パシフィック・リム <3>候補者トライアル <3>候補者トライアル 虎徹のバディ候補たちが一堂に集められ個別に面通しされた。 まあ目の前に並ばれて一言自己紹介的なものだけだったが。 「・・・・・・」 特に何も言うことがないというか、虎徹はパイロットになった瞬間から村正が居たので実際のところバディの選抜に何が必要なのかすら良く判っていないのだ。今思うと「俺ホントになにも知らなくね?」と自分で呆然とする程なのだが、この奇妙な無知は村正が故意にしていたことなのだと心当たる。明らかに村正は虎徹にイェーガーパイロットとして普通なら知っているであろうことも含めて極力教えないよう遮断していたのだ。 イェーガーパイロットを実際やっていたからこそ理解できる部分もあるのだが、「俺現役時代他のパイロットやら、士官の奴らにバカとか無知とか散々言われてたけどさあ、それって全部兄貴のせいじゃね? そうじゃね? 俺のせいじゃなくね?!」と段々腹が立っても来たり。 出来るだけ余計な体験をしないこと。できるだけ自分の任務に疑問を持たないこと。できるだけ恐怖を持たないこと、怪獣の事も当然、環太平洋防衛軍 (PPDC)の存在そのもの、世界の変容に至るまで出来る限り心を置かないこと。 頭を空っぽにしろ、虎徹。余計なことを考えるな、お前は「ワイルド・タイガー」を操縦することだけを考えていればいい。自分ではないものだとは思うな。むしろ自分自身だと思え。「ワイルド・タイガー」の腕はお前の腕だ。足はお前の足だ。お前自身だと「体感」しろ。理屈でも頭で考える事でもない。単純な「事実」だと認識するまで訓練するんだ。ドリフトの中に何も持ち込むな。そして記憶は無視しろ。 ほんのちょっとの雑念が――いや、何がパイロットを殺すのか判らない。 実際初代パイロットたちは些細な事で死んでいった。起動すらできずにもがき苦しみ、気を失った後そのまま心臓が止まった者もいた。 いつもは上手くいっていたのに、機体が暴走してそのまま海の藻屑と消えた者も居た。 イェーガーパイロットの八割が溺死だった。 イェーガーを上手く操れず、深海に向かって倒れ込んでそのまま沈んで行くなんてことは日常茶飯事だったのだ。 ブレイン・ハンドシェイクによる機体制御、それがバディ制の限界でもあった。 所詮どんなに相手を信頼していようと「他人」なのだ。ほんのちょっと僅かなミスが二人とも命を失うことに直結していた。 肉体的なものならともかく、精神的なものが原因だとしたならば、それは余りにも難しい問題だった。 ただ、それを防ぐ方法はないことはない。 互いに互いの行動を規制すること。互いが予測し得ない行動を起こさないこと、日々余計なことを考えないこと――。 「鏑木さん、貴方は誰を選びますか? この人だと思うものがあれば、理由も添えて指名してください」 この選抜試験を見学に来たのかレジェンド指令もバーナビーの後ろについてきていた。 特に言葉はなかったが、虎徹を静かな目の色で見つめている。 虎徹はレジェンドに軽く一礼してから、バーナビーに視線を移す。 バーナビー・ブルックスJr 指令の養子――東京襲撃時の生き残りで秘蔵っ子でもある。 研究者としても優秀で、イェーガー開発については斉藤のお墨付き。だが本人はパイロット希望、と。 「ねーよ」 虎徹はぶっきらぼうに言った。 「そんな数値だけじゃバディになれるかどうかなんて判らない。あれはNEXTのタイプとか関係ねぇからな」 「全員と起動実験できるほど時間がありません」 「シミュレーターは?」 「シミュレーターも一台しかありませんし、それにあれは暫定でも相方を誰か決めないとプログラムできませんから」 僕が決めましょうか? そんな風に上からねめつけられて虎徹は後ろに置いてあった剣棒を右手で掴んだ。 それを慣れた風に振り回し、候補者たち十一人に突き付ける。 「うっせ。ンなデータじゃホントに使えるNEXTなのかどーかなんてわかんねぇぞ。それに俺と合うかどうかが一番の問題なんだ、テメーらのNEXT適正なんかどーでもいいんだよ。こいよ、めんどくせえから例の謎棒術で相手してやら」 さあ、かかってこいよ。 虎徹がそう身構えると、最初の一人が一礼してから挑みかかってきた。 虎徹はそれをまるで打ち込まれる場所が判っていたかのように軽く躱し、三歩移動しただけであっという間に殴り倒す。 勿論、勢いよく剣棒を振りかぶって虎徹に振り下ろした彼は意味が判らなかったろう。 それ程鮮やかな動きだった。 「次!」 二人目が最初にやられた相手の動きから虎徹が武士道の意外なほどの実力者だと察し、距離を置いた。 「組み合わなきゃ意味がないぜ?」 びくっと身体を震わせ、横に飛び退ると足払いからの当身を食らわそうと棒を突き込む。 だがそれも読まれていたようで、虎徹はこれもなんとバック転で避けてから逆に足払いをかけてきた。 まさか棒を持ったままバック転出来るとは思わずぎょっとしてしまう。そこでアウト、三人目に交代した。 バーナビーは虎徹の動きをじっと見ていたが、ところどころで眉を潜めた。 確かにこれはイェーガー武士道の棒術ではあるのだが、余りにもアレンジされすぎている。 五十二ある型のうち、きちんと型を踏襲しているのは僅かに二つばかり。後は虎徹が後から勝手に付け足したとしか思えない余計な動作が入っていたり、逆に省略されていたりと適当過ぎる。 「それが彼の長所でもある」 不意にレジェンドがそう言った。 バーナビーはびっくりして指令を見る。 それから再び虎徹に目を戻した。 やがて十一人の候補者全てを倒して虎徹は振り返る。 「不満そうだな! お前が選んだ候補者なのに? なんか文句ある?」 バーナビーは挑戦的な目で自分を見やる東洋人を真正面から見据えた。 東洋人――いや、日系人と聞いていたが、瞳の色が違う。 綺麗な金鳳花色をした縞瑪瑙だ。 「貴方は今適当にやってる」 「なんでそう思う?」 「もう二手は早く倒せる筈、確かです」 「そうかい」 虎徹は剣棒をバーナビーの顔に突き付けた。 「十二番目の候補者はお前だろ。こいよ」 バーナビーの目が見開く。そしてその顔に浮かんだのは紛れもなく歓喜で、バーナビーは傍らに立つ指令を振り返った。 だが指令は厳しい顔をして、「彼は候補者ではない」という。 「ですが、指令! 僕はパイロットになりたいんです! おっしゃる通りシミュレーションを51回行い51回とも勝ちました! 僕以上の適正者はこの基地内にはいません!」 「ダメだ。パイロット適正とは単純にNEXTや身体の事ではないのだ。バーナビー、君は――」 「なんでもいいからそうゴチャゴチャと」 虎徹は指令に視線を移し、にやりと笑った。 「言ってないでこいよ。試してやる。ソイツアンタの秘蔵っ子なんだろ? それとも何? そいつのいう適正とか実力って奴は全部アンタの七光りでウソなのか? なあ」 つかの間、指令は虎徹の言葉に沈黙したが、やがて「いけ」とバーナビーに言った。 「ありがとうございます!」 バーナビーは喜々として自分のブーツを脱ぐ。 それから自分も剣棒を持って虎徹の前に構えた。 虎徹はへえという。 「成程、アンタはあの謎棒術をレジェンド御自らの指南で取得したわけだ」 羨ましい話だね! と虎徹が口笛を吹く。 「お言葉ですが、イェーガー武士道です。レジェンド師範が直々に提唱なされた、立派なイェーガーパイロット育成武術ですよ」 あなたはレジェンド指令の崇拝者だと聞きましたが、意外に失礼な人なんですね。ならばよし、こちらも手加減しなくて済むので嬉しいです。 「レジェンドは俺の魂の師匠だけど、謎棒術だけはいまだに眉唾モンだと思ってっけどな?」 「貴方そんなこと腹の中では思いながら弟子入りしたんです?!」 「弟子になんかなった覚えはねーよ。大体俺最初から言ってたぞ? まあ実際指導してくれたのは指令じゃなくてオリガ士官だし」 「全く腹ただしい! 何故指令は貴方のようなおじさんを信頼しているのか! 僕には理解不能だ!」 「おじさんじゃねーよ。一応俺先輩パイロットの筈なんだけど何そのいい草。お前だって大概シツレーだ。人の事言えねー」 その言葉を言い終わる前に虎徹が仕掛けた。 バーナビーは動かない。 虎徹の剣棒が額わずか数センチでピタリと止まる。 「一ポイント」 にやっと笑った虎徹は次の瞬間半歩後ろに下がる。 バーナビーが全く同じように虎徹の額に剣棒を突きつけていた。 「同点」 成程、NEXTも身体能力も恐らく全部まるで鏡に映したようにバーナビーは自分と同じだ。 そう思ったのを見澄ましたようにバーナビーが更に踏み込んでくる。 虎徹はツーステップでやや右横に避け、足払いをかけてきたバーナビーの剣棒を飛び避けた。 それが余りにも見事なタイミングだったのでバーナビーが目を見開く。 と同時に虎徹が足払いをかけてきて、バーナビーの身体は床に沈んだ。 「三ポイント」 組み伏せていたバーナビーの身体の上からどいて、虎徹が「立て」という。 バーナビーは立ち上がり、自分の向う脛についた埃を右手で払う。 それから虎徹に向かって型の姿勢で剣棒を構え、やれやれと言ったように笑った。 「ドリフトというシステムについてどう思います?」 「思う、とは?」 質問の意味が判らず虎徹は聞き返す。 バーナビーは続けた。 「僕はパイロットになりたかったけれど長い事許されなかったのでその分イェーガー開発の方に力を注ぎました。当然ドリフトシステムあってのイェーガーですから、僕はパイロットとしての視点ではなく、開発者の視点でドリフトというものを研究してみたんです」 「はあ・・・・・・」 何言ってんだと虎徹がちょっと首を捻る。 ただし、少しでも隙になるような動作は危険だったので、ほんの僅か、勿論バーナビーから注意を離さない。 「ドリフトにはそもそもドリフト耐性(NEXT)という特殊な才能が必要でして、その上身体的な理由、精神的な理由等全てクリアしても、もう一人の操縦者の相性という壁が立ち塞がってます。一人であるのなら十二分、いや恐ろしい適正を持った者も居た。だけどどうしてもバディと組めず、ニュートラル・ハンドシェイクで起動すらさせられない、そういった不遇の者がいます。それは何故か? 同じ人間だからです」 「同じ人間だろうよ」 虎徹はバーナビーが何を言いたいのかさっぱり判らず少しイラつく。 そんな風に喋りながらも全然集中が解けないバーナビーにもイラつく。 「ああ、同じ人間っていう言い方だと判りにくいですね、まあ同等ってことですよ」 「同等」 バーナビーは頷いた。 「同等であろうとするから混乱するんです。混乱するから動けなくなる、イェーガーが操れない、ハンドシェイクで脱落する。――古い考え方にこんなのがありました。人には優位脳が存在すると。今でこそそれは否定されてますが実際「優位脳」ってのはあるんです」 「なんだよそれ」 「人格」 バーナビーはコツコツと剣棒から手を離さずしかし右手の人差し指でもって自分の額を叩いた。 「昔々非人道的なロボトミー手術というのがありまして、前頭葉切除ってやつなんですがそれによって人は無気力他精神が停滞するという後遺症が現れたんです。自分自身が何者なのか判らなくなるというのは勿論、感動したりなにかしようとしたりとかまあ、人間の根源的活動に支障が出るようになったわけですね。自分が本当にしたいことなのか他人のしたいことなのか判らなくなるように」 「当たり前だろ!」 打って出る。 躱された、そのまま剣棒を斜めに構えて虎徹の一撃を受け止める。 一連の動きが流れる水のようになめらかで、村正を彷彿とさせた。いや違う、これは明らかに自分の動きを知っている者の動きだ。 ちっ、こいつ俺の動きを研究してたな? 「ビデオ学習ってのもバカにできないでしょ? お・じ・さ・ん?」 ムカッ。 おじさんっていうな! 虎徹が踏み込む。だがこれも軽く躱された。ああチクショウ、ムカつくけど大したもんだぜ! 「続いて脳梁離断症候群。こちらは何らかの理由により、大脳半球間を連絡する神経繊維が断裂した状態のことを言います。これに陥った人は高次精神機能障害を併発し、まあ半球間離断症候群患者などと呼ばれる訳ですが・・・・・・彼ら不思議なことになるんです」 「なんだよ!」 くっそ、余裕があるじゃねぇか。こちとら久しぶりで息上がってんだよ! 喋らせんな! 戦いながら話すな気が散るわ! と虎徹が再び繰り出し、はっとして構えるバーナビーの予測の裏を掻いて下から剣棒をはじきあげてやった。 バーナビーの手から棒が離れ、ワンテンポ遅れて地面に転がる。 「ホラ、油断すんなよ、集中しな。一ポイント」 バーナビーが無言で棒を拾い、軽く首を鳴らした後ににっと笑って構えた。 「不思議な事ってなんだかわかります?」 「知るか!」 「彼ら、左視野の失読、左手の触覚性呼称、失行、失書に陥るんです。右もまたしかり。そして右目で見てるのに左手では違うものを取る。不思議でしょう? まるで右と左に別々の人間が住んでいて、どちらも自分が主導を握ろうと反乱を起こしているようだ。だが脳梁が離断してない者にはそんな現象は起こらない――そう、二人の人間が二人で約束事を決めているみたいにね。脳の右と左に住む人間が、どちらかを主人として片方が従ってるんですよ。そこには明らかに優位性がある。そしてその決まりをきちんと守り徹底してこその「人間」なんです。みなドリフト適正者なのに明らかにバディになるためには相性がある。何故だか判ります? 上に立つ者と従う者、その不文律を理解してないから! 貴方のお兄さんは聡明だった。その理論を実践したんですよ、貴方で」 「?!」 「自分を優位脳とした。元々ある二つの人格、一つは表層ですべてを取り仕切る、もう一つは従い、もう一人を生涯陰で支え続ける。そして貴方はそれを承諾した。いや、承諾できるタイプのNEXTなんですよ。これが驚くほど少ない――だからバディになかなかなれない。なれたとしてもシンクロ率が上がらない、鏑木兄弟最強の秘密はそこにあった。貴方には生まれつき、他人に隷属する才能があるんですよ、判りましたかおじさん。僕があなたを「使って」あげます。そうすれば「ワイルド・タイガー」は復活する。貴方に必要なのはあなたを乗りこなすことが出来る「頭」なんです」 「・・・・・・!」 つき込まれて虎徹はのけ反った。 これだけ喋りながらこの動きッ・・・・・・! しかも今途轍もなく失礼なことを言った! 言ってた! 言いやがった! 「はい、おじさん、一ポイント。貴方こそ集中して」 「お前な〜、他人をマゾの人類代表みたいに言いやがって、何様だよ!」 奴隷の才能がありますよとか言われて喜ぶ奴がいると思ってんのか、あほっ。 「つまり、貴方は村正パイロットのていのいい、道具、みたいなものだったんでしょう。だからこそ「ワイルド・タイガー」は最強だった。そう、いうなればブースト素材? 肝心のパイロットは死んだのにそれで無様に生き残って――貴方は「頭」のいうことを聞いてりゃ良かったんですよ」 「へえ? そんなこと言っちゃうんだ」 ずばっと、部外者が俺が薄々そうなんじゃないのかって考えないようにしてたこと、不躾に指摘しちまうんだ? 「お前に兄貴の何が判る」 「つまりあなたと組むにはあなたを乗りこなせばいい。イェーガーの前にあなたを従わせれば」 「なにそれ、怖い」 ははっ、と虎徹が笑った。 なんだかもう突き抜けてしまい、普通に可笑しかったからだ。 なんか久しぶりにこんな風に笑ったな・・・・・・、こんな失礼な事いうやつ、村正以外にもいたとは純粋に驚きだ。 虎徹はバーナビーの左胸を狙って突進する。 だがバーナビーには見えていたらしい。勿論虎徹だってこの一撃はフェイクだ、本当の一撃はこの後の後ろ回し蹴り――からの正拳だ! しかし次の瞬間虎徹の身体は宙に舞った。 バーナビーは回し蹴りを避けなかった。代わりに足を素手で掴んだのだ! 自分の剣棒を捨て、そのまま虎徹を背負い投げする。 「ちょ、まっ―― ずりぃぞ!」 床に沈められ、自分の持っていた剣棒で首の付近を強く圧されて動けない。 なんてこった、一周回された。 「三ポイント」と、バーナビー。 にっこりと、本当ににっこりと笑いながら「これで同点です」という。 その時、指令が「そこまで!」と言った。 虎徹はいてて、と脇腹を押さえつつ立ち上がる。 バーナビーが立ちあがるのに手を貸してくれた。 それから凄くいい笑顔で自分を見つめてきたものだから、虎徹は敵わないなあと嘆息する。 立ち上がる時にバーナビーが耳元に顔を寄せてきて、「すみませんでした」と小さく小さく呟いたのが判った。 虎徹は目を見開く。 そして。 「俺のバディはこいつだ。バーナビー・ブルックスJr。俺は彼と組む」 バーナビーが虎徹を見、指令を縋る様に見た。 だが指令は冷徹に言い放つ。 「ダメだ! 彼はパイロットにしない!」 「何故です?! どうしてですかレジェンド、今のを見たでしょう? 彼の言う通り彼以上のパイロットはこの基地にいない!」 「それでもだ! お前のパイロットは私が選ぶ。異存は許さん」 「ですが・・・・・・」 「指令!」 バーナビーが背を向けてそのまま立ち去る気配の指令に向かって言う。 「このままではシミュレーション訓練も行えません! どうか許可を!」 「ではシミュレーションの為に一時的なバディとして許可する」 「ありがとうございます」 って、おい! 虎徹がバーナビーを見ると、バーナビーは自分の人差し指を唇に当てていた。 それを見て虎徹は口籠る。 そうしてバーナビーは立ち去る指令の背中に深々とお辞儀をしたのだった。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top |