バンパイヤ 3.獣の矜持(1) 3.獣の矜持 ヘリオスエナジーの主催であるパーティーを二人で抜け出して、バーナビーと虎徹は会場のあるゴールドステージからシルバーステージへの連結非常階段まで一気に駆けていった。 「今日はこんなんで良かったの?」 虎徹がそう聞く。 息も切らしていない。 バーナビーの方は少々息が上がってしまい、はあはあと忙しなく呼吸を繰り返した。 外はもう初夏で、風がとても気持ちよい。 「しかし、殆ど毎日パーティーばっかで、大変だな!」 どうやって生きてるんだ。 あいつら何が仕事なんだ?と虎徹は首を捻って考え込んでいる。 その仕草に、バーナビーはははっと、なんともなしに笑ってしまった。 「そういうもんなんですよ。 社交界っていうんですけどね、人付き合いが仕事です」 「ヒトと話したり食ったり飲んだりするのが仕事?」 素っ頓狂な声でそう聞き返し、わからないなあ、と虎徹が頭をがりがりと左手で掻いた。 「少しは慣れました?」 バーナビーが聞く。 「全然慣れない」 と、虎徹。 バーナビーは再び苦笑した。 それより、と虎徹はバーナビーに近づくと、その首筋あたりに顔を埋めた。 「今日は終わり? 終わり?」 「終わりです」 「サイトーさんに用事あるんじゃないの?」 「抜け出す口実です」 そう応えると、虎徹はニイっと笑った。 その途端、非常階段の手すりに押し付けられるのを、バーナビーは感じる。 虎徹は嬉しそうにバーナビーを抱きしめて、その唇に自分の唇を重ねてきた。 噛み付くような激しいキス。 この男は半分獣で、一度襲われて逆に屈服させてからも、時折こういった過激なスキンシップを要求してくる。 獣の習性だ。 狼は、群れを成す生き物で、その序列は厳しく決まっている。 このまま盛って、本気で犯されそうだなと思うわけだが、実際そうはならない。 激しい気性をした野生の狼だが、一度リーダーと定めた相手には決して逆らわない。 それが彼らの不文律であり、戦った後に決まる順位というものだからだ。 そして、虎徹は一度バーナビーに挑んで敗れた。 それは彼に屈辱よりも、何故か感動めいたものを与えたらしい。 傍から見ていたら恐らくバーナビーが襲われているようにしか見えないが、今この男は全力で、見えない尻尾を振っているところなのだ。 気が済むまで虎徹に自分の唇を奪わせていたバーナビーだが、そろそろ面倒だし、いい加減こっちも妙な気分になると、虎徹の腹を膝で突付いた。 すると、すぐに口を離して、金色の瞳で自分を覗き込んでくる。 「上手くやった? 今日も俺、ヒトみたいだったか?」 褒めて褒めて褒めて褒めて! 期待に満ちた瞳がそう言っている。 「ええ、上手くやってました。 大分ヒトに化けるのが上手くなりましたね」 ホント?! バーナビーはびくっとなる。 それはもう、満面の笑みで、まるで少年のように笑うのだから、バーナビーは胸が一杯になってしまい、その髪の毛を優しく撫でるのだ。 ご褒美ご褒美ご褒美ご褒美。 今度は、舌でざりざりと頬と耳の境目あたりを舐められた。 これまたしつこくしつこく舐めるので、バーナビーは悲鳴を上げて身を捩る。 虎徹は、ぎゅっとバーナビーを抱きしめて、色々とその身体に手を這わせていくわけだが、バーナビーはいい加減にしてとやっとの思いで虎徹を再び押しのけた。 途端にしゅんとなる。 垂れた耳が見えるみたいだなあと、バーナビーは苦笑しながら虎徹の額にキスを落とした。 「続きは家に帰ってやりましょう。 それより、まだここは敵陣と一緒です。 あなたの正体がばれたら大変な事になりますから、まだ気を抜かないで下さいね」 「頑張る!」 慌てて姿勢を正すと、ネクタイを調えて、髪を撫で付ける。 上目遣いに、おかしいところはないかな?と聞いてくるので、バーナビーは苦笑しながら大丈夫ですよ、と請け負った。 「今日はロトワング教授が現れると聞いていったのですが、結局無駄足でした」 「その、ロトワング教授って、何?」 「私的にはウロボロスと関連がある人間の一人だと思ってます」 「ナニソレ、危ないやつ?」 「昔、変身系NEXTを幾人か、解剖したことがあるっていう噂があるんです」 「解剖って」 虎徹が歩き始めたバーナビーについて行きながら、苦笑した。 「それって、俺なんか凄くヤバいんじゃない?」 「ヤバいでしょうね」 「そうか。 俺ちゃんと役に立つのかな」 バーナビーが振り返った。 「貴方は僕が、『守ります』」 「バニーちゃんが決めた事なら俺は従うよ。 お前が俺の主人だ。 リーダーなんだから」 「そんな風に言わないで下さい」 バーナビーは痛む胸を押さえながら言った。 「何度も言いますが、貴方は人間です。 僕は卑怯な事をしたと思ってる。 貴方には拒否権がないのに」 「そんなことないよ」 虎徹が笑った。 「本当にいやなら逃げ出してる。 俺さ、前の主人、無理矢理従わされたことについて振り切って逃げ出してきただけで、あれはあれで実は惹かれてたんだ」 え? バーナビーが振り返る。 「俺は根が獣だから。 獣は無条件で己より強いものには惹かれてしまう。 魅了されるというか、金縛りになっちまうっていうか。 もし俺が本当に純粋な獣だったら、アレに従う事をよしとしたかも知れない」 バーナビーは少し寂しげな微笑を浮かべて自分を見つめてくる虎徹に、手を差し伸べる。 黒タキシードの彼は洗練されていて、立ち居振る舞いがとても綺麗で・・・、それは獣としてのしなやかさそのままだったのだけれど、人間の所作というカテゴリに無理矢理当てはめた結果、蠱惑的なものとなっていた。 虎徹の一つ一つの動作には実際無駄が無い。 野生の獣は無駄な動きなど絶対に出来ないのだ。 それが自分の生死に直結しているものなら尚更。 特に狩りをする獣である狼のその成体は、見ているだけでもため息が出る程美しい。 獣の姿であっても、ヒトはその姿に賞賛するぐらいなのだから、獣がヒトに転じた虎徹は特にそれが顕著だった。 別に見せびらかしているわけでもないのに、一つ一つの動作から目が離せない。 それは、行動に躊躇がないということなのかも知れなかった。 好きだという言葉を仕草に、敬愛しているという所作を仕草に、お前を大切だと思うということを、言葉でなく行動で、そうこの男は自然に出来るのだ。 まったくそれが当たり前のように。 そして実際当たり前なのだろう。 言葉を持たずとも、狼は見事に統制の取れた家族を荒野に築くではないか。 「バニー」 金色の瞳を細めてそう自分を呼ぶ。 バーナビーはぎゅっと虎徹の身体を抱きしめた。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top ←back |