伊丹家のナナセとカズ〔2〕
2022/01/05 00:04



伊丹家のナナセとカズ〔1〕の続きです。

──────────────

【カズの記憶編】

事故から三日。
あの日以来、ナナセは事故のショックから心神喪失な状態に陥り、家で行われる稽古もまともに参加できない状況でした。

「ナナセ、最近変だよ?
朝ぐらいちゃんとごはん食べないと...、」
「ッ...パン...が、いい、」
「お米、食べられないの?
あんなに朝はお米がいいってうるさかったのに、」
「おこめは...いややっ、パンがいい、パンにして...っ」
「えー、変なのーっ」

用意された朝食。
マイが置いたほかほかと湯気の沸いたお茶碗から目を背け、拒否するナナセ。

焼いたトーストに侍女がバターを塗ってから優しく差し出すと、
ようやくぽろぽろと涙を流して食べ始めるのでした。

そんな朝、いつもは別で朝食を取る伊丹財閥の社長兼マイとナナセの父親が、真剣な面持ちでリビングへ入ってきます。

「マイ、ナナセ。二人に、聞いてほしい話がある。すごく大切な話だ。」
「だからイクもマツもいないの?なになにっ?」

好奇心旺盛なマイは目をキラキラさせて次なる言葉を待っています。
反対にナナセは、これから何を言われるのかとビクビク肩を震わせます。

数秒おいて口を開くと出てきた言葉は、二人が予想だにしなかったものでした。


「この家に、“養子”を迎えることにした、」


眉を顰めるマイと、俯いていた顔をあげるナナセ。
先に声をあげたのは、マイの方でした。

「...養子って、どういうこと?お父様?」
「新しい家族ができる、ってことだ。
カズ、といってな、心優しい女の子だ。
.....最近、事故で両親を亡くして身寄りが居ないんだそうだ。その子を、我が家に迎えようと思う、」
「意味わかんないっ、なんでうちに...!」
「マイ。新しくお姉さんができるんだぞ?
嬉しく思わないのか?」
「嬉しいわけないじゃんっ、どうして?!
よりによってなんで年上なの?ムリだからッ」

ずっとこの家では、“お姉様”と慕われていたマイ。
頑固且つプライドの高いマイにとって、“お姉様”のブランドが薄まってしまうのが許せないのでした。

「申し訳ないが、これは決定事項だ。
マイがなんと言おうと、カズは養子として迎える。
それから、あとで皆には話すが、頼みごとが、」


──カズはな、事故のせいで記憶がない。

──事故のことも、両親が亡くなったことも、自分の名前さえも、覚えてないんだ。

──だから初めから、この“家族”にいたみたいに振る舞ってくれ。“伊丹カズ”として、出迎えてくれ。


「じゃあ、ソイツが長女になるってこと?」
「まあ。そういう事だな、わかってほしい、」
「冗談じゃないわ、私、絶対ソイツとは仲良くなれないから!なんでそんな庶民と...ッ」

床に届いてない小さな足をバタバタさせて怒るマイに、
父親はため息を吐いてから、
ナナセだけを廊下へと呼び出します。

ぎゅっと唇を噤んで涙を溜めていたそれが決壊し、思いっきり抱きついて泣き喚くナナセ。

「ふ、ぅっ、、なな、のせいや...!」
「違う、違うよ、」
「ななが、ぜんぶ、わるいねん..ッ!」
「ナナセは何も悪いことしてないよ、」
「かずみんの、おとうさんも、おかあさんも..なながッ!」
「それ以上は言っちゃダメだ、わかるよね?」
「ッぅ、うわぁぁああっ...!」

どれだけ優しく背中を摩っても泣き止まないナナセでしたが、数時間も経つと泣き疲れてしまい、ベッドへと寝かせられるのでした。


それから一週間後に退院したカズ。
人生で乗ったこともない高級車に乗りながら、
“毎日...こんな車に乗ってたのかぁ...”と不思議な感覚に襲われながら、伊丹家の屋敷へと入ります。

「は...はじめまして...!
じゃなく、て...、ただいま、です、」
「フッ、ただいま、とか」
「こら、マイ。ちゃんとしなさい、」
「ッ....おかえりなさい、カズ」
「ただいま...マイ?ちゃん、」

首を傾げながら自信なさげに言うカズに舌打ちをして、部屋へ戻るマイ。
“なんだよコイツ、私よりチビじゃん”と心の中で悪態が止まりません。
マイの態度について、今後の不安が拭いきれない父親はすぐにマイを追いかけ、二人残される空間。


「お...おかえり、なさい...っ、カズ...」
「ただいま...、えっと、なまえ、ぁー、」


目が合う二人。
カズの頭から出てこない、ナナセの名前。


「...なな、せ....ナナセ、です、」
「ナナセちゃん...だ、そうだ、ごめんねぇ、」
「ぜんぜん、へいき、です、」
「?きょうだいは、“です”いわないよっ」
「...っ!うんっ、わかった、“です”いわない...ッ」
「うんっ、」

ふふかわいいねっナナセちゃん!


これまた経験したことのない“妹”という感覚に、くすぐられるような嬉しさでニコニコと笑うカズ。


「ッ...わたし、カズのへや、あんないするよ、きて...?」
「あ、ありがと...ナナセちゃん」


カズの中に、自分の記憶は存在していません。
褒めてもらえた関西弁を打ち消し、かずみん呼びを止めたナナセ。

緊張しながら後ろをついて来るカズに、
ナナセの頬が濡れていることなど気づくはずもありませんでした。






prev | next


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -