Novel | ナノ

S.O.S. H-01 type-K -PI(3)



 ワイルドタイガーの訃報は、シュテルンビルト市民に小さく知らされた。
12月24日のことだったので、彼への追悼は、市民の1分間の黙祷を持って行われ、それと同時にブラックタイガーというアンドロイドが試験的に、ヒーロー補佐という名目でワイルドタイガーの後任につくことが宣言された。
突然のニュースだったが、すでにH−01type-Kが司法局の認可を受けて、ヒーローとして登録された事を知った市民は、暫くは動向を見守るという方向で落ち着いたらしい。
ロトワング博士のアンドロイド技術は恐るべきもので、現時点存在しているアンドロイドの性能をはるかに上回っていた。
対N.E.X.T.用、しかも兵器として作られ、ヒーローたちを苦しめたそれは、もともとはバーナビー・ブルックスJrの両親が開発をしていたものであったというのがゴシップにすっぱ抜かれていた経緯もあり、バーナビー・ブルックスJrというヒーローがその三代目管理者となったという理由から、概ね市民たちは彼のしたいようにさせてやれと思っていた。
更には、ヒーロー補佐として生まれ変わったH−01最終試作型type-Kのモデルとなった人物が、故ワイルドタイガーその人だと知った市民は、一にも二にもなく、type-Kのヒーロー補佐というポジションに納得してしまったのだ。

 ワイルドタイガーはそれほどまでにシュテルンビルトに愛されたヒーローだった。
ロートルと呼ばれ、落ち目と哂われ、能力減退というハンデを背負って尚、彼は諦めず、ヒーローであることを己に課していた。
時に惨めで滑稽であったそれは、ヒーローであるというより、人間そのものでありすぎて、誰も憎むことなど出来なかったのだ。
 失って初めて、シュテルンビルトの市民らは、失ったものの重みに気づいた。
シュテルンビルトは聖夜に泣いた。






 H−01type-Kは、見た目は人間そっくりというか人間そのものなのに、器物という扱いになるので、当然バーナビーと一緒の部屋に住むことになる。
住むという表現は変だ。
これは電子レンジとか、冷蔵庫とか、扇風機とか、そう、電化製品の類なのだ。
その一種類が家にいるということなんだと頭では解っていても、非常にそう思うのは難しい。
臙脂色のシャツ、黒いネクタイ。
ハンチング帽も臙脂と黒の二色で、ベストとスラックスも当然黒。
虎徹を、モノトーンにしたような、まるで影のような。
その癖、瞳は人にあるまじき真紅に輝いていて、それは人にとっては異質なものだからと、Kはハンチング帽で目が見えないように常に隠していた。
「よくぶつからずに歩けるな」とバーナビーが疑問を口にすれば、音響探査装置がついているので、問題ないと答えてくる。
「ソナー?」
「イルカや鯨が使うようなものだ。 人の耳には聞こえない周波数で放出し、その反射音で視る」
それでも怪訝そうな顔を向けているのが解ったのか、Kは淡々と補足した。
「目で視るのと、音で視るのも、世界はそう変わらない。 こだわるのは人だけだ」
「・・・・・・」
 家に帰り照明をつけたあと、バーナビーはさて、と呟いた。
コレをどう扱うか。
「K、お前は眠るのか?」
 そう聞くと、スリープモードには入る。電力消費量を抑えるためでもあるという。
動力はどうなっているのかと聞くと、非常に優秀な熱電変換方式のマイクロ原子力電池を搭載していて、寿命は大体20余年。予備として光電変換方式の原子力電池も搭載しているらしく、主電源が落ちても、光を浴びることによって電気に変換できるため、行動には殆ど支障がないということだった。
良く解らないので、詳しいことは斉藤さんに聞こう。 追々、このtype-Kがどのように構築されているか、勉強して知る必要があるだろうと思った。
しかし・・・。
駄目だ、どうやっても電子レンジには見えない。
虎徹さんにしか見えない。
ハンチング帽を取って、じっと見つめる。
本当の虎徹さんなら、ここで恥らって目を逸らすか、見るなよ、馬鹿野郎とか文句のひとつもいうところだが、Kは何も言わない。
何も言わずに、じっと赤い瞳で見つめてくるだけ。
それでも。
バーナビーはKの手をとって、ゲストルームへと案内した。
この部屋を一番使用したのは、虎徹という自分の相棒だった。
そしてこれからは、このKが住む部屋となるのだと、バーナビーは漠然と思った。
「人として扱ってくれるのか?」
 Kはそういい、バーナビーは頷いた。
「虎徹さんそっくりで、粗末に扱うと祟られそうな気がするから」
 そういいながら、これは虎徹の考え方かなと思う。
モノが祟るとか、モノが心を持つとか、それは日系人にしかない不思議な感覚のような気がした。
いつの間にか、虎徹と言う存在が、こんなにもバーナビーの中で大きくなっていたというのに。
 そして、その虎徹はもう居ない。
「お前は、どうして作られたんだ? どうして虎徹さんの姿そのものなんだ。 そんなことをする必要があったのか?」
 当然の疑問を口にする。
ただ、虎徹に似せられて作られていたものであればまだ良かったろう。
こうやって間近に見て解る事実がある。
これは、単に人間に似せて作られたものではない。
虎徹そのものなのだ。
 どんな妄執がそこまでこれを造形させたのか、恐らくこれは、身体の隅々までも人と同じように作られている。
戦闘兵器であったほうがまだましだ。
これは、人と愛し合うことすら可能に、恐らくその可能性をも見越して、創造されたものなのだ。
 どんな拷問か。
これと一緒に過ごして、自分自身すら、正常でいられる自信がない。
バーナビーはそう危惧していたのだ。
しかし、バーナビーの物思いには当然気づくことが出来ず、H−01type-Kは、小さく瞬きをして、その質問にまっとうに答えた。
「俺はサイバネティックスにアンドロイド技術を転用することを目的として、開発されたものでもある。 サイバネティクスとはなにかお前は知っているか」
「大体知ってる。 いわゆるサイボーグのことだろう? 国際サイバネティクス研究機関は、主に医療目的での開発しているというけど、どうだか・・・」
「機械と生体との融合技術、そのSFでしか語られなかったものが、近年現実のものとなりつつある。 俺は生体全ての器官と機械とを代替できるかどうか、それを試すために作成された。 そして現在試験稼動中である」
「それがどうして・・・」
「愚問だ。 人は機械であることに耐えられない。 今まで脳以外すべての器官をサイボーグ化するのに成功しなかったのは、機械側の理由ではなく、人間側の、人であるということはなにか、という哲学的な問題によって阻まれてきたからだ。 それらが語ることは人から削除していい欲望や感覚は限られるということだ」
「だからそれがどうして・・・」
「男性を女性のパーツに置き換えると、その男性は非常にストレスを抱えることになる。逆もしかりだ。 つまり、人から生殖器を奪うということはその固体に非常に大きなストレスを与えることになる。 結論は見えている。 例えそれが機械的には意味のないものであったとしても、人に転用する場合は、再現してやらなければならない。 だから私はセクサロイドとしても開発実行された。 人の男性としての生理機能もある程度再現されている。 私をひとに転用するには、必要悪だとXラボはそう考えたからだ」
「・・・・・・」
 だからってなんでこう・・・。
バーナビーは自分の想像に自分で赤くなった。
何を考えているのだ、僕は。
「外観はロトワング博士が開発したものより、更に人に近くなった。 これはXラボの技術提供によるものが大きいが、ラボの技術提供も無碍には出来ない。 何故ならN.E.X.T.の研究は、人と言う可能性の研究でもあり、特にサイコ系N.E.X.T.の研究は人間の神経医学に大きく貢献している。 それにラボ(N.E.X.T.研究機関)が積極的にこのH−01開発協力に携わったのは、恐らく最初のサイボーグになる者が、N.E.X.T.であろうという予測があるからだ」
「つまり、N.E.X.T.を更に強化して、生体兵器を作ろうってことだろう?」
「斉藤はそれを阻止しようとしている」
 僕だってそんなのは願い下げだ。
そう思うが、だとしたら何故斉藤は、このH−01最終試作型に、虎徹を差し出したのだろう。
発案者は一体誰なのか。
大体、このH−01type-Kの肉体造作は、虎徹のものと酷似しすぎているのだ。
局所までとか、ありえない、本人が全部脱いでスキャンにでも協力したとしか思えない。 だったらまだましだが、バーナビーはそれより最悪なことにも気づいていた。
 虎徹の遺体を、Xラボやラボがいいように弄繰り回したのではないのかということだ。
「吐き気がする」
「それはいけない。 横になるか、バーナビー」
「そうじゃない。 なんて胸糞悪い話なんだ、って思ってるんだ」
「何がお前にそれほどまでに嫌悪感を抱かせたのか」
「お前は、虎徹さんの肉体をコピーして作られたんじゃないのか?」
「そうだ。 私は虎徹と言う人間の固体を、隅々までデータ化したあと、サイバネティクス転用のために、どこまで再現できるかをも試作したものだ。 あらゆるものが、虎徹と言う人間のサイズとコンマミリメートル以下で正確に再現されている」
「どうやって再現したんだ」
「勿論、虎徹と言う固体を、そのままスキャンしてデータ化した」
「その時の虎徹さんには、生体反応はあったのか?」
 赤い目が、一瞬輝いた。
キュイイインという微かなモーター音が、Kの瞳の奥でする。
バーナビーはそれをじっと見つめていたが、やがて、Kは静かな声で言った。
「その記録には、セキュリティがかかっている」
「セキュリティレベルは?」
「4だ」
「ではクラッシュしろ」
「イエスマスター」
 再び赤い瞳が輝き、動きが止まる。 長い時間が経ったように思えた。実際は5分も経っていなかったろうが、やがてKは微笑みと言える表情を浮かべて、バーナビーに言うのだ。
「虎徹の生体反応はゼロではなかった」
 バーナビーは一瞬惚けたような顔になり、それからため息をつく。
「自主的に生体データの収集に協力したと思われる。 その時のカルテによると、まだなんとか自力で歩行できた段階のようだ。 最終身体データ更新日はNC1980年7月31日」
 そうか、少なくとも、同意して行われた事だったのか・・・。
バーナビーは少しだけ、Kに対する嫌悪感が引いたと思った。
そしてそう思うと、逆に今度はむしろこの肉体が愛しいなどと思ってしまう。
我ながら現金なものだ。
 バーナビーはKの衣服に手を這わせると、ネクタイを解き、ベストのボタンを外した。
「見せてくれないか」
「衣類を脱げということか」
 バーナビーが頷くと、Kは自ら服を脱ぎ、すべて床に落とした。
「靴は?」
「当然」
 靴だけ履いているとか、間抜けすぎる。
靴も脱いで、Kは生まれたままの姿になった。
正確には、生まれたままの、虎徹を模した姿だ。
肌に手を触れると、人間の肉体と全く変わらない。
バーナビーの手のひらが覚えている、虎徹の肌の感触と寸分違わない、しっとりした、弾力のある筋肉が、それを押し返した。
「これはどうなっているんだ?」
「Xラボの開発した人工皮膚は、このまま人間に転用可能だ。 遺伝子操作された豚から生産される。 鏑木・T・虎徹の採取された遺伝子データから再現されたものなのだが、皮膚の色だけは何故か色素沈殿を起こし、同等に再現できなかったと記録にある」
「何故?」
「虎徹の遺伝子は非常に複雑だ。 N.E.X.T.であることもそうだが、恐らく父親である方の固体が、何代にも渡る混血を繰り返した結果、あらゆる人種の遺伝子を蓄積した人種のミックスタイプだったことが起因している。 多少の色素の違いは、人のパーソナリティにはほぼ影響しない事がサイバネティクス実績からも殆ど証明されているので、このまま採用したと記録にある」
 それで浅黒い肌なのか。
なるほど、虎徹は見た目肌色からしても日系人の特徴である白系モンゴロイドに見えたが、遺伝子上はインディアナ系に近かったのだろう。
虎徹と言う固体を表現していた遺伝子は、なんとも不思議なものだったのだ。
そんなことを考えながらすべらかな肌に手を這わせていると、ゾクゾクしてきた。
髪の毛も綺麗だ。本物そっくりにしか見えない。
聞くと、これも毛根から本物だと言われた。
「髪の毛は、遺伝子操作された特殊なマウスによって、皮膚ごと生産される。 この技術はそろそろ民間にも公開されるだろう」
「髪の毛の?」
「人間の高齢男性に、特に需要が多い」
「・・・・・・」
 育毛・増毛は確かに世の男性に需要がある。
バーナビーは想像して笑ってしまった。
バーナビーはするすると腹のあたりまで手を這わせていき、臍らしき部分まで再現されているのに、笑みを漏らす。
すごいこだわりようだと思ったのだ。
それから、性器に触れようとして、手を引っ込める。
さすがにここにはまだ触る勇気がもてない。
「局部は、ただの飾りなのか? それとも使える?」
「使える。 しかし、いわゆる性的興奮というものを俺は感じることが出来ないので、コマンドを打ち込む必要がある。 この分野はすでに確立され、民間技術の方が優秀だとも言われている。サイバネティクスの応用としてもすでに成功しているもので、主にこれは性転換に使用される技術によって制作された。 この手の技術開発には、非常に熱心な研究者が何千人といる。 更に補足すると、男性器の開発よりも、女性器の開発の方がよりいっそう進んでいる」
 それは別に詳しく聞きたくないぞ、とバーナビーは思いながら質問。
「コマンドというと、外部から?」
「いや、内部コマンドなので、斉藤の指示は要らない。 お前が命じれば、実行できるが、今ここでするのか?」
 バーナビーは真っ赤になった。
「ああ、いや、結構です」
 それから臀部に触れると、硬い引き締まった尻と、細い腰骨に、気持ちが震えた。
「虎徹さん・・・」
バーナビーはKを見る。
赤い瞳が二つ、無表情にバーナビーを見つめていた。
思わず抱きしめると、Kが両腕でふんわりとバーナビーを包む。
抱きしめ返すとも違うその優しい動作だ。
何故かと問うと、人が抱きついてきたら、壊さないよう、この程度のタッチをし返すように、初代マスターが自分を教育したと言う。
 虎徹が楓を想定して、命じたものだとすぐに察しがついた。
「じゃあ、僕のときはもっと強く抱きしめ返して欲しい」
「成人男子、身長185cm。 筋力、」
「細かい数値で覚えるんじゃなくて、そのまま僕の抱きしめ方を記録すればいい」
「了解マスター」
 暫く抱かれるに任せていたKは、やがてバーナビーのボディタッチの仕方を記録すると、同じように抱きしめ返してきた。
そうだ、こうだった。
あの人は、こうやって自分を抱きしめてくれていた。
肌の熱さ、ちゃんと体温を持っている、虎徹と全く同じ肉体のそれ。
 埋められるのだろうか。
この存在が虎徹の代わりに、同じように自分自身を補完してくれるのだろうか?
バーナビーはできるかも知れないと、一瞬本気で期待した。
しかし、肩に顔を埋めるようにしてきたそれに、バーナビーは呼吸音がないことに気づく。
甘やかな息遣いが、Kには存在しないのだと気づいた瞬間、バーナビーの中で何かが冷めた。
 所詮偽物・・・。
「・・・・・・」
「バーナビー?」
 突然俯いて、自分を押しのけたバーナビーに、Kは怪訝そうな声を漏らす。
なにがバーナビーの気に障ったのか解らず、少し首を傾げて、Kは問いかけた。
「どうした、なにが気に入らない?」
「・・・いや・・・」
「何か足りないんだな?」
 Kは断言した。
「何が足りないのか言ってくれ、バーナビー」
 しかしバーナビーは応えず、ただ、ため息をついた。
「服を着ろ」
 それが命令だと瞬時に気づいたKは、床に落としていた服を屈んで手に取り、身に着ける。
バーナビーはそれきり何も言わずに、Kをゲストルームに残して出て行ってしまった。



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