秋から冬へ(9) 結局のところ、折紙と虎徹は折衷案で意気投合したらしい。 刀の展示は一応交渉してみたものの、虎徹や村正という有名どころはやはり難しい事が判ったので、折紙サイクロンの手裏剣コレクションを展示することとなった。着物も本格的なものは着付けの問題もあって庶民相手には難しいという事から浴衣や手ぬぐい、和風ストール等のカジュアルでシュテルンビルトの日本初心者にも気軽に試せて普段使いにも耐えられるものへ。後高額商品は和家具を中心としたインテリアに展開を変えた。それに伴いオリエンタルフェアの会場全体を和風にするという事も決まった。 ローランドのオリエンタルフェア担当者たちから最も高く評価されたのは虎徹が提案した畳、だった。 日本のカーペット、フローリングのようなものと紹介した時に必ず靴を脱がなければならないというその目新しさと清潔さがあらゆる層にうけると評価されたのだ。 実際シュテルンビルトに限らず本国全体の傾向として室内では土足厳禁、スリッパで過ごすという家庭が増えているのだそうだ。 特に高床式ユニット畳というもので収納と和室を纏めて実現するというタイプが人気が高かった。普通のフローリングに設置するだけでOKというお手軽さが畳に馴染みのない層にも受け入れやすいと評判である。これは折紙サイクロンのトランスポーター、茶室様の休憩設備でも使用されているユニットで、オリエンタルフェアではそっくり同じように再現されてこれまた展示されることになっていた。 そのようにほぼ折紙サイクロンが提案した通りの方向で会場のレイアウトが決定し本採用されることに決まった。 後はオリエンタルフェアのイメージヒーロー役を務める事になった折紙サイクロンと何故かその助手扱いでいつも組まされてしまうワイルドタイガーが期間中何度か訪れて客を案内したり商品を説明したりすることになった。虎徹に言わせるとなんか勝手に決まってた、そうだが。 後からそれをロイズで伝え聞いて、逢えた時に直接教えてくれればいいのにとバーナビーは思ったが、直ぐに無理だなと考えを改めた。 虎徹とバーナビーはここの処三日間社内でも顔を合わせる事すら出来ないぐらい多忙だったのだ。下手をするとオリエンタルフェア開催まで虎徹とは会えないままかも知れない。 それもこれもこのオリエンタルフェアは思った以上に大きな企画で発表されて直ぐにシュテルンビルトで大きな話題を呼んだからだ。ローランドが開催するという一点だけでも充分話題性があるのにそれをプロデュースしたのが折紙サイクロンとワイルドタイガーだということが評判に拍車をかけた。 ちょっとキワモノの日本狂いのヒーローと見た目と名前は日本人っぽいが日本人じゃないヒーローとでどんな奇天烈な日本が演出されるのかと、シュテルンビルト市民は面白おかしくそれはもう滅多にない程楽しみにしていたのだから。 折紙サイクロン曰く、虎徹は「折紙のいう日本がなんか変なのは間違いないけど、俺は全然奇天烈じゃないし、別に日系人ひけらかしてヒーローやってる訳じゃないし最初から日本の事殆ど知らないって言ってるのになんでだ。畜生覚えてろよ、実家は和式なんだからインテリア関係なら割かし真っ当だよ!」と最後まで文句を言っていたそうだ。 バーナビーは虎徹の実家に一度行った事があったのでそういえば普通に日本式家屋で畳だったなあと思い当たる。 何が珍しかったかというと天井の低さと畳で、畳の縁は踏むなよと言われて縁が判らず逆に踏んづけて注意された事が特に印象深かった。 何にしてもここ数日は12月が近づいて来た事もあり全てのヒーローたちが各々忙しかった。 トレーニングセンターでもかち合うのは一人か二人で、それも一緒にトレーニングするというより入れ替わりの時にすれ違う程度だ。 ブルーローズとだけはOBCで何度か共演したのもありいつになく遭遇したイメージがあるが、12月1日開催のオリエンタルフェアに向けて虎徹と別行動は多くなりこそすれ増えはしないだろう。 12月にはクリスマス収録があるだろうと思うだろうが、先に判っている予定の特番等は生放送以外は全て9月10月に撮影済みである事が多い。わざわざ忙しくなると判っている月に撮影することは逆に稀なのである。しかし今年はこんなに忙しくなると判っていたらあんな風に喧嘩するんじゃなかったなあと思う。なんで僕は折角虎徹さんがプライベートで祝ってくれようとした誕生日代わりのオフにあんなことを言いだしてしまったんだろう? そして思い出した。あの日の前の週末、事件後に貰える休養日に突如虎徹が物置だった部屋の掃除を始めたことを。 事件後に二人帰ることは特に珍しくない事で、事件後の解決の高揚が収まらない時、或いは凄惨な事件で気持ちがささくれ立っている時等、気持ちにおさまりがつかない時に互いに互いを求める事があった。最初の頃は強引にバーナビーが虎徹を持ち帰っていた処があったがその内虎徹も吹っ切れたのか応えてくれるようになった。バーナビーが虎徹を好きだと自覚しそれを打ち明けて虎徹が了承して後は当然二人の同意の上で。 事件が終わったのが深夜だったのでそのまま貪るように虎徹を抱き潰した後、目が覚めたら虎徹が突然部屋を掃除すると言い出したのだ。 長い間ずっと物置で放置されていた部屋なのだと直ぐに判った。一度引き上げたせいか物は殆ど置いていなかったが、再度入居してからも殆ど立ち入る事がなかったのだと思う。埃の積もり方からこの部屋は下手をするとずっと空いたまま、放置されていたのではとすら思われた。 それこそ八年以上、恐らくは妻の友恵さんが亡くなってからずっと。遺品整理? そんなものは無かった。ただ思ったのだ。何故今むしろ今日、この部屋を掃除しようと思ったのだろう。まるでこの部屋自体が友恵さんの遺品みたいに。 部屋が綺麗になるにつれて虎徹の表情が憂鬱そうになるのも不安を誘った。 始まるのではなく終わらせるようでバーナビーは嫌だったのだ。 「……」 でも結局部屋を掃除した後、特に何をするでもなくまた部屋の扉を閉めてしまった。 綺麗に洗った脚立と大きな段ボール一箱と小さな段ボール数十箱、そして丸椅子二つを中において、物置を掃除しただけみたいな風情で。 結局虎徹はなんにも説明してくれなかったのでそれ以上の事は判らないのだが、物置を綺麗にしてまた物置にするというその行為に虎徹なりに意味はあるのだろうと思った。 その意味を深く考えたら駄目だとも。 そして気づくのだ。 あの大喧嘩の日から虎徹の部屋に一度も行っていない。何故なら虎徹がバーナビーの部屋に来て、自分の部屋には誘わないから。 事件の終わり、虎徹さんのうちの方が近いから今日は虎徹さんのうちに行きたいと言っても、バニーの家がいいといい、もしバーナビーがそれを拒否すると虎徹は自分の家に一人で帰った。 虎徹の家に立ち入らせて貰えなくなったのだと途中で気づいた。理由は判るような気がした。 だから何も言わずにバーナビーは自宅に虎徹を誘う。二人で居たいならそうするしかなかったのだ。 バーナビーの家にいる時、虎徹の行動が普段と変わっているようには思えない。 だけど、虎徹の家にバーナビーを立ち入らせなくなった理由は明白だとバーナビーはここ一か月で渋々でも認めなければならないと思っていた。 虎徹さんが望むなら別れてもいい、そう言ったけれどそんなの嘘だ。 自分の言葉に責任を持たなきゃいけないのは判っていたけれど、バーナビーは自分の発言を取り消したかった。 虎徹の事だからバーナビーがそう言っても真摯に謝罪すれば許してくれる、今までと同じ関係を維持していられると勝手に思い込んで期待していたのだ。僕は本当に馬鹿だとバーナビーは苦く後悔した。 [mokuji] [しおりを挟む] |