Novel | ナノ

パシフィック・リム  <9>ハカイシャ(1)


<9>ハカイシャ


 なんてこった、話が違うじゃないか! これでは殺される、私は怪獣に殺される!
そうロトワングは脳内で絶叫した。
基地内ではなく、シュテルンビルトの一般シェルターの方が助かる確率が高いとか、そちらまで怪獣はいかないとか。
湾岸で食い止めるとか、イェーガーは必ず勝つとか、全部ウソじゃないか!!
 シェルターの中で市民に紛れ込んでいたロトワングは自分の身体を揺るがす振動に耳を凝らす。怪獣のずしりずしりと歩く振動、それが遠くからやってきてそしてぴたりと真上で止まった。
「真上だ」
 シェルター内部に満ちる悲鳴。
「ダメだ、こんな! こんな真上じゃ! 突き破られてしまう、見つかってしまうこれじゃ!」
 隣で女性が何事かを聞いてきたがそれどころではない!
何故真上なんだ、何故ここなんだ、なんでここに怪獣が?!
 悲鳴と満ちる疑問に、ぞろりと忍び寄る人間のものではないイメージ。

ミツケタ。

 それは知っている感触だった。一度交換し、相容れずに拒否しただ眺めただけの「彼ら」の思考だ。
それもとても動物的な――間違っても人間ではないもの。
 オマエハナカマデハナイ、ダガ、ワレワレトオナジモノヲミタ、イブツ、コチラガワヘコイ
「私を連れていくつもりなのか?! まさかそんな!」
 隣の女が大きく口を開けて叫ぶ。
この人が目的なのよ、この人を狙ってるのよ、自分で言ったわ!
「待て! 私が捕まったら――」

 行きたくない、あちら側は人が呼吸できるような大気を持っていない。

思わず答える。
脳裏にあのいつか放たれた痛烈な皮肉が蘇った。

神経ブリッジにより一度繋がった精神は、物理的制限を超えて自分の枠からそちらに移る。俺は忘れないからな、お前らが虎徹にしたこと。
俺は決して忘れない。あいつにしたことは俺にしたことだ。忘れるなロトワング、俺は死なないぞ、いつかお前らに結果を突き付けに帰ってくるからな。
それが嫌ならお前がアイツラとドリフトするんだ。あいつら、人間ではない怪獣と。一石二鳥だろ、お前は知りたがってた! いい機会じゃないかお前がやれ、やってみろ! その方法を見つけたと喜々として他人にやらせようとした。それどころか、お前らは虎徹にそれ以上の事をした! 最悪だ! おまえら人類の所業には反吐が出る! 俺がお前らの為にイェーガーに乗ってたと思うなよ! 結果を出せないなら俺が殺してやる。さあ、やれよマッドサイエンティスト! お前らのしたことの惨さをその身で思い知るがいい。

「村正ちがう! 私はこんな、そんな、やって見せたじゃないか! だってこんなだなんて私は・・・・・・酷い! だって村正、虎徹は少なくとも人間だった! それに私はやってない! その時はチームに居なかったんだよ! こんな絶対私の方が数倍酷い! 酷い!」
 だって知らなかったんだ! 私も知らなかったんだよ!
虎徹――虎徹君だって私が助ける! 私にはその知識も技術もある、だから村正どうか許してくれ、私をここで終わりにしないでくれ!
ほ、ほら、そうだ、あちら側から技術を引き抜ける! だって私はこの世界で唯一「彼方側」の思考を覗ける人間なんだからね! 
頼むよ本当に、これで終わりだなんていやだいやだいやだ!
 脳裏の奥底で怪獣がぞろりと応えた。

ソレニハオヨバヌ、オマエノナカミダケヲ モッテイク ダイジョウブジキニイタミモナイクルシミモナクナル

「ドリフトみたいに?! 私にあの鏑木兄弟と同じことをするつもりなのか?!」
怪獣のその思考にロトワングは不意に悟る。
こいつらのテレパシー機能はドリフト理論と全く同じだ!
 生体兵器! その言葉がより一層力を増して蘇り、頭の中をぐるぐると回った。
赤い赤い血の色をして。

 それが合図だったように天井が抜けた。
怪獣が絶妙な力加減でそこを踏み抜いたからだ!
「ひいいいいい!」
 ロトワングは腰を抜かしその場でただ震えた。
怪獣が一瞬覗き込んだ。
オオタチの亀裂のような細い瞳・・・・・・でもその中で輝いている黄土色の瞳はにやりと確かに笑った。
そして手を差し入れようとしてできず、首を大きくのけぞらせ、限界までは開閉できないように閉じられたデザインの口の隙間からにょろりと舌を長く出した。
それは発光するウミウシのようで、それ単体で多くのセンサーを持ち、人間の手よりも繊細な動きを可能にした。
そっと、脆弱な人間という気味の悪い生き物を潰さぬように、それはぞわりぞわりと長く長くのばされて、ロトワングの直前で空気を撫でるようにしながら止まる。
 恍惚としている。
一度ドリフトで繋がったロトワングの中に事実歓喜が流れ込んできた。

 オオ、造物主ヨ、我ラガ アンティヴァース ノ繁栄ノタメニ!
 おぞましい盟主に生まれた瞬間から心酔し、服従を決定づけられた怪獣たち。
彼らにとって、プリカーサーに命じられたことを達成することは何物にも勝る喜びなのだ。
ましてやこのオオタチは、初めて盟主プリカーサーに、「生きて戻れ」と使命を与えられた怪獣でもあった。
それはもうどれほどの歓喜であろう! なんとしても戻る、使命を果たして戻る! 必ず! 
もはやロトワングを前にしてその歓喜は極まるばかりだ、もうあと少し、これを飲み込んで早く早く深海に戻るのだ。
 おお! 今参ります! もう少々お待ち頂ければ!
きゅる、とオオタチの美しい軟体動物のような舌が、喜びの余りにちかちかと何度も発光した。
その光は真っ暗闇な筈のシェルター内部に、真っ青な太陽が灯ったよう。
ロトワングは眩しさに目を瞬かせ自分の最後を覚悟した。
 ああ、これから自分は意識を抜かれて、身体を溶かされて、身動きできない脳髄だけ、そして向こうの水槽で、観賞魚のように生かされ、全部の知識を吸い尽くされた後、全人類は自分の知識で皆殺し。私は汚物のように打ち捨てられるのだ――。

 だがその瞬間弾けるような意識が駆け抜ける。
ずるり、と舌が引き抜かれ、怪獣が身を翻したのが判った。

 おおあああ、もう少しだったのにアタシを殺したあれ、あれもう少し時間が稼げると思ったのにおおこんな! おおおおお、待っておれ倒す、倒してからお前を持っていく! おおああ、あの憎いあれ! もう一人のアタシ! アタシヲコロシテキタ、にくいにくいにくいにくい!
 支離滅裂なイメージにもならないようなその怪獣の激情がロトワングの胸の内に流れ、ロトワングは安堵の余りその場で泣き出しそうになった。
イェーガーがやってきたのだ。



 ずうう、と地を這う音。
タンカーが道路の上を引きずられて行く。
バーナビーは反対したかったが、虎徹が埠頭にあったタンカーをいきなりむんずと掴んでそのまま持ってきた。
バーナビーはドリフトしているが故に虎徹のしようとしていることが解った。
剣棒と一緒だ。
棒術をそのまま怪獣にぶつけようとしているのだ。
 頭を冷やせ、ドリフトから外れるな、と言っていた、意外に冷静なんだなと思った自分を罵倒してやりたい。
虎徹はかつてない程怒り狂っていたのだ。
やがてオオタチの背後に歩み寄る。
オオタチはまるでそれを最初から知っていたかのようにぐるりと向き直り吠えた。
「よお、さっきは俺の妹分と兄貴分が世話になったな!」
 そう言い終わるや否や、虎徹はタンカーで三回どついた。
イェーガー武道術のそれと寸分たがわず、五十二ある型のうち、少なくとも十四は連続技でオオタチに打ち込んでいた。
 サブ脳を「ルナティック・ブルー」に抉られたオオタチはもはや満身創痍、だがそれでもヤツはカテゴリー4の面目躍如か全くパワーを衰えさせずに向かってくるふりをして――ダッシュで逃げた。
「あっ、畜生」
 まだ殴り足りねぇ! 何処行きやがったすばしこいやつめ! おい、ヘリから見えるか?
最後の一言は文句ではなくて上空からイェーガーをフォローしてくれている環太平洋防衛軍のヘリに言ったもの。
 しかし全部筒抜けだ、この会話はフルオープンで指令室に届いているのだから。
バーナビーが落ち着いて虎徹さんと諫める。
だが虎徹は「うるせえ」と言ってぎらぎらと周りを見渡している。
自分には冷静になれで、僕にはこれ。
苦笑しつつバーナビーもあたりを伺った。そしてオオタチの逃げる姿を思い出しながらその逃走経路をシミュレーションする。
それは虎徹にも瞬時に伝わり、二人は次の瞬間たった今通過しようとした巨大なビルに向き直る。
右! いや左、違う! 遅いぞバニー、神経研ぎ澄ませ!
虎徹の反応速度にバーナビーはどうしても一歩遅れる。だがやがて虎徹の動きが頭で考えるよりも先に「ぴったりくる」ようになる。
完全に一致した。右も左も僕のもの! 左を虎徹に右は僕に交換して滑らかに動いて両方同一で離れがたい。
そうこれがドリフトということ! ああそういうこと!
身も心も虎徹と重なる。頭で考えることなく全く一緒になる、ああ、なんて!
 その時、ビルを突き破ってオオタチの自立した長い尻尾と二本の前足が「ワイルド・タイガー」を強襲した。
「!!」
 虎徹とバーナビーはその強襲を予想していたが、余りの勢いに引き倒される。
バーナビーが注意していたのはその尾で、これは自立して動くことが可能らしいと判断。更には怪獣ブルーを吹きかけることもできる、本体とは別のもう一つの怪獣ともいっていい器官に違いない。
左手にわざと絡ませて、「ワイルド・タイガー」の本体からそらす。
自分がどうやら隔離されたらしいと気づいた尻尾が無声ながら吠える。だらだらと青い体液を垂れ流しながら、ぶるぶると震えてそれをすりつけようと暴れていた。
 一方虎徹が気にしていたのはオオタチが口から吐く怪獣ブルーの方だ。
これをまともにくらって、「ドラゴン・サイクロン」はどろどろに溶かされた。あの四世代の頑丈な装甲がものの数分で使い物にならなくなったのだ。「ワイルド・タイガー」も同じことになる。
実際最初に吐きかけてきたそれを、虎徹とバーナビーは連携で素早く避けた。考えることもない、そんな反射で。
それから虎徹は組み合ってきた時身体を逃がしながら右手をオオタチの口の中に突っ込んでいた。
 バーナビーがシミュレーションで「そんな腕を犠牲にしなくても」と嫌がっていた戦法だ。
腕一本なんだ、どうだっつーんだ、これでお前を殺せるならくれてやるぜ、バーロー!
 オオタチは苦しがって身をよじる。
それ以上開かない口を虎徹は引き裂いてがばがばにしてやった。いい気味だ。
そして指に感じる毒袋の感触。ぶにぶにして気持ち悪い、引っこ抜いて背後に思いっきり投げ捨てた。
ぐじゅうという気色悪い音を発してそれが喉の奥からずるりと引っこ抜かれる瞬間、オオタチは痛みの余りか激しく身震い、実際相当苦しかったのだろう、尻尾の威力もわずかに萎えた。ばしりと尾がイェーガーの胴体を叩き自分から引き離す。
怪獣から離れるなり、虎徹は取り落としていたタンカーを拾い、殴りかかった。
だが尻尾がそれを防御し、あろうことか「ワイルド・タイガー」からそれを奪い取る。
尻尾もさっきのお返しとばかりに、タンカーを思い切り背後に投げ捨て、キシャアと威嚇。
本体の方はまだのたうち回っていた。
 はは、内臓を引っこ抜かれたんだもんな、そりゃあ苦しいだろうよ、そのまま死ね!
殴りかかった左手を、尻尾が止める。
バーナビーは虎徹さんにやっちゃってください、この尻尾は僕に任せてという。
「CO2 噴射!」
 バーナビーがスイッチを押すと左手から霧状のものが噴き出して怪獣の尾を凍らせていく。
怪獣は高温には比較的に強いが、低温には弱い生き物らしく、凍らせるという戦法はかなり有効なのだ。かつてこの戦法で長くを戦い抜いた機体があった。その時の戦闘データがとても良かったのでリニューアルした時にバーナビーが補助装備に採用したのだ。その「スカイ・ローズ」は日本で沈んだ。虎徹の戦友だったキースとカリーナ両パイロットはもう居ない。
 尻尾は不思議そうだった。
何故自分は動けなくなるのか? そんな風に首を傾げるような奇妙にかわいらしい動きをした後にかちんこちんに凍って動かなくなった。
バーナビーは何も感じずにそれを砕く。
尻尾はオオタチの根元からゴロリと岩のように絶ち落ちて、粉々になって下に崩れた。
 「ワイルド・タイガー」の無傷の左手が滑らかに動く。
その間に虎徹の右はオオタチの頭を滅多打ちにし、その首の骨をぐちゃぐちゃにへし折っていた。


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