Novel | ナノ

パシフィック・リム <1>命の壁(1)

TIGER&BUNNY
【パシフィック・リム】Pacific Rim
環太平洋地域
CHARTREUSE.M
The work in the 2016 fiscal year.


<1>命の壁


 赤い夕陽が沈んでいく。
高い高い骨組みの天辺に腰かけて、虎徹は無感動にそれを眺めていた。
昨日は二人転落死、今日は四人転落死。
転げ落ちるだけでいともたやすく人は死んでいく。なのに作業員は次々補填されていく。
まるで昔の俺のようだと思う。
 命の壁と人は言う。
地上からゆうに百メートル以上あるそれは、簡単に超えられるだろうなと虎徹は思う。
村正の命を奪ったナイフヘッドは、全長が九十六メートルあったという。
後に怪獣の死体を回収したイェーガー研究班が概算した。
 いつか二百メートル級の怪獣がこの地を目指してくるだろうと。
単純に高さ足りないじゃん。
その時人類はどうするのだろう? この無駄な命の壁を、ライフラインを突破されたときにはどうしよう。
兄貴の努力も覚悟も俺への謝罪も全部無駄になるのかな・・・・・・。

Forever impossible! (×NEVER! 永遠に無理!)

 壁の完成予定日にはそう落書きされている。
それでも・・・・・・、と虎徹はただ思う。
死んでいった村正の為に、何かしなくては、と。
それが永遠に報われないことでも、無駄なことでも――。
そうして一日くたくたになるまで働いて、人が死んで日が暮れて、また日が昇る。
ある朝現場監督がこういった。
「いいニュースと悪いニュースがあるが聞きたいかと」
 ブーイングが飛ぶ中、虎徹はそれも無感動に聞いている。
サイレントムービーみたいだ。
みんな滑稽に、自分の役割を無言で果たしてる。
もうどうせ、世界は終わっちゃってるのに、何もできることなぞないのに。
この壁だって、作るだけ無駄だと判ってるのに、でもそれしかできることがないから。
「四人が死んだ! 転落死だ!」
 いつものことだとヤジ。どこが悪いニュースなんだ? と。
「今日新しく四人雇ってやる! 最上階だ、給料がいい、志願しろ!」
 群がる様にして現場監督へ殺到していく人々。
自分はもとより最上階勤務だからどうでもいい。
いいニュースでも悪いニュースでもなんでもない。どちらでもないただ不愉快なだけ。
いやそれも――。
 その時虎徹は空を仰ぎ見た。
ヘリだ――それも命の壁建設現場には不似合いな、軍用機――それも環太平洋防衛軍 (PPDC)、あの忌まわしい怪獣関係って奴だ。
虎徹は慌てて身を翻す。
あれにはもう関わりたくない。俺は折れちまった、もう戦えない。
村正が最後に望んだように、もう関わり合いになってはいけないんだ。
だが。
それは悪夢のようにやってきた。
何故なら逃げられぬようにその場で自分を名指ししてきたから。
そして誰よりも会いたくなかったレジェンド――村正亡き後、ただ一人だけ自分を屈服させる権限を持つその人だったから。
「探したぞ、鏑木・T・虎徹」
 怯えて立ち竦む。
逃げようとして退路を断たれた。
誰もが自分を遠巻きにして、それでも興味津々伺っている。
あれは誰だ? 誰が来た。 誰なんだ? 救世主か英雄か。この状況を打破してくれる誰かか。
 虎徹は逃げ場を失って仕方なくそちらを向く。
誰も助けてなんかくれやしない――仲間も家族もとうに失った、敵だらけ。
「迎えに来た」
「何故?」
 虎徹は問う。
何故だと、あれからもう五年も経った。
環太平洋防衛軍 (PPDC)から逃げ出して、丸五年・・・・・・上手く逃げおおせてきたと思ってたのに今更なぜ。
「イェーガーのパイロットとして今一度環太平洋防衛軍 (PPDC)に復帰してもらいたい」
「何故? 俺のバディは死んだ。兄貴はもういない! 俺は逃げて逃げて逃げて、逃げて来たのに。俺の半身はもういない、誰も代わりになりゃしない! 他のやつらに頼めよ、なんで俺なんだ」
 俺はもう二度と誰かを頭の中に入れる気はない。
「皆死んだ!」
 レジェンドはそう叫んだ。
「え?」
 と虎徹は言う。
「みな死んだ、戦って死んでいった。残っているのは君だけだ」
「――――!」
 その時、虎徹の胸に去来したもの・・・・・・。
たった五年だ。僅か五年。
俺が折れてダメになって、逃げだして、ああ、神様、たった五年だ! 兄貴が言ったことは本当だった。知っていて――戦ってた、俺以外みんな。
そうしていなくなった――みんな、兄貴も。
「そ、んな――」
「今一度聞く。お前はここで死にたいか? それともイェーガーパイロットとして死にたいか! 答えろ!」
 レジェンドの叱責に虎徹は顔を上げる。
五十人以上いたNEXT、イェーガーパイロット適正者――僅か五年で次々と、出撃する度に死んでいた。
判ってた俺だって・・・・・・、だけど認めたくなかった、見たくなかったんだ。みんなこうして居なくなる――兄貴のように。
大切なものをもぎ取られ、成す総べなくただ泣きながら生きるだなんて耐えられなかったんだ。
それがまぎれもない真実でも、俺は目をそらせるだけそらして居たかったんだ――。



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