東菅初めての事後(くっついてない)

 抗う気も起きないほどの気怠さに、菅原は伏臥して枕に顔を埋めた。広い寝室には情事の残り香が満ちている。菅原はそのにおいを少しでも遠ざけたかった。

「……東雲健吉」

 今し方まで己の中にいた男の名前を、菅原は顔を横向けて呟く。からりとした笑顔で人に好印象を抱かせる営業マンは、いまはシャワーを浴びている。
 ――まさか自分が男を内奥へ受け入れる日が来ようとは。菅原は背が高いし、身体もそれなりに鍛えてある。どこからどう見ても男性的なのに、それを抱こうという酔狂な人間がいるだなんて、菅原は思ってもみなかった。
 そもそもどうしてこんなことになったのだったか。菅原は疲労から襲い来る眠気と小競り合いをしながら思い出す。
 確か東雲が菅原の経営するナイトクラブに興味を持ったのが始まりだった。店のある街は東雲のテリトリーではないらしく、また夜の店にプライベートで訪れることも滅多にないらしい。
 別段危険な店ではないので招待したはいいが、その日東雲はタイミング悪く仕事でミスをして少し落ち込んでいたようだった。
 失態をやらかすことで気落ちするのはよくわかるから、ほんの気紛れで励ましでもしてやろうと思った。閉店後に家の鍵を東雲に渡して、部屋で待っているように言ったのだ。東雲は翌日は休みだから、宅飲みで深酒をしても問題ないだろうと。
 帰宅すると東雲は部屋に入らず玄関前で待っていて、彼の身体はずいぶん冷えていた。呆れながら東雲を家に入れ、度の強い酒を出してやった。
 ――それからあとの菅原の記憶は朧げだ。どうにもあやふやだが、確か雰囲気に流されたような気がする。
 かくり、と一瞬意識が睡魔に飲み込まれた。

「大丈夫っすか、菅原さん?」

 それを引き戻したのは、ドアの空く音とかけられた東雲の声だった。
 東雲はベッドの縁に座って、菅原の顔を覗き込んでくる。

「風呂入れます?」
「……ほっとけ」
「いや、そりゃ、無理っしょ」
「動けねえんだよ。どっかの誰かさんが好き放題してくれたせいで」

 東雲は菅原より年上だけれど、いまは敬語を遣ってやる気にはならなかった。

「すんません、抑えらんなくて。菅原さんエロいから」
「あァ? 男に言われても嬉しくねえよ」
「――……ですよねー」

 睨みつければ、東雲は眉尻を下げて乾いた笑いを零す。
 菅原は東雲を追い払うように手を振った。

「遅ぇから泊まっていいけど、あんた、ソファで寝ろよ」
「えー。冷たいじゃないすか、あっち」
「うるせえ。家主にごねんな。――っおい、入ってくんなって」
「まあまあ。風邪引いてせっかくの休み、潰したくないんですよ」
「俺の知ったことかよ!」

 無遠慮にベッドに入ってくる東雲を追い出そうと、怠い体に鞭打って東雲の身体を押しやる。けれどまったく力が入らずに、東雲の占拠を許してしまった。
 菅原は忌々しさを隠しもせずに舌打ちをする。

「狭い」
「広いじゃないすか。俺のベッドより大きいですよ」
「てめえの身長とガタイ考えろよ」
「菅原さんのほうが背ぇ高いじゃないですか」
「精神的に狭ぇんだよ」
「じゃあくっつきますから」

 東雲は妙案のように笑顔で言って、菅原に密着した。掌は菅原の腰に添えられている。

「阿呆か……! 好きでもねえ奴となんでくっついて寝ないといけねえ!」
「菅原さん、俺のこと嫌いなんですか」
「は? ……嫌いとまで言ってねえけど……」
「じゃあいいじゃないすか」
「よくねえよ」
「菅原さん明日も仕事っしょ? というわけで、おやすみなさーい」

 何が「というわけ」なのか。文句を言おうにも東雲はすでに目を伏せて寝入る体勢だし、菅原自身も眠気が去っているわけではない。
 すぐに聞こえてきた寝息と、肌に触れる少し高めの体温に、菅原の睡魔も誘引された。

(――起きたら、殴る……)

 物騒なことを考えながら、菅原は睡魔への抵抗をやめた。

prev | next | top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -