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摂氏42℃とラムネと金魚(3)



「友恵〜、今日はMONTHLY HERO持ってきたぞー」
 虎徹がそういうと、艶やかな黒髪の、笑顔がはっとするほど清楚な少女が振り返った。
少女というには大人っぽく、女性というにはまだあどけない、微妙な年齢。
虎徹は友恵を見ると、胸の中が熱くて、とても大きなもので満たされる気がする。
友恵は笑顔で駆け寄ってくると、今月のMONTHLY HEROは誰の特集なのかと聞いた。
「勿論レジェンドさ。 それとステルスソルジャー」
「レジェンドは今月も大活躍だったわね。 写真が載ってるといいなあ」
「どんな写真?」
「ビルからほら、二人救助して飛び降りたでしょう? あの時の写真がいいな」
「載ってたぞ。 すげえなあ。 レジェンドはやっぱすげえ」
 友恵が輝くように笑う。
虎徹は友恵の笑顔を見るだけで、本当に幸せだなと思った。
友恵が自分の席に座ったので、MONTHLY HEROを渡しながら、虎徹は前の席の椅子に座って、一緒に雑誌を覗き込む。
友恵がMONTHLY HEROのページを捲る。
 額がくっつくほど顔を寄せ合い、一緒の本を見ていると、ふと友恵のページを捲る指に、虎徹の指が触れそうになった。
慌てて虎徹は自分の指を引っ込めて、自分の胸に引き寄せる。
 友恵がふと、虎徹に笑いかけた。
「どうしたの?」
「なんでもない」
「近頃なんだか、虎徹君変よ。 なにか心配事でもあるの?」
「そんなことねえよ」
 虎徹は、そっぽをむきつつ、でも友恵にはぎこちない笑顔を向ける。
友恵は「?」という顔になった。
「ねえ、虎徹君」
「なに?」
「なんか本当に近頃変よ?」
 友恵は自分の両手で虎徹の頬を挟みこむようにして、自分の顔の前に近づけた。
虎徹はびっくりして、固まってしまう。
「こら、虎徹、なにか心配事があるのなら、この友恵に相談しなさい」
 にっこり笑って言われて、虎徹は本当にどぎまぎした。
友恵の笑顔が嬉しすぎて、自分の頬に触れる指の感触が気持ちよすぎて、めまいがする。
しかし、虎徹は瞬間、弾かれたように立ち上がった。
「どうしたの?」
「悪い、友恵、ちょっと職員室に用事・・・」
 ぎこちなく笑いながら、虎徹は友恵から遠ざかり、職員室の方へ走り出した。
呆気に取られたような友恵が目の端に見えたが、虎徹は廊下を走り、そのまま中庭の方へ飛び出す。
 手がちりちりした。
今自分の瞳はブルーに輝いているだろう。
あたりを見回し、それからなにか傷みに耐えるようによろよろと真ん中へ進み出ると、耐えられないと言ったように身を震わす。
虎徹は自分の身体を抱きしめて、中庭の栃の木の前に蹲った。







 その日の放課後、一緒に帰りましょうと言う友恵を振り切って、虎徹はアントニオの居る町へ向かう。
携帯で連絡すると、すぐにつかまったので、ヒスパニック系の町でも一番ジャパニーズエリアに近い場所にある公園で待ち合わせをした。
大きな砂場に象の形をした滑り台のある、小さな公園のベンチで適当に座って待っていると、なんだか慌てたような虎徹が、小走りでやってくるのが見えた。
アントニオが右手をあげてここだというと、すぐに見つけて駆け寄ってきた。
「ヤバいことになった」
 普段あまり弱音も愚痴も吐かない虎徹が、ベンチに座っているアントニオに唐突にそう言った。
「なにが」
 と聞くと、「友恵に惚れすぎてヤバい」と言い出したので、惚気なのかとアントニオは一瞬なんと返答していいのか解らなくなった。
「あー・・・、そりゃいいな。 うん、羨ましいよ」
「そうじゃねえよ」
 虎徹はがりがりと頭を掻き毟って、それからため息をついた。
「最初はあいつとヒーローについて話すのが楽しかった。 毎日飽きもせずにヒーローの話が出来る。 それも嬉しかったけど、俺みたいなN.E.X.Tを怖がらないで普通に接してくれる女が初めてだったってのもある。 気がついたら、俺は毎日友恵のことを考えてる。 しかしそれがヤバイ」
「どうしてだ。 いいじゃないか」
 全くなにがヤバイのか。
こちとら全然そんな浮いた話のひとつもねえよと、アントニオは少し悔しく思った。
が。
「・・・・パワーの制御が甘くなってる」
「・・・・な!」
「どうも友恵のせいらしい」
「マジか」
 アントニオは虎徹に向き直った。
「お前の能力マジやべえぞ。 それなんとかできねえのか」
「なんともならん。 ていうかさ、アントン、こういう気持ちってどうすればいいんだ? 忘れるとか可能なわけ? なんかもうそう考えただけでなんかやりそうなんだけど」
「笑えねえよ、てめー、俺はもうお前の後始末はゴメンだからな。 被害半端ねえんだよ」
「わーってるよ」
 虎徹がいらいらと言う。
「しかし、幸運なことにもうすぐ夏休みだ。 この期に及んでハイスクールクラッシャーにだけはなりたくない」
「俺はお前の高校がぶっこわれる分には全然構わないんだが」
「それが親友に言うことか」
 それから虎徹はアントニオに言った。
「しかし、もう頼れる相手はお前しかいない。 もし何かあったら、頼む」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 アントニオはなんといっていいのか解らず沈黙する。
暫くして、ベンチから立ち上がると、虎徹の肩に手を置く。
アントニオからすると、虎徹はとても小柄で華奢な男だ。
しかし、油断してはならない。
この男は、正体不明のパワー系N.E.X.Tなのだ。
「何かあったらって、例えばなんだ」
「また暴走するかもしれない。 そしたら、力づくでいいから、殴ってでも止めてくれ」
「殴っていいんだな」
「ああ」
 虎徹は真摯に言った。
「悪いとは思うが、今年の夏は、時間が許す限り俺に付き合ってくれないか。 頼むから傍にいてくれ」
「・・・・・・・・・」
 アントニオは、親友のとんでもない要求に、一瞬言葉を詰まらせたがゆっくりと頷いた。

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