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パシフィック・リム Introduction(2)


 イェーガーシステムオールオーケー、「ワイルド・タイガー」発進します。
機械音声がそう告げると同時に、ドリフトシステムも作動した。
二人の間を互いの記憶が交錯し、一つに集約されていく、纏まっていく。
やがて眼を開けると世界が変わる。
二人で一つの思考形態がそこに完成し、自分の身体としてイェーガーの巨体が君臨しているのだ。
 村正の思考の中、ありふれた自分たちのかつての日常が過ぎ去っていった。
ああ、この風景は幼い頃――日本に居た頃の記憶だ。そう父がいて母がいて虎徹がいる。
アイツはいつも元気よく部屋中を走り回っていたっけ。
その後父の転勤に伴ってアメリカに移住、二十歳まで自分を含めて家族全員サンフランシスコで過ごした。両親と共に日本に帰る事も考えたが自分はアメリカ国籍を取得した。その後大学へ進学し陸軍に入隊、弟もまた成人後米国籍取得を迷ったが帰国することを選び――そうだ虎徹はまだ大学生だった。両親と来年には日本に戻るとそう進路を決めて日本での就職も決めた矢先、海の向こうから初めての怪獣がやってきた。
 両親を失い、当時同じ陸軍所属だった妻を失った。
それどころか住む場所――第二の故郷であったサンフランシスコ自体が無くなってしまった。
虎徹を日本に脱出させたのはその時だ。他に手はなかった。
幸い自分は軍に、虎徹は日本に居場所があった、そうだ。それでも自分たちは幸運なのだと、そう思い込もうとしていたあの頃。
 平穏無事に弟が暮らしていることだけが心の支えで、それで十分だと思っていたのに、結局――。

「前方20km。まずいな、思いっきり時化てやがら」
 ハリケーンが来ているのだ、大変だ。
目標と遭遇するであろうポイントまで「ワイルド・タイガー」がやってきたとき、そこに見える微かな光。
「兄貴、漁船だ」
 こんな大時化の時に漁に出るなんて、――ほら、なんだアレだ、なんだったっけ、えーと。
「無謀?」
「そう、それ!」
 村正は虎徹のいい様に苦笑するしかない。
まあ確かに無謀だが、多分港を出たときにはこれほど荒れるとは思っていなかったのだろう。
それにこの海の荒れ方はハリケーンだけのせいではない。怪獣のせいだ。
どういう加減でか、あの怪獣たちは天変地異も連れてくる。
事実あれは何者かがこちら側に送り込んできた「兵器」なのではないのかと村正は密かに疑っていた。
あれがイェーガーと同じように誰かの手が作り出した兵器であるのであれば、それは地球人類よりも数段進化した生命体に違いない。
だとすると、気象兵器なんてものも理論だけではなく実用化していても奇怪しくはないだろう。
「お前とドリフトすると自分がバカになる気がする」
 実際自分の脳と今虎徹という他人の脳が重なっている状態なのだ。
ちなみに村正が右搭乗で右脳を担当、虎徹が左搭乗で左脳を担当しているのだが、正直虎徹が右側担当でなくて良かったと本気で思っていた。
人間の脳と違ってダイレクトに右は右に、左は左にシンクロナイズする為だ。
利き腕を虎徹に任せるだなんて危なすぎる。
「ひでえ言われよう」
 そう虎徹は笑いながら、よっこせ、と左手で漁船を掬い上げた。
イェーガーから見ればほんの小さな――子供の靴のようなサイズのそれを持ち上げて、これから戦闘海域になるであろう場所から遠ざけることにする。
「ちょっと向こうに行っててな・・・・・・」
本当は陸地まで持って帰ってやりたいんだけど、そんな余裕はなさそうだ。
そうして漁船をゆっくり降ろそうとした時にアンカレッジ基地(シャッタードーム)から指令が届いた。
先ほどまでの士官ではない――誰? と虎徹が頭の中で聞いてきた。その疑問は村正のものでもあったので一瞬声に悩む。
「「ルナティック・ブルー」は支援に入れない。このままロシア空母が回収に向かう」
「搭乗限界時間を超える為ですね。了解しました」
「その怪獣は海中で非常に俊敏な動きをするそうだ。ルナティックからの報告を聞く限り非常に危険が伴う。単騎での戦闘は無謀だ、一度帰還を提案する」
「帰還――ですか?」
「もしかしてレジェンド司令ですか!」
 村正が唐突な帰還命令に眉を潜めている横で、虎徹が嬉しそうに回線に割り込んだ。
虎徹は三年前――まだ日本でサラリーマンをやっていた頃東京で怪獣来襲に被災した。
2017年に東京を襲撃した醜悪な怪獣「オニババ」は、アメリカから駆け付けた 初代機「レジェンド・タンゴ」によって撃破され、それによって東京は壊滅から免れることが出来たのだ。
 サンフランシスコの二の舞だけにはさせない、そうレジェンドが決意していたかどうかは知らないが、その時虎徹は自分を救ってくれた「レジェンド・タンゴ」のパイロットに心酔していたのだ。
 次々と失われていくパイロット補填の為に軍から強制されて、村正が実弟である虎徹にコンタクトを取ったのはその直後の事で、村正は虎徹が嫌がるようならそもそもそれを理由に徴集を断るつもりだった。
しかし結果としてこの経験からかイェーガーパイロットを虎徹は二つ返事で引き受けてしまったので、東京のオニババ戦闘後にパイロットを引退し、あまつさえ本名を捨ててレジェンドと名乗り、環太平洋防衛軍(PPDC)の最高司令官となった彼について誤魔化すのに相当苦労した。
 とても言えなかったのだ。
イェーガーのパイロットであることが搭乗者の命を確実に奪う事。そしてそのオニババの戦闘が原因で、レジェンドの命はもう僅かしか残されていないことだなんて。
 無邪気にレジェンドを慕い目標とする虎徹の気を削ぐようなことは言えなかったし、そしてまさかの虎徹の適正が、当時いた登録パイロットの頂点にあるだなんて、もう村正にもどうすることもできなかったから。
虎徹が乗るのは三世代機だ。大丈夫――大丈夫だ。今はコアシールドも頑強だし、搭乗最大時間も大幅延長され安全も確認されている、そうだ。
「でも漁船! 漁船がいるんですよ。今ちょっとよかしましたけど、これ、持って帰れないでしょう?」
「戻りたまえ虎徹君。一旦体制の立て直しだ」
「漁船見捨てていけないでしょ、大丈夫ですって」
「戻り給え、命令だ!」
 指令が少し強い調子でそう言ってきたので、村正が一度帰還しようと諫めようとしたその時。
「虎徹!」
 右方向で大きく波が盛り上がった。
「!!」
 とっさに振り返る。
波の間から獰猛な唸り声をあげて襲い掛かってきたのは、ミツクリザメそっくりの飛び出たブレード状の長い吻がある怪獣だった。
村正が右手で辛くも直撃を防御、受け流してもう一度。
「もう一度来るぞ! 左だ!」
「!」
 虎徹が見事な反射で左側へ向き直り、イェーガーの左拳を思い切り垂直に叩きつけた。
普段ならこの一撃でメイン脳が潰れる。その一撃で怪獣の行動を鈍らせることが十分に可能だった筈だ。
だがここは海上で、膨大な海水がクッションとなって働く。
「ちっ、プラズマキャノン充填!」
「右プラズマキャノン充填!」
「続いて左!」
「左もOK! ぶち込め!」
 GO!
村正と虎徹が両方同時に吠える。
右のプラズマキャノンが火を噴いた。
轟音と共に怪獣のどてっぱらに穴が空く! その身体に向かって右を二発打ち込んで、思ったより外殻は柔らかいのか、青い血をまき散らしながら怪獣は吹っ飛んだ。
海に盛大なしぶきをあげて倒れ込んだその巨体は、そのまま浮かんでこなかった。
「何故命令を聞かないんだ! すぐに帰還しろ!」
「お言葉ですがレジェンド――指令」
 虎徹は得意そうに通信に応える。
「怪獣はやっつけて、漁船も無事です。これから救助して帰還します」
 持ち帰るのかと村正が苦笑、命令違反は軍では重罪だと虎徹を諫めた。
それでも救助には反対せず、「漁港には寄れないから、アイス・ボックスの手前で開放しよう」と言った。
「だな」
 帰還の為に漁船を拾おうと少し「ワイルド・タイガー」が屈み込む。
だがその時アンカレッジ基地(アイス・ボックス)のレーダーには、不吉な影が映っていた。
高速で移動する巨大な影――ナイフのような不吉な頭部を持つ、たった今倒した筈のそれは――。
「虎徹!」
 回避しろ、と村正は叫びたかったのかも知れない。
その瞬間村正はただ一つ後悔していた。
 ずっとお前に言えなかった。ずっとお前に謝りたかった、ただ一つの事。
望んだのはただ一つだった。すまなかった虎徹、お前だけは守りたかった、何故ならお前はただ一つ俺に残った大切なものだったから。
なのに何も言わず、真実も告げられず偽りばかりで、最悪な傷を、お前に、
「兄貴! 兄さん!!」
 うああああああ!!
コクピットがこじ開けられる、鋭利な角が大切な人を切り刻む。
もぎ取り、咀嚼し、粉々にすりつぶして飲み込んだ。
 恐怖と悲しみと、痛みと後悔と。

 この戦いから後、急速に戦局は劣勢へと傾いていき、人類は黄昏へと歩むことになる。



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