Novel | ナノ

パシフィック・リム  <9>ハカイシャ(2)



ギャアアアアァアアアオウウウオオオオオ!

長い長いオオタチの悲鳴。今まで聞いたことが無いまったきの憎悪の。

 アアアアアアオオオオオウオオオオオ。

それは人間が長く苦しみのたうち回る様に良く似ていた。
「!」
 一瞬も油断していなかった筈なのに、オオタチが自分たちを突き飛ばすのを阻止できなかった。
もんどりうって背中から倒れる。
仰向けになった「ワイルド・タイガー」にオオタチがその四本の脚で伸し掛かってきた。

 オオオオオ、オマエ、ケシテユルサヌ、おおアタシ、盟主に捧げる大切な! アレ! あれあれあれ悔しい! もう果たせぬ、悔しい、悔しいおお! だがオマエ、ゼッタイニオマエダケハ!  おお、我が造物主より授かったイノチフタツ使う! オマエダケハユルサヌ オオおお!
「つっ?」
 虎徹がびり、と突然走った目の奥の痛みに一瞬怯む。
その一瞬のシンクロナイズの乱れにバーナビーが「大丈夫ですか!」と叫び、虎徹はぶるっと頭を振るって大丈夫だと応えた。
「でももう、コイツの武器はない筈、後は立ち上がって叩きのめすだけ!」
 そうバーナビーがなんとか立ち上がろうと右手で傍にあったビルを掴む。
それで怪獣の頭を殴ろうというのだ。
 だが。

怪獣の短い二つの前足がずるりと非現実的な伸び方をした。
「な、なんだあ?」と虎徹が目を剥く間に、両腕となったそれを大きく広げてその途端に被膜がはためいた。
 まるでプテラノドンのような翼が瞬時に形成され、一声発するとまるで最初から飛べたみたいに羽ばたきながら上空へ舞い上がったのだ!
四脚でしっかり「ワイルド・タイガー」を掴んで離さない。ついでに離陸するときそこらへんにあったビルに「ワイルド・タイガー」をどかんと押し付けて、一発お見舞いしていくという念入りなおまけ付き。
「――だっ! ムカつくんだよ、この野郎、じゃなくてババア!」
 この怪獣って雌なのかな・・・・・・。
バーナビーは変なところに冷静で。
成程、これがカテゴリー4、「第二の生命力源」という進化器官を元から内臓している特別誂えの怪獣だと――確か斉藤とロトワングが提唱していた、そうだそんな記述が確かにあった。より一層狡猾で、とても知能が高いという。
 だとするとこれは・・・・・・。
「しまった、成層圏から僕らを突き落とすつもりです!」
「――っだ、マジなのかよッ!」
 なんとかしろバニー、早く降りないと。
そう虎徹が焦る横で、バーナビーは考えを巡らせていた。
物凄いスピードだ。
オオタチは尻尾を切られて舵がきかない。
飛び上がることは出来ても、前には余り進めず、ただ只管上昇するしかないのだ。
絶ち折られた尻尾の毒々しい青の断面がシュテルンビルトの空に輝く。
其の頃指令室でもなんとか復旧したモニターで、彼らが怪獣に釣り上げられてシュテルンビルト上空、成層圏に向かっているの知って絶句した。
「イェーガーのあの二千トンを釣り上げるだと?!」
 オペレーターたちも勿論だが斉藤も内心目を剥いていた。
タイガー!
「イェーガー内部、酸素量低下」
「成層圏に向かっています――大変です、このままでは宇宙空間に出てしまいます! イェーガーは耐えられません!」
その声は当然「ワイルド・タイガー」内部にも響いていた。
 虎徹は「参ったね」と他人事のように言った。
どうすべ、もう武器ないし・・・・・・。
プラズマ・キャノンはさっき全弾使い切ってしまった。そう考えるとあえて止めを刺した自分の判断が恨めしい。
 ごめんねバニーちゃん、おじさん失敗しちゃった。
そんなお茶目を装う真剣な謝罪にバーナビーは思わずぷっと吹きだした。
「大丈夫! そんなことはあろうかと! ちゃんと武器を仕込んでおきました!」
「えっ、何があるの、まだあるの!」
 嬉しそうな虎徹の声、貴方、ドリフトでどうせ薄々知ってたくせに!
そう思いつつも嬉しくて声がにやけた。
「チェインソード!」
 しゅるりと腕から伸びる鎖のようなもの。
それが揺れて撓んでイェーガーから見下ろす世界は地球の彼方から太陽光線が眩しくて。
わあ、なんだ、地球は丸いな! 凄いところまで来ちゃったコレ、と虎徹が頭の片隅でそんなことを感動していたが、「行きますよおじさん!」の声に虎徹も自然に構えてくれた。
 チェインソードの連結が完了し、頭の片隅で地球の丸みに感動しながら、その癖的確に攻撃を行う思考能力、鋭利な両刃の剣となったそれを躊躇なく振るい、右と左とに綺麗に一閃した。
まるで時間が止まったよう。
 オオタチは何が起こったか判らなかったろう。
頭の中いっぱいに憎悪をかかえて、お前、これ、この気持ちの悪い盟主の敵、排除しなきゃならない生き物、小さくてくだらなくて踏みにじって全部食い殺して! そんなの当然なのにアタシをこんなに痛めつけて、盟主から与えられた使命も果たせないでクソ! これでしまいだ、おまえら死ぬ、アタシ! 大丈夫! まだ終わってない、まだアタシまだ使命果

 そこまでだった。
ふと、寄り添うような声が聞こえたと思ったのはテレパシー同調の単なるエラーだろうか?

 可哀想だよな、お前らも。

空気がない、音がない。
その一瞬、大気圏のギリギリ外側で青が裂けた。
綺麗に十字に引き裂かれたオオタチが禁断の青をまき散らしながら絶命する。
チェインソード、その刃に輝く太陽、ああまるで夢のよう。
だがオオタチが絶命した瞬間から、もう一つの驚異が襲ってきた。
当たり前だ、落下だ。




 『オフバランス』
「ワイルド・タイガー」の音声ガイドがそう言った。
判ってんだよ、んなことは! と虎徹がそれにドリフトで答えた。
だからそれ聞こえませんよ、僕以外には。
 と文句をいうと、聞いてんじゃねぇ! と言い返された。
「聞くなとか無茶な事言うなあ」
「ああ?! 頭の中と同時に口でも文句言うなよ!」
 やーいやーいバカバニー。
「ちょっとねー貴方って人は!」
 ちなみにこの間1秒もない。
ドリフトというのは時間の節約にはかなり使える。
「だな」と虎徹が答えてそんな場合じゃないと二人とも真剣になった。
『一万五千メートルで地表に接触します』
 一万五千メートルでイェーガーが地面に衝突したら核弾頭並みの大爆発になるのではなかろうか。
「なりますよ」
 思考した瞬間肯定されて虎徹が苦笑。
そうか、じゃあなんとか回避しなきゃな。
大体僕、ここで死ぬ気ないですし。
 じゃなんとかしよう。
「まー、落ちる速度をイェーガー破壊速度に到達しないようにするしかないですね」
「あーそうね、じゃショックアブソート使うしかないね」
 そう虎徹が言うか言わないか。
レジェンドから熱の籠った指示が届いた。
「聞こえてるかタイガー!」
 聞こえてますよ、レジェンド。大丈夫俺たちは死にはしない。まだやらなきゃいけないことが残ってる。
「ショックアブソートを起動し、ジャイロスコープでバランスを立て直して丸くなれ! 助かるにはそれしかない!」
「りょーかい、レジェンド。――だとさ、相棒」
「はい」
 ショックアブソートの手動スイッチをバーナビーが担当。虎徹はジャイロスコープを担当した。
「身体の操縦は俺に任せろ。お前はタイミング間違えんな」
「了解」
『一万二千メートル』
 ガイドがそういい、それから高度計を睨んでいた虎徹が叫んだ。
「今だ!」
『燃料噴射』
 バウッという風を円盤で叩いた様な音の後に、一瞬遅れて重力が消える感覚と衝撃がきた。
また高速で落ち始める機体。
 両手両足を大きく広げて、大気圧で減速を試みる。
高度五千メートル付近で虎徹は綺麗にイェーガーの膝を抱え込み、それからまた千メートル落ちたところで足を地面へと向けた。
ジャイロスコープでの絶妙な身体コントロール。
「速度が速すぎる ショックがでかいぞ バニー!」
 虎徹が注意を促す。
これが減速の限界かとバーナビーも頷いた。
 真下にシュテルンビルト最大の競技場トラックが見えた。



 指令室にいた人々はみな外へと飛び出した。
「ワイルド・タイガー」が墜ちてくる。
あそこだ、向こうの競技場、シュテルンビルトのど真ん中に向かって。
どれぐらい被害があるのだろうというのは今は頭になく、そこに集まった人々の気持ちはみな一つだった。
「ワイルド・タイガー」が無事であって欲しい。
虎徹とバーナビーがどうか無事であって欲しい、そんな純粋な祈りからだ。
 外は雨と風。
大粒の雨が降り注ぐシュテルンビルトに吹く海からの風は、まるで涙のように塩辛い。
それはまるで人類が流している涙そのもので、地球が泣いているそのもので。
 天空から雲を切り裂いて降ってくる赤い塊を人々は見た。
あれが「ワイルド・タイガー」だ。ああ、あんな速度で大丈夫なのか?!
 手を組み合わせてどうかと祈る。
ああ、私たちにはこれしか出来ないのです、神様!
人々の目の前でイェーガーは墜ちた。
墜ちた瞬間一瞬の静寂。
イェーガーの機体と地球とが熱いキスを交わした瞬間、そこに薄い空気の層が出来て全てを吸いこむ、轟音爆発して周りに広がっていく。
 キノコ雲が上がった。
衝撃波がシュテルンビルトの地表を這い、大きな風となって人々の下に届く。
固唾を飲んで見守っている中、降り注ぐ雨と逆巻く粉塵灼熱の炎の中立ち上がる不屈の巨人。
 歓声が上がった。
やった! 「ワイルド・タイガー」は無事だ! 無事に帰還した!
「虎徹君、バーナビー」
 レジェンドが静かな一言をそう噛みしめるように言う。
暫し勝利の歓喜に酔う環太平洋防衛軍の面々たちの中、聞いていたのは斉藤だけだった。



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