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パシフィック・リム  <4>相方の条件(1)


<4>相方の条件


 シングルシミュレーターと変わんないよな、と虎徹は思う。
どうしてもブレイン・ハンドシェイクを起動してのシミュレーションの許可は下りなかったのだ。
これでは一人で訓練してるのと変わらないし、バーナビーの頭の中の事だって実際はわかりゃしない。
確かに身体的には特に相性が悪くはない。
バーナビーは優秀だ。でもつんけんした人を見下した態度は頂けない。
パイロットには相手に対する労わりと尊敬、それと信頼が絶対的に必要なのだ。
 時間がないのに喧嘩ばっかりだ。
まあレジェンドが大反対してるっていうのが先頭にあるのだが、あのバーナビーの目つきときたら!
 初日は手慣らしということで小1時間シミュレーターに搭乗した後、訓練を撤収。
男女兼用のロッカールームでシミュレーション用に用意した上着を脱いでしまいこみながら、虎徹はトライアルでのやりとりを思い出してムッとした。
34歳はまだ中年だろ! 中年はおじさんに含めないだろ! アラサーまでおっさんに含めたら環太平洋防衛軍(PPDC)所属者大半おっさんじゃねーかよ! あほっ!
「バーカ。34歳なら女だって十分子供産めるぜ。適齢期は今35だぞ。20年以上前からそうだろ! パイロットになるつもりねーなら、とっとと結婚しろよ、でもってガキをバカスカこさえろ。てめーの方こそ人類に貢献してねーだろ。オリガ士官見習えよ!」
 あほ、ばーか、チキン! 悔しかったら乗って見せろ。
最後の方は普通に口に出してたらしい。
乱暴にロッカーを閉めて「バーナビーのばーか」と独り言の罵詈雑言を締めた後、振り返って虎徹はのけ反った。
背後にいつの間にかじっとりとした目つきで自分を睨んでいるバーナビーが立っていたからだ。
「うーわ、びっくりした! お前いつからそこに居たんだよ!」
「忌憚のない、貴方のご意見ありがとうございました」
「ホントにお前嫌味大魔王だな」
「ふんっ」
 気味悪! なんか言えよなー。
バツの悪さをさらなる悪口で打ち消そうと無駄な努力をしながら、虎徹は何? とバーナビーに聞いた。
「どうしてあなたは、シミュレーション時僕の判断に従わないんです?」
「ああ?!」
 虎徹は逆にどうしてお前に従わなきゃならないんだと言った。
「だって! 貴方は自分自身の危険を顧みず自分勝手な判断で! 余計な傷を作って、無茶ばかり。今日だって貴方、相当痛かったんじゃないですか? 腕を犠牲にして怪獣を倒すなんて――そんなことせずに出来る方法が――」
「お前のは卓上の理論ばっかなんだよ!」
 何を見てたんだよ、お前俺について調べたって言ってたよな?
「実戦ではそんな予想通りの結果にならねーんだよ! 俺は実戦をこなした。実際のパイロット経験から卓上の理論がどんなに空しいかを体験してる! どんなに危険だろうとどんなに痛かろうと、死んだらおしまいなんだ! 機体の破損なんかに構ってる状態じゃねえんだよ。もう怪獣はカテゴリー4なんだろ?」
「今の「ワイルド・タイガー」は以前とは違う。僕が全力で補修した、ダブルニュークリアリアクター搭載型の新品よりも立派なイェーガーです。恐らく地上最強、カテゴリー5相手でも十分戦える! わざわざ身体を痛めるような戦い方――」
「わざとそうしてんだよ!」
 虎徹は喚いた。
「お前もイェーガー開発者なら知ってんだろ! 生物の反射能力を最大限に利用するためだ。痛みを痛みと感じた方が人間は死を感じて必死になる。兄貴は必死回路って呼んでたけどな」
 痛みを痛みと感じるように――。
その時虎徹は村正との神経接続断裂時の痛みをまざまざと脳内に描き出してしまい顔を顰める。
その表情をどう読み取ったのかバーナビーが溜息をつきながら言った。
「そんな顔しないでくださいよ、変な気分になる」
「どういう意味だよ」
「そんなに難しく考えなくていいんじゃないですか? あれは機体損傷を僅かでも軽減させるための措置でもあるんです。イェーガーの建造コストは最低でも10兆円ですよ? 保持しているだけでも物凄い負担になる。疲弊している人類には余りにも厳しすぎる。イェーガーが負け始めた時――ああ、貴方たち鏑木兄弟が敗北してからの我々イェーガー開発陣に対する風当たりときたら、全く最低でしたから」
 いやもうね、なんでコストの話になるの? つかさ、敗北ってもさ俺らの力量どうこうってところに全部責任求めるのはおかしくね? お前がパイロットだったらじゃあ、全部倒せたと思う?
「パイロットを責めてるわけじゃないですけどね・・・・・・人間は勝手だから。他人の痛みには鈍感ですし」
「そうだな。俺らにしかわかんねえ痛みがあるように、多分そこいらの人間全員他人にはわかんねえ痛みを抱えてンだろーよ」
 腕をもがれりゃ痛いし、足をもがれりゃ痛ぇし、最後にナイフヘッドを倒したとき、全身どこもかしこも痛くないところがなかったよ。
兄貴食われて、左手食われて、どてっぱらに穴開けられて、首食いちぎられて、生々しい怪獣の牙が食い込む感触まで体感してるのに、俺死ねねぇんだよ。兄貴、どこいっちまったんだ兄貴、そう言いながら、探し回ってた。
 俺絶対死んだと思ってたんだけどな――。言っても誰もわかんねえから言わねえけど・・・・・・。特にバーナビーには言いたくない。
だから虎徹は言葉を飲み込んだ。代わりに「悪かったよ」と素直に謝る。
「機体の破損は確かにまずいんだろうな。もう三機しかないんだし・・・・・・悪かったよ。そうだな、俺無様に生き残っちゃったしな」
「・・・・・・」
 そう言いながら両手を見ている虎徹を横目で眺めながらバーナビーは再び溜息をつく。
「貴方を責めたわけじゃないんです、ごめんなさい、僕どうしてもそこらへん、他人の気持ちに対して鈍感みたいで」
 はは、と虎徹は首を捻ってバーナビーを横からのぞき込むと、大体お前の言ってる事は正論で間違ったことは言ってないと言った。
「俺の兄貴も大概俺に対しては厳しくてさ、ちょっと懐かしかったんだ」
 だから別に俺がマゾって訳じゃないぞ。言われりゃ傷つくし言って欲しくないことだって沢山ある。
だけど、ドリフトってのはそこんところ残酷でさ、表面上優しくしたって、バレんのよ、繋がると判っちまうんだ。
 ドリフトすると言葉なんかいらないって思ってしまう。
全部知られて怖い、悲しい、屈辱的だっていうプライバシー全損の可能性に加えてさ、ドリフトしたときに体感するんだ。
ああ、俺とこの人とは 「完全」に判りあえた、と。
比喩じゃねえ、まさに物理的事実でよ。
 何故ならバディは自分自身になるのだから・・・・・・それは人を理解するという意味では究極の形なんだと思う。
だから俺は村正兄ィが、俺をどうしようもなく大切だと思ってたこと、愛してたことを知ってる。言葉にする必要なんかなかったんだ。
「もう一度、心の中に誰かをいれるならそんな奴がいい。最初から、あけっぴろげに俺に対して隠し立てせず、思ったことをいってくれて、どんなでも俺を理解しようと努力してくれる人がいい。それがどんなにつらい事でも、辛辣ないい様でも、どんなに屈辱的でも、それが『俺』になるんだから。だからお前を選んだ。別に俺がマゾだっていう訳じゃない」
 バーナビーはぷっと吹きだした。
「貴方ホントそれ・・・・・・、マゾって・・・・・・おっかしい、そんなに傷ついてたんだ」
「おじさん呼ばわりもだよ」
 大丈夫、お前も直にマゾになるからよ。
虎徹がそういって笑って、バーナビーはそうですねと返した。
「でも多分レジェンドが――許さないでしょう」
「・・・・・・」
 虎徹も再三レジェンドに、状況的にも彼しかいないと、バーナビーを相方と認めてくれと懇願したが何故か了承が得られない。
何故――だろう、と虎徹もあまり良くはない頭で自分なりに考えてみたわけだが、自分の中に残された村正の知識から少し引っかかるところがあった。
でもこれは――非常にデリケートな問題だ。
 バーナビーではなく、俺に問題があるなんて今更言えようか?
そしてこれがレジェンドの懸念だとするならば、多分――指令は自分が俺の――・・・・・・。
 その方がいいのかも知れない。
虎徹はそう思ってしまった。
前途のある若者を、それも死出の旅、そのバディとして選んでいいものかと。
俺はいい、もう一度死んでるから。きっとレジェンドが俺を呼んだのもそれがあったのだろう。
 いいんだこれで、バーナビーにはシミュレーション訓練をしてもらうだけで十分だ。
一度きりの起動、一度きりのそしてそれが終の任務であるのなら、俺はレジェンドと共に人類の捨て石になれるだけで十分だ。
「なるようになるさ」
 虎徹はバーナビーに微笑みかけて、それからロッカールームを後にした。
なんにしても時間がない。
自分はレジェンドの決めた通り使命を全うするだけなのだから。



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