この話にはスーツ十条さん忠誠度2のネタバレが含まれます。
ネタバレしても構わない、という方だけ読んでください。
三宮が書斎で持ち帰った仕事を片付けていると、ふいにノックの音が響いた。顔を上げて誰何する。
「……十条だ。入っていいか」
「ああ」
入室を許可したが、十条はすぐには入ってこなかった。
扉が開くまでの数拍は、逡巡の現れだったのだろう、と三宮は思う。入ってきた十条の眉が、わずかにひそめられていたからだ。
十条は入室して後ろ手に扉を閉めたものの、近づいてこない。何か言いよどむように視線をさまよわせながら、立ち尽くしている。
「何だ、十条? 自分から俺の前に顔を出すなんて、珍しいじゃないか」
「あー……、その……」
発言を促してやっても、十条は三宮を直視しない。
三宮がじっと十条を注視していると、ややあって十条は意を決したように三宮の視線を受け止めた。
「この間の実験の失敗のことなんだが――……。公式発表、あんたがうまくとりなしてくれたんだってな」
「まあな」
やはりそのことか、と三宮は内心笑った。
三宮は投資の打ち切りをほのめかして十条を従わせているから、十条はあまり三宮と顔をあわせたがらない。たぶん、自分の弱さを思い知らされるのが悔しいのだろう。三宮の投資に頼るしかないし、そのために理不尽な命令にも従うしかないのが不甲斐ないのだろう。
その気高さと意地を張るところが何ともかわいらしくて、三宮はつい十条に意地悪をしたくなる。
「おかげで、記者連中にどやされずにすんだ。……ありがとう、ございます」
やや顔を逸らしながら、ぎこちなく敬語で言われた礼に十条の葛藤を感じ取って、三宮は口端をつり上げた。
十条は三宮に感謝している、これは間違いない。だが素直に礼を言うのは癪だというのだろう。三宮に守られたことを情けなく思ってもいそうだ。それに気恥ずかしい。
そういう葛藤があっての言い方を、三宮は聞きたかった。助け船を出せば、三宮の望み通りの反応をしてくれるだろうと踏んでいたから、とりなしをした。
底意地の悪さを隠しもしない三宮の笑みに、十条は今度は嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「ふん……? 感謝なら、行動で示してもらおうか、十条」
「……行動……?」
「失敗だとて実験の結果だ。それはいい。だがな――言葉だけで俺が満足するとでも?」
「……」
「成功しか結果として認めない連中を言いくるめるのは、骨だったんだがな」
わざとらしく疲れた溜め息をつくと、十条は反抗的な色を相貌に宿して三宮をねめつける。
しばらくそうしていたかと思えば、十条は苦々しげに噛みしめていた口を開いた。
「……何をすりゃ……いいんだよ」
「奉仕の仕方は教えたろう?」
「……っ」
十条はまた葛藤を見せる。俯いて握った拳が、小刻みに震えていた。
――十条はあれで律儀な男だ。助けられて、礼をしない、という選択肢を持たない。たとえ三宮にどのような思惑があろうとも、助力は紛れもなく助力だから。
きっと十条はいま、胸の内で三宮を言葉の限りに罵っていることだろう。口に出して罵倒したいだろうが、しかし程度が過ぎれば三宮の機嫌を損ねる。
三宮を怒らせることはつまり、十条にとっては投資打ち切りの可能性を孕むことだ。十条もそれをしっかり理解しているから、わきまえる。
だから――十条が悔しげにしながらも三宮のそばに寄ることは、必然の流れだった。
「……見んなよ」
十条は椅子の背もたれを掴み三宮の足の間に片膝を置いて、顔を近づけてきた。
揺れる十条の眸を直視していると、十条は舌打ちして目をそらした。プライドの高さゆえの羞恥と反抗心が愛しくて、三宮は喉で笑う。
「それじゃあ俺が楽しくないだろ」
「あんた、本当に最低だな。いじめっ子が身体だけでかくなったような性格しやがって」
「は。減らず口たたいて意地はってないで、早く俺を喜ばせろ」
「……っ……くそ」
促すように腰と背筋を撫で上げる。十条はひくりと身体を震わせ、反応してしまった自分に悪態をついた。
三宮はまだ羞恥と戦っている十条の腰を寄せる。十条は今度は三宮に悪態をついてから、堅い動きで唇を重ねてきた。
不慣れなわけではないだろうに、十条のキスはぎこちない。軽く重ね合わせただけで離れていこうとする十条の頭を押さえて、三宮は十条の口腔に舌をねじ込んだ。
十条は驚いて身体を引こうとするが、三宮がそれを許すわけもなかった。
「ん……っふ、う……っ」
腿を撫でてやりながら十条の口内を蹂躙する。受け身の快楽というものを覚えさせてやった十条の身体は、三宮の温度にびくびくと跳ねる。
交わりの合間に漏れる十条の声に甘さが滲んだところで、三宮は十条の口腔から舌を引き抜いた。
「はっ……あ……」
「ふ……」
軽く笑うと、十条がとろりとした目で見てきた。
「奉仕しろと言ったのに、与えられるままでいるのは命令違反だぞ、十条」
「あん、たが……っ! がっついて、くるから、だろが……!」
「奉仕しやすいように促してやっただけだろう」
「この……んんっ――」
羞恥や怒りだけでなく顔を赤らめている十条の抗議を、唇を塞ぐことで中断させる。
「は、う……っん、あ……ッ」
指先でそこに触れると、十条の肩が大袈裟に跳ねた。交わしたのは軽い接触だけなのに、十条の中心はすでに兆している。
十条の身体が、自分にとって都合のいい身体になっていることに、三宮は目を細めた。
「ン……ッ、ん……」
三宮の悪戯に、十条は必死で声を漏らすまいとしている。だがその腰は、もっと強い刺激を求めるかのように揺れていた。
十条のものが完璧に立ち上がると、三宮はあっさり悪戯をやめた。そうして十条の片手を、自らの中心に導く。
「――っな」
「感謝は行動で、と言ったろ」
十条と違ってまだ柔らかいままだが、触れれば存在はしっかりと伝わる。怯んで手を引こうとする十条を、三宮は十条の手をより強く掴むことで阻んだ。
「手が嫌なら、口でしてもらうぞ」
「……ッ」
十条の耳朶に、笑いを含みながらひそと囁く。
息をのんだ十条は、やがて震える手つきで三宮のものを取りだして手淫を始めた。
さっさと満足させて終わらせよう、という内心が明け透けで、三宮は十条の浅はかさにほくそ笑んだ。
――手での奉仕だけで、三宮が解放してやるはずもないのだ。
淫靡な口付けに反応しながらも手を休めない十条は、愚かにもそれを失念している。
十条の身体を優しく撫でてやりながら、三宮は、さてどう遊んでやろうか――と思考を巡らせた。