Call me 時系の魔女 | ナノ
Call me 東経180度線のタクティクス (3)


 今日は虎太郎が補習の日だ。
Wは一足先に宛がわれたフラットの戻り、大きなため息をついた。荷物をぽんとベッドの上に放り投げると暫くその場に佇んでいた。
自分の端末は触りたくもない。どうせ、また何百通という見合いのメールが詰まっていると考えると腹の中に石を飲み込んだような気分になる。
かといって、虎太郎のように何も読まずに直ぐにゴミ箱に突っ込むという事も出来ないのだった。
 何故なら、みな必死だから。
子孫を残したい、そう誰もが望んでそれが殆ど叶わない望みだと、そう知りながら生きている人々ばかり。
切実なその言葉をWは切り捨てる事など出来なかったのだ。
 それに自分に来るものはまだいい。求婚それじたいをWは疎んじてはいなかった。そうではなくWが辛かったのは、自分や虎太郎に求婚する誰もがれっきとした自然発生した人間だということ。自分のような自然にあるまじき方法で生産された偽者ではないということだ。
 自分がクローン体だと知ってからWはクローンについてよく調べた。実際クローン体が子孫を儲けて現時点問題は発生していないというが、NC2090年を持って新規クローンの作成を世界は廃止していたのだった。
何処の国もクローンの生産を止めた。それの意味するところを考えるのがバーナビーには怖かった。単純に人が普通の営みを介して増える事が可能になったのだからと考えるのは余りにも楽天的過ぎた。やはり何か問題がありその方法が避けられたと考えられる。人口増加の効率が悪い為ならまだいい。そうではなくやはりなにか弱点があるのではないのかと思うのだ。所詮人の手で創られた偽物の命――そう、Wはその事実を知った日から自分を卑下していた。技術的には最新のものでクローニングされたのだろうが、自分は旧世代のクローンだ。それも一世紀も昔のバーナビー・ブルックスJr、その冷凍された細胞から切り離されて時を超えて亡霊のように再現された何かだ。旧世代の人間はみな短命だったという。ブルックス因子が特定されて、みなその予防延命措置を受けて誕生する。自分も恐らく完成されたブルックス因子を逆転写されて寿命に影響が出ないように作成されていると思われる。だけど世界中でただ一人、自分はバーナビー・ブルックスJrの分身なのだ。肉体的には『彼そのもの』。
 バーナビー・ブルックスJrは47歳で死んだ。原因不明の衰弱死、人類を襲った不治の病そのもので亡くなったのだ。
ブルックス因子はそのバーナビー・ブルックスJrの献体から得られたものだというが、じゃあ何故バーナビー・ブルックスJrはその因子を内在させながらも死ななければならなかったのか。世界中でただ一人、自分だけがその因子が効かず47歳で死ぬのではないだろうか? それは疑問ではなく確信だった。
 僕は死ぬ。僕だけきっとこの世界で生きていけない。なのに、僕は虎太郎と――生きて行きたいと思ってる。彼の人生のきっと大半を無駄に――。
虎太郎が自分を愛してくれていることを信じてないわけじゃない。むしろ信じてる、運命だと思ってる。
ワイルドタイガーとバーナビー・ブルックスJrは添い遂げる事が出来なかった。いや最初から添うことすら許されなかった時代に生きていた人たちだ。
彼らは彼らの時代を彼らなりに幸福に生きただろうが、自らの元にやってきた鏑木虎徹というワイルドタイガーの幽霊――虎太郎は幽霊だと言い張っているが実際のところはなんだかわからない精神体――と出会い暮らし、語ってみてそれは違うと思っていた。
 あの人は後悔していた。
バニーと自分を呼ぶ度になんとも言いがたい悲しそうな顔になったのを見て、Wは思ったのだ。
 ああ、この人は傍にいれなかったのだろうなと。そして自分を慰める言葉に知ってしまったのだ。

――俺は後悔したよ。なんでちゃんと言わなかったんだろうって。

 言えなかったのだ。
この人は言えずに、お前を愛していると一度も言わずバーナビー・ブルックスJrの傍から永遠に失われてしまったのだ。

 美しい琥珀の瞳を思い出しながら、Wはベッドの上に仰向けに転がると、両腕で顔を覆う。なんだかもう堪らなかった。
覆った頬から涙がほつほつと流れ落ち、ああとWは思った。
本当に僕が虎太郎のことを思うのなら、彼はもっと別の人と新しい恋愛をした方がいい。僕は所詮クローンだ。そんなの関係ないって言ってくれた虎太郎のこと、本当に大好きだけれどそれは僕のエゴなのではないのか。僕は過去の亡霊のようなものだ。虎太郎との間に生まれた子が先祖返りしないなんて保証は無い。今でも何割かの子供たちが10歳まで生きられずこの世を去る時代、原因不明の衰弱死は実際全て撲滅できた訳ではないのだ。もし、僕らの間に生まれた子供がそうだとしたら? 許されないなにかだったとしたら、僕は僕を絶対に許せそうに無い。だったらいっそのこと自分たちに拘らず誰かに子供を作ってもらって、僕らは作らないという方法がいいのではないか? でもそれだと家族は家族でいるべきなんだという虎太郎の信条を裏切る事になる。恐らく虎太郎は納得しないだろう。
 話さなければ。自分自身の問題を直視しなければ。自分だけの問題じゃない、虎太郎と、そして虎太郎との間に生まれるだろう新しい命への責任でもある。けれどそれを具体的に考えたなら、リスクを減らす為にも僕と虎太郎の子は生まれるべきではないと機関は結論を出すだろう。
Wには朧な予感があった。この自分たちだけの遺伝子情報のライブラリデータ流出は仕組まれたものなのではないかと。恐らく行ったのは司法局そのものだ。自分たちの遺伝子情報が流されれば、近いうちにどこの都市も自分たちの遺伝子提供と公開を要求してくるだろう。下手をすると訴訟だ。シュテルンビルト司法局は形だけの抵抗を行った後、虎太郎はともかく自分の遺伝子情報は世界に公開してしまうだろう。自分がクローン体だと続けてリークがあるようならなお更だ。僕は虎太郎に相応しくない。彼をこんな馬鹿げた騒動に巻き込んでしまった。僕ならまだ判る。そして僕はバーナビー・ブルックスJrの気持ちが理解る!
僕ならいい。僕はまだ我慢できる。でも本来旧世代の因子もち、第三世代のバーナビー・ブルックスJrの原始遺伝子持ちの自分より、虎太郎の方がこの世界では『更に貴重』だ。しかも虎太郎の家系、鏑木一族は自然出産で血脈を伝えてきたというかなり稀有な存在なのだ。家系図もしっかりしていて、恐らくバーナビー・ブルックスJrと同じ、それもジュニアより原始的なブルックス因子(N.E.X.T.基礎遺伝子)持ちだったワイルドタイガーから自然進化をして虎太郎という希少種第六世代パワー型N.E.X.T.を発生させせしめた、ある意味純血種なのだ。今世界に提供されているブルックス因子という人工的に作られたものとは違う、恐らく虎太郎の中に流れるそれは自然進化の奇跡の螺旋を描いている。本当の救世主はバーナビー・ブルックスJrではないこれからは恐らく虎太郎が遥か未来そう呼ばれるようになるだろう。
 そう、Wは気づいてしまった。
かつてバーナビー・ブルックスJrとワイルドタイガーを襲った悲劇が自分たちにもそっくりそのまま圧し掛かろうとしている。
次に切り刻まれるとしたら、虎太郎だ! みんなよってたかって彼を求めるだろう。自分がクローンだと知られたら、世界はあの愛しい僕の豆台風をここぞとばかりに連れ去ってしまうに違いない。

 いやだ、辛い。誰か僕に助言して下さい。僕は一体全体どうすればいいんですか――。
Wの脳裏に浮かぶのは虎太郎を思い、でも彼には他に思い人がいるのだと絶望し、酔っ払って自暴自棄になった夜の事。
虎太郎の先祖であるワイルドタイガー、鏑木虎徹は傍に跪きながら、優しくでも強く自分にこう言い聞かせてくれたのだ。

――慕った人を失くし、失くしながら生きてきて、多分バニーにとって俺は初めて失われないかも知れない、信じたいものだったんだ。
何故、信じさせてやらなかったのだろうと俺は後悔したよ。
 人を信じる事は馬鹿げた事じゃない。
信じて裏切られるなんて日常茶飯事だ。小さな細かいことをあげたら俺もいっぱい裏切ってるんだろうと思う。
だけど今まで許されてきた。そしてまた信じていいよって手を伸ばしてくれる。
 人を信じられるほどに強くなれ。運命を受け入れられる程強く。もし裏切られたとしても笑い飛ばして、また最初から信じなおしたいと真っ直ぐに思える人になって欲しい。強くなれ、お前が信じたその気持ちは誰よりも強い。馬鹿なんかじゃない。誰よりも強いから信じられるんだ。信じた自分を誇って欲しい。
その思いはちゃんと届く。信じたいものを信じれる勇気を持て。
 大丈夫、お前ならきっと出来る。

 バーナビー、大丈夫だよ、お前ならきっとできる、出来るから

「タイガーさん・・・・・・」
 Wはそう小さく虎徹の名を呼んだ。

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