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喪 失(11)



 確実に虎徹の状態は悪化していた。
それが自分の招いた結果だと、バーナビーは認めたくなかったのかも知れない。
暫くの間、バーナビーはカウンセリングを拒否していた。
自分の失態を、カウンセラーに話すのが苦痛だった。 でもそんなわけには行かないと、バーナビー自身が理解していた。
 久しぶりにカウンセラーのもとへ、二人して向かった。
虎徹はもう、拒否しない。
バーナビーと並んで歩く。
いや、バーナビーに腕を取られて、なすがままでその道を歩く。
俯きながら、その手を拒否しない。
触られることも、なにもかも、彼はバーナビーに許した。
 バーナビーが自分のした事をカウンセラーに告白すると、医師は予想に反して何も言わず、やがて長い沈黙のあとバーナビーに言った。
「辛かったですね」と。
 バーナビーは静かに泣いた。
許してくださいと、床に向かって何度も呟いた。
これは何かの罰ですか、どうやったら償えますか。
医師は暫く壁を見つめ逡巡していたが、やがてバーナビーに立つように促した。
「本当は、いけないことです。 私はカウンセラーとしては、失格かも知れません。 でも、こうしなければ、もうタイガーさんを取り戻す事は出来ないと思うんです。 多分これが最後のチャンスだと」
 そう、医師は不思議な事を言い、隣の部屋にバーナビーを案内した。
それからここから何があっても動かないように、声をあげないようにと言った。
「絶対に守ってください。 これが守れなければ、あなたはタイガーさんを永久に失う」
是も非もなく、バーナビーはこくんと頷いた。






 暫くバーナビーはその部屋で待ち、やがて医師が自分にしようとしていることを知って息を飲んだ。
守秘義務を破って、虎徹と自分のカウンセリング内容を、バーナビーに聞かせようとしているのだ。
暫くすると虎徹が入ってきた気配がし、ぼそぼそと、彼が話している声が聞こえてくる。
最初は天候のこと、前回のカウンセリングから今日までの間に起こったとりとめのないことを虎徹が話すのに終始していた。
しかし、やがて医師が決定的な質問をした。
「タイガーさん、あなたはバーナビーさんのことをどう思っていますか」
長い沈黙があったと思った。
それまでぽつりぽつりとだったけれど、間を余り空けずに応えていた虎徹の声がしなくなった。
幾ばくかの時が流れ、やがて再び虎徹の声が聞こえてきた。
「俺は悪くありません」
 やけにはっきりと聞こえるその声。
「・・・・・・俺は、覚えてます。 あいつのした事を」
「何をされたんですか?」
 医師が優しく聞く。
虎徹の声が、震えている。 でも彼は、躊躇った後話し始めた。
「あいつは、俺を、痛めつけたんです。 ヒーローたちもだ。 特にあのバーナビーは酷かった。 俺は今でも怖くて堪らない。 解ってます。 それが精神改竄N.E.X.T.のせいだってことは。 ちゃんと解ってます。 頭では解ってるんです。 でも俺は怖くて堪らない」
 当然でしょうと、医師が応える。
虎徹が啜り泣いているのが解った。
「あいつは俺がおかしいと言う。 だけど、おかしいのはあいつの方でしょう? あいつのやってることは犯罪です。 俺が逆らえない事を知っていて、あんな風に扱う。 あいつが俺にどんなことをしたか知ってますか? 俺は何もしてないのに、殺人者だと頭から罵って、弁解すらさせてもらえず、2昼夜飲まず食わずで、両手をこう縛り上げて、首輪をつけて、筆舌尽くしがたい暴行を加えたんだ。 泣いても叫んでも許してもらえなかった・・・・・・、最後には声もでなくなって、床に転がってるだけになった。 それでもあいつは、俺に一片の情けもかけてやくれなかったんですよ?  ねえ、先生、聞きたいですか? どうされたのか。 俺は話したくない。 思い出したくない。 二度もあんな目に会うぐらいなら、はいはい言うこと聞いて、あいつが満足するように振舞ってやったほうがいい。 どうせ同じ事をされるなら、幾分かでもマシな方を選んだ方がいいに決まってる。 ねえ、先生、俺は間違ってますか?」
虎徹が吐き捨てるように言った。
「あいつがどんなに残酷か知ってます? あいつは俺を道端の犬の糞以下に扱ったんだ。 唾棄して捨て置いて、腐るに任せた。 その癖に、そこだけすっぱり忘れてるんですよ? ありえますか? 俺がどんなに憎悪したか。 あいつは俺が忘れたといって責めつづけた。 俺は忘れたんじゃなくて本当にやってなかったのに。 その癖あいつは、自分がやったことは忘れて、俺に今更自分を愛してくれとか馬鹿なことをほざく。 アリエネエ、世界が崩壊したって、あいつだけは愛せない。 もしそんなものがあったのだとしたら、あいつ自身が粉々に打ち砕いて、その辺に捨てちまったものなんだよ。 俺は、俺は・・・・・・」

 ヒーローたちが、バーナビーが、――――大嫌いだ。




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