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パシフィック・リム  <2>最後のシャッタードーム(2)



 「ルナティック・ブルー」のシドニー凱旋から二日が経った。
向こうでは相当引き留められたらしい。
それもそうだ、だが今更――イェーガーの必要性に気づかれても絶望にしか繋がらない。
何故ならリミッターが過ぎた。次に来る怪獣はきっと複数で、カテゴリーは4を超えるという。
 どういう理屈でそこに結論が行きついたのかは知らないが、ロトワングも斉藤も何故か確信しているようだった。
何かそう予測する根拠があるのだろうが、ロトワングは兎も角斉藤もきっちりと虎徹には口を噤んで話してくれない。
 その理由は自分が「バカ」だから、――理解できないと思われているせいかと思っていたらどうやらそうではなく、虎徹に新しいバディが出来るのを待っているようなのだ。
 もしかして情報解禁の条件って、俺の相方が決まる事? なのか?
なんで??
 今日のランチはポークチョップ&ビーンズ、コンソメスープとコーヒー付。
だだっ広い食堂の片隅でいつの間にか思案に耽っていたのだろう、誰かがやってきて「隣、いいか?」と聞いたのに暫く気づかなかった。
「こちらに同席しても?」
 二度聞かれて虎徹は「あっ、勿論、どうぞ?」と顔を上げて硬直した。
少し癖があって光沢のない、珍しいプラチナブロンド、そして冷えたこちらも珍しいアレキサンドライトの瞳。
 彼の瞳は朝と夜とで色味が変わることがあるので、昔それに興味を持った虎徹が聞いたことがあった。
 それさ、どういう仕組みになってるんだ? と。
「ユーリ」
 虎徹は彼の名を呼び口籠る。
視線を泳がせて何を言えばいいのか――瞬時に判別がつかずただ黙り込んだ。
だが再会すればきっと自分を辛辣に評するだろうと思っていた彼は何も言わず、虎徹の隣に腰かけると食事を取り始めるのだ。
 虎徹はユーリの顔を横から伺い、やはり自分から発する言葉なぞないと諦めるとこちらも中断してしまった食事を再開する。
やがてメインのポークチョップを食べ終わったあたりでユーリがぽつりと言った。
「大丈夫なのか」
 虎徹はびっくりしてユーリの顔を見た。
ユーリはバツが悪そうだったが再び低い声で端的に言った。
「大丈夫なのか、イェーガーにまた乗るのか」
「ああ、多分」
「今までどうしてた」
「壁を――」
 壁を作っていた。
そう、先日あっさり突破されてしまったあの命の壁を。
壁は人類を守ってはくれないと理解したその日まで。恐らくはレジェンドは――指令は最初から判っていたのだろう。
自分だって判ってた。あんなのは役に立たないと。
怪獣は恐ろしい勢いで進化していたのだから。
 村正を失った日に判ってしまった。
視界が真っ赤に染まる。
兄との神経接続を無理矢理断ち切られたあの時、苦痛と恐怖とがないまぜになってハリケーンの中千切れ飛んだ。
あの時もう一人の自分は死んだのだから。
「相方は?」
再び彼がそう聞いてきた。
そうして虎徹も思い出す。
ユーリとの予期しない再会ですっかり先ほどまで考えていた事柄を忘れていたが、丁度自分も考えていたことだったので素直に返答した。
「候補者十二名のリストは見たよ」
「いつ決まる? 決まりそうか?」
「バーナビー、だっけ? なんか彼が選定するって言ってたけど・・・・・・」
 ユーリ。
姿勢を正して彼に向き直ると少し声を低めて聞く。
「彼は何故パイロット候補から外されてるんだ?」
「あれは指令の秘蔵っ子だからな。前線に出したくないんだろう」
「本当に? その理由だけ? そういう理由で、なのか?」
「・・・・・・いや・・・・・・」
「自分からリストに入れてきたからデータを俺も見たけど、適正値というかデータが俺のデビュー当時のと殆ど一緒だった。つーか俺より若干いいぐらい」
「・・・・・・」
 ユーリが答えないので虎徹はなんとなく察する。
聞き出す手管もだが、何のカードも持っていない虎徹は少し悩んだがストレートに聞いてしまうことにした。
「やっぱ、俺なんかするんだな。「ワイルド・タイガー」で。何をすんだか知らねぇけど・・・・・・、相方が決まるまで話せないってところかな」
 ユーリのコーヒーを飲んでいた右手がぴくりと動きを止める。
それからカップをテーブルに戻すと、虎徹の顔を伺うように見て、それから「虎徹――」と口を開いて閉じた。
「タイガー、久しぶりだな」
「オリガ士官」
 虎徹は立ち上がって敬礼する。
彼女はきびきびとした動作で虎徹の前にトレイを置くと、虎徹に笑顔を向けた。
オリガの滅多にない笑顔――虎徹も正直びっくりしたのでどぎまぎしてしまう。
オリガは腰かけながら、虎徹にも座る様に勧めた。
「食事時だし、貴様も立派なイェーガーパイロットだ、敬礼なぞ必要ない」
「いえ、そんな」
 虎徹は深々と頭を下げる。
何故なら後から知ったのだが、彼女とユーリが操縦するロシアのイェーガー「ルナティック・ブルー」が「ワイルド・タイガー」の大破後長きに渡ってその補填に勤めていてくれたから。
今でこそ防衛拠点はシュテルンビルトだけになってしまったが、少し前までは日本シャッタードームがその要に据えられていたのだ。
「ワイルド・タイガー」の戦列離脱から五年間、ロシア所属機であるこのイェーガーは極東の防衛線をほぼ一機で守り切った。
討伐数が群を抜いているのは其の為だ。
 ロシアの女傑と怖れを交えつつも讃えられているこの女性は、今や「ルナティック・ブルー」を誰よりも熟知し正確に扱う世界最高のパイロットで、一人息子であるユーリと完璧なドリフトを行うという。
村正と虎徹のドリフトは協調性においてはイェーガーパイロットの中では抜きんでていたが、シンクロ深度は割合浅めだったようで時たま頭の中で兄弟喧嘩を起こすこともあった。其の為当時の「ワイルド・タイガー」技術主任であった斉藤などは、シンクロ中に互いを拒絶することが出来る等ありえないと良く首を捻っていた。なんにしても鏑木兄弟は当時五十人以上居たNEXTの中でも異彩を放っていたバディで、ドリフト中の思考自由度が抜きんでて高く、それはイェーガーの操縦が巧みであるということにも繋がっていた。あるいは村正の心理的許容範囲が異常に広かったか――だがそれが結果として虎徹を歴代二人目、脳の半分を失ってなお一人生還させる要因となったのであろう。イェーガーを一人で操縦することは人間を超えることでもあったから。
ともあれ現在曲がりなりにも「ルナティック・ブルー」のパイロットでオリガのバディとして左脳を担当するユーリ曰く、「士官――母にいつも引きずられ気味だ」とのことだが、半分は謙遜だろう。
 この五年間にそういった不均衡も十分埋め合わせて来たに違いない。
自分の知っていたユーリはもう少し子供っぽいところがあったのだが今は全くそれがなく、年長者として落ち着いた、かつて虎徹を導き共に戦っていた村正と同種の匂いを纏うようになっていた。
だがこのオリガ士官のそれは更にその上を行く。
「いつまで経っても子供扱いされる」
 オリガとの会話の合間合間にかつての鏑木兄弟との引き合いに名指しされてユーリはそう苦笑気味だったがそれも無理はないと思う。
実際訓練生だった頃はオリガがユーリの実母だとは知らなかったが、虎徹も散々ぱらガキだのケツが青いだのと容赦なく怒られたものだ。
 オリガ士官が実母ならユーリの溜息も判るというもの、言われることもさもあらんと虎徹も笑った。
「明後日には中国からの最新機が届く。パイロットも到着の予定だ」
「ドラゴン・サイクロン」
「これで仕舞いだ、怪獣カウンターによれば次の出撃は二週間前後、だろう。それまでには貴様の相方が決まれば良いが?」
 虎徹はオリガにひたと見つめられ、「は、はあ・・・・・・」と頭を掻く。
「母さん、虎徹の一存で決められることじゃない。虎徹のバディが決まるも決まらないも虎徹のせいではないでしょう」
「確かに!」
 オリガは両手を机に突くと、勢い良く立ち上がった。
「うむ、正論だ、済まなかったな、タイガー。じっくりと選ぶ暇はないかも知れんが、妥協はせんことだ」
「はい」
「我々はもはや怪獣との戦闘に飽いた。ここが最後の砦というのなら、願わくば、ここで最後の戦いとしたいものだ」
「母さん」
 ユーリも立ち上がる。
それからちらりと虎徹を見て、また直に、と言った。
 ああ、そだな、と二人の後姿を見送って、虎徹も暫くしてからトレイをもって立ち上がる。
昼休みもそろそろ終わりなのだ。
「ここが最後のシャッタードーム・・・・・・、か」



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