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喪 失(12)




 どうやって家に帰ってきたか解らない。
バーナビーは真っ暗な自分の部屋で、頭を抱えて蹲っていた。
 何を言っていたろう?
虎徹が言っていた事はなんだったのか。
 虎徹を帰してから、医師は再びカウンセリングルームにバーナビーを呼び寄せ、そして噛み締めるように言った。
「あなた方ヒーローたちが受けた精神改竄の残酷なところは、自分自身がどこを改竄されたのか、何処を抹消されたのか、誰一人として自覚できないところなのです。 恐らく、あなた方ヒーローたち全員が、どこかしら欠落した部分を未だ内在させているのでしょう。 タイガーさんは恐らくそのことを知っていたんです。 自分自身が欠落させられていることを、そしてあなた方全てがやはり未だ欠落している事を」
「あれは、虎徹さんの、妄想なんじゃ、ないですか? 僕はあんなこと、した覚えがない・・・・・・」
「それを判断する術がないのです」
 医師は逡巡したように言った。
「私はあなた方ヒーローたち全員を診て来ました。 私は隠していましたが、精神感応系N.E.X.T.で、あなた方を苦しませている同じ精神支配系、暗示型の能力者です。 ただ、何度も言いますように、私はマーベリックがあなた方の記憶をどう改竄したのか知らないのです。 例えば催眠術にしても、解くためにはキーワードを知らなければならない。 条件を知らなければならない。 でもマーベリックは死んでしまった。 あなた方の記憶を正しく戻すキーワードを失われてしまい、もう取り戻す術が無い。 だからそれがタイガーさんの改竄された偽の記憶なのか、そうでなく真実の記憶なのかが解らない。 私には判断する術がないのです」
「・・・・・・」
「ただ、この手の力は、互いに重なる部分を見つけ、綻びを見つけることが出来れば、一気にその呪縛を打ち破ることが出来るんです。 それだけが希望でした。 人の脳は未だ不思議です。 記憶を完全に消す事など本当は出来やしないんです。 本当の記憶であれば、何処かにきっと残っている。 そして偽物の記憶であれば、正しい記憶を取り戻した時、おのずと消えていく筈でした。 でも、それはとても難しいことなんです」
 医師はバーナビーを真っ直ぐに見た。
「タイガーさんは自分の記憶こそが正しいと信じています。 彼の記憶が間違っていると、あなたが証明することが出来れば、暗示が解けるかもしれません。 あるいはタイガーさんの記憶が真実だと、あなたが記憶を訂正するしかありません。 あなたが思い出すのです」
「そ、ん、な」
 もしそれが真実だとしたら、虎徹が言っていた事が本当だとしたら。
「僕は、虎徹さんに、取り返しのつかないことをしたってことじゃないですか。 あの話だと、僕は彼を、ありえない程痛めつけて、絶望させたっていうことでしょう? 僕が原因ってことに」
「そうなります。 辛い記憶だ。 あなた自身、無かった事にしたかったのかも知れない。 それに問題は、タイガーさんの記憶が真実だったとすれば、彼の狂気を、あなた方を忘れてしまった、心から分離させてしまったのは、N.E.X.T.のせいではなく、タイガーさん自身の心の選択と言うことになります。 彼がそれを許せない限り、問題は解決しないんです」
 嘘だ。
バーナビーは医師に食って掛かった。
 嘘だ、嘘だ、嘘だ!
そんなの信じない、虎徹さんがおかしくなったのは、マーベリックのせいだ。
僕のせいじゃない。 僕はやってない!
 そう何度絶叫したろう。
だが、医師は水色の瞳でバーナビーを静かに見つめ続けるばかりだった。
 いやだ、虎徹さんを失いたくない。 あれが本心だなんて信じたくない。
僕らを、僕をあれ程までに憎悪して、許せなくて、だけど自分で認められなくて、それで狂ってしまっただなんて。
哀願した、泣いた、喚いた。
でも答えが変わらないのだと、やがてバーナビーは絶望した。
 嘘だ、嘘だ、嘘だ。
僕は忘れてない、記憶は正常だ。
間違ってない。 間違ってるのは虎徹さんのほうなんだ。
 暗闇の中、バニーが立っていた。
そして、バーナビーを見て、にやりと笑った。







 それは始め、雨水のように心の中に勝手に染み入ってきた。
頼んでも居ないのに、漏れ出でるその黒々とした染みは、瞬く間にバーナビーの心の中広がり、闇になった。
その闇の中、ぽつんと転がっているなにか。
 コンクリートの冷たい床だ。
雨水の漏れる音がした。
いや、配水管から漏れた水が、滴り落ちる音だろうか。
 反響する靴音、開閉する鈍い金属音。
そうだ、これは鉄格子だ。
それを押し開き、中に入ると、転がっていたボロ雑巾のような男が、顔を上げて自分を見るのが解った。
「バニー、俺だ、本当に解らないのか?!」
必死の形相でそう訴えてくる。
その男の顔を見下ろしながら、バーナビーは思った。
この卑劣な殺人者は何を惚けたことを言っているのだろう。
お前なんか知らない。
見たこともない。
しかも、この男は誰かと自分を間違っている。 妙な名前で自分を呼ぶのだ。
その名前の呼ばれ方は不愉快だった。 馬鹿にされているとしか思えない。
鋼鉄製のN.E.X.T.拘束具、両手首を戒める手錠よりも頑丈そうなそれ、首輪にしか見えないチョーカータイプのもの。
首輪からは頑丈そうな鎖が伸びていて、近くにある柱の一本に繋がっている。
跪き、自分をまるで崇める様に見上げるその男の肩を、バーナビーは右足で突いた。
「汚い」
「ッ・・・!」
首を戒めるそれに繋がっている鎖を乱暴に引くと、男は息を詰らせて喘いだ。
金色の瞳が、闇の中に光っている。
まるで、月のようだと、バーナビーは思った。
「どうして、サマンサおばさんを殺したんだ?」
「だから俺は殺してねぇって! バニー、お願いだ、正気づいてくれよ」
 まだ言うか。
バーナビーは手に力を込める。
持ち上げて、チョーカーにも手をかけた。
指を首とチョーカーの間に食い込ませると、男は呼吸困難に陥り、舌を出して犬のように喘いだ。
いい気味だ。 犯罪者にはお似合いだ。 まさに犬そのものじゃないか。 このまま殺せればいいのにと思った。
しかし、シュテルンビルトに死刑制度はない。
だったら、死にたいような目に合わせてやればいいだけだ。
むしろ、死よりも惨い屈辱を。
 バーナビーは男の顔を叩いて、床に叩きつける。
それから無造作にその男からスラックスを引き抜き、自分の欲望を宛がった。
「よせ! バニー!」
「うるさいなあ」
 バーナビーはぺろりと舌を舐め、後孔を乱暴にまさぐる。
鎖を思い切り右手で引き、男はえびぞりになって苦しげに喘いだ。
「おれは、やってね・・・、ばにー、おもい、だ、せ・・・」
「どうしてサマンサおばさんを殺した?」
 再び聞く。
だが男は答えない。
バーナビーはぎりっと唇を噛み締め、自分自身を突きつけた。
「ぎ、・・・・ああっ」
 男は悲鳴をあげて、ずり上がる。
それを引き寄せて、中に穿つと、ひいひいとよがった。
この淫売め、と罵り、更に強く激しく抜き差しすると、男の声は小さくなっていき、やがて啜り泣きに変わった。
「バニぃ、バニぃ、バニぃ・・・・・・」
啜り泣きながら、まだふざけた名前を呼んでいる。
バーナビーはその呼び名にいらつく。 なんだか解らないが、とても不愉快だった。
だから、身体の向きを乱暴に変える。
ぐるりと突き刺したまま回転させて、自分の方へ向かせ、男の膝を抱えて折り曲げて、最奥まで貫いてやった。
その瞬間、男の身体はびくりと跳ねた。
「あ、あ、あ、あ」
 間抜けな声を上げる、萎えるだろうとバーナビーは思う。
この行為は他人を惨く痛めつける。
肉体的ダメージはそれほどでもないのに、精神的にはこれ以上ないと言ったぐらい、相手を追い詰める。拷問には効果的な方法だ。
男のプライドどころか、人としての矜持も全て粉々にしてしまう。
啜り泣き、ついに男はやめてくれと懇願し始める。
「ヒッ・・・、 もう、・・・やめて、やめてくれ、助けて、許して・・・・・・」
「自白以外の言葉は聞きませんよ」


 もう、やめてくれ。







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