Novel | ナノ

桜歌 Celebrate Kirsche4


Kirsche4


 アントニオが虎徹のより分け作業に専念するようになってから丸二日、女子組の三人が本格的に外界探索に参入した。
そして何故かネイサンとカリーナの二人は各々グラスとアルコールランプを捧げ持っていた。
「これね、自作なんだけどね。水の中に蝋燭の芯だけ入れてあるの。それを、只管燃やし続けるの。細く長く出来るだけ低温でね。結構大変なのよ、コントロール」
 でもこれだと、この中の芯と水がなくなるまで連続してNEXT発動してられるってわけ。
「私のはもっと大変よ。アルコールランプがこれね、針金で上に皿が括ってあるでしょ? そのアルコールランプで熱されてる皿に入ってるこの少量の水をずっと氷の状態にしておくのよ。ごく薄くね。そうすればアルコールがなくなる迄発動し続けてられるじゃない」
「ありがとうございます」
 バーナビーは心から二人に頭を下げた。
パオリンの方は簡単に解決したという。
「ボクは只管乾電池を充填し続けてるよ。ボクが一番簡単だったな。使用済みの乾電池と充電式の乾電池を買ってきただけ。それをこうやって握ってるの。ボクも出来るだけ極少量になるように調整して充電し続けてる」
「電池なら無駄にならないからいいわね」とネイサンが笑った。
「後で皆に上げるよ。好きなだけ持って行って」
「じゃあついでにスマホの充電器お願いできる?」とカリーナ。
パオリンはいいよと快諾し、その日はバーナビーとスカイハイを含めて五人での探索になった。
「バーナビーは今日はもう発動しちゃだめよ。いつ何時出動があるか判らないんだから」
「そうだよ、一日タイガーに使っていいのは三時間だけ、十五分間だからね。その分ボクらが頑張るからさ」
 そういわれて苦笑してしまうが本当にありがたいと思った。
「そういえば折紙は?」
「折紙先輩にはバイソン先輩のより分け班に行ってもらいました。高速で変身し続けないとNEXTの発光を感知できないらしいので、移動して探す役目よりも座ってより分けていく作業の方がいいかと思って」
「成程ね」
 バーナビーは実際の探す作業は女子組に回すことにして、効率的に見つけてもらう為の市民たちに指示を出す作業に戻る。
キースには、セントラルパーク外での探索をお願いした。
キースも自分自身の能力を発揮しながらの花びら探索は厳しかったので、主にバーナビーと同じようにボランティアで捜索に参加してくれている市民に指示を出し鼓舞する役目を担っていた。
 ヒーローと一緒の作業ができるという事もあって市民も楽しく参加しているようだ。
苦痛ばかりの作業になってしまったらその方が問題だし、市民と一緒に探しているとどうかすると虎徹を案ずるあまり荒れがちな気分が幾らか和らぐ。
そうこうするうちにアントニオから連絡が入った。
 虎徹と思しき花びらのより分けが大分進み、たった今総重量が四十五キロに到達したそうだ。
「凄いです、ありがとうございます、バイソン先輩!」
「市民の協力あってのことだがな! 取り合えずここに届けられた分は全部より分けたぞ。虎徹の体重は何キロだ? 六十五キロぐらいだって聞いたが正確なところを教えてもらいたい」
 バーナビーは早速斎藤に連絡し、最後に虎徹がヒーロースーツを纏った五日前のデータをPDAに転送してもらった。
「四捨五入して六十五キロですね。服の分も多分入っているので、六十四半? 付近まで集まれば恐らく大丈夫なんじゃないでしょうか」
「なんか怖いから出来るだけギリギリの数値になるように集めよう。後約二十キロか。ここからが勝負のような気がするな」
「ええ」
 ここまでは比較的簡単に集まったが、これから先はかなり厳しくなるだろう。
どこまで虎徹を集めることが出来るだろうか、どのぐらいなら失っても大丈夫なのだろう。判らない、怖い。
「今日で更にどのぐらい集まるかですね」
 バーナビーはまた連絡すると通話を切った。
二日も経つと最初からボランティアで捜索に参加していた市民も手馴れたもので、ゴミはなるべく拾わないように、類似した花びらだけを集めるようになってきた。NEXTではない市民にはただの花びらにしか見えない為、時折横のつながりで、知人のNEXTに確認して貰っている姿も散見されるようになった。第十七分署に持ち込まれる時点で大分選別化が進み、アントニオたちより分け班の負担も軽くなる。だがそれは同時に残りの虎徹自身が極少なくなってしまったせいで、見つけにくいということでもあった。
 そこまでは飛ばないだろうと高を括っていたが、河川沿いを探索して貰っていた二部ヒーローたちからも幾枚か見つけたという報告を貰った。
「二十枚ぐらいですけど、河川で発見しました。川の中はボンベマンが回収担当してるっス」
 ミス・バイオレットからの報告に、申し訳ないが二部は河川敷を徹底して探索してくれと重ねて頼む。
彼女は「了解したッス! 任せてくださいッス!」と力強く答えPDAを切った。
 その後キース――スカイハイからも連絡が入るが、やはり街中で、それもゴールドステージのみならずブロンズステージ付近でも発見した市民がいるという報告を貰う。
河川に落ちている花びらが数枚あったことからもゴールドステージから落ちてしまった花びらもあるのだと予測はしていたが、バーナビーはその報告にぐっと手を握りしめた。
 初日こそ休日だったのもあって十万人近くの人間がゴールドステージのセントラルパークに集結したが、月曜日からは一気に人数が減少。当たり前だが人間には自分たちの生活というものがある。三日目の現在は成人男性の姿はめっきり少なくなり、代わりに子供たちの姿が増えた。セントラルパーク付近の住人で年配の方々は変わりなく探しに出てきていたがそうではなく、近辺の小中学校が協力を申し出てくれた為だ。
 虎徹――ワイルドタイガーの収集率はこの時点で七十パーセントを超えていたので、それほど大量の人間を必要としなくなっていたのも幸いした。
バーナビーは最初子供の集中力が続かなくてこんな細かな作業無理なのではと思っていたが、ほどなくしてその考えを撤回した。
むしろ子供たちの方が視線が地面に近く、更に大人よりも細かくはっきりとしかも広範囲に注意を向けて効率よく探し当てることが出来たのだ。
更に子供のNEXTはどうやら大人のNEXTよりも数段NEXT感知係数が高いらしいのだ。
 子供のうちは誰もが視力がいいというのに似ているかも知れない。どうかするとNEXTでない子たちも虎徹の花びらを的確に見つけてくる。
何故なのかは判らないが、子供は総じて勘がいいということなのだろう。
「幽霊だって子供の方が見やすいじゃない。ほらなんだったかしら、十三歳までに幽霊見れなかったらその人霊感ないっていうじゃないの」
インカムを通じてネイサンがそんなことを言うのでバーナビーはおもわず吹き出してしまった。
「NEXTは幽霊ですか」
「通じるものはあると思うわよ?」
 バーナビーは虎徹探索のシュテルンビルト総括でもあったのでゴールドステージから動くことが出来なかったが、今日はファイヤーエンブレムがシルバーステージに、ブルーローズとドラゴンキッドがブロンズステージに降りていた。
シュテルンビルトは超高層三層都市という上に上に高い構造をしており、その三層全体が連動した設計をされている。その為セントラルパークも三層構造になっており、少しずつずらされてはいるがほぼ垂直に各階層のセントラルパークが設置された形になっている為、シルバーステージとブロンズステージ側にはあまり落ちていないだろうという予測もあった。しかし念の為探索範囲を広げたのだ。
 各ステージのセントラルパーク周辺の小中学校が、学年をずらしてほぼ日中すべての時間帯を探索に割り当ててくれたのは本当に助かった。
学校側も考慮してワイルドタイガーの花びら探索を課外授業にしてくれた為、子供たちも喜んで手伝ってくれた。
「バーナビー!」
 ゴールドステージで陣頭指揮に今日も当たっていたバーナビーは、丁度五時間目の授業で手伝いにきてくれていた小学校二年生の子供たちに囲まれていた。驚いたことに各々が一枚ないしは二枚の花びらを持っている。
青く輝いている子は数人しかいなかったので、殆どが普通人の筈なのだがどうやってみつけたのだろうと訝しんでいると、うち一人がバーナビーが差し出したタイガー収集用のストックバッグに花びらを入れながら不思議なことを言った。
「だって喋るよ」
「喋る?」
「うん」
 それからストックバッグに入っている花びらを指差して「今も凄くうるさいんだよ」と言った。
意味が解らなかったがバーナビーは即座に否定せず、代わりにフェイスガードを上げると詳細を聞き出す為に彼の目線に合わせて屈みこんだ。
「うるさいんだよね」
「ねー」
「何がうるさいの?」
 優しく聞くと、「タイガー!」と数人の子供の声が重なった。
「こてつっていうなよーってすっごい文句言ってるよね」
「言ってる言ってる」
「いいじゃんねー、こてつでも。タイガーって呼べよーってうるさいんだよー」
「あ、今はばにーばにーうるさいよ。何枚かはバニーって言ってるよね」
「?!」
 バーナビーは驚いてストックバッグを持ちあげて中に入っている花びらをみた。
「これが? これが話してるの?」
「うん!」
 またもや数人の声がハモった。
「…………」
 暫くバーナビーは顎をしゃくって考え込んでいたが、PDAを徐に立ち上げると全ヒーローオープン回線に繋ぎ、全員に宛ててこう言った。
「今日はもう三回ハンドレッドパワーを使ってしまったのですが、もう一度確認の為に使用します。一時間また能力が使えなくなってしまってもし事件など起これば皆さんにご迷惑をおかけしてしまいますが、どうかご容赦ください」
「どうしたの? バーナビー何があったの」
 ネイサンがそう聞いてくるのが判ったが、確認後連絡しますと一度回線を落とす。それからバーナビーは目を瞑って集中すると能力を発動した。
子供たちがわあと言って少し遠巻きになる。
バーナビーは発動した状態でストックバッグを捧げ持って中に入っている花びらを確認する。
それらは全て美しいブルーに輝いており、まるで息づくように明滅していた。
 綺麗だなと十秒ほど眺めたが、子供たちが言うように花びらが喋るわけがなく少しがっかりしたがホッと安堵もした。
それからバーナビーははたと気づく。
 それから今まで目に集中していた自分の力を、聴覚の方に回すのだ。
最初はシュテルンビルトの喧騒が、大音響で脳に轟き渡った。
ちなみにハンドレッドパワーは理論上「人間の全ての能力を百倍にすることが出来る」が、意識しなければ通常人として使っている部位しか強化できないということが判っている。特に意識していなければハンドレッドパワー発動時、視力も聴覚も当然強化されているが人間には注目してない情報については無視をするという機能があってそれ故に大音響の中でも特定の人と会話したりするなんて離れ業を意識せずに行うことが出来るのだ。これをカクテルパーティー現象といい、人間の脳に備わった非常に優秀な選択的注意能力の一つである。まずその能力をバーナビーは解除した。そしていまひとつ。人間は年齢によって聞き取っている音の周波数が違うのだ。正確には年齢を重ねるごとに聞こえる周波数範囲がどんどん狭まっていく。特に高音域にある周波数は齢十を重ねるころには殆どの人間が聞き取れなくなり、二十も過ぎればほぼ百パーセントの人間が十代では聞き取れていた音が聞き取れなくなるという。
 バーナビーはそれも考慮して、聞き取る周波数単位を小刻みに上に上げていった。
これは虎徹が以前「ハンドレッドパワーの応用〜、お前知らねえだろー、お前ももうちょっと自分の能力で遊んでみるといいぜ」と変な自慢をされた時に披露された技である。高校時代まで虎徹は自分の能力がなんだかさっぱり判らず、何ができるのかをかなり突っ込んだところまで色々と試していたのだそうだ。虎徹曰く「時間は絶対気にしない方がいい。そこに集中するとちょっと怖いことになる」と言って、そのやり方だけは絶対に口を割らなかった。
 虎徹に出来て自分に出来ないのは癪だったので、出動時に機会があれば、少し意識してできるように訓練していたのだ。
まだまだ実用段階じゃないなと思っていたので披露しなかったが、そのうち虎徹よりも上手くできるようになったら自慢してやろうと密かに企んでいた。
 聴覚のチャンネルを合わす。
それは思った以上に大変な作業で、かなりの集中力を要した。
だが一オクターブずつ上がっていくようにそのチャンネルを小刻みに動かしていくと、小さな小さな囁きが聞こえて来た。
最初は何を言っているのか判らなかった。
 ただの風の音、何かのため息だろうか、花が開く音? それとも鳩の羽が擦れる音、誰かの息遣い。そんなようなものに聞こえたそれが、突然意味を伴った音としてバーナビーの耳に飛び込んできた。

 バニー、バニィ

 極々小さなそれが、いつもの虎徹より幾分か高音で囁いている。
一枚一枚の花弁が、それぞれ自分勝手に何故かのんびりと楽しそうに何かを喋っている。
びっくりして、一度耳をストックバッグから離してまじまじと眺めてしまった。
こころなしか花びらが動いているような気すらした。花びらの形をした綺麗な虫だったのかと思ったぐらいだ。

 「バニーだばにー」「ばにーだ、おーい、ばにー」

「こてつっていうなよわいるどたいがー!」「こてつってよぶなよ〜」「あっなんだって」「あいすですかたべますか」「おまえおれのぷりんくったろなんでくっちゃうかなあ」「きょうはいいてんきだぞ」「さんぽいきたい」「しまつしょめんどくさい」「ねむい」「おれはねてたいんだ」「ばにーのばかてかげんしろよーしんじゃうだろー」「なんだよなんかあったのか」「きょうはいいてんき」「よっちょうしはどうだ」「ああつかれたー」「いっぱいねたい」「きょうはかれーくいたい」「ねむい」「どうしたなんかあったのか」「うーんあたたかくてきもちいい」「ねむい」「ろいずさんのいけずーいけずー」「おばちゃんごめんーまたまちがえちゃったーもういちまいちょうだい」「ねむいー」「へいわだななんかあったらいえよばにー」「ばにー」

「…………!!」
 余りの事に絶句しているバーナビーに、子供たちは顔を見合わせた後一斉に吹き出した。
「ほらー聞こえた? ね、ね、一杯喋ってるでしょう?!」
「妖精みたいだってマリーが言ってた! 僕もそう思う!」
「なんかね、タイガー眠いみたいよ。もう寝るー眠いって何回も言ってるよね」
「後今日はとても暖かくて天気だから散歩行きたいみたいだよ」
「バーナビーなんかしたの、タイガー腰が痛いって」

 最後の子供の問いかけに我に返り、若干挙動不審気味に。
バーナビーは愛想笑いをしつつ、しかしこの新事実に感動した。
早速斎藤さんにPDAで連絡すれば「ああ、あり得るかもねえ」というのんびりとした返事を貰った。
「人間って聞こえる音が成人以降ものすごく減るんだよ。子供でも差が出るらしいんで、多分その周波数は十歳ぐらいまでしか聞き取れない周波数なんだと思う。それはNEXT関係なく人間の力だからさもあらん。でもさちょっとタイガー自身のNEXT能力のお陰もあるかもね。肉体強化系NEXTは他のNEXTと違って肉体を必要とするだろ? 精神だけじゃなくて肉体にも能力が宿ってると考えた方が理にかなってる。だから群体化してしまって肉体が細かくなっても個別にNEXT保持してるんじゃないかなあ」
「そうなんですか……」
 五時間目が終わるので学校に撤収していく子供たちに手を振り、今日の作業を終えてストックバック片手に戻れば、ネイサンたちに何があったの報告してと言われたので今さっきあったことを報告した。
「こ、こ、声が聞こえるんですって?!」
「本当?!」
 早速カリーナとパオリンが耳をストックバックにくっつけてみるが何も聞こえない。
二人は心底がっかりしたようだった。
「斎藤さん曰く、十歳ぐらいまでしか聞こえない周波数みたいなんです。それも相当狭い範囲みたいで。僕もハンドレッドパワー発動してチャンネルあわせないと聞こえませんでした」
「でもハンサムは聞こえたのよね?」
 ネイサンのその問に、バーナビーは「はい」と返した。
「なんか驚くぐらい緊張感ない極普通の事を喋ってました。全然変わってなくて、虎徹さん今自分がどういう状況に置かれてるのかも判ってないんじゃないかな。でもなんか安心しました。本当に虎徹さんだって判ったから嬉しいです」
 なんか目の前で桜の花びらになるところを見てたのに、全然実感なくて。変ですかね。
そう言うとネイサンは「変じゃないわよ」と笑った。
「私だっていまだに半信半疑よ。青く輝いて見えてなかったら完全に信じられなかったわね」
「いいなー、私も聞きたい」
「ボクも聞きたかったなあ、なんかずるいなー年齢制限あるなんて。改めて考えるとハンドレッドパワーってホントチートの能力だよー、もー応用効きすぎでしょーずるいー」
 バーナビーは苦笑した。
ボクもタイガーの声聞きたい聞きたい〜と文句を言うのにカリーナも賛同し始めたのでこれ以上面倒なことにならないうちにと第十七分署に本日集めた虎徹を持って集合させに行くことにした。
 第十七分署はセントラルパークの西端にあり、階下のシルバーステージより少しはみ出していて、真下をイーストリバーが走っていた。
問題の虎徹の花びらが幾枚か見つかったというのはその河川敷で、十七分署の西側の窓からはブロンズステージのセントラルパークと河川敷沿いの散歩道が見えた。
十七分署に持ち寄ると、ロックバイソンと折紙サイクロンが警察官らしき協力者とボランティアの学生らしい数人とで、今はワイルドタイガー集積所として機能している食堂脇のホールで黙々とより分け作業をしていた。
「よお、どうだった? 今日は二キロぐらいしか集まらなかったな」
 アントニオにそう声をかけられて「もう一キロぐらいはあるといいんですが」とゴールドステージとシルバーステージの分のストックバッグを渡す。
「段々純度が上がってきてるから、ここでのより分けはそのうち必要なくなるかもな」
「そうかも知れませんね」とバーナビーも返す。
実際先ほどハンドレッドパワーで確認した自分のストックバッグには、青く輝く花びらしか入っていなかった。
「それよりバイソン先輩、大発見です。虎徹さんどうやら喋ってますよ、その花びらの状態でも」
「マジか」
 え、それって本当なのか? 俺全然聞こえないんだが、というので「十歳ぐらいまでしか人間には聞き取れない周波数で喋っている」というとそんなことってあるんだと驚かれた。
「あーでもモスキート音とかあるもんな。そういうことか」
 まあでも虎徹が虎徹で元気ならなんでもいいさと続ける。
それからポンと手を叩いて「あーだからか!」と言った。
「だから?」
「そこのボランティアの娘さん」
 アントニオが一人黙々と花びらをより分けている女性を指差す。
まだ年若く見えたのでおいくつですかと問いかけると俯いたままだったので、バーナビーから手を差し伸べる。
それには応えてくれたのでいつもの営業スマイルを浮かべながら彼女と握手した。
「ご協力ありがとうございます」
「…………っ」
「彼女凄いんだよ」
 アントニオがはにかんだまま俯いている彼女の代わりに言った。
「様々な波長の音を拾えるNEXTなんだそうだけど、タイガーの花びらを見つけるのが一番上手くて早くてこれが正確でさ。俺たちは視覚頼りだけど、彼女はそうかタイガーの声を拾ってたんだなあ。教えてくれれば良かったのに、っておっと」
 失礼とロックバイソン――アントニオが頭を下げる。
「ついうっかり忘れちまう、彼女場面緘黙症ってやつで、人前で話すのが苦手らしいんだ。それなのに協力してくれた。ホントに感謝してもし足りない。彼女が居なかったらこんなに早くより分けられなかったぜ。後見逃しがないんだよな」
「そうなんですか」
 バーナビーは無理して喋らなくていいですからねと今度は心から感謝の笑みを向けてそう彼女を労った。
「今日はこれでいったん終了でいいか?」
「そうですね、夜も捜索を続けてる方はいますが、僕らも一度会社に帰らないと行けないですし」
 そう言いながらストックバッグを開けて花びらを集合させる。
四十五キロ集まった虎徹であるはずの桜の花びらは、青く光っていなくてもそれそのままでとても美しかった。
「壮観ですね。綺麗だ」
「そだな。それでな怖いことにこの花びら萎びないんだぜ。水とか与えなくて大丈夫なのかって思ってたんだけど、なんか平気そうだな……って水が欲しいとか腹減ったとか言ってなかったか?」
 アントニオにそう聞かれてバーナビーははて? と思い返してみた。
「眠いとか、今夜はカレーが食べたいっていってる花びらは居ましたけど、水が欲しいとか喉が渇いたっていうのは聞きませんでしたね」
「そか、それなら大丈夫か」
 さてといってアントニオは手を叩くと、「みんな今日もありがとう明日もよろしく頼む、今日は解散で」という。
ボランティアだと思っていた一人が唐突に立ち上がると折紙サイクロンに変じたのでバーナビーはびっくりして一歩後ろに下がった。
「あ……折紙先輩でしたか。何処にいるのか判らなかった、すみませんご苦労様です」
「いえいえ。じゃあ拙者はボランティアの方々を外まで送っていくでござる」
その場にいた同じように作業を手伝っていた警官が立ち上がり折紙サイクロンにボランティアを任せると通常任務に戻ると言って先に出て行った。
 ボランティアは折紙サイクロンに誘導されてその後に続く。
その更に最後尾について帰っていく例の緘黙症の彼女をなんともなしに見送っていたバーナビーは、彼女のもの言いたげな瞳に内心小首を傾げた。
しかし場面緘黙症は、自分にどんなに喋ろうという意思があっても心理的ブロックがかかってしまい中々発言できないという症状を持つ。それをバーナビーは知識として知っていたので、結局一言も話せなかったことを気にしているのだろうと思った。
「じゃあ俺らも撤収するか」
「あ、……そうだ、バイソンさん」
「なんだ?」
「あの、なんていったらいいのか判らないんですが、今日十枚ぐらいでいいんですけど、虎徹さんの花びら、持って帰っていいでしょうか」
「虎徹を? これを? 十枚? なんで」
「今日何事もなく帰宅できるようなら夜もう一回声を聞いてみたいんです。ハンドレッドパワーだと聞こえるから……」
「そうなんだ。いいぞ。ただし失くすなよ」
「はい」
 最後まで悩んでいたけど思い切って言って良かったとバーナビーはもう一回十枚程度拾うとストックバッグに詰めて、ヒーロースーツの収納に突っ込んだ。そしてはたと思った。ぎゅっと詰まって苦しいかもしれない。判らないけど。
暫く考え込んでいたがやっぱり手で持っていく事にする。
 早く家に帰りたいなあとバーナビーは思った。




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