A secret novel place | ナノ
秋から冬へ(8)

 余計な情報に余計な情報を更に与えられてるよ俺。
そんな風に再生された動画を見て虎徹は顔を顰めた。
「最悪だ、大画面でこんなもん見たくねえ」
「虎徹さんだって思い込んでみればそれなりに観れますよ」
「俺は無理だわ」
 虎徹は本気で嫌そうだった。
しかしその割に結構凝視してるよなとバーナビーは横顔に思う。
「うえええええ」
 気持ち悪い、なんなのこれ。
「見せる必要ないだろこんなの、何が楽しいのよ。この俳優、お前だろ? 判んねえよスーツ脱いだらさあ。俺はアイパッチしてるから兎も角似てねえしなお前の役のやつ」
「反対バージョンもありますよ。僕がボトムで虎徹さんがトップの」
 数は少ないですけど、今から購入してみます?
虎徹はいらんと首を振った。
「見ねぇよ、大体こんなんなるわきゃないじゃん、実際お前と寝ててこうなってないだろ! こいつら俳優失格! やりなおし! 大体俺、こんなヒイヒイ言わねぇし」
「そうですね。虎徹さんはぐっと我慢するタイプですよね。まあ元がうるさいんで無口の方が数倍セクシーだって証明されました。まあ相手の好みにもよるんでしょうが、僕は好きですよ」
 真顔でバーナビーがそう言うので「証明されましたじゃねえよ」と怒鳴った。
その後は無言で見る。普通にAVとして見ればそんなに悪いものではなく、ヒーローものとして観たら、全然ヒーローものではなかった。
お互いに普通の服装というかワイルドタイガー役の男優がアイパッチをしているぐらいしかヒーローっぽい処がないからだろう。
二本目のスカイハイがトップでワイルドタイガーがボトムというヒーロー物のAVを続けてみて虎徹が納得したというようにこう言った。
「あーでもなんか今さ、俺がボトムになる理由が判ったわ」
「なんです?」
「ヒーロースーツだよ。トップマグ時代は俺も普通のスーツスタイルだっただろ? ロックバイソンは今の俺らと一緒のバトルスーツだったしスカイハイのメットも堅そうじゃん。つまりさ、押し倒してヤレそうなスタイルしてるのが俺だけだったから俺ばっかりボトムなんだろ。単純にさ。俺とバニーのはなんでか知らんけど、さっき見たやつもバトルスーツでの絡みは無かったじゃん。あるとしたらお前がスーツで俺がアイパッチだけの私服とかなんじゃね? 撮影費ケチるのも兼ねてんだろ」
「まあそんなところでしょう。冷静な分析ありがとうございます」
「あー嬉しくない」
 それから一通りヒーローもののAVに目を通し、やがて虎徹はもういいやと言った。
「ブルーローズのは気の毒過ぎて見てられん。自分のは居た堪れないし」
 そういやお前のとブルーローズのものはないの? 
ふとそういうと、バーナビーは判りませんか? と逆に聞いて来た。
 それに虎徹は長く無言で、やがてバーナビーは結局今日は折紙先輩と何を決めたのだと聞く。
「なんか謎のやり取りだけで終わった感じ。折紙は虎徹を――えっと俺じゃなくて刀の名前な? 俺の名前日本刀の名前であるんだよ、刀工の名前でもあるんだけど、その虎徹っていうのが名刀らしくて、スタチュー・オブ・ジャスティスみたいに今回のオリエンタルフェアの目玉にしようって言い出してさ。確かに日本刀は芸術品としての価値もあるからシュテルンビルトではウケるだろうけど、虎徹は美術館とかどっかの収集家のものになってると思うんだよな。だったら手裏剣の方がいいんじゃないかって単に展示するなら折紙が自分で集めてる手裏剣コレクションでもいいじゃんって。現役ヒーローの所持品だって展示価値あると思うんだよな。ローランドって超高級品も取り扱うけど基本的には庶民向けに展開してるじゃん? だから下手に高そうな日本刀より、折紙の手裏剣コレクションの方が耳目を集めるんじゃないかなと。まあ俺はそういう考え」
「まあ悪くないですね。三週間しか準備期間がないのに、芸術品を日本から取り寄せるより現実的かと」
「折紙的にはこの機会に自分の好きなもんを手に取ってみたいってのが強いんだろうけどさ、アイツ盛りすぎなんだよ」
 着物も刀も忍者も手裏剣も全部一緒にしようとするんだよ。
「それに斎藤さんも乗っかって――」
「斎藤さん?」
「あっと、斎藤さんにはこれから声かけるんだけどな。ホビー雑誌に俺と折紙を日本で括って特集記事のインタビューに出てた」
「なんですって?」
 バーナビーが思いもがけない大声を出したのだ虎徹はなんだあ? と言った。
「斎藤さんも、なんですか?」
「斎藤さんも、ってなんだ。斎藤さんは日本人だぞ。俺みたいな似非日本人と違って。俺より斎藤さんの方が絶対役にた……」
「そうじゃなくて結局オリエンタルフェアの最初の話し合いってスカイハイもバイソンさんもブルーローズもキッドも参加してたんでしょう?」
「ああ、うん? 成り行きでな」
「なんかそんなの嫌です。更に斎藤さんまで加えるなんて……」
「ん? なんか意味が解らなくなってきたぞ」
 お前何に不満持ったの今?
虎徹が怪訝そうに言う。けれど、何故かバーナビーは自分のもやもやした気分を説明する事が出来なかった。
多分自分でもよく判らない感情なんだろう。
 あーでもなんか覚えがある。特に虎徹さん相手にだけ時折感じる変な苛立ちだ。何故だろう。
「……」
 バーナビーが黙り込んでしまったので虎徹は小首を傾げた。リクライニングチェアの上なんとなく胡坐をかく。
やがて虎徹が唐突にこう言った。
「なんか判ったような気が今した」
 虎徹は何度か頷いた後、バーナビーにごめんと言う。
「え、なんで謝っ……」
「うん、いやちょっと以前な、これが原因なんだろうなって事に気づいてはいたんだよ。だけど色々あってさ忘れてたんだ。ジャスティス祭とかライアンの件とか。そんなんでどうせもうバニーとはこれきりなんだろうし、ライアンと上手い事バディの関係を築く事ができれば、人種的に今度こそ問題なく上手くいくだろうと思っててさ」
「人種的に?」
バーナビーがそう聞くと、多分これは俺が悪いんだと思う、と虎徹は前置きして話し出した。
「俺は日本に行ったことがないし、日本人がどういうものなのか実際のところ知らない訳だけど――コミュニティが日系人で固まってたからそれなりに受け継いじゃってると思うんだよ。ようするに俺たちは判りにくいんだろうな……八方美人? 的なところがあるよ。折紙なんかは逆に暮らしやすそうだけど――いやそうでもないかな?」
 それから虎徹は「判りやすく好意を示してくれ」って言いたいんだろう? お前は。と言った。
「友恵も日系人だからな。俺よりももっと純粋な――遺伝子上はほぼ生粋の日本人だから価値観が一緒で気づかなかったんだけど、シュテルンビルトに移住してからよく言われてたよ。よけーな世話って思ってたけど一理ある。俺も反省する部分はあった。こっちきて俺が一番驚いたのってなんだと思う? お前ら全員自己主張が凄いんだよ。ベンさんにもデビューしたての頃怒られた。お前は自己アピール力が弱いって。周りに慮ってばかりでどうするんだと。変に和を――協調したがるところがあってそれはヒーローとしても人間としてもこの街ではマイナスだとそうだな、多少矯正されたかな。良くも悪くもシュテルンビルトは、好悪を隠さない。好きなものは好きで嫌いなものは嫌いなんだ。ストレートで躊躇が無くそれが普通で回ってる。世界の大半がそうなんだろう。そして俺は、他人に自分の好悪の問題を悟らせないことが美徳とされてる価値観の中で育ったけどお前たちは大体そうじゃない。だから不満にもなるんだろうな。この頃お前を見てて良く考えるんだ。友恵も本当はそうだったのかと思って――」
「だから……なんだっていうんです?」
 虎徹さんの言うこと判りにくい。何を考えてるのか判らない時がある。僕はそれがいつも不安で不安で仕方が無い。だから僕はそういう虎徹さんのことは嫌いです。
「うん……」
 怒らないで聞いてくれよ? と虎徹は言った。
「お前さ、自分を特別にしてくれって思ってるんだろ? ほかのヒーローたちと自分の扱いが変わらない。ドラゴンキッドにもブルーローズにもロックバイソンにも、うーん昨日はあれか、折紙と俺の仕事の筈なのにブルーローズやキッドとスカイハイとロックバイソンも参加してたって事とか、更にそれに斎藤さんっていう身内を引き込もうとして、バニーだけ呼ばないみたいな。夜に飲みに行くにしても ネイサンにもキースには特に、か。ヒーローとしては特に仲良くなさそうって思ってたら、実はプライベートにも割合接点があるところとか。この場合アントニオは除外な? あいつは高校時代からの友達だって知ってるから少しまた違うんだろ? それを除外しても満遍なく特に変わりなく俺は人づきあいをする。……折紙にもみんないい顔をしてるって。どれも同等で同じ重さで接してる。でも、自分が恋人だというのなら、その誰よりも重きを置いて欲しい。自分にもわかるようにそこを区別して欲しい。自分が特別だと、ワイルドタイガーにとって……えー、そっちはいいのかな? じゃなくて鏑木虎徹という人間にとってバニーが一番だって本人にも周りにも判る様にして欲しい、ってことだろ、そうだろ?」
 凄く簡単に言うと、他の人間はどうでもいい――冷たくして、自分にだけ優しくして欲しい、それを常日頃から徹底して判るように表現してろってことだろ?
「言い方がなんか、今度はストレート過ぎてムカつきますけど、まあ概ねその通りです。そうかそういうことなのかな?」
 お前にストレートとか言われたかねーよーと虎徹が笑いながら指差してきたが、その指を叩き落とす仕草をしてバーナビーは憮然と言った。
「だってつまらないし寂しいじゃないですか。折角付き合うようになったのに、両思いだって判ったのに、貴方全然他に見せようとしないし、誰にも自慢出来ないし、言えないし……かといって虎徹さん家でだって別に甘えてこないし、普段と変わらないし」
「いや別に甘えるとかじゃねえだろ、そんなん意識してたら余計に甘えないよ、そこは無理だよ、だからさ柔らかい胸とか抱擁とかそのなんだ、甘えるとかさあ、そういうのが似合うのと付き合えよ、そういうのは無理って俺最初から言ったじゃん」
「言ってません」
「そうだっけ? でも判るだろ? お前何望んでんだよ。俺お前と一緒の男だよ? しかも一回り以上年上なのになんで俺に可愛さとか求めんのよ。無理だろ。そうじゃなくて俺は俺なりにお前のこと大切にしてるじゃねえか。恥ずかしいけどきちんと言葉に出して言うようにしてたしそこは俺も注意してたって。そもそも表で普段と変わらないっつーか表では絶対自分と関係してるってこと判らないようにしましょうねって言い出したのお前じゃねえか。市民に申し訳が立たないし、イメージも損ねるとかなんとか言ってアニエスなんか凄い形相だったじゃん。俺よりお前にマイナスだろ? 変わってないだろ俺、そんなに。何が悪いの、いいじゃん、ご注文どおりだろ?」
「……」
 バーナビーがじとめになってしまったので虎徹はびくっと肩を震わせたが、毅然として「兎に角駄目」と言った。
「お前が結局望んでる事って、俺がブルーローズやキッドの相談に乗ったり一緒に買い物いったりとかそういうプライベートの接触を皆無にして、むしろ二人に冷たくしてさ、バイソンと飲みにも行かず、折紙を無視って、ファイヤーエンブレムとはもっとビジネスライクに、スカイハイと世間話するのもNG、お前以外の誰とも距離をおけってことだろ?」
「そんな! そこまで言ってません!」
「同じことだよ、お前は俺を独占したいんだ。独占ッてのもこの場合変。俺をお前以外の交流と切り離して囲っておきたいんだよ。お前それ危険だぞ? 十二分DV男の素質あるよ。そんな野郎に惚れられる女は悲惨だぜ? 大体お前はNEXTで、しかもパワー型と来てる。NEXTだったとしても女じゃ到底太刀打ちできないよ」
 何を言い出すのだと詰め寄ろうとしてたバーナビーは、その後続ける虎徹の悪戯っ子のような笑顔に絶句するのだ。
「だから俺で丁度いいだろ、な、俺にしときなよ」
「虎徹さん……」
 時々不意打ちでこの人はこういうことをする。
だから僕はこの人には敵わないなあと、思う。思ってしまうのだ。それと同時に自分が思う以上にこの人はひょっとしたら僕のことを好きかも、と勘違い、してしまう。
でもそれって本当に勘違いなんだろうか? 勘違いじゃなくてそうであって欲しい、近頃強く強くそう思う。
顔を右手で押えて真赤になって俯くバーナビーを手招きする。
バーナビーは観念したように虎徹の傍に寄って行って、チェアの前に跪くと虎徹の肩に自分の頭を押しあてた。
「な? これで我慢しとけよ」
「――貴方ずるいですよ」
「ずるくない、ずるくない」
「ああもう、なんかこうていよくあしらわれてる気がする」
「しょうがないだろ、俺の方が一回り年上だもん」
「だもんとか、いい年のオジサンは普通言いません」
「あははは、どうかな」
 虎徹はぎゅっとバーナビーを抱きしめてからポンポンと二度右手で肩を叩き、自分の気持ちにちゃんと名前をつけてやれよ。そうじゃないとずっともやもやしたままよくわからないまま不満を抱えて行く羽目になるからさ。その訳の分からん感情をぶつけられる俺も辛いけどお前はもっと辛いだろ? という。
「すみません、気を付けます」
「んー、いいよ、ちゃんと考えて俺に判るように口で言ってくれれば。互いに気を付けよう。俺も勝手にお前の事こうだって決めつけないで出来るだけお前の意見聞くからさ。あっでも聞いたからって、その通りにするかどうかは別の話だぞ」
「僕のいない処で皆と仲良くしないで欲しいな」
「お子様かよ」
「斎藤さんを持って行かないでほしい」
「うーん、そのお願いも聞けないかな。でも斎藤さんを生で持って行ってどうこうすることはないよ。通話だよ通話当たり前だろ」
「生って」
 虎徹が生は変か、と笑った。
「僕も混ぜて欲しい」
「もう混ざってんじゃん。オリエンタルフェアの内容どころか、俺と折紙の日本アダルト事情までお前に内容筒抜けじゃねーか」
 あんなもんまで追加で見せといてお前は何を言ってるんだと虎徹が言った。
「よく考えたらそうですね」とバーナビーも言う。
 ほんの少しだけど、何か胸のつかえがとれた気がした。
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