Novel | ナノ

喪 失(10)




 その日、ジャスティスタワーに赴き、虎徹とかち合ったのは単なる偶然だった。
バーナビーは朝から取材が入り、虎徹も別の取材で一日別行動になったからだ。
一応バディということで、二人一緒の取材や仕事が多い中、極稀に単発で、二人ばらばらの仕事が入ることもある。
特に一軍に上がってからはその頻度が増し、雑誌の取材やHERO TVへの出演などは、アポロンメディア社が積極的に取り、出来るだけ率先して行うように求められていた。
未だアポロンメディア社は、マーベリック事件から立ち直っていない。
打撃を食った株は、持ち直しつつあるが、全盛期ほどではなく、ヒーローに対する世論は未だに厳しい。
アポロンメディアはその信頼回復に努める義務があったし、タイガー&バーナビーには特にそれを求められていたからだ。
 虎徹もバーナビーもその件に関しては黙々と自分たちに課された業務をこなした。
虎徹の異常性は、ヒーローたちの認識部分に関してのみで、普段の生活についてはむしろ昔と比べて真面目になった分、明晰になったとも取れた。
なのでロイズやベンはそのことに関しては、なんとも言えない顔をする。
 心配だけれども、このままでも別に構わないのではないのかと、そんな風に思っているらしい。
バーナビーは冗談じゃないと思っていた。
 一度だけ、ベンに忠告された。
「虎徹はなあ、あれでも一生懸命なんだよ、お前さんを守ろうと守ろうと、そりゃあ努力してさ。 でもあいつも人間なんだよ。 少しだけ待ってやっちゃくれないか? あいつなりに必死なんだよ。 なあ、労わってやってくれ。 思い出せないのは誰のせいでもないんだから。 お前さんも気に病まず、暫くこのままでいてやってもいいんじゃないのかい?」
 バーナビーはその忠告を聞かなかった。
もう限界だ。
虎徹さんには思い出してもらいたい。
思い出して貰えないと、もう僕がもたない。 僕だって限界なんだ。
そうして、結論を出した。
バニーとしてはもう認識されなくてもいい、バーナビーとして、かつてバニーが居た場所に立てばいいじゃないか。
そう気持ちを切り替えた。 虎徹には酷な事をしたと反省してる。
でも、大丈夫、取り返しがつく。
バニーよりも優しくしてやろう。
バニーよりも、誠実であろう。 二度と裏切らない、彼を大切にしよう。
そう思っていた。
でも、それは思い上がりだったと、直ぐにバーナビーは思い知らされてしまった。

思いの他取材に時間を食い、大変遅くなってしまったので、そのまま退社しても良かったが、バーナビーは一汗流していく事にした。
虎徹の方は、雑誌の取材だったので、それほど時間をとられないだろう、普通に定時で退社したとバーナビーは思っていた。
しかし、人気の無いトレーニングルームに誰かがいるようだ。
まだ、残ってトレーニングをしている人がいるのかと思い、シャワールームを覗いてみると、シャワーの音、そして誰かの足首が見えた。
 直ぐにそれが虎徹だと解り、バーナビーは声をかけようとして、ぎょっとなった。
水が真っ赤に染まっている。
「こ、虎徹さん、何処か怪我でもしたんですか?!」
 バーナビーの逼迫した声に、ぴたりと虎徹の動きが止まったのが解った。
シャワーも同時に止まり、何故か息を殺している気配。
バーナビーは慌ててドアに手をかけ、虎徹が鋭く来るなと叫んだのが同時だったと思う。
 思い切りドアをあけると、虎徹は服を着ていた。
裸足だったが、何故か服を着て、シャワールームに入っていて、シャワーのノズルを両手で持って後ろに隠していた。
意味が判らず、バーナビーは虎徹を見る。
虎徹は小さな声で、大丈夫だから出て行ってくれと言った。
「・・・・・・」
 バーナビーは虎徹を引き寄せると、虎徹の腕を両手で握った。
シャワーのノズルが、びちゃんという音を発てて下に転がり、そしてバーナビーは顔を歪めた。
シャワーのノズルと一緒に落ちたもうひとつのものがある。
それは、剃刀だった。
「これは一体どういうことです?」
激しく言い、バーナビーは握った両腕を揺さぶった。
赤い雫が散る。 その乱暴さは、虎徹を酷く怯えさせたようで、金色の瞳に油膜のように涙が溜まるのが見え、バーナビーはまた胸が詰った。
 手首に深く刻まれる傷。
何度も何度も切りつけたそれは、躊躇い傷も含めて幾つもあって、バーナビーは息が止まるかと思う。
「なんで、なんでこんな事をするんですか」
 やめてください、こんなこと。
お願いですから、次からは止めてくださいね。 もしこんなことをするようなら・・・
 言いかけて、バーナビーは虎徹のただならぬ様子に口を噤む。
虎徹は明らかに無言でパニックに陥っていた。
ぶるぶると身体を震わせて、自分から逃れようとしている。
「だ、だめだ、いやだ。 だめだこうしなきゃ、だめなんだ」
「何を言ってるんですか、虎徹さ」
「触るな!」
 そういってバーナビーを振り払った後、瞬時に顔に浮かぶ恐怖。
がたがたと振るえながら、虎徹は崩れるようにしゃがみこみ、額を濡れた床に摩り付けた。
「ちょ、虎徹さん、なんで・・・・・・」
「許してください。 ごめんなさい、今のは言葉のあやです。 そんなこと思ってません。 なんでもしていいです。 言うことを聞く、聞くからどうか。 こうしなきゃ、俺、バニーを見つけられなくなってしまう」
バーナビーは絶句した。
「お願いだ、俺が出来る事ならなんでもする。 どんなことでも言うこと聞く、 だからこれだけは許してくれ。 バニーを探させてくれ。 見つけなきゃ俺、生きていけない」
 そういいながら、虎徹はバーナビーの足にしがみ付いた。
「頼むから許してくれ、俺は探さなきゃいけないんだ。 約束したんだ、俺は俺自身を、バニーにしかもう許さないって。 これは例外だ、例外だって俺自身に刻んでおかなければ、バニーを探す資格を失ってしまう。 失くしてしまう。 だから頼む、お願い・・・・・」
「な、何を言って・・・」
「もし、俺自身にその資格がないんだったら、俺の身体に傷をつけてくれ。 あれは俺の意思じゃなかったんだって、仕方がなかったんだと、バニーに判るように、俺に刻んでくれ」 
頭が割れる、とバーナビーは思った。
意味が、判らない。
「こうしなきゃ、バニーが許してくれない。 俺はイヤだって言った。 だけど、バーナビーは俺を許さないじゃないか。 こんな汚い身体じゃ、バニーはもう二度と俺を見つけてくれない。 許してもらえない。 これは同意じゃない、お前が勝手にやったことだって、俺は毎日数えてたんだよ」
「なに、何を言ってるんですか・・・」
「お前にヤられた分だけ傷をつけるんだ。 こうしておけば、あいつにも解って貰える。 俺のせいじゃない。 俺が悪いんじゃないって」
「虎徹さん!」
 やはり、受け入れたわけじゃなかった。
拒まなくなったのは、バニーを諦めてバーナビーを受け入れ始めたからだと思っていた。
そうじゃなく、ただ、・・・・・・自分が怖かったから?! ヒーローで在り続けたかったから? ただそれだけの為に、彼は屈辱に耐えていたのだというのか。
「イヤだって、言わなかった・・・ですよ、ね・・・・・・ 最初の日だけ、で・・・・・・」
「だって、お前はいつか俺を忘れるじゃないか。 そしてまた、きっと狩られる。 同じ目に会わされるなら、・・・・・・、下手に抵抗するのはバカのすることだ。 俺はもうあんな怖い想いしたくない」
「そんなこと絶対にしません!」
 バーナビーは絶叫する。
金色の瞳が歪む。
それから、震える声で言うのだ。
「・・・・・いいよ、好きにしろよ。 もう抵抗なんてばかばかしくてしたくないんだ。 それで忘れてくれよ。 俺も忘れるから。 それで最初に戻るだけ・・・」
「僕は忘れません、あなたのことを忘れるわけが・・・!」
「俺を忘れなかったのはバニーだ。 お前じゃない! バニーだけが俺を解っていてくれた。 バニーだけは忘れなかった。 バニーは俺を忘れない。 忘れるはずがないんだ。 お前は俺を忘れたじゃないか」
「そのバニーは僕なんです!」
 惚けたように虎徹が自分を見る。
バーナビーは溢れる涙を抑えることが出来なかった。
「そうですよ、バニーはあなたを忘れたんです! 忘れてあなたを滅茶苦茶に傷つけました! そのとおりです! 認めてくださいよ、虎徹さん。 バニーはあなたを忘れて、そして今ここにいて、こんなにあなたが大好きで! どれだけ謝れば許してくれるんですか? どうしたらあなたに、あなたの中に声が届くんです? 僕がバニーなんです。 お願いです、認めてください、お願い・・・・・・」
「違う、バニーは忘れなかったんだ。 俺があいつを見つけられないのは、俺が悪いから・・・」
「それこそ間違ってるんです! 僕がバニーなんだ、あなたが、バニーと呼んでる存在、それは僕自身なのに! どぉして見つけてくれないんですか! 僕は・・・」
 金色の瞳が遠くを見る。
もうバーナビーは目に入っていない。
どこか、違う遠いところに、誰も行けない迷路に向かって、虎徹の心は彷徨いだしてしまった。
こうなったらもう、誰の声も届かない。
 やってしまった。 僕は間違えた。
虎徹さん、あなたにまた手が届かない。
また、・・・・・・最初に戻るだけ。
「バニー・・・、何処だ・・・」
 呟きながら、彼は去っていく。
残されたバーナビーは静かに涙を流した。



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