山野井くんは英語得意そうだな(洋画原語で見てそう)っていう話

 山野井が水仕事のために捲っていた袖を直していると、三宮がやや荒い足音をたててキッチンに入ってきた。背後には居心地が悪そうにして、水嶋と日ノ原を除いた学生組が従っている。

「山野井」

 名を呼ぶ三宮の声はひどく不満げだ。

「……どうしたの?」

 学生たちに視線をやりながら首を傾げる。彼らはさらに肩をすぼめて縮こまった。
 三宮は大げさにため息をつく。

「こいつらに英語教えてやれ」
「え?」
「揃って点数下げやがった」

 ああそれで、と山野井は納得する。三宮は邸に入れている学生に成績を上げる、あるいは保持することを厳命している。執事業のせいで成績が落ちたなどと思われてはたまらないらしい。

「進藤さんは?」
「本業中」

 語学で身を立てている進藤のほうが適任ではないか――実際彼はよく学生たちに教えている――と聞いてみれば、そっけない答えが返ってきた。東間について渡米しているらしい。

「でも俺でいいの?」
「日常的に使ってるだろ」
「ああ、うん……外国のお客様も多いから」
「洋画も原語字幕なし派」
「なんで知ってるの」

 確かに、洋画や海外ドラマのたぐいは英語力保持をかねて吹き替えなしで観ているが、それを三宮に話した覚えはない。
 三宮の情報収集力は空恐ろしい。下手をすると子供のころのことまで掘り下げていそうだ。

「進藤さん以外で一番適任なのは山野井だろ。一般人だからこいつらも変に緊張しねーしな」

 それに雰囲気柔らかくて接しやすい、と三宮は付け加える。

「その辺は慣れじゃないかなあ」
「ともかく。俺はお前の語学力を見込んで頼んでる」
「――……あ、えと……ありがと」

 三宮に面と向かって評価されるのはほとんど初めてだった。じわじわと染まる頬を隠すように俯くも、すぐに三宮に顎をすくわれ上向かせられる。

「頼んだぞ、山野井」
「んっ……」

 軽く口付けられる。山野井は鼻にかかった甘い声を漏らして触れるだけの交わりを惜しんでいたが、すぐに余人の存在を思い出して慌てて三宮の肩を押しやった。
 赤くなって非難の視線を送った先で三宮は意地悪く笑っていたので、山野井のこの反応まで含めて三宮の計画通りらしい。

「こいつらが次のテストで九十以上取れたら、お前にもご褒美やるよ」
「え……」
「どうされたい? 優しくしてほしきゃ、思い切り甘やかしてやるぜ」

 低く甘い囁きは閨を示唆している。気づいた山野井はさらに頬を朱に染めて、人前、と唸りながら三宮を押しのけた。
 三宮は喉で笑って背を向ける。立ち去り際にまた軽く山野井の唇にキスを落としていった。

「――……」

 出て行く三宮の背中を見送ってから、山野井はちらと残された三人をうかがう。
 彼らは揃って赤面していて、山野井はいたたまれなさにがくりと肩を落とした。

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