身代わり系水菅

「あんたさ」

 どこか虚ろな目をした水嶋に、菅原はうつぶせに寝煙草をしながら聞いた。

「何で駄目だって分かり切ってんのに好きなままなの」

 情事の名残濃い菅原のベッドの上にぼんやり座っていた水嶋は、投げかけられた疑問にびくりと震えた。本当に微動だったが、薄暗い寝室でも菅原は水嶋の反応を見逃さなかった。
 水嶋はぎゅっと眉根を寄せて口を硬く結び、何も答えずにじっとしている。

「どんだけ健気に思い続けても、進藤さんはあんたを好きにならないって、自分でわかってるくせにさ」
「……」
「わかんねえ奴」

 菅原には水嶋彬という人間が、まったく理解できなかった。
 報われない思いに散々苦しんで傷ついて、ただ刹那の空想を求めて菅原を抱くほどなら、さっさと諦めて忘れたほうが精神的にもいいだろう。進藤の身代わりに男を抱いたところで、後に残るのは自慰よりもやるせない虚しさだけなのは、水嶋本人が一番よくわかっているはずだ。
 なのに、水嶋はいつまでも進藤を諦めない。菅原を身代わりにしにくるたび、水嶋の精神は磨耗しているにもかかわらず。まるで『進藤に恋をしていない自分は水嶋彬ではなくなる』とでもいうように、水嶋は頑迷に進藤を思い続けている。
 きっとそのうち、水嶋はほんとうに壊れてしまう気が、菅原にはしている。今だって壊れかけているのだ。
 壊れてまで一途でいるのは、水嶋の場合もはや恋愛ではなく意地だろう。諦めをつけられず意固地になって壊れてしまうなんて、大概馬鹿げている。

「だいたい、あっちだってあんたを諦めさせようとしてる節があんのに」
「……うるさい」

 これはさすがに気に入らなかったらしい。ようやく開いた水嶋の口から、ずいぶん刺々しい声が菅原に向けられた。
 菅原は水嶋の不機嫌には構わず続ける。

「あんたは壊れてえの」
「……」
「進藤さんに壊されてえの」
「……」
「だとしたらとんだマゾヒストだけどな。……たぶん、あんたを壊すとしたら進藤さんじゃなくて、」

 ご主人様だ……と酷薄に呟いた。
 水嶋はちらりと菅原を一瞥して、すぐに目をそらす。水嶋も言われるまでもなく理解しているのだろう。三宮が余計なことをして、ギリギリで形が保たれている水嶋の精神を崩してしまうのだ。

「なあ。壊れるくらいなら諦めちまえよ、彬」
「……なに言って……」
「お気に入りの遊び相手が壊れちまうのって、面白くねえもんなんだぜ」

 菅原はそんな水嶋と遊ぶのが、実は嫌いではない。わざと大きく喘いだり、彬と呼んだりして、進藤という脳内の幻影を抱いている水嶋をからかってやるのが楽しかった。実際抱いているのは外も中も進藤とは程遠い菅原だという現実を思い知らせてやった時の、水嶋の嫌そうな辛そうな奇妙な表情を見るのが菅原は好きなのだ。
 何の言葉が気にくわなかったか、水嶋は本当に嫌そうに顔を歪めた。

「……あんたにはわからない。そうやって遊び歩いて、重いって言って真剣にひとを思うことから逃げてるあんたには、わからない」

 そっぽを向いて言う水嶋に、今度は菅原が眉を顰めた。

「誰が逃げてるんだって?」

 菅原はまだ半分ほど残っている煙草を灰皿に押し付けてもみ消し、体を起こして水嶋の頤を取った。くいと顎を上げさせれば、苛立ったような生意気な紅玉が睨みつけてくる。

「あんただよ」
「俺は別に逃げてるわけじゃねーよ。変態少年が知った風な口をきいてんじゃねえ」
「逃げてるだろうが」

 先程までの虚ろはどこへやら、何が気にくわないのか水嶋はやけに強い瞳で菅原を直視する。菅原は水嶋を鼻で笑った。
 菅原には本気になるほどの相手がいないだけだ。それゆえ気楽さを選ぶことを逃げだと思うなら、好きに言っていればいい。

「はっ……。だとしても、外見にも中身にも共通点のまるでない男を好きな奴の身代わりに抱いて、妄想で自分を慰めてるよりは、ずっとマシだと思うぜ」
「……っあんたが! あんたが自分で身代わりにしてると思えばいいって、言い出したんだろ!」
「拒まなかったのは誰だよ」
「っ……」

 菅原の馬鹿げた提案など、くだらないとはねのければよかったのだ。なのに水嶋はそれをしなかった。菅原の口を塞ぎ自らの目を閉じ、政春と呼びながら菅原を犯すことを水嶋は選んだ。
 悔しげに唇を噛む水嶋を、菅原は嘲笑う。

「俺は別に、この関係を解消したっていいんだぜ?」
「……え……」
「ま……、アンタが一人遊びや他の穴で満足できるとは、思えねえがな」

 水嶋の体が菅原の体にハマってしまっているのは、菅原にはわかりきったことだった。意地悪く笑んでやれば、水嶋の頬に怒りからかさっと朱が走る。
 仮に奇跡が起きて、進藤が水嶋に振り向いたとしても、水嶋は進藤の体ではきっと満足できなくて破綻する。思いだけで誤魔化されてくれるほど、体は単純ではないのだ。

「は……。最初の選択を間違えたばっかりに、俺みたいなのから逃げられなくなっちまって……馬鹿にもほどがあるぜ。なあ、彬」
「……っうるさい」
「っと、」

 まるで水嶋は話を逸らすかのように菅原の手を払い押し倒す。
 覆い被さる水嶋の奇妙な表情に満足して、菅原はご褒美とばかりに水嶋の誤魔化しに付き合ってやることにした。

prev | next | top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -