S.O.S. H-01 type-K -PI(6) バーナビーとKが到着したのは、指定された時間から1時間以上遅れた披露宴の真っ只中だった。 美しい秋晴れの日、オープンガーデンでこじんまりと行われたそれは、少ない友人たちながらも、アットホームで優しい雰囲気の中進行していた。 現KOHのバーナビーと、そのバディであるアンドロイド、H−01type-Kの出現に、招待客らがざわめく。 バーナビーとKを見た楓は、顔を泣き腫らし、バーナビーとKに飛びついた。 清楚でシンプルなウエディングドレス。 楓は20歳。 写真でしか見たことのない、虎徹の妻、友恵にそっくりな美しい女性に成長していた。 その向こう、優しそうに微笑む夫らしき男と、そして虎徹の兄である村正、母安寿の姿が見える。 バーナビーは軽く会釈をした。 「楓ちゃん、綺麗になったね」 「バーナビーさん、ごめんなさい、ごめんなさい。 本当にごめんなさい」 「そんなに泣かないで。 僕はもう、大丈夫だから・・・」 「K」 楓がKを見た。 優しく微笑んで、楓を見つめる紅の瞳。 楓はそれを見て、また顔をくしゃくしゃにして泣くのだ。 「お父さん」 「楓」 「お父さん、お父さん。・・・お父さん!」 泣き崩れる楓の身体を支え、Kは言う。 「楓、綺麗になった。 とても大きくなった。 幸せだろうか? お前は幸せで居てくれるだろうか」 たまらず、楓はKに縋り、ただひたすら涙を零した。 「ごめんなさい、お父さん、ごめんなさい、ごめんなさい。 お父さんごめんなさい」 「何故泣くんだ、楓」 「お父さん、お父さん」 お父さん・・・。 その後、とりとめなく楓と話した。 Kも同席したが、その瞳はただ優しく、ひたすら楓を見つめ続け、バーナビーは楓の震える手を取る。 言葉少なく、ほんの僅かな時間だったが、楓がバーナビーに語った言葉は懺悔だった。 そして、その言葉は思った以上に衝撃的な内容だったのだ。 Xラボが虎徹に被験体を選んだその理由は、虎徹が死に掛けていたからだった。 機能を失いつつある虎徹の身体の代わりとして、サイバネティックスの最新技術を提供しようと申し出たのだ。 手だけや足だけといったサイボーグはすでに実用化され、義手や義足に代わって普及しつつある。 ただ、驚くほど高価で、民間にはまだまだ浸透していない技術であったから、この申し出は虎徹にしてみたら破格のものだったのであろう。 日々進行する痺れ。 重症筋無力症に酷似した症状の、正体不明のその病気は、驚くべき速さで虎徹の身体機能を破壊していった。 楓は、何処かで食い止められるのではないかと、父も自分も期待したと呟く。 かつて、ハンドレットパワーが減退していった時のように、そして1分という時間を残して減退がストップした時のように、この無残な病気がどこかでその進行をやめて、安定する日が来るのではないかと・・・。 しかしそんな日は来なかったのだ。 さようなら、幸せにね。 K、さようなら、あなたもどうか、幸せでいて。 楓と別れ、移動用の車に乗り込む。 運転するのはK。 彼は無言でシュテルンビルトを目指す。 楓は姓が変わり、伴侶と共に、再び保護プログラムにより手の届かぬ場所へと隠されるのだ。 新しい家族を得た彼女は、その家族のためにも二度とバーナビーたちと連絡を取ることはないだろう。 そして、彼女を取り巻く人々も、自らの平穏のため、それを徹底する筈だ。 帰りの車の中。 夕暮れになり、沈んでいく太陽。 車窓から、それを眺めていたバーナビーは、目頭が熱くなるのを感じた。 間に合わなかったのか・・・。 そうか、そういうこと・・・。 バーナビーはため息を吐くように涙を流した。 H−01type-Kは、虎徹のために作成されたのだ。 恐らくは、死に行く虎徹の身体の代替品として、作成されていたのだろう。 だから、ここまで精密に再現する必要があったのだ。 生体と機械との完全なリンクは、未だ不可能と言われている。 実際、何度か死を目前とし、それを最後の望みとして自ら被験者として志願した者たちをベースに、クワイトタイプ(脳以外全身機械型)サイボーグへの転換を試みた記録がある。 しかしそこに書かれている結果は無残だった。 失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、そして失敗、重なる失敗と被験体の死による実験の終結。 それでもなお、虎徹がそれに賭けようとしたのは何故だったのか。 最後まで決して諦めないといっていたというが、それがこういうことだったのか。 いっそ、潔く死ねばよかったのに、おじさんは何処までもおじさんで、格好悪い。 そして往生際が悪い。 更にそれが間に合わなかったとか、どこまで抜けてるんですか。 本当に、どうしてそんなに馬鹿なんですか。 余りにも馬鹿げた理由に、涙が止まらない。 涙が―――――――― [mokuji] [しおりを挟む] Site Top |