I - Agitato


 引き締まってはいるが案外白い腹に白濁を散らした三宮を、雷翔はやや不満を持って見下ろす。大財閥の当主らしいというのか、三宮の精神力は強靭なもので、理性を飛ばすことがかなわなかったのだ。
 ――これが水嶋ならとっくにトんで、肉欲の下僕になっているのに。

「っは……劉、さっさと抜けっ……」
「おいおい。自分がイったからって、そりゃねえだろ。俺まだイきそうにねーんだけど」
「この遅漏が……!」
「早漏よりいいだろ。彬ちゃん犯してるんなら、もうちょい早いけどな」
「っうぁ……」
「万里のナカも、結構きもちいーぜ? 彬ちゃんには劣るけどなァ」

 いまだに猛々しく立ち上がっているものを動かす。女より気持ちいい、と囁いてやると、くたばれ、と罵られた。しかも広東語でだ。
 達した直後だというのにずいぶん余裕な三宮を、雷翔は思い切り突き上げた。

「あ、あ……っ!」
「は……っ、ほら、もっと締めろよ」
「くそ、劉っ……」
「じゃねーといつまでも終わんねえだろォが」

 的確に三宮の内壁を擦り抉っていくが、そんな単純な刺激だけで達せるほど雷翔は経験が浅くない。性的な機能を持たないくせに女の膣のように絡み付いてくる水嶋の内壁を味わっているから尚更だ。
 重ねて要求すれば、三宮は渋々雷翔を締めつけた。ここで抗うよりは言う通りにしたほうが、早く解放されると理解したのだろう。

「ん……そうそう、その調子で食らいついてろよ、万里ちゃん」
「……ち……呼ぶんじゃ、っン、なかった」
「後悔しても遅ェ」

 丁度いい具合に刺激が加えられて、雷翔の動きに激しさが増す。三宮はもう達しているから自分の極みだけを見据えていてもよかったが、それでは詰まらないので雷翔は三宮のウィークポイントを狙って三宮の中で暴れた。
 三宮の身体はそこで感じるように開発済みらしく、そこばかりをいじめてやれば零れる声に甘さが混じる。三宮の中心も力を取り戻していた。

「うア、あ、ッ……っ」
「サボんな、って、万里……っ」

 雷翔は攻め立てながら三宮のものを扱いてやる。後ろだけで二度目の極みを与えるよりも、雷翔のほうが先に達してしまいそうだからだ。
 三宮の先端のくぼみを親指の腹でぐりぐりと撫で回すと、三宮が掠れた悲鳴を上げた。

「ア……ッ、ッそこ、やめっ……」
「なんだ、万里ちゃんはこれがお好きか」
「ちげっ……ふざけんな、劉――いっ!」

 今度はくぼみに人差し指の爪を立てる。あまり強くやると痛みが勝ってしまうので、絶妙に力加減をしている。加減は水嶋で把握したものだが、三宮にも有効らしい。
 雷翔は動きを止めずに意地悪く笑った。

「はは、溢れてきた。気持ちいいだろ、万里」
「なわけ、あるか……っ」
「強がってんじゃねーよ。……あー、そろそろイきそ」
「抜け」

 熱に浮かされた声で呟くと、三宮は雷翔の肩を押してきた。にたりと唇を歪めた雷翔は、素直に人の言うことを聞く人間でない。

「じょーだん。誰が抜くかよ」
「おいてめえふざけっ……ッあ」
「中に出す」
「やめろ!」
「俺、量多いけど、零すなよ……!」
「劉ッ、……っく――――ッ!」
「…………ッ」

 三宮が二度目の吐精をするのとほとんど同時に、雷翔も三宮の中に熱情を勢いよく吐き出した。小さくわなないている三宮は、内壁に叩き付けられる雷翔の奔流とその量に驚いているのだろう。
 一旦勢いが弱まってから、雷翔は二、三度三宮に腰を押し付けて残滓を三宮の中に出し切った。動かすたびに自分が吐き出した白濁が絡み付いて、結合部からぐちゅりと嫌らしい音を立てた。
 乱れた息を整えて力を失ったものを引き抜くと、自身を収めていた場所から白濁が零れる。肌を伝う液体の感触に、三宮が軽く身体を震わせた。

「気持ちよかったろ」
「……てめえ」

 まだ熱の残る琥珀で睨まれた。しかし、涙目で睨まれたところで恐ろしくともなんともない。むしろ雷翔の目には、三宮が可愛らしく映るだけだ。

「万里ちゃんは中出しがお嫌いか」
「処理がめんどくせえ」
「は、確かに」

 三宮の上から退いてベッドの上にあぐらをかきながら言うと、横臥した三宮に胡乱な目で見られた。言いたいことを悟って、雷翔はすぐさま否定する。

「俺が中出しされたわけじゃねェよ。ちゃんと出してやらねえと、彬ちゃんが腹壊すからなァ」
「ああ……」

 だったらゴムをすればいいだろう、とは三宮は言わないらしい。雷翔は一笑する。
 中に出すほうが支配慾を満たされて精神的に心地良い。三宮もそれを分かっているから言わないのだろう。

「水嶋にさせりゃいいだろう」
「だって彬ちゃん、俺がヤり終わると気ィ失ってんだ」
「鬼畜だな」
「褒め言葉」

 だろうな、と三宮は鼻で笑う。

「で? 俺は採用してもらえるわけ」
「逆らいまくっておいて、何だその自信は」
「ご奉仕したろ」
「面倒くせえ奴だな……。じゃ、最終試験だ。てめえで出したものはてめえで片付けろ」
「はッ……是的」

 開き直ったのか、単に面倒くさいだけなのか、三宮は中に出したものの処理を命じてきた。雷翔はこれには素直に従って、特に悪戯もせずに三宮の中に出したものをかき出してやる。溜っていたわけでもないのに白濁が大量に出てきて、雷翔は思わず笑った。

「若ェなァ、俺。万里ちゃん、シャワーどこ」
「あぁ? なんでお前を入らせねえとならねーんだ」
「汗だくなんだけど、俺」
「知るか。自分の家で入りゃいいだろ」
「stellaのギタリストのレイ様が、汗と精液のにおいさせて、家まで帰れって? また週刊誌だかに乱れた性生活だのなんだの書かれるじゃねえか」

 雷翔は英語名をそのまま芸名に使っていた。
 以前雷翔は、何故かstellaを敵視している記者にラブホテルから出てくるところを写真に撮られて、あることないことを書き立てられた。性生活が乱れているのは否定しないが、悪意をもって虚実をまことしやかに書かれるのは気分のいいものでない。だいたい、成人したあとだったのだから、ラブホテルから出てこようが何だろうが騒ぐことではないだろうに。
 三宮は「書かれちまえ」と嘲笑してから起き上がって身なりを整える。

「なンだよ。もうヤんねーの」
「ヤる必要がない」
「結果は?」
「――最低月に二、三度、好きなときに好きなだけ出勤しろ」
「教育するってのに、それは少なくねえの」
「どいつも本業があるからな。そっちをおろそかにさせるわけにはいかねーだろ」
「まァ、そりゃあな。俺もテスト期間に融通きかねえとかだったらきついし」

 芸術方面以外に才能が伸びていない、というのは事実だ。雷翔は勉学に関しては常人なので毎日積み重ねておかないといい成績が取れない。勉強している姿を人に見せないので、天才型だと思われているだけに過ぎない。
 雷翔は足掻いている姿を他者に見せるのが昔から苦手だった。香港にいたころ努力家だという評価を得てしまって、それが何だかとてつもなく気持ちが悪かったのだ。
 それは他人の尺度に当てはめられる不愉快さだったと、いまの雷翔は気付いている。雷翔にとって当然のことを勝手な物差しで努力と言われ、その身勝手な尺度を押し付けられることがたまらなく不愉快だ。
 だったら勝手に努力と判じられるようなおこないを人に見せなければいい――という結論に至ったので、人目のあるところでは講義は別として勉強なんてしないようになった。天才型も不真面目もやはり他人の勝手な評価だが、努力家などという薄ら寒いレッテルを貼られるよりずいぶんましだ。
 雷翔が堂々と全裸であぐらをかいたままでいると、ちらりとこちらを一瞥した三宮に「いい加減服を着ろ」と言われた。雷翔は肩を竦めてから広いベッドの上に脱ぎ散らかした衣服を集める。
 仮眠室のドアがノックされたのは、雷翔が下着とスラックスをはいてシャツを羽織ったときだった。
 三宮の許可を得てから入室してきた男は、室内にこもる性行為の残り香に眉をひそめたかと思えば、雷翔の姿を見て驚愕に目を見開く。

「な――雷翔?!」
「よォ、彬」

 真っ白いシャツの袖に腕を通してから、雷翔は水嶋にひらひらと手を振った。

「なん……どうして雷翔が」
「彬? どうしたんですか?」

 呆然としていた水嶋の後ろから、眼鏡をかけた黒髪の男が顔をのぞかせた。彼は三宮の姿のあとに雷翔の乱れた格好を目にして、いままで二人がおこなっていたことを悟ってか顔を曇らせた。

(……ふゥん)

 水嶋の知り合いらしい年齢不詳のその男は、三宮に懸想しているらしい。

「政春」

 複雑そうに振り向いた水嶋から零れた男の名前に、雷翔の心が急激に冷えた。三宮を犯すことでだいぶん治まっていた暴力的な衝動がよみがえってくる。

「――彬」

 普段よりもことさら低く、雷翔は水嶋を呼んだ。雷翔の不機嫌を、水嶋は感じ取ったらしい。やや青ざめて雷翔に向き直った。

「どうして、ってセリフは俺のもんだと思ったんだけどなァ」
「……雷翔」
「マサハル、ね。そいつがいるから、てめえは執事やってるってわけか」

 雷翔が一歩前へ進み出ると水嶋は怯えたように一歩下がった。が、後ろにいる男を思い出したか、そこで踏みとどまった。雷翔の機嫌はさらに悪化する。
 雷翔は大股で水嶋に歩みより、彼の胸倉を掴む。噛み付くようにして唇を奪えば、水嶋は惚れた男の手前だからか強く雷翔の肩を押して拒否を示した。雷翔は引きずり出した水嶋の舌に、食いちぎる勢いで噛み付いた。

「――っ……!」

 水嶋のくぐもった苦悶の声がして、唾液に血の味が混ざるけれど、雷翔は気に留めることをしない。
 ちらと見やった水嶋の思い人は、雷翔の突然の行動にただ目を丸くしているだけだ。雷翔が見ていることに気付いても、何の動きもない。
 雷翔はきつく男を睨みつける。男は気圧されたようだったが、睨まれた理由は理解していないらしい。

(――助けようともしねぇで)

 雷翔は一度水嶋を解放し、水嶋のネクタイを乱暴に引っ張って部屋に水嶋を引き込んだ。よろける水嶋の脇腹に、雷翔は容赦なく鋭い蹴りを見舞う。いっさいの手加減なく蹴られた水嶋は、叩き付けられるようにして床に倒れ込んだ。
 さすがに駆け寄ろうとした男の襟首を雷翔は掴み、ベッドの側にいる三宮に投げ渡した。

「彬! ――わっ!」
「万里ィ。このクソ野郎押さえとけ」
「主人に命令すんな」
「ご、ご主人様……っ」

 言いながらも、三宮は男を抱きとめてそのままベッドに腰掛ける。男は三宮の足の間に座らされて、背中から三宮に抱き込められている。赤く染まる男の頬を見咎めて、雷翔は舌打ちをした。
 雷翔は込み上げる不快感を押しとどめ、起き上がろうとしていた水嶋の胸板を踏みつけた。水嶋は後頭部を床に強く打ち付けたようで、美顔が苦痛に歪んでいる。雷翔は酷薄に笑いながら、踏みつけた足に体重をかける。

「見たかよ、彬。あいつ、お前が暴力ふるわれてんのに、万里ちゃんに抱きしめられて顔真っ赤にしてンの」
「……っ」
「その程度なんだってよ、彬。お前の存在。心配する価値もねえってさ」
「ち、違います! 私はそんな――」
「黙ってろ、売女」

 雷翔は慌てて否定してくる男を睨みつけて暴言を吐く。これに先に反応したのは水嶋だった。

「雷翔、お前っ、政春になんてこと……」
「は! 健気だな、彬ちゃん」
「ぐ、あっ……!」
「あいつはてめえなんざ見ちゃいねえのに、いちいち庇ってやんのかよ。一生報われやしねーのになァ」
「……っるさい」

 水嶋が男を庇うだけ、雷翔の機嫌は悪くなる。雷翔は胃のあたりからぐらぐらとどす黒い感情がわき上がってくるのを自覚した。
 こうなればほとんど自制はきかない。雷翔は氷よりも冷たい眸で苦痛に喘ぐ水嶋を見下ろす。

「立てよ、屑」

 足を退かして命令するが、水嶋は生意気に睨み上げてくるだけだ。雷翔は荒く舌打ちして水嶋のネクタイを引き、無理矢理に立ち上がらせた。

「商売道具は潰さねえでおいてやる。感謝しろよ、彬」
「が――ッ……」

 雷翔の膝が、水嶋の鳩尾にめり込んだ。前のめりになる水嶋の、同じ場所に今度は拳を叩き込んで追い討ちをかける。
 二度も急所を遠慮なく攻撃されて水嶋は倒れかけるが、雷翔がそれを許してやるはずもない。
 雷翔は水嶋の髪を掴んで、さらに暴行を繰り返す。水嶋が吐くまで痛めつけても雷翔の気分はいっかな晴れなくて、いらだちが余計につのった。

「……ふん」

 冷たく鼻を鳴らし、雷翔は気を失いかけている水嶋の背中を床に叩き付けた。凍えるような無表情のままで水嶋に覆い被さる。
 雷翔は無理矢理口端をつり上げて、強制的に暴行を見守らされて青ざめている男を見やった。雷翔の視線を受けた男はわずかに震え、自分を抱き込んでいる三宮の腕に縋る。

「よく見とけよ、あんた。――彬ちゃんがひどいめにあうのは、元を辿ればあんたのせい……なんだからなァ」
「え……」
「っちが……政春は、悪くない……」

 朦朧としながらも、水嶋が男を庇う。いちいち腹を立てるのも面倒になってきた雷翔は、水嶋のシャツを引き裂いた。
 水嶋の上着とシャツのボタンがあちこちに弾けて転がる。水嶋はどこか諦めたように雷翔の碧眼を見上げていた。
 水嶋は、暴行のあとに何をされるかをよく理解している。暴力に取り憑かれている状態の雷翔に抵抗をしたところで、何の意味も成さないということも。
 雷翔の激情を受け止める覚悟のできている水嶋を、雷翔は恍惚と見つめて優しく頭を撫でてやる。

「――なァ、万里」
「何だ」
「床、汚れても構わねえ?」

 雷翔は視線だけ三宮にやって、聞きながら水嶋のスラックスと下着をずり下ろす。三宮は呆れたように息を吐いた。

「いまさらだな。掃除するならいいぞ」
「それ、だったらそいつにやらせろよ」
「……意味ねえと思うが」
「俺の溜飲を下げるためだよ」
「好きにしろ」
「唔該(どーも)」

 雷翔は三宮に向けていた視線を水嶋に戻す。いままでの暴力行為で存分に高まっていたものを取り出して、剥き出しにした水嶋のそこにあてがった。
 先端から零れる先走りを塗り込めて、雷翔は唇を舐める。

「唇噛むなよ、彬」

 きっと水嶋は声を抑えようとするので、先手を打って口付け、水嶋の口を塞ぐ。
 ――そのまま、猛った雄を水嶋の乾いたそこに突き立てて、無理矢理に侵入した。

「ッん、ぐ――うーッッ!!!」

 水嶋の絶叫を口腔に奪い取りながら、雷翔は腰を進める。見開いた水嶋の目端から零れる涙を舐めとった。
 侵入口が切れて零れた鮮血が、雷翔の挿入を楽にする。さらりとした血液でも、濡れていないよりはましだ。
 今日は水嶋は血を流してばかりだな、と、雷翔は水嶋の舌を絡めとりながら内心笑った。出血させた原因が他ならぬ自分であることが心地良い。
 まだ血の味の残る水嶋の舌に名残惜しさを感じながらも、雷翔は水嶋から顔を遠ざけた。腰を動かせば、水嶋から苦痛の声があがる。

「痛、あ、っ……、雷翔……っ」
「かわいいなァ、彬ちゃんは……」

 雷翔はうっとりと笑う。
 苦痛に歪む水嶋の顔を少し眺めて、ふと手を伸ばし近くにあった乾きだしている水嶋の吐瀉物を親指の腹に取った。それを水嶋の口端や頬に塗り込めるようにしてなすり付ける。
 嫌がる水嶋の口に親指を突っ込んで、汚れた腹を舐めて綺麗にさせた。水嶋の心が何であれ、思いが誰に向けられていようとも関係ない。結局は命令に従う水嶋に、雷翔の支配慾が満たされていく。

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