A secret novel place | ナノ
秋から冬へ(10)

 バーナビーの中で苦い後悔と覚悟と共に虎徹との生活が終了するだろうカウントダウンが始まっていたが、自分の家に立ち入らせなくはなったものの、バーナビー宅に訪れる虎徹はいつもの風情で何ら変わる事がない。むしろバーナビーに対してもっと優しくなったような気すらする。
日系人の悪いはっきり言わない八方美人的な行動や発言を改めるように努力すると言った虎徹の宣言は嘘ではなかったようで、元々無遠慮な発言が多かった虎徹の言葉は無遠慮を更に増した上に鋭さが加わるようになり、自分の感情をよりはっきりとバーナビーに発露するようになっていた。
 普段の雑談もより深いものになったと思う。ただ下ネタが増えたのだけは少し頂けなかった。
「こういう際どい下ネタはバイソンとバニーにしか言わないよ。バイソン相手だと高校の時はもっとあけっぴろげだったぞ。流石にもういい大人がそこまではっちゃけられないからこれでも押さえてるよ」
 虎徹が今日も疲れた、とバーナビー宅の床に寝っ転がりながら右手を天井に向けて伸ばして言った。
天井が高くて良い。ロフトはな、やっぱり野郎二人だと圧迫感あるよな。でも床はヤだなとか呟いている。
 今日の事件は午後早くの出動で漏電からの火災だった為に比較的早く解決した。
事件そのものは大したことがなかったのだがその後のデスクワークで虎徹がオーバーヒートを起こした感じである。年末年始に処理しなければならない書類が余りにも多かったのだ。虎徹には今年起こした事件の始末書の総決算のようなものが司法局から持ち込まれており、虎徹は死にそうな顔色で処理していた。オリエンタルフェアが始まる前に処理しろとロイズとユーリ管理官のダブルで命令されたせいもある。
 多分虎徹さんは今日は全然やる気ないだろうなと思う。
出動後はアドレナリンが大量に分泌されるのもありなし崩しに行為に没頭する事が多かったのだが、デスクワークは虎徹のテンションを著しく下げる。アドレナリンの反対ってなんだっけとバーナビーは思った。
 やる気のない虎徹を盛り上げるのはかなり難しく、最初はバーナビーも今日は普通に就寝しようと思っていたが、虎徹のとの生活も後少しで終わるのかと思うと一日でも無駄にするのは耐えがたかった。
 故に無駄な抵抗をしてみようと試みる。
「下ネタではないですが、付き合い始めた時そうだなって納得した言葉がありましたね」
「? 何の話?」
 会話には乗ってくれるらしい。本当に疲れていると喋るのも億劫のようで虎徹は寡黙になる。そのまま大抵床で寝る。
でもこうやって話せるのだから精神的に疲れているだけで、肉体的にはそうでもないのかなと思いバーナビーは続けた。
「男は女の最初の男になりたがり、女は男の最後の女になりたがるってやつですよ。覚えてません?」
 そんなこと言ったっけ。
虎徹が首を傾げるのでバーナビーは笑った。
「ひょっとしたらバイソンさんの発言だったのかも? あの時四人で飲んでましたから」
「ああ、ファイヤー……、じゃなくてネイサンか。だとするとそれはネイサンの発言かもよ」
「誰が発言したかはこの際関係ないんです」
 そうじゃなくて――虎徹さんと話してると言いたい事がずらされちゃいますね。
バーナビーにそういわれて虎徹が少し頬を膨らませた。
「じゃあなんだよ」
「その話聞いたとき、虎徹さんにとって僕は最初の男ではなく、最後の男になりたいなって思ってたんですよ、僕。今思い出したらなんだか笑っちゃって」
「お前は俺にとってそもそも最初の男だけどな。そういう意味で言えば」
「なんで精神論的な話にあなたは肉体関係を混ぜ込んできますかね」
「いや両方大切だろ? 大切だろ肉体関係。プラトニックの話じゃねーだろ、最初のその、なんだ。男が女の最初になるとか最後になるとかは」
「まあそうですけど!」
 あーっ、もう! そうじゃない、そうじゃなくて――。
「なんていうか対等だっていうことを言いたかったんです」
 その……、虎徹さんが僕になんていうか年齢とか――能力とか……色々僕に対して遠慮して自分を変に下に観てるなって思う事が多かったから。
今はそうでもないんですけどね、ほら虎徹さんって判りにくいし。
 判りにくくて悪かったな、と虎徹が全然悪いと思っていなさそうな顔でそう天井に向かって言い、それからバーナビーの方を向いてにかっと笑った。
「なんだお前元気だな、やりてぇの? 俺ちょっと今日お疲れなんだけど」
「出来れば」
「んー、ちょっとなあ気分じゃないんだけど。抜いてやろうか?」
「本格的にやらなくてもなんていうかその――触れていたいというか」
「触るだけ? いいよ。突っ込まれるのは気分じゃねーけど、奉仕してやるよ」
 脱ぐ? と床に転がったままいうんでせめてベッドに移動しましょうよとバニーが眉を下げて抗議した。
「何もしないで抱きしめてるだけにしても奉仕されるにしても投げやりは嫌ですよ。もうちょっとムードがあったほうが嬉しいんですけど」
「やだ」
 即答だった。
バーナビーはむっとする。
「ちょっとぐらい僕の希望聞いてくれてもいいじゃないですか」
「俺は大抵お前の希望聞いてたよ? 大体聞くも何も全体事後承諾だったじゃん。俺になんの決定権あったのよ。つい最近だろ? 俺にそもそもセックスの拒否権くれたの」
 お前最初の頃思い出してみろよ。
お前が何時、ムード大切にして色々演出とかしてたっての?
なーんも言わなかったじゃん。お前自分の口数思い出してみろよ。なんか飲んでたらいきなり床でやられたり、フツーに寝てぇなーとか思ってお前もそんなそぶり無かったくせに、シャワー浴びて戻ってきたらびんびんだったりよー。
「お前に文句一つ言わずにつきあってたのは俺なの。別に今更――」
「反省してます!」
 バーナビーは真剣に食い下がった。
「気をつけます、今度からちゃんと言います。僕自身もその一回一回大切にします。そのムードを含めて」
 あっそ。
「じゃ、次からな」
「今!」
 えー……。
しょうがねーなーと虎徹ははあっとため息をついて「判った」と言った。
それからよっこせっと言いながら床から起きるとバーナビーにリクライニングチェアに座るよう促す。特に疑問に思わず座ったバーナビーはそのまま自分の上にまたがって来た虎徹に唖然となった。、
「んじゃまず、ちんこだして。勃たせるところからやるから。手がいい? 口――」
「ストップ!」
 俺がパンツ脱がせりゃいいのかとバーナビーのズボンごとボクサーパンツをずり下げようとしてた虎徹は手を止める。
今度は何よ……と怪訝そうな目でみやると、バーナビーはぱしっと虎徹の手を払いのけてそういうのが駄目なんです! と絶叫した。
「だーもう何よ、何処がだめなのよ」
「ち、ちんことか! そういう言い方はないでしょう!」
「え、じゃなんだよ、ペニスとか?」
「違うっ」
「何が違うんだよ、じゃあれか、お前のジュニアとか?」
なんかライアン思い出すな! と虎徹がげらげら笑い、バーナビーは「そういう下品なのも駄目!」と叫んだ。
虎徹は鼻白んだような顔をする。
「え、じゃあ何、なんていやいいのよ」
一瞬だけ考えて虎徹は「あー、めんどくせえ」と言った。
「もうなんだっていいじゃんか」
「良くないです! もっとこう――」
「ああもうマジめんどくせえ、どう呼ぼうとちんこはちーんこ。めんどくせーから俺はもう今日はやらない。お前がめんどくせえ」
 バーナビーはがばっと覆いかぶさるようにして「やーめた」と頭をぼりぼり掻いている虎徹を抱きしめて両腕で拘束した。
「ちょ、バニ……」
 いた、いたたたたた、やめやめ。
「今判りました」
「何?」と片手で器用にネクタイを解かれ、ワイシャツのボタンを外されながら虎徹がいう。
「貴方が最初凄くセクシーだった理由が」
 ええ?!
虎徹がうわっ、と悲鳴を上げて仰け反る。
「貴方、無口だったからだ」
 やっと判りました。
喋らせたらアウトだっていう意味。
「何々、何の話?――むぐぐぐぐ?!」
 唇を塞がれて暫くキスを愉しんで――というよりバーナビーが一方的に愉しんでから虎徹を解放する。
涙目で「窒息するわ」と咳き込み、自分の太ももに跨ったまま文句を言う虎徹にバーナビーはにっこりと笑っていった。
「貴方意外に人気があったんですよ」
「俺は何時でも人気あるだろ」
 フッ……と流し目でそれはスルー。スルーすんなと口を尖らす虎徹に楽屋裏でと言った。
「スタイリストの人たちとか、アシスタントさんなんか特に。後はヘアデザイナーややっぱりそのアシスタントさんたちとか。カメラマン関連にもね。ほら、僕は高嶺の花でしょ、だから中々手を出すのも怖いし、当時はマーベリックさん――アポロンメディアの規制が効いてましたしね。その点虎徹さんの方はお手軽だから。バーナビーじゃなくてワイルドタイガーで、ってロイズさんも当時口癖みたいに言ってたでしょ。まーロートルのおじさんなんか興味ないって皆最初はそう思ってたんですよ。ところがどっこい、一緒に仕事する時に触ってみたり飾り立ててみたら意外や意外、これはこれでいいじゃないかと。後は東洋人が珍しい、更に東洋人なら色々無理が通りそう、ヒーローでも落ち目の方だからちょっと頼めば、なんか丸め込めそう」
「まてまてまて」
 俺そんな目で見られたこと一度も無いぞ、そういうお誘いなんかそもそもなかったし! 大体それ人種差別的な――。俺が東洋人だから悪戯しても許されるってこと? んなわけねーだろ。憶測でお仕事してる皆さんを色眼鏡で見るのはなしな! 大体さあセクハラっぽいことしてきてたのって良く考えたらお前だけじゃん。
「そうだよ、お前だけだったよ、今思えば俺にセクハラしてたの!」
「だって僕、睨み効かせてましたし」
「はあ?!」
「貴方にちょっかい出そうとしてた人は全部牽制してたんです。実はマーベリックさん――マーベリックにも協力して貰っていました……」
 はあ〜?!
虎徹は本気で驚いていたようだった。そりゃあそうだろう。今思えばだが当時はバーナビー自身にもなんでこんなに不愉快な気持ちになるのかさっぱり判らなかったのだ。兎に角ワイルドタイガーを、虎徹を狙っているような発言、それも性的な匂いに勘づくとバーナビーは不愉快で不愉快で仕方なかったのだ。こんなロートルのおじさんをバディに宛がわれ、無神経で無作法で、しかも東洋人で。日系人は几帳面で清潔で完璧主義者が多いというがむしろ虎徹は正反対、更に言うなら日系人は小柄で短足が多いと思っていたが、虎徹は無駄にスタイルだけは飛びぬけて良かった。すらりとした肢体と日系人に良くある中性的な容姿は女顔だと言われるバーナビーよりもむしろモデルに向いていそうですらあった。ライバル意識も多少あったのだろうとは思うが、概ね何故か虎徹に対して性的に搾取しようと手を伸ばしてくる輩に逢うと自分がそういう視線を向けられるより百万倍も嫌だった。
だからマーベリックに頼んだのだ。
「あのおじさんからモデル的な仕事は全部取り上げて下さい、僕と同じようにメディアに晒すのはやめて。あんなのと一緒にされたら僕の品位が下がります」
 マーベリックは何故か残念そうだったと思う。思えば虎徹の容姿もバディとして選定済みだったのだと後から知った。
白人であるバーナビーと、東洋人である虎徹を並べてしかもスタイルで釣り合うならこれ程の対比はない。最初から計算されていたものだったのだ。
多分バーナビーが虎徹の事を気に入るのも想定済みだったのだろう。
「お前さ、俺の事何時から好きだったの? 最初嫌いじゃなかった?」
「最初に抱き留めた時から意識してはいましたよ」
「早! メッチャ早! 嘘だろ、それであの態度な訳? じゃお前最初の時のあの酷いやつ、既に好きだったのにアレだった訳?」
「謝罪していいですか」
 それは駄目、と虎徹はキッパリ言い切った。
「えっ、それじゃお前の性癖って……」
 虎徹がなんだか渋い顔で考え込んでしまったので、「嗜虐趣味までは行かないと思うんですが」と注釈してこう言った。
「貴方に抵抗されたら面倒そうだとは思ってましたよ。ハンドレッドパワー使われたらこっちも使わないと対処できないですし、一番無理強いし難いというか手強い相手だなと思ってました。でも貴方ハンドレッドパワーは自分の為には使わないって公言してたじゃないですか。だからそこがねらい目かなと。まあ最悪僕の力で屈服させられないようなら腕は縛り上げるつもりでしたけどね」
 貴方を必要以上に傷つけないために、という一文をバーナビーが省略してしまったので、聞いていた虎徹はそういう趣味じゃないかと悪い方に誤解した。その為無表情に。
「何お前、俺を痛めつけたいの? もしかして最初にやったレイプがやっぱお前の趣味なの?」
 お前サイテーマジサイテー、今後のお付き合いも考えるわと虎徹が言うので、「違いますよ! 下手に抵抗されたら危ないじゃないですか、早いうちに抵抗を封じた方が虎徹さんの身体の為になると思って――」と慌ててバーナビーが弁解し、余計に軽蔑されていた。
「結局無理矢理だろ? レイプはレイプだろ? 俺がそれで気持ちいいとか考えようがどうしようがそれは結果論でやっぱレイプだろ? ゴーカンだろ? 求めねぇよ」
 何言ってんだよコイツ、俺久しぶりにお前のことフツーに軽蔑したわ。
「こういうやつが、思わず犯罪者になっちゃうんだよなーぁぁぁぁぁ」
 これにはバーナビーもむかちんときた。
「何相棒を勝手に犯罪者扱いしてんですか! あ、貴方が言ったんじゃないですか、虎徹さんが! セックスに関しても勝手に決め付けるなって、色々互いに妥協点見つける為にも不満とか希望とかはどんどん出していこうって! だから僕だって恥ずかしいのに真面目に報告したのに――そもそも虎徹さんがバニー、お前近頃満足してなくない? 俺になんか不満あるんじゃないか? なんか俺にできる事があるなら言ってくれなんていうから! 大体あの時の事は僕だって酷いから謝罪しようって思ってたのにあなたが謝罪はするなって拒否したんでしょうに!」
 先週から実際言われていた。バーナビーは喧嘩して仲直りの一環で言い出したのだと思っていたが、そうではなかったのだろうか?
そう突っ込むと虎徹もさっと顔を白くした。
「た、確かに言ったけどさ、それはあれだよ、最近お前なんかやってる時もなんか考えてるだろ、心配してんだよ。でもさ、性的嗜好ってもさ程度ってものがあるだろ? 俺だってお前にその……満足して貰いたいよ。言っちゃ悪いけど俺の方が負担でかいんだからさ、やっぱやることやった分お前が満足しないと辛いじゃねえか。だって絶対お前、昔は滅茶苦茶満足してたもん。何回やっても寧ろ足りないって顔しててさ、気が済むまでやった後とかすげー速攻寝てたよお前、ぐっすりさあ……。だけどお前近頃寝れてないだろ? それじゃ俺が身体張る意味ねぇんだもん……」
「ちょっと待ってください、貴方」
 なんだよ、と虎徹が言う。
少し意気消沈しているようだ。実際虎徹もバーナビーに言い過ぎたと思っていたので語尾が弱くなる。
「もしかして貴方、僕が眠れてる眠れてないを――セックスの満足度の基準にしてたんですか?!」
「だってお前それ滅茶苦茶大切だぞ?! お前俺とやんないと寝れなかっただろ? 知ってたんだよ俺だって! お前俺を抱くとさ、寝れてたんだ。眠る為にやってんのかなって途中で気が付いて――お前ホントに眠れてなくて辛そうだったし――薬も効いてなかっただろ。ほっといたら死にそうだったんだよ。だからその……睡眠剤代わりならしょうがないのかな……って……俺――」
「貴方バカですか」
 だって後から判ったんだ。お前が記憶を改竄され続けてたこと。
辛かったろうなと思ったよ。それでなんか俺も諦めがついたんだ。でもってもう一人で眠れるようになったんだなあと思って、そしたらこんな碌でもない睡眠剤は消えたほうがいいと思ったんだよ……。
「――――……」

 タイム。虎徹さんちょっと考えさせて。
おう、いいよ、考えろよ。

 バーナビーは考えた。何か色々本当に互いに誤解が沢山あるようだ? と。
虎徹が自分の身体の上で小首を傾げて自分を見ている。
その仕草がおじさんなのに変に可愛らしいなと思ったらなんか泣けてきた。
涙を見られたくないなと顔を背けながらこう言う。
「……。取り合えず今日は奉仕とかいろいろいいんで、貴方を抱きしめて眠りたい」
「俺が抱き枕的で?」
「はい」
 そっか。
虎徹はアッサリ納得して両手をバーナビーの首に巻き付けた。
普通の人間ならその状態で立ち上がれなかったろうけれど、バーナビーは難なく立ち上がり、虎徹をお姫様抱っこの要領で持ち上げる。
そのままベッドルームに直行しながら「風呂は朝でいいですよね」と言ったが、虎徹はバーナビーの胸で頷いただけで何も言わなかった。
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