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喪 失(9)



 それでも垣根を飛び越えてしまうと、バーナビーの自制はもはや限界だった。
一度作ってしまった既成事実だ。
虎徹はその朝目覚めた後、なにか魂が抜けたようになってしまい、バーナビーの要求を拒まなくなっていた。
あれだけ寝言で拒絶していたのだから、むしろ激しく詰られ、二度と自分に触るなと激昂されるのかと覚悟していたが、起きた後虎徹は何も言わなかった。
ただ、震える声で、何故か謝った。
申し訳ないと。
 バーナビーは無言でその謝罪を受け取ったが、暫くその謝罪の意味について悩むことになった。
人気がなくなると、バーナビーは虎徹の傍へ寄り添い、その右手をとる。
ロッカールームで着替えていた虎徹は、びくっとなって身体を強張らせたが、抵抗はしなかった。
横顔の表情から、気持ちは全く窺い知れない。
だけど、あの後虎徹は、バーナビーが求めれば自宅に素直に寄るようになった。
触れていいかといえば拒まず受け入れる。
キスをして、眼を開けたままなので、そういう時は閉じるように言えば、静かに閉じる。
バニーの事は何時しか口に出さないようになっていた。
 暫くの間は情事の後、暗闇に向かって小さく、「バニーごめん」と呟いていたが、いつの間にかその言葉は消えて自分腕の中で眠るようになっていた。
触れると、泣きそうな顔で、でも胸が痛くなるような笑顔で自分を見る。
それは昔、自分を愛してくれていて、自分がバニーだと判っていたはずの虎徹の笑顔そのものだったので、バーナビーはこのままバニーという存在が消えて、自分自身、バーナビーという相手に気持ちが向けばいい、何処かで気づいてくれるだろうとずっと期待していた。
 少し気になることはといえば、虎徹は酷く無口になっていたことだったが、あんなことがあったのだ、無口になるのも当然だろうと思った。
実際、いつからこんなに口数が少なくなったのか、バーナビーには良く判らなくなっていたのだ。
 だからバーナビーは全く気づく事が出来なかった。
そう、二度目の喪失と、その自らの失敗に。






 その夜も虎徹を家に招いた。
震える肩。
それほど小さな人ではない筈なのに、ここの所虎徹は一回り以上小さくなったような気がした。
そしてとても静かで、なにか諦めている風情で。
とても丁寧に、優しくした。
彼の身体に少しでも痛みを与えないよう、無理をすることは一切無かった。
彼の調子が悪いと思えば、挿入も控えた。 それぐらいの理性はまだ残っていたし、基本的にバーナビーはもういっそのこと、虎徹が思い出してくれさえすればセックスなんかしなくてもいいとまで思いつめていた。 虎徹が一言でも嫌だといえば、すぐにやめる心積もりでもいたのだ。
なのに、その後虎徹は一度も、嫌だとは言わなかった。 
でも、嫌だといわないのに、虎徹は泣く。
 痛くないはずなのに泣く。
はらはらと涙を零しながら、金色の瞳を中空に向けているのを見ると、バーナビーは胸が痛くなる。
だから目を瞑って、快楽だけ追えばいいと言えば、こくんと頷かれた。
 その日も充分優しくしたし、身体だけ見れば満足しただろうと思う。
彼自身も忘れたいかのように、その情事に没頭しているように見える。
なのに、何故か不安が過ぎる。
 寂しそうな笑顔で、自らバーナビーに口付けをすることすら近頃はあるようになった。
でも、名を呼んでくれない。
バーナビーとすら呼ばなくなった。
「虎徹さん」
「・・・・・・、なに?」
「気持ちよくありませんか。 痛いですか? 何処か?」
「痛くないよ」
「じゃあ、なんでこんなに涙を流すんですか」
「単なる反射だよ」
「反射?」
 久しぶりに会話をしたと思った。
でも、虎徹はそれ以上何も言わなくなってしまった。
目を瞑って、涙を流し続けて、でも身体はバーナビーに応えていて。
ただ願われた。
 PDAと腕時計だけは外さないでいたいと。
当然ですと頷いた。
バーナビーはでも勘違いしていた。
その願いは虎徹が何時いかなる時も、ヒーローでありたいと思っているという気持ちから出たものだったと思っていたからだ。
でも、そうでは無かった。



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