑います。

カズの隣に少し離れて座ったナナセ。
その嫌な空気を感じ取りながらも、五歳のナナセにはどうすることもできないのでした。



【カズの孤独編】

それから七年の月日が経ち。
中学三年生に上がり十五歳になったカズは、未だに周りに追いつくことができず。

「先輩!カズ様が...!」
「また、いなくなったのですね?」
「さっきまでは部屋にいらっしゃったのですがッ」
「落ち着いて。
とりあえず、今日来てくださる先生の方には私が連絡します。あなたはカズ様を探しに行きなさい。」
「はいっ!」

廊下に響く侍女たちの声に、ニヤニヤと笑いだすマイ、イク、マツの三人組。

「くくっ、カズ、また逃げたんだってー。
イク、マツ、私の部屋で宿題やっておこう?」

「はーい、数学から先にやりましょ?」
「賛成ー!」

「ナナセは?どうせしばらく暇だよー?」
「ななは...ええよ。待っとく。」


稽古についていけないカズが、部屋から逃げ出すことはしばしばありました。
特にここ数日は、夜中にも屋敷を抜け出したり、勝手に学校を早退したり。
その度に、侍女たちが外へ探しに行き、すぐに連れ戻されるのでした。

ひとり部屋に取り残されたナナセ。
昨夜、父親にカズのことを相談した際、言われた言葉を思い出します。


──カズのそばに、居てやりなさい。

──カズを笑顔にするために何ができるのか、

──このまま見てるだけでいいのか?ナナセ。


「ななが、全部...悪いのに...ッ、」

カズを屋敷に迎えて以来、
一度も会話を交わしていない二人。

「かずみんと仲良く、なんて、無理や...、」

あの事故の原因も。
カズが記憶喪失になったことも。
彼女の両親が亡くなったことも。
この屋敷でカズが辛い日々を送っていることも。

それら全てが自分の責任だと感じているナナセが、カズに笑いかけるなど、できるはずがありませんでした。


「....カズ様が、お戻りになりました。」

「.......。」

「やっと帰ってきたかぁ。
イクー、マツー、稽古始まるよーっ」

「........。」

「...っか、カズ、おかえ、ッ」

「ねぇ?“ごめんなさい”くらい、言ったらどうなの?」

「.......。」

「はい、そうだよねー。無視だよねー。」


盛大にため息を吐きながら呆れた表情で座りこむマイと、自室から降りてきてカズの横を無言で通り過ぎるイクとマツ。

何処からか帰ってきたカズは、無表情で一言も言葉を発さないまま、前髪で顔を隠して座ります。


ーーーカズが伊丹家に来て七年。
笑顔が眩しく明るい性格だった彼女の姿は、
見る影も無いほど変わり果ててしまったのでした。





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