Novel | ナノ

パシフィック・リム  <5>バニー!バニー!バニー!(1)


<5>バニー!バニー!バニー!


 バーナビーは自室で椅子に座り込んでいた。
特に何をしていたという訳ではなく、単に物思いに耽っていただけで、思い出していた内容は遥か昔の事だった。
暫くすると立ち上がり、バーナビーは自分のクローゼットの中から小さな箱を取り出す。
そうしてそれを開けて中に入っていたものを手に取った。
それはと随分昔の型をした携帯電話で、ところどころ塗装が剥げて壊れていた。
勿論壊れなくてももうこれが携帯電話としての役割を果たすことはないだろうが。
 溜息をついてそれを眺めていると、誰か訪問者が来たようだ。
バーナビーはドアのところに行ってのぞき穴から訪問者を確認する。
するとそれはレジェンド指令だったので、バーナビーは慌てて扉を開けるのだ。
「お邪魔してよろしいか」
「え、ええ、勿論」
 指令は中に入り込むと、バーナビーの部屋を見渡して「いつでも殺風景だ」と少し笑った。
「余計なものを持つと、その・・・・・・移動が大変ですから」
 そうだな、とレジェンドは目を伏せ、それからまっすぐにバーナビーを見た。
「私は随分と昔に、君と約束した」
 手に小さな包み。
バーナビーが見つめる中、レジェンドはその小さな包みを開けて中に入っていたものを取り出す。
それは極小さな、ピンク色の兎のストラップだった。
 バーナビーは指令の目を見た。
「私と一緒に来たまえ」



 「ワイルド・タイガー」の再起動を今日今から行う。
至急パイロットスーツを装着し、「ワイルド・タイガー」に搭乗せよ。
 そんな通達があったのは食事後すぐ。
部屋に帰って午後のシミュレーターの手配はどうなってんだろうなあと確認しようとした時、突然PDAが勝手に立ち上がってきたものだから、虎徹は「わあ」と口に出す程びっくりした。
 通信してきたのは斉藤だった。
「えっ? 今から?! だって俺のバディは――」
 まだ決まってないじゃんと言おうとしたら、行けば判ると先回りして言われてしまった。
仕方がないのでそのまま搭乗する為の準備室――ディスパッチルームへと向かう。
既に虎徹用に調整済みのスーツを用意して、整備士たちが勢揃いしていた。
 虎徹は直ぐにスーツに着替え、シナプスコードリーディングシート(神経伝達回路)が自分の背中に貼られるのを待つ。
整備士が手慣れた手つきでそれを虎徹の背中に嵌め込み、自動でその金属片はスーツに組み込まれる。
ヘルメットを装着するとヘルメットの二重内側に入っていたオレンジ色の神経伝達補助ジェルがスーツの方に自動で流れ込み、イェーガーとの神経伝達システムを完成させるのだ。
『パイロットが一名搭乗しました』
 女性の軽やかな音声で「ワイルド・タイガー」のガイドが流れる。
昔はオペレーターが担当してたか、もっと機械機械した音声だったものだが、こんなところまでリニューアルされてらと少し可笑しく思う。
コックピットは虎徹が知る第三世代のものとは違って、第五世代仕様なのかきちんと床が敷き詰めてあった。
勿論これは稼働時には自由自在に動くのだろうが、いやはやホントにこれは単なるリストアでなく、新品以上に作り直したのだなあと思った。
さて、自分はどっち側を担当すべきだろうか。
バーナビー曰く、自分には隷属の才能があるらしいが・・・・・・とふと思い出して苦笑した。
因みに左側に搭乗する者が副操縦士(コパイロット)――補助脳となることが多い。
少し逡巡した後、虎徹は左側へ行った。
何故なら恐らく自分のバディとなる相手がレジェンドだと想定していたからだ。
「ハーネスをテストモード設定、もう一人のパイロットを待つ」
 そうしてちょっとパネルを弄ってみた。
プラズマ・キャノン等、昔からある「ワイルド・タイガー」の武器は当然のようにパワーアップ&リニューアルされてそこにあるが、案の定、知らない装備も増えているようだった。まあこれは起動実験なのだしおいおい確認していけばいいと、パチパチと二三回表示を切り替えて思う。思った以上にパワーアップしていること、右と左に全て同じ装備を仕込んでいるというのだけはかろうじて判った。
『パイロットが二名搭乗しました』
 ガイドがそういう。
虎徹は振り返らずに隣に来るレジェンドを待った。
だが。
「行きますよ、おじさん」
 虎徹は目を見開く。
そこに立っていたのはパイロットスーツを着込んだバーナビーで、彼は少し困ったようにはにかんでいた。
 虎徹は一瞬呆けていたが、直ぐに破願する。
それからやったな、と言った。
「ええ」
バーナビーがそう言い、虎徹は自分の身体をハーネスに固定する。
「五分後俺はお前に、お前は俺の頭の中だ。似合ってるぜ?」
 バーナビーも右側の操縦席でハーネスを掴むと自分の身体に固定した。
「これはシミュレーターとは違う。それとウサギを追うのはよせ。ウサギとは記憶の事だ。ドリフトを行うと二人分の記憶が入り込んでくる。すべて無視しろ。ドリフトから外れるな」
「了解です」
 二人がハーネスに自分の身体を固定した瞬間、二人の身体を律動が駆け抜けていく。
バーナビーは初めて、虎徹は五年前に体感したきりの、瞬間軽く感電したような、そんな衝撃だった。
 ガイドが言う。
『右脳の調整成功しました』
『左脳の調整成功しました』

『イェーガー調整準備完了。パイロットをイェーガーに接続します』

「OKタイガー、調整は上手く行ったぞ」
 コントロールルームで斉藤がオペレーターに指示を出す。
「よしシンクロナイズ開始!」
「OK ドリフト開始!」
 電力が供給され、一気に「ワイルド・タイガー」のあらゆるパーツが点灯していく。
「シンクロナイズ成功。安定してます!」
 オペレーターが報告。
「シンクロナイズ調整」
 斉藤が二人の間の調整に入る。追って他のオペレーターがイェーガーのモニタから調整をフォローした。
「調整入ります」
「シンクロナイズ右調整」
「シンクロナイズ左調整」
「シンクロナイズ百パーセント 調整完了 「ワイルド・タイガー」 出力八十パーセントで起動、成功です」
「ワイルド・タイガー起動確認」



 記憶が駆け抜けていく。
バーナビーはその情景に少し翻弄されたが受け流した。
 無視しろ。
その虎徹の言葉は端的でそれ以上でもそれ以下でもないと高を括っていたが意外に難しい事なのだと突然体感した。
虎徹の記憶はバーナビーにとっては物珍しい。
着物、がりがりと地面をひっかいているあの大きな箒みたいなのはなんだろう?
お父さん、お母さん、村正兄さん、大学時代、それから先生、――イェーガーパイロット訓練風景。
それに交じって自分の記憶が引き延ばされて虎徹の中へ入っていくのが判る。見える、体感する。
初めて見た東京、シャッタードーム。
生まれ故郷、シッターだったサマンサ小母さん、そして懐かしい父と母の姿も見えた。



「よしいいぞ!」
斉藤がガッツポーズをする。
周りからも拍手が沸き起こった。
イェーガードックの方では「ドラゴン・サイクロン」のパイロットである宝鈴とイワンも一番「ワイルド・タイガー」を近くで見れるデッキを占領して眺めていたが、スムーズに「ワイルド・タイガー」の腕がポーズを取り始めたときには思わず拍手をしていた。
とても初めて組んだ相手と動かしているとは思えない。
まるで勝手知ったるバディと動かしているようだと思う。
実際宝鈴とイワンは最初の起動実験の時、シンクロが乱れて数十秒で接続が切れた。
「凄いんだね、えーっと、日本人だっけ、メインパイロット」
「鏑木兄弟の片割れだって。あのレジェンドだと、二度目の・・・・・・。兄の村正パイロットを失って一人で帰還したっていう」
「ふーん・・・・・・」
オリガ士官とユーリもこの起動実験の様子を見にコントロールルームにやってきた。
「実に見事だ」
 オリガが褒め称える。
「あのバーナビーが言うように、確かにこれはタイガーの才能なんだろうな。あの子はシンクロナイズの適正が訓練中から群を抜いてた。誰に対しても同調率が良すぎる。あの子――という歳では既にないがな・・・・・・。イェーガーに対する、いやパイロットに対するシンクロニシティの確率が余りにも高すぎるんだ。まるで怪獣と一緒だよ。テレパシーを持っているみたいに」
「虎徹は他人の気持ちを汲むのに天才的なところがありますからね。昔から」
「本当にテレパシーを持ってるのかも知れんぞ?」
 オリガがそう笑いながら言うので、ユーリはそれはないでしょうと返した。
「他人に対して優しいんですよ。ホントに」
 昔から羨ましかった。そして私は彼が好きでした。バディにするなら彼がいいと、変な話ずっとそう思ってました。
「タイガーはそうだな、モテモテだったな。誰もがバディにしたがった。カリーナもそうだったな」
「ええ」
 もう今はいないが。
ユーリは「ワイルド・タイガー」を見上げる。まるで憧憬のように。



『イェーガー調整完了』
レジェンドは心中胸を撫で下ろす。
鏑木虎徹が相方だ、そして彼は自分自身で納得して今度も左側を選ぶのだろう。
何故なら彼は自分に続くレジェンドであって、そして村正が最後まで信頼していた最強のバディだからだ。
歴代イェーガーパイロット中ただ一人、確変を持つ男――バーナビーが分析したように、彼にはNEXTとして、他者と繋がる――いや、誰とでもドリフト出来るという一種超常能力的な才能があったのだから。
そんな才能もあるのだ。人とは本当に不思議だ。一人ではなんの役にも立たず、イェーガーが存在しなければ見出されることもなかった才能。
そんなこともあるのだ、と。



 バーナビーは凄い、と思った。
虎徹が傍らで「こんなもんじゃない」と囁く。
 さあ、行こうぜ相棒。お前の右手は俺の右手、お前の左は俺の左だ。
さあ、手をあわせよう。ステップを踏もう。戦うときは右脚からだ。
走ろう、世界はこんなにも広い。
 巨人のステップはどんなだろう?
バーナビーは突然歌いながら走りたい衝動に駆られた。
人間ならば、絶対に避けなければいけない脅威でも、イェーガーに乗ってると可能な気がする。
自分は巨人、普通の人間ではできないことをやりとげる、ハリケーンと戦うことだってできるのだ、と。
 凄い、何でもできる、おじさん――いや、虎徹さん!
その思考は突然、何か頑なになった。
エコーがかかってる、誰かが呼んでる指示してる。
「機体を突き破られた! 虎徹、危険だ!」
 真っすぐに自分に向けられている縞瑪瑙の瞳。
これは虎徹さん? いや違う、僕が虎徹だ、僕を呼んでる、僕に注意を促してる。
村正兄さん、兄貴――だって、そんな!
 うわあああああ!
兄貴! 
 バーナビーは絶叫する。



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