朝菅子供妄想
※朝菅にこどもがあらわれた
※主そら前提(こっちにも娘)
とんでもなく高飛車なその子供は、まるで菅原がそのまま小さくなったかのようだった。性別は違えど性格は瓜二つで、たった五つの女の子にしては鋭い目つきも菅原譲りだ。朝比奈との子だとわかるのは、生来短い眉くらいのものだった。色彩も菅原の血が勝ったのか、亜麻色の瞳と髪は朝比奈譲りと言うには淡い。
「……菅原」
「あ?」
そろそろ本格的な秋が近づこうという時期のとある日曜、午。鰯雲の浮かぶ青空から注ぐ日光が、広いダイニングキッチンを明るく照らしていた。
四人暮らしには大きめのダイニングテーブルでノートパソコンに向かって仕事をしている菅原の背中に、朝比奈は苦い声をかける。パソコン用の眼鏡をかけた菅原は、朝比奈を振り向かずに返事をした。
「蓮華のことなんだが」
朝比奈と菅原の間にできた第二子の女児を蓮華といった。蓮華は今は長男の亮介――これの気質と目と色彩は朝比奈によく似ている――と、幼なじみの女の子とその親と一緒に公園に出かけている。
何を言われるか察しのついた菅原は、やれやれと肩を竦めて椅子の背に腕をおいて、朝比奈を振り向いた。
「あいつ、また何かやらかしたのか」
「金曜にな、幼稚園で隣の組の男子を泣かせたらしい、口で」
朝比奈は本当なら、蓮華の担任に話を聞いた当日、菅原にも伝えるつもりだった。けれど金曜の夜は基本的に菅原は帰らない。普段は土曜の朝に帰宅するのだけれど、仕事が立て込んで結局帰ってきたのは日曜になるほとんど直前だった。疲れた様子の菅原の就寝を先延ばしにさせるのも気が引けて、だから朝比奈は今話すことにした。仕事の邪魔をするのも気が咎めたが、それではいつまでたっても話せない。
「ほんとに気の強い餓鬼だな、あいつは」
「お前に似過ぎだ」
「俺に、ねえ」
確かに、と菅原は吐息を吐き出すように笑う。
「何だっけ? この間はあいつがクラスの男子全員を下僕にした、ってんで呼び出されたんだっけ、アンタ」
「呼ばれていたのは俺達二人だったがな」
蓮華は五歳児だというのにも関わらず、菅原から受け継いだ女王気質を遺憾なく発揮している。そうして在籍する組の男児全員を、菅原の言葉で言うならペットとして支配下に置いてしまった。さながら恐怖政治の態で、これは問題だろうと朝比奈と菅原が園に呼び出されたのだった。朝比奈の退勤後だったので、菅原は仕事に向かってしまっていたし外せない案件があって休むこともできなかった。
「騒がしいだけの頭の悪い餓鬼よりよっぽどいい」
「お前な……」
笑う菅原に、朝比奈は呆れ混じりのため息をついた。
朝比奈の顔を見た菅原は、ふと真面目な顔をする。
「あいつぁ、確かに俺そっくりだよ。教えてもいないのに飴と鞭ってのをよく心得てるし、ペットの扱いも文句ない。あいつに俺の跡を継がせるのも悪くないな」
「菅原っ」
自分の娘を裏社会の人間にしてしまおうという菅原に、朝比奈は声を荒げた。菅原はほんの少し自虐気味に笑って、「でも」と朝比奈を制す。
「それでもやっぱり、あいつはアンタの娘だよ。クラスの男子全員をペットにしようが、恐怖政治でクラスを支配しようがな」
「……?」
「――俺とは違って、蓮華は理由もなしに他人を罵らねえ。泣かせたってのも、どうせ相手が先に手を出したんだろうよ」
真剣な菅原の青い目と低い声に、朝比奈は目を瞬く。――実際、菅原の言う通りだったからだ。
蓮華は確かに、隣の組の男児を罵倒して泣かせた。しかしそれは、彼が蓮華のクラスメートの女児にしつこくいやがらせをしていたからだ。金色のふわふわした髪を引っ張って、皆と違うとからかっていたから。真里、というその子供は三宮と山野井の娘で、蓮華と彼女は幼なじみのようなものだ。
「……いくら性格が俺に似ていようが、何だかんだで正義感が強いんだ、あいつは」
「……興味がないように振る舞っていながら、案外ちゃんと見ているんだな」
「バーカ」
菅原は笑う。彼にしては珍しく、他意のない純粋な破顔だった。
「アンタとの子供だぜ? 見てない訳、ねーだろ」
細められた目はひどく穏やかで、今までの――子供を授かる前までの菅原からは考えられないほど、素直に好意を灯していた。
「……そうか。そうだな」
穏やかな菅原の表情につられて朝比奈も柔らかく微笑んで、腰を屈めて菅原の唇にそっと口付けた。