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摂氏42℃とラムネと金魚(4)



 やがて、夏休みになった。
蝉は五月蝿く、風はねっとりと熱く、今年は猛暑になる予感がした。
虎徹は時間の許す限り、アントニオと行動を共にするようになった。
高校最後の夏なのに、俺たちは一体何をやってるのかね、とアントニオはぶつくさ言っていたが、虎徹は無視した。
観察してみると、確かに虎徹はおかしかった。
 良く携帯が鳴り、友恵からメールや通話がくるのだが、虎徹はそれに対して、あまりにもよそよそしく振舞った。
その癖、通話を一方的に切った後に、アントニオが辟易するほど落ち込み、メールを削除した後に、それはもう痛々しい程がっくりするのだった。
ジャパニーズエリアのヒスパニック系居住地に近い、緑地公園に虎徹とアントニオは手持ち無沙汰でいた。
二人ともアイスキャンディーを舐めている。
 じっとりと熱い空気が、二人の肌を舐め、汗をふきださせ、肌に不快な感触を残す。
一応日陰にあたる木の陰近く、鉄棒を背にして二人でなんともなしに立ち、虎徹は額の汗を拭って、つまらなそうにアイスを口に入れた。
「メールぐらい返せばいいじゃないか」
 アントニオがそういうと、振り返った虎徹の瞳はブルーに染まっていた。
ちょ、待てよお前、なんだその瞳・・・と言うと、虎徹は悲しそうに目を伏せる。
その後数十秒を無言で過ごし、それから虎徹はため息をつくのだ。
「駄目だ、なんか悪化してる気がする」
「何故そうなった」
アントニオが食べ終わったアイスの棒を、左手でくるくる回しながら虎徹に聞いた。
「多分、友恵に好きだって言われたから」
 アントニオが呆けた顔つきで固まった。
虎徹はアントニオにぽつりぽつりと話し出す。
「終業式の日に、友恵が俺に言ったんだ。 虎徹君、好きよって。 だから後、まあなんか色々。 ほらすることあるよな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 惚気からスタートしやがったと思ったが、本人は多分惚気のつもりはなく、事実を話そうとしてるのだという努力は認めたので、アントニオは黙って聞いた。
虎徹は、じっとりと溶けて指に滴っているアイスのことなんか忘れたように、ぼそぼそ話す。
アントニオは、ソーダ味のそれが、虎徹の指を伝って地面に落ちていくのを眺めていた。
「俺も、好きだって言いたかったんだ。 つーかむしろ抱きたいっていうか。 寝たいっていうか、俺こそよろしくみたいなさ。 なんていうかその。 でもそう考えただけなのに、てきめんに能力暴走した」
「おま、お前な・・・・」
「俺、どうしよう、友恵に触れられない・・・。 触れたら絶対壊しちまう。 どうしよう、アントン、俺これからどうなるんだ」
「落ち着けよ、虎徹。 そんなの一過性のものだろ?」
「そうじゃなかったら?!」
 虎徹がアントニオを見る。
ぐっとつまり、そしてアントニオは何も言えなくなった。
虎徹が何か耐えるように拳を握り締める。
アイスの棒が、バキっという音と共に砕けた。
アントニオがびくっとなり、一瞬後ずさる。
どんな人間が力を込めて折ったとしても、アイスキャンディーの木の棒が、粉になるなんてことはない。
しかし、虎徹は全く力を入れてないように見えるのに、アイスキャンディーの棒は、見事に粉砕し、夏の大気の中に毀れて消えた。
「くっそ、もうどうしていいかわかんねえ」
 なにやら自暴自棄な表情になった虎徹を、アントニオはなんとかなだめようとした。
このパターンは、最悪能力暴走パターンだ。
かつで虎徹はこういう方向で、ものすごい暴走をやらかしたことが数度ある。
そこそこ長くなった付き合いと、自分がN.E.X.Tであることから同属としての勘が、これはヤバイと告げていた。
なんとか食い止めようとアントニオは言う。
「まて、虎徹落ち着け。 大丈夫だ」
しかし、虎徹は食って掛かってきた。
なんというかもう興奮状態だ。 パニックを起こしていると言ってもいい。
「てめーには俺の気持ちなんぞ解らねぇよ」
 虎徹が吐き捨てるようにそう言った。
ほんのり青く光って見えたが、幸いなことに持続はせずにすぐに消えた。
「そんなこたねえだろ。俺だってN.E.X.Tなんだから」
「てめーのと俺のとでは深刻さが違うんだよ」
「なんだよむかつくな。てめーばっかり大変みたいなその言い方」
「じゃあな、言ってやるけどな」
 虎徹はアントニオに向かって、搾り出すように言った。
「てめえはせんずりこいてるときに、自分のチンポの心配とかするか?! 俺はな、下手すると、オナニーしてるときに自分のチンポ引っこ抜くかもしんねえんだぞ?! 解るか?! 世界中でほかの何処にこんな心配するやつがいるよ。 身体が硬化だと? だからってなにかお前がそれで困ることってあるのかよ、言ってみろよ」
「ちょ、虎徹お前、何言ってんだよ、声でけえよ」
「ああもう畜生、なんだこの力。 いらねえよ、マジいらねえ。 くそっくそっ」
 虎徹が近場にあったゴミ箱を蹴り始めたので、アントニオは止めた。
しかし、虎徹はまだ足りないというように、今度は木を蹴り始める。
ここで能力が出たら、木が真っ二つになるところだ。
「おいおい、蹴るなよ」
「わかんねえだろ、俺の気持ちなんか! 俺はな、友恵を抱きつぶすかも知れないんだぞ! お前には絶対解らねぇ。 ああ畜生、セックスしてえ。 無茶苦茶友恵を抱きたい。 だけど、俺が抱いたら・・・・!」
「虎徹、ちょ、お前声でけえ。恥ずかしい」
「あー、畜生!! 友恵、大好きだー!!」
 恥ずかしいっ!
気づくとやはり、公園にいた人々が、みんな自分と虎徹を見ている。
中には指差しているやつらまでいる。
なんで俺がっ!と思いつつ、アントニオは問答無用で虎徹をひょいと抱き上げると、ダッシュで公園を後にした。
もう、この公園では二度とダベれない。
 いやだこの男。
アントニオは真剣にそう思った。







 虎徹は再び村上医師を尋ねていた。
黒くて丸い、古い椅子をぎしぎし言わせながら虎徹が座っている。
村上医師はカルテを手に取り、思案するようにじっと見つめていた。
虎徹は診療所の古びた窓から、遠くに見える小さな森の木々を眺めていた。
「能力の暴走」
 村上医師がぽつんと喋った。
「そろそろ、なんの力なのか、特定した方がよさそうですね」
「解るんすか?」
 虎徹が聞くと、村上医師は小さく頷いた。
「なんとなく解ってきました。 今までの記録から、非常に珍しい力だと思います」
「能力がなにか解ると、俺にいいことある?」
「ありますよ」
 村上医師は棚の上にカルテを戻して言った。
「どんな能力か解れば、コントロールがそれだけ容易くなります」
「じゃあ、早いところ教えて欲しい。 せんせー、俺もう限界」
「そうですね。 では、今現在どう暴走してるのか、状況を記録してみてください。3日分程度でいいですから。 ノートにでも書いて持ってきてください」
 えーっと言った顔で虎徹が村上医師を見上げたが、その表情からは何も読み取れなかった。

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