Call me 時系の魔女 | ナノ
Call me 東経180度線のタクティクス (1)


TIGER&BUNNY
【Call me 東経180度線のタクティクス】The cat which is not tamed.
CHARTREUSE.M
The work in the 2013-2014 fiscal year.


 シュテルンビルトゴールドステージ、セントラルパーク東広場午後3時。
レトロな博物館の橙色のレンガを背に、虎太郎は苛々と自分の連れを待っていた。
待ち合わせは二時半だったが、大学の用事で多少遅れるとの事。勿論連絡を貰っていたのでそれにイラついている訳ではない。そうではなく、今虎太郎は何人目かの通りすがりの求婚者に言い寄られており、その前に声をかけてきた4人と違ってかなりしつこく食い下がってきているこの男にいい加減キレそうになっていた。
しかし、先週も既に5人程病院送りにしている実績――ではなくて前科があったので今週は年上の綺麗な恋人でもあるバーナビー・ブルックスW(フォース)の懇願もあり手を出さないように極力我慢していた。だが虎太郎の堪忍袋の尾はかなり短い。それ故にもはや限界は直ぐそこだった。
「きゃわいいなー、東洋系? ね、彼女東洋系でしょ? チャイニーズ? 俺オススメの店知ってるんだよ、中華でとても美味しくてね! ねね、お願いだから電話番号お・し・え・て」
 ビキッと額に青筋が立つ。もう応えるのも面倒だしそもそも声を聞かせるのも嫌だったので喋っていなかったが、そのせいか完全にこの男は俺を女だと勘違いしているようだと思い、それも苛々に拍車をかけていた。
 今から一世紀程前に一度人類は瀕死の状態になった。子供は生まれず、寿命は極端に短くなり、原因不明のまま人々はどんどん死んでいった。一時期人類の総人口は3億を下回ったと言う。文明の維持に必要な人口の1割を切ってしまったのだ。それ故に人は足掻きその緊急事態に対応する為、ブリージングパートナー制度という人間を機械的に振り分けて子供が作れそうな者同士に強制的に子供を作らせるということで危機を乗り越えた経緯があった。そしてその危機は今一応去ったものの、子供が大変生まれにくいという社会的問題を今でも継続中なのだ。それ故に、互いに互いの相手を探して、とにかく「これは!?」と思う相手にはみな躊躇無く「結婚を申し込む」というのが一種の社交辞令、いや必然の挨拶になってしまっているのだった。
虎太郎は可憐な少女に見える程のほっそりとした中世的外見を持っている。しかしその内面は非常に苛烈だった。いや少々どころではなく本当に宿る肉体を間違えたんじゃないかというぐらいの猛々しさを持っていた。
 つまり。
虎太郎は寄りかかっていたレンガの壁から肩を離すとその男に向き直る。
背の高さは190cmそこらだろう。虎太郎はまだ伸びていたが現時点で身長が165そこそこしかなかった。だから見下ろされる形になっていたのだが、それをものともせず逆にねめつけて言った。
「貴様は三つ間違いを犯している」
やっと喋ってくれたと男は逆に喜んだようだが、その声に「あれっ」とは思ったようだ。
「まず第一に俺は女じゃねえ。あと俺はチャイニーズじゃねえ、ジャパニーズだ。それから俺は大抵の男は嫌いだ」
 何故ならな。
虎太郎は右拳を握りこむ。稀有のブルーグレイの瞳が一気に光沢を放つブルーに染まり、『大分加減はしていたが』そのOne hundred powerを発動した。ちなみに虎太郎の能力はWの持つFive minutes One hundred powerの進化型で、凶悪な事に時間制限を持たなかった。
 あーれーと漫画のような悲鳴を上げて虎太郎を口説いていた男がシュテルンビルトの空に舞う。
そこへ小走りでやってくるのが虎太郎の目下婚約者であるバーナビー・ブルックスWで、周りを鈴なりの女の子に取り囲まれており、半泣きで待ち合わせ場所に急いでいるところだったわけだが、恋人のあんまりな所業を目の前にして頭を抱えて悲鳴を上げた。
「虎太郎!」
「よお、フォース」
 悪びれずに人差し指と中指を立ててピッと顔の横で振る。
虎太郎は得意げにWを見た後、「まーた女に群がられて」と肩を竦めた。
 ごめんなさい、ホントに許して、僕もう婚約者がいるんです、ほら彼! 遺伝子マッチングも済みましたし、あちらの保護者の方にももう許可貰ってるんです! ですから僕はあなた方とは付き合えません!
 しかしこれはあまり効果的ではない断り方でもあった。
この時代、子供を作るということが最大の目的になっているところがあり、実際この時点で虎太郎とWを一番悩ませていた事は、互いが結婚したとしても、他にマッチング相手がいるとしたら子種を提供するというのが一般的に求められていたからだ。遺伝子マッチングが非常に難しい者にとって、虎太郎とWは 子供を作らない者にペナルティが課される現代社会では一種の救世主的な役割を求められていた。
結婚も恋愛も自由にしていい。でも遺伝子は欲しい。子供作らせて状態である。特に女性側の本音ははっきり言って、結婚は望まない、でも精子は寄越せということだった。
 これが虎太郎とWにしてみたら堪らない。
通常全世界で探しても遺伝子マッチング相手が一人か二人しか見つからない現状では大した問題にならなかったのだが、二人は殆ど誰とでも子供が作れる稀有の体質を持っていたせいで相手がそれこそ万単位なのである。絶対いやだ!と思うのも無理はないことだった。
それにWが真実いやだったのは、自分自身を好きで子供を儲けたいと思ってくれているのではないということ。
せめて自分を認めて愛してくれる相手であったならここまで嫌悪しなかったろう。けれどこの時代人にそういった情緒を求めるにはもはや人が減りすぎておりWの心情は単なる理想論に過ぎなかったのだ。
 虎太郎の乱暴な一撃を見て、Wも仰け反ったが付きまとっていた大学の女子たちも一気に遠巻きになった。
Wは駆け寄ると虎太郎に「どうしてそう、手を出しちゃうんですか! もうやらないって約束したのに!」と絶叫、その後感極まってうわあっと泣いた。
「どうして我慢できないんですか! 今月もう何人目だと思います? 手を出しちゃダメ! このままいったら貴方、本当に実刑食らいますよ? そしたら僕どうしたらいいんですか、一人じゃないですか」
「ごめんごめん、バーナビー」
 虎太郎は慌てて謝った。
虎太郎の視界の中、遠くの芝生で倒れ伏していた男の下に公園にいる作業用ロボットが「救助・救助」と言いながらわらわらと集まってきて、その中の一体が担いで無人の救急車に運び込むのが見える。「この程度じゃアイツ死なないよー」と虎太郎はあっけらかんと言った。
「自分で言ってたモン。俺の力は自然支配系、空も飛べるって」
 エアマスター系なんじゃねえの。だったら着地ン時に死ななねぇ程度になんかしただろ。俺も手加減したし。
そう言う問題じゃない! とWは喚いた。
「虎太郎――メッ!」
「あはー」
 一通りWに怒られて謝った後、虎太郎はWに群がりながらここまでついてきた女の子たちに自分がステディだからもうこいつに構うなと言った。
事実上威嚇だった訳だが、互い互いに頷きあい、女の子たちは散っていった。それを見送って虎太郎がため息。
「こんなの何時まで続くんだろうなあ」と呟いた。
「お前も断り方がへたくそなんだ。ああいうのはな、特に女はな、はっきり言わなきゃ通じねえからな。あいつらのホント頭の中花畑なんだ、自分の都合のいいように解釈してこれまた迷惑な方向に事実捻じ曲げるからな。相手するお前も悪い」
 ええそうですねとWは頷いてやっと泣き止んだ赤い目を虎太郎に向ける。それから二人同時にまたため息をついた。
そんな二人の経緯を面白そうに眺めていた第三者が居たらしい。
虎太郎もWも気づかなかったが虎太郎がずっと寄りかかって待っていた博物館の壁のその向こう。幾つかのベンチが点在している。その中の一つに初老にさしかかった上品そうな、しかしここいらでは珍しいファッションの男性が二人を見ていた。
いやはや凄いね。
 その男はくすくすと笑った。
イギリス紳士風といっていいのだろうか? 小洒落たストライプ柄のワイシャツ、燕尾服のような先端をしたデザインのスーツ、そしてピカピカの靴。それといまどき珍しいシルクハットと、黒と銀のステッキ。
「なんだよオッサン」
 虎太郎は不躾にそう聞く。フォースも怪訝そうにその男を見やっていたが、理由は虎太郎とは違っていた。バーナビーには彼に見覚えがあったからだ。
しかし思い出せない・・・・・・誰、誰だったろう? そしてバーナビーはその男の相貌を思い出して口の中で小さな悲鳴ににた声を漏らすのだ。
「パーヴェル・・・・・・、マクファーレン将軍――」
 おや?
男は目を見開いた。
「私を知っているのかね? 私の記録は公式上では抹消されている筈なんだが」
 きらりと光る視線にバーナビーは心中竦み上がる。まさか第四世代のNIKE(シュテルンビルト総括コンピューター・現在は第六世代)をハッキングした時ファイルにあった写真で見ましたなんてことは言えるはずもなく「シュテルンビルト近代史を調べていて、歴代将軍のページに写真があったんです」と嘘をついた。
「え。シュテルンビルトに軍あるけど、指揮官で将軍が来てたことってあったっけ?」と虎太郎。
内心Wは、馬鹿虎太郎、黙っといて下さいよッと冷や汗をかいていた。
 しかし男はそうかそうかと頷いただけでにこりと笑った。
「じゃあ、話が早いな。そう、私は昔将軍だった。もう随分前に引退したがね」
 だから将軍とは呼んで欲しくない。愛称はヴェルターというんだ、そう呼んでくれないかと。
「ヴェルター?」
「ドイツ語で燈台守って意味さ。シュテルンビルトはドイツ系移民が多い都市――だったからね、――昔から。それもあって馴染みが私にドイツ語で愛称をつけたわけだ」
 でも何故燈台守なのかとWがいぶかしんでいるのが判ったのだろう。ヴェルターはぱっとシルクハットを取ってにやりと笑った。
「若い時はふさふさだったんだがね、年をとったら天辺がごらんの有様だ! 私の幼馴染は容赦のないヤツでね、お前将来絶対ハゲるぞと」
 虎太郎がぶーッと吹き出した。
「ヒデエ! 天辺ハゲだから燈台かよ。ピカピカ光ってるって!」
「そうさ!」
 ヴェルターはおどけて続けた。
「しかもそいつは予知を得意としててね! ヤツの発言が外れた試しがないんだよ! その時の私の絶望が君たちには判るかい? 私はまだふさふさなのに将来の自分を覚悟してあだ名を粛々と受け入れたって訳だ! ハッハア」
 ツボに入ってしまったのかげらげら笑う虎太郎と違ってバーナビーWの方は笑えない。
「こ、虎太郎・・・・・・」と、蚊の鳴くような声で諌めたがわかろう筈もなかった。Wは顔から火が出るかと思った。
ヴェルターはそんなバーナビーに気にすることはないとウィンク。
そして何か力になれることがあるかも知れないと言った。
「俺の? フォースの?」
「君たち二人のだね」
「僕らの?」
「まずは婚約おめでとう」
 二人は途端に緊張した面持ちになる。何か司法局関係者かと思ったのだ。思えばその可能性のほうが高い。
「あ、の――」とWが言いさしたのを片手で制してヴェルターは首を振る。
「もっと個人的な筋からの、願いでね――知枝」
 今度は虎太郎が身じろぎする番だった。飛びつくようにして言った。
「知枝は元気なのか?! 今何処に居るんだ、お前何か知ってるのか!」
「私たちは長い事故郷へ帰りたかった」
 虎太郎の質問には答えずヴェルターは唐突にそう語り始めた。
「やっと帰れることになったんだよ。みな喜び勇んでそこへ向かっている。それもこれも全て君たちの先祖のお力だ。我々は感謝している。そして知枝もやっと、愛しい人と添い遂げることになったというわけだ」
「知枝、ねーちゃんの好きなヤツ、がそこに居るのか」
「そう」
 ヴェルターは呟くように肯定した。
「そいつの故郷へ帰るのか? 知枝の彼氏の?」
「そう。私ももう直ぐそこへ行く」
「シュテルンビルトじゃダメなのかな。そいつどうしてもそこに行かなきゃダメなのか? ここで俺らと一緒に暮らすって出来ない相談なのか」
「出来ないね。我々はその故郷に帰ったら二度とそこからここへは戻れないから」
「くそ、移民制限か。姉ちゃんマジでそいつの事好きなんだな」
 虎太郎は嘆息した。
「シュテルンビルト居住権限捨てて、俺や家族捨てても行くんだな。そんな気はしてた。ねーちゃん誰だかわかんないけどマジ恋してるって」
「虎太郎」
 唇を噛みしめて俯いた虎太郎をWが横からやんわりと抱きしめる。
「せめて結婚式の時にこちらに来る事は出来ないんでしょうか。あの入国審査も移住も再入国も非常に厳しいのは知っています。でも・・・・・・」
 結婚式ぐらいでは多分許可が下りないとはWも良く理解していた。
一度国境を跨いでしまうと、二度と戻っては来れない。現在人類の人口は各都市で厳しく管理されており、一人二人の増減も簡単には許されないのだ。世の中はバランス、それは本来自然に取られるものの筈なのに、人類はここ一世紀近く全てコンピューターにより徹底統制されている。そうでなければ人類はもう人口維持が難しい状況であり、ブルックス因子という突破口を見つけてはいてもその危機は完全に去っては居ない。いつかどこかで人類が再び進化して、N.E.X.T.こそが新しい進化の形だとこの世の中に認められなければ。恐らく地球と言う生命体に許容されなければ本当の意味での未来は人類に訪れない。そしてそれは何千年後かの話になるだろう。
 難しい顔をして不意に黙り込んでしまうWにヴェルターは気づいたのかも知れない。
虎太郎は自分を抱擁するWに満足そうに擦り寄るだけだったが、ヴェルターはふっと寂しげな微笑を口元に浮かべると、「君たちが結婚するのを見届ける迄私は知枝の代わりにここに残るつもりだ」と二人に告げた。
「知枝がここに居れない分、私が見届けて、伝えてやろうと思ってね」
 いつか。
最後の言葉は二人には届かなかったろうが、虎太郎は「俺たちの結婚式に出席してから移民すりゃ良かったんだ」とまだ未練がましそうに呟いていた。
 そうもいかないでしょう。
Wは移民制限がどれほど厳しいか、そしてシュテルンビルトに居住する資格がどれほど世界でも貴重なのかを知っていたのでその言葉をやんわりと否定する。
出て行くも入るもシュテルンビルトという都市は特殊すぎた。それに知枝は女性だ。一般的に女性の方が子供が生まれにくい現代社会では貴重とされ、管理も徹底している。唯一例外的に出て行けるとしたらやはり恋愛がらみ――知枝が子供を確実に産めるで相手であったからだろう。相手方がシュテルンビルトと同じ特殊管理都市居住であればなお更だ。知枝とWは実際面識は無かったのだが虎太郎から齎される情報から知枝の相手が女性であるということは考えにくかったが、向こうがもし女性だとしたら余計、居住区強制変更がありえた。それも居住区は都市管理コンピューターによる抽選になる。シュテルンビルトではなく相手方の居住区の方が子育てに向いている、あるいは何か優先してしかるべき理由があったのだとしても、それこそ知枝に拒否権はなにもないのだ。多分そういうことなのだろうとWは切なく思った。
 だとしたら、やはり、僕たちも――。
「俺は絶対にフォースと結婚するからな」
 しかし虎太郎にとって知枝の居住区変更はむしろ何か闘志をかきたてられる事柄だったらしい。
「姉ちゃんちっとも俺に相談してくれなかった。好きな相手がいるってのは知ってたけど、シュテルンビルト出るなんて、それこそ俺ら家族を捨ててくなんて考えもしなかった。すげえ決断だ、やっぱ俺のねーちゃんすげえ。俺も負けないっ!」
 そう堂々とWの腕の中で宣言、ちょっとびっくりした風のWの手を解きながら「だからお前も余計なことを考えるな」と言った。
ヴェルターはくすくすと笑う。それから彼はベンチから立ち上がり、シルクハットを軽く持ち上げるとまたくるよ、と二人に会釈した。
「期待してるよ、君たちには。前職業柄、力になれることもあるかも知れない。私の助力が必要なら言ってくれ」
 何が出来るんだ、そもそもどうやっててめーと連絡取るんだよっ、と虎太郎が叫んだがそれにはもうヴェルターは振返らなかった。
Wはまじまじと離れ去っていくヴェルターの後姿を観ていたが、公園の噴水広場を少し回ったあたりで不意に姿が消えるのを見る。
 鳩とかもめが何に驚いたのか一斉に飛び立ち、視界を塞いだその一瞬前だったから、虎太郎は見失ったのか、何らかの能力で姿を隠したのか判別がつかなかったらしい。
「あのオッサン、テレポーター(瞬間移動能力者)なのかね」
「さあ」
 Wは曖昧に頷いた。

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