Call me 東経180度線のタクティクス (2) 彼こそが救世主だ。(He is the savior) そんな見出しで始まる記事がシュテルンビルトタイムスに掲載されたのはつい先々月の事。 子供を作りたくても作れない人々が溢れる世の中、自分の遺伝子とマッチング可能な相手を延々とネットで調べまわる日々。まるでドナーを待つように人々は自分との運命の相手をじりじりと待ち続けていたのだ。シュテルンビルトは世界唯一の連合国における一地方都市に当たったが、人類危機宣言取り消しのその記念すべき日に機能していた13都市の一つでもあったので、社会システム的に一番成熟していた。それ故に庶民文化の復興もかなり早く、同じように人々の娯楽や文化が発展充足していった都市に日本の東京がある。文化の復興は人間の社会生活の復興のバローメーターでもあったから、人々は国の支援も手伝って娯楽や趣味にも積極的に勤しんだ。多くの規制がまだ存在したが、市民を程よくサポートする都市管理システムNIKEは、情報系のネットワークを充実させることを特に奨励した。その為国営放送一つしか存在しなかったものが2100年から20近く増えた。電子出版関連が多かったが、民放が幾つか立ち上げられた。今では4社が競合するに至っており、その総括に現在アポロンメディアが存在した。国営に一度払い下げられ活動も制限されていたアポロンメディア社が独自経営体制としてOBCとともに再起動。同じくシュテルンビルト旧7大企業の全てがその経営権を民間に返還され、凍結株保持者から新CEOが選出、2101年には全てが元通りとなった。旧体制それ以前、NC1982年当時の再現である。まだ人類が衰退を自覚する前、繁栄を謳歌していたその古きよき懐かしき時代の面影を残したそれを、シュテルンビルト市民はこよなく愛した。これでヒーローシステムが復元されればシュテルンビルトは完全再生だという声も多くある。しかし現時点人類のほぼ全てがN.E.X.T.である状態で、ヒーローシステムは単なる芸能人の活動と変わらないだろうとも諦められていた。考えてみたら自分自身が旧世代のヒーローそのものなのであるから、復元されないのも当たり前だったろう。N.E.X.T.を超える者が更に現れるのではないかと奇妙な噂が何度も立ったが当然そんな事は起こらなかった。ただし、シュテルンビルトにおいてある二人の存在がゴシップにすっぱ抜かれるまでは。 そもそも、バーナビー・ブルックスWに関しては元から静かに噂にはなっていた。 シュテルンビルト司法局、そして管理コンピューターNIKEが推薦してくる自分のお相手に物凄く美形でマッチング率の高い青年がいると。そんな好条件の相手がいるのなら、最初から表示しておいてくれよと叫んだ者が数知れずという、ただしその特A級カードと呼ばれる程稀な相手はその時チェックし逃せば二度と検索にも引っかからないものであるからして、なんらかのNIKE側のエラー、または一種のジョーク、単なる見間違いだという諸説諸々からシュテルンビルトの都市伝説となっていた。 だが、それをシュテルンビルトタイムスが検証した。その結果、特A級カードは存在すると結論付けたのだ。そして実際にバーナビー・ブルックスWのカード、つまり顔写真が公開されたのと同時にバーナビー・ブルックスWは簡単に特定されてしまった。 そもそも彼自身が受け継いだ名が有名すぎたのだ。 バーナビー・ブルックスJr そう、現人類の殆ど始祖にもあたろうかという偉大なる旧世代のN.E.X.T.である。判らないほうがどうかしている。現存する人類の98%がそのブルックス因子を幼少時に受け継がされているのだから。それを持つことによって彼らは今を生きる事を許されている、それ程大切な要素であるからして当然初等教育から彼の名前は教科書に載っていたし、義務教育で習う事が決められていた。つまり知らない者を探す方が難しい。更には、バーナビー・ブルックスJrとほぼ同じ容姿、子孫だと考えない方がどうかしている。 そんなわけで、バーナビー・ブルックスWは都市伝説から急遽実在する本物のヒーロー、いや救世主としてメディアに連日取り沙汰される事になってしまった。 遺伝子マッチング率80%以上という脅威の存在。マッチング率が限りなくゼロに近い希少能力者にしてみると彼は本当の意味で救世主だった。マッチング率はそのまま、自分が子供を作れる確率に通じる。結果、司法局に彼との所謂見合いを嘆願するメールや書類が一気に押し寄せる事となってしまった。 その結果、同時に彼には現時点選んだ相手が居るということもすっぱ抜かれてしまった。 ただし、最初は単純にバーナビー・ブルックスWが司法局が推薦した溢れんばかりの推薦(お見合い)相手の中から選んだのであろうと思われていたが、鏑木虎太郎が婚約時17歳であった事が判明すると、自由恋愛であると一気に人々の関心は虎太郎へと移っていった。それも最初は、「こんな条件のいい相手を独り占めするのは許さない」的な方向だったのだが、調べが進むにつれてどんどん雲行きが怪しくなってきたのだ。 鏑木虎太郎もまた非常に特殊な能力者だった。 バーナビー・ブルックスJrの子孫であるバーナビー・ブルックスWが旧世代のFive minutes One hundred power持ちだという事がわかった時のショックよりそれは大きかったと思われる。鏑木虎太郎は、シュテルンビルトにおいて二人目の、ひょっとしたら全世界中で唯一人の進化したOne hundred power保持者、第六世代のパワー系N.E.X.T.だったのだから。 更に調査が進み、彼がワイルドタイガーの子孫だと知られるまでに数日もかからなかった。 その後の大騒ぎは火を見るより明らかだった。 彼は90%以上の遺伝子マッチング率を持つ、いわばその遺伝子自体が進化したN.E.X.T.そのものだったのだ。 虎太郎にもあっという間に求婚者が鈴なりになった。否、もはや半狂乱といっていい。自分の子孫がまず望めないと諦めていたコンマパーセンテージ以下のマッチング率しかない特殊能力者がそれこそ最後の望みの綱とばかりに縋りついた。司法局に届く文面はそれはもう悲痛なものばかりで中には脅迫めいたものも多数含まれていた。 その為、二人の関係と能力、その特性他が流出してから二週間後、二人は司法局に保護されることとなり、司法局直下にある所謂官僚エリアの一室に匿われる事態となっている。二人の安全をまず第一に確保すること、そう言うわけで虎太郎は実家を出て一足早くWと同棲する事になっていたのだが、全然嬉しくなかった。 婚前同棲なんぞ許さんと息巻いていた虎太郎の父 友則も渋々ながら了承せざるを得なく、この事態を実際見て彼もこんなことならもういっそのこと二人を結婚させた方がいいのではないかと苦悩していたが、それを伝える前に司法局が二人を連れ去ってしまっていた。その為虎太郎もWも友則が軟化しているのを知らずそれは更に不幸な事だった。 Wはどうして自分のデータが流出したのか、まずはそれを知りたいと思っていた。 今更言ってもせんのないことだが、どうしても納得できなかったのだ。 このまま何事も無くいけば、後二年足らずで自分と虎太郎は一緒になる事ができたのに。 しかし司法局はのらりくらりとかわすばかりでこの件については何も言わない。 なんらかの対処をとろうとはしてくれているのだろうが、そこらへんを一切二人には知らせようとしなかったので、ただ成す統べなく現状を甘んじて受け入れるだけ。さすがに官僚エリアには誰も突撃してこれないが、学校に行けば騒がれ、街に出れば程なく見つかって群がられ、何かと言うとちょっかいを出されてしまう。それも多少落ち着いてはきているが、あいも変わらず自宅のパソコンにはメールや嘆願書が大量に届き、それも司法局の検閲がきちんと入った状態でこの数かとため息ばかり。バーナビーも虎太郎もそれからずっと溢れる求婚者を前に何も出来ず歯噛みすることしか出来ないのだ。俺たちのプライバシーは何処にいっちゃったんだよと虎太郎が嘆くのも判る。 虎太郎は本当にこれなんとかならないのかと辛そうにため息をつくが、Wにはその姿すらが胸に突き刺さった。 [mokuji] [しおりを挟む] |