Novel | ナノ

パシフィック・リム <1>命の壁(2)


 もはや君以外に誰もいない。
そう聞いて少し安堵した部分もあったのだと思う。
それは逃げ出した情けない自分を誰かに指摘されることの恐怖、あるいは散り急ぎ形骸もなく成り果てた同じNEXTに対する憐憫でもあったのかも知れない。
どうせ滅ぶのなら、この世界ごと人類が終わるのなら、壁の上で死ぬのもイェーガーの中でも大差ないだろうと思ったりもして。
なんにしても村正はここに居ず、とうの昔に他界して残るのはそうじゃないかと思う虎徹の想像ばかりで。
 ドリフトってのは残酷なシステムだ。
脳を感情を記憶を共有するばっかりに、自分が考えたことなのか村正が望んだことなのか、単なる虚構なのか願望なのか真実の願いなのか判断すべくもないということである。
 村正は謝っていた――あんなひっ迫した状況でどうしてあんな感情が持ちえたろう?
それは虎徹自身を一度完膚なきまでに叩きのめす原因にもなっていたが、それと同時に再生の――他者としての別の解釈も存在し得たのだった。
まあどう言い繕おうが虎徹が逃げていたのは明白で、自分を残して死んでいった村正という半身の、本当に言いたかったこと等結局判りはしなかった。
 レジェンド指令は、村正の最期の願いを無駄にするのか 等といっていたが、気になるとすればそこだけだった。
ヘリは高く舞い上がり、何処かへと虎徹を運んでいく。
何処に行くのかと聞くと、「シュテルンビルト」だという。
この世界でただ一つ残った「シャッタードーム」であると。
ヘリから降りると生憎初めて訪れたシュテルンビルトは土砂降りだった。
命の壁よりも堅牢な壁で守られている場所――イェーガー出撃施設。
もはや稼働可能なイェーガーは三機だという。
現在補修中の「ワイルド・タイガー」を抜かせばたったの二機だ。
「ルナティック・ブルー」は第五世代機に生まれ変わっていてぴかぴかの新品。中国が所有する唯一無二であり最強の機体は「ドラゴン・サイクロン」と言った。第四世代機――イェーガー計画は縮小され、破壊されパイロットを失う度に補填を許されず、命の壁の維持にだけ必死になったのだ。
その結果、人類は――。
「黄昏を速めてしまった。むしろ今やこのシュテルンビルトが唯一の、人類の最期の砦となったのです」
 ヘリから降りて突然見知らぬ人にそんな講釈される羽目になるとは思わなかったよ・・・・・・と虎徹が鼻白んだ顔をしてもどこ吹く風のお互いさま。
虎徹はちょっとむっとした。
初対面、土砂降りの中傘を差して出迎えてくれた彼には少々感動したものだ。
こうやって、客人をもてなす、というか思いやるっていうのは割合日本式だし、これはこちらを慮ってくれてるのだろうかと期待してたら裏切られた。
レジェンドを迎えに出てきたバーナビー・ブルックスJrという青年は、ものの見事に虎徹だけ無視し、放置しくさってくれた。
そのおかげで虎徹はヘリを出た途端にどばじゃーっという豪雨の洗礼にあったし、指令にはにこやかに話しかけるバーナビーに差し掛けられる大きな傘によって全く濡れずに基地内へと入りそのまま去って行った。
「バーナビー・ブルックスJr、イェーガー研究班の一人です。今回あなたのバディ選出テストを一任されました。よろしくお願いします」
「・・・・・・」
 何言ってんのお前。
虎徹はびしょ濡れになった髪の毛を自分の右手でたくし上げ乍ら、「それは新手のいやがらせなのか」とバーナビーに問いかけた。
「指令がいつも話している貴方と、余りにも印象が違いすぎたので失礼、判別がつきませんでした」
「何言ってんだよ、嫌味かテメー」
 鼻で笑ったあのしぐさ。
「絶対バカにしてただろ、チクショー」
 やっぱり環太平洋防衛軍 (PPDC)なんて帰ってくるんじゃなかったっ! と個室で宛がわれた室内でべこばこ枕を殴りまくっていたら、果たしてバーナビー・ブルックスJrが再びやってきた。
イェーガーにおける、パイロット選出、しかも一度バディを失っている相手に相手を宛がおうというのだからこれは相当難儀する事態だろうと虎徹もなんとなくわかった。
 各個人の持つ相性――特にNEXTを満たせる人間なんてそうそういない。相方が一度固定していた俺なら尚更だ。
「俺のバディはもう・・・・・・」
 とうの昔に死んじまってるんだよ。これから探すにしても難しいだろうな、――あっ。もしかして無理矢理彼女作らせるとかしないよね?! 偽りの関係なんて絶対に長続きしない。そもそもイェーガーのバディシステムはメンタル直結だから、その程度の親密性ではすぐにシンクロ率が下がるし互いに思考が筒抜けなのでニュートラルハンドシェイクの接続も怪しい。接続までは無理矢理できたとしても、恐らく起動すらしないだろう。イェーガー研究者なら意味ないって判っていると思いつつ、一応虎徹は釘を刺しておいた。
だが。
「バカなんですかおじさん」
 返答がこれ。
「バカで悪かったな!」
「貴方のバディ候補は十二人にまで絞りました。こちらがそのリストです。NEXT数値、精神安定度、性別、人種等一応目を通して置いてください。それと技術士官の斉藤主任が貴方に会いたいと申請を出してきています。どうしますか?」
「斉藤さん?!」
 虎徹は思わず声を上げた。
彼は怪獣研究者でありながら、イェーガー開発技術者でもあった。村正と虎徹がずっと搭乗していたあのイェーガー、第三世代機「ワイルド・タイガー」の設計者でもある。そして彼は虎徹が環太平洋防衛軍 (PPDC)を出奔するまでずっと二人の一番の理解者でもあったのだ。
 俺も会いたい。
会って謝りたい。裏切って逃げ出した、俺がずっと逃げ続けてる間も、彼はずっと戦っていたのだ。
「ワイルド・タイガーの再起動予定日はまだ未定です。なんにしてもそれ」
 バーナビーは不躾に、しかもかなり嫌そうに虎徹を指さしてこう言った。
「汚い、臭い、風呂に入れ、新しい服はクローゼットにありますからその雑巾は捨てること」
「雑巾なんか持っちゃいねーぞ」
「・・・・・・!」
 無言でバーナビーが指を突き付けながら指さし続けるので虎徹は自分を見た。
見た後に、今着ている服のことを言われているのだと気づいて「ふざけんな!」と食って掛かろうとしたら、本当に嫌そうに身を翻された。
小走りでドアまで逃げていくと、ご丁寧にポケットから取り出したハンカチを鼻にあて、「くさい、近寄るな」と言う。
「斉藤チーフがいるのは怪獣ラボ、チーフをこの部屋に呼びたいならそこのインターホン! ほんとにそれ、なんとかして下さいよね」
「二度とくんなアホッ!」
 虎徹が洗面所にかかっていたタオルを引っこ抜いて投げつける。
バーナビーはそれが自分に当たる一瞬前にドアを閉めて出て行ってしまったので、タオルはドアを滑って床に落ちた。
「なんなんだアイツは!」
 どたまにきつつ、実際びしょ濡れだったし最初からシャワーぐらい浴びようとは思っていたのでとりあえず脱ぐ。
床に脱ぎ散らかしてシャワー室に入ったが、コックを捻る前に何を思ったかシャワー室から出てくる。
虎徹は頭を右手でかきむしりながら左手で自分の脱いだ服をダストシュートにぶち込んでやった。
「畜生、なんだアイツ、絶対ぶん殴ってやる」
 大体制服はここだって判ったけど、下着とか何処だよ!
憤懣やるかたなしとぶつぶつ怒鳴りながら、虎徹はクローゼットの中を改め、下にカラーボックスがあるのを発見、果たしてその中に下着やTシャツ等が詰まっていた。
 タオルは上かな。
ハンガー台の上の籠の中がタオルや日常生活必需品、成程。
 一連のものをざっと確認し、はたと自分が今全裸なのを思い出し、虎徹は溜息を一つつくとシャワーを浴びに行った。



 テーブルの上に書類が置いてある。
バーナビーが置いていったパイロット候補の一覧だ。
シャワーを浴びてさっぱりし、全身新品の支給品に着替える。
懐かしい環太平洋防衛軍 (PPDC)のロゴマーク、虎徹はそれを星を目指す鳩だと認識していたが、これだけは変わらないと思った。
制服のデザインは違っていて、恐らくこれは中国のものではないだろうか。
アンカレッジ基地(アイス・ボックス)で支給されていたつなぎは、もう少し布地が厚かった。
あっ、あれは最極北の基地だからだったっけ。
書類に目を通しながら、インスタントコーヒーを淹れて啜る。
インスタントだけれど、悪くはない――環太平洋防衛軍のイェーガー部隊は縮小傾向で、命の壁という対怪獣用の壁を張り巡らせた防衛都市の建設に政府は躍起になっていた。
それもこれも、八台連続イェーガーが怪獣に撃破されスクラップにされたからだったが守りに入るには敵は強大過ぎた。
カテゴリー5の怪獣が現れるようになれば、もはやイェーガーにも立ち向かうことは難しくなるだろう。
ましてやそれを防ぐ壁となると、今人類が持ち得る建築技術をもってしても難しいと思う。
そもそも怪獣ではなく、津波にだって耐えられないだろうから。
 レジェンドは多分俺に何かさせようとしてる。
それも決定的な――最後の戦い、にだ。
 ここに連れてこられる間はっきりとは言わなかったが、レジェンドは「ピットフォール」と漏らした。
 ゲームの事じゃねぇよな??
 書類を捲り、虎徹は訝し気な瞳になる。
親指で唇を強くこすると、その後それをぺろりと舐めた。
「何アイツ・・・・・・、アイツも候補に入ってんの?」
 なんなの・・・・・・と内容に目を通して虎徹の瞳はどんどん本気になっていった。
「ウソだろアイツ・・・・・・、うーわ、結構ショックだ」
 それからはたと気づいた。
斉藤さん・・・・・・、元気だろうか?
 書類をテーブルにおいて虎徹はインターフォンを振り返る。
そして呼びつけるのは失礼だ、自分が出向くべきだと思いなおした。
 虎徹は再支給されたPDAを腕に付けると、自分の部屋を出てラボに向かった。



 PDAには基地内部の地図も当然入っているので、かなり複雑な構成で判りにくい場所にあるラボに程なく辿り着く。
全てが堅牢なシャッターで構成されている為、一度通り抜けるとPDAなしでは戻れない。
殆どのエリアがオートロックの仕様となっているからだ。
大抵は自動認証でゲートを開いてくれるのだが、ラボのような重要データがある場所や指令室、後はプライベートを保証する空間、個人のコンパートメント等にはエリアマスターの承認がなければ入り込めないようになっている。
ラボの扉の前で虎徹は深呼吸をした。
 PDAを翳すと斉藤が確認するかと思っていたのに一呼吸する間もなく承認されて少し驚く。
恐る恐る入り込むと、奥の小さな机に向かっている見覚えのある小さな背中があった。
「斉藤さん――」
 くるりと振り向く。
それは虎徹が覚えている斉藤その人の姿と寸分違わなかった。
「タイガー!」
 斉藤を含めて極一部の者が虎徹をかつてそう呼んでいた。
名前に虎という字が入っていて、自分がパイロットとなった「ワイルド・タイガー」と同じだねと何かで一度話題になったからだ。
あの時は他にもう二人いた。今はもう二人しか残っていない。
 斉藤は立ち上がり、転げるようにして虎徹のもとへ走り寄ってくる。
「元気だったかい? 大丈夫だったかい? 悪かったね――呼び戻してしまった。だけど帰ってきてくれてありがとう、おかえり、タイガー」
「斉藤さん・・・・・・」
 いいえ、いいえすみません。俺、こんな風に出迎えて貰えるなんて思わなかった。すんません、斉藤さん、本当に俺、ごめんなさい。
「いいんだよ、タイガー、辛かったろう、苦しかったろう。ごめんな、タイガー、私は君がここから出ていくのを黙認することしか出来なかった。指令を許してやって欲しい。タイガー、君が出て行った後脱走ではなく除隊扱いにしたのは指令なんだよ。あの時はそれが精いっぱいだったんだ」
「解ってます――」
 それから虎徹は斉藤に縋りついて一頻り号泣した。
「皆居なくなってしまったよ。「スカイ・ローズ」はペルーから日本のシャッターに行ってそこで撃破された。知ってたかい? カリーナは最後まで君の行方を探してたよ。最後に一目遭いたかったって。みんなみんないなくなってしまった――」
 それから虎徹は斉藤と徒然と話をした。
環太平洋防衛軍 (PPDC)を出てアメリカに渡った事、放棄されたサンフランシスコの残骸を海岸線沿いに旅しながら、いつしか命の壁の建造に携わっていたこと。
「最初の一年は殆ど記憶にないんだ。もう俺、ぶっ壊れちまってんだなあってそんな風にぼんやり思ってた」
 流離いながら日銭を稼いで、ふきっさらしの冷たい床で蹲って寝ても覚めても失くしてしまった半身のことを考えていたよ。
思い出すのは凄く小さな頃の事ばかりで、一年かけて少しずつ思い出してある朝兄貴はもういないんだとやっと気づいた。
 一人で泣いてた。それまで、俺涙を流すこともできなくなってたんだ。
それから壁を作った。命の壁を。俺にはもうそれぐらいしかできることが無かったから――。
「・・・・・・」
 斉藤は無言で虎徹の背中を摩る。
そうして彼の告白に静かに耳を傾ける。
「ワイルド・タイガー」が撃破され、村正が死んだ時、あれは指針の一つとなった。
イェーガーではもう怪獣を倒せない。少なくとも今までのように効率よくは。イェーガーがありさえすればなんとかなる時代は終わったのだ、と。
倒したとしてもイェーガー一機の維持には驚くほどの金がかかった。
其の為政府はイェーガー計画を縮小し、代わりに命の壁を――防衛に力を入れようと方向転換をしたのだ。
 勿論そんなのは判っていた。
命の壁なんてきっと役に立たない。イェーガーが敵わなくなったようにいつかは怪獣はそれも超える。それも近い将来に。
 でもだからといってどうすれば良かったのだろう?
原因を究明しなければ。
もうあまり人類に時間は残されていない。来る怪獣を倒すのではダメだ。怪獣が来るところを元から絶たなければ。
そうしてある仮説に従って、人類最後の計画が立てられた。
 ピットフォール計画。
そう、そこへ向かう戦士は君だよ、タイガー。
其の為に君は呼ばれた。
死地に向かわせる為に。
 其の為に廃棄されていた「ワイルド・タイガー」をサルベージしてきたのだ。
あのオブリビオン・ベイから、ただ一つ選んで。
何故ならば君が、君こそが、二人目のレジェンドだったのだから。
 斉藤は今まで誰にも吐き出せなかった良心の呵責を全て語り終わったからか、すっきりとしたような表情になった虎徹を労わった。
虎徹はこの五年間を無駄だと思うだろうが斉藤はむしろ良かったと思っていた。この五年間、タイガーを追わなくて良かった。逃がしてやれて良かった。本当に良かったと。
「斉藤さん、ほんとすんませんでした。俺のことを許してくれますか」
 俺はまたイェーガーに乗れるだろうか。
そう聞く虎徹に斉藤はこうよどみなく返す。
「うん、タイガーもう大丈夫。君はまた乗れる、きっとだ」
 虎徹は本当にほっとしたよう。
また宜しくお願いします。「ワイルド・タイガー」の整備は斉藤さんにしか出来ない、貴方なら俺も安心してまた乗れる、と。
それから斉藤は虎徹を促して自分のデスクの隣に座らせる。
 先ほども飲んだ同じ味のインスタントコーヒーを手渡され、斉藤はスクリーンに映し出されるデータを読んだ。
伺うとそれは虎徹が先ほど自室で見ていた書類に書かれたものと同じで、今回虎徹の相方となる「ワイルド・タイガー」のパイロットの候補者一覧だった。
「ドリフト適正者(NEXT)は探せば割合いることはいるんだ。ただし一人ではいかんともしがたいシステムだからね、一度やりあってみるのが手っ取り早いだろう」
「またあの謎棒術?」
 虎徹がうひひっと笑う。
 それはレジェンド指令が直々に考案したという棒術で、「イェーガー武士道」と名付けられている。
パイロットの精神研磨と肉体強化を同時に行い、更には戦闘技術の確立を兼ねている非常に優れた訓練法らしい。
普通のサラリーマン出身だった虎徹は、この棒術取得だけで一年ぐらい訓練させられていた。
特に運動も勉強もできる方ではなかったが、喧嘩だけは負けたことがないと前々から自負しているところがあり、少しだけ柔道を齧っていたことがあるおかげか、はたまた素質があったのか五十二程ある型を全て取得した後は虎徹に敵う者はほぼ居なくなった。
虎徹が手こずるのは兄である村正ぐらいで、この謎棒術、実力が拮抗すればする程、その相手とはバディとして組める確率が高くなるのだそうだ。
 虎徹は内心ほんとかよとかなり疑っていたのだが、村正とのバディ適合値の驚異的な高さから鑑みて、丸きり大嘘ってこともでもないらしいと思ってもいた。
「でさ、斉藤さん」
 虎徹はデスクトップのリストの一つを指さして言う。
「これ、コイツ。俺がイェーガーに・・・・・・ 最初に乗ったときの数値とほぼ一緒なの。これ見ると、二十四歳――初搭乗になる歳もほぼ一緒――二歳下? になるのか・・・・・・」
 タイガー君今年歳幾つ? ああもう九・・・・・・いや十年だねえ。
そうか、ちょっとそういえば老けたねタイガーと言われて虎徹は苦笑する。そうじゃなくて、と咳払いした。
「実際の活動年数は四年でしたけどね。んで、俺の年齢はおいといて、聞きたいのはこっち。ねえ、これだけの数値持ってんのになんでコイツのとこにバツついてんの」
 ほらここ、搭乗不能ってこと?
虎徹がバーナビーの名前の部分を人差し指でつつきながらこう聞くと、斉藤はうーんと顎を杓った。
「バーナビーは指令の秘蔵っ子だからねえ。指令がパイロットには向いてないってずっと研究チームに所属させていたんだよ。イェーガー開発室にいて私の助手もやってくれてたんだけど、本人はパイロット希望でね――。多分これ自分でリストに加えたんじゃないかな」
「秘蔵っ子? 指令って子供居たんだ?」
「バーナビーは指令の養子だよ」
 斉藤はこれ言っちゃってもいいのかなあ? と口の中で呟いてから話してくれた。
「例のオニババ被災者で、その生き残り。タイガーもそうでしょ?」
「えっ」
 東京襲撃――。
 虎徹は思い出した。
そう、あの襲撃で自分も逃げ回った。その後直ぐに村正から迎えが来た。
・・・・・・イェーガーのパイロットになるようにと。
「えっ――と、そん時バーナビーって幾つ?」
「十五歳かな」
「そ――か、」
 バーナビーのお父さん、駐在員として日本に赴任してきたばかりだったそうだよ。
なんでもイギリスかな? 日本にできたばかりのシャッタードームの技術者だったとか。
その時にね、ご両親共々亡くしてるんだ。それで指令が引き取って養子にしたって私は聞いてる。
「バーナビー君は非常に優秀だよ。イェーガー開発主任になってもいいぐらいだ。イェーガー計画が縮小されてなきゃ、彼が六世代機を作っただろうにねぇ。ああでも彼少し変わってるところがあって、旧型の核リアクターに動力をえらい拘ってた。それでほら、第一世代を除くと「ワイルド・タイガー」が唯一のダブルリアクター搭載型イェーガーだろ? それで改修する機体に「ワイルド・タイガー」が選ばれたって訳さ」
 まあ確かにね、第四世代以降は全部デジタル制御だからねえ、電磁パルスなんか出された日にゃ、行動不能になってしまうしね。
その点、核リアクター搭載型は自立起動が可能だし、保険っちゃ保険かなあ。
「EMPなんか怪獣が発したりすると思います?」
「すると思うよ。いつかするんじゃないかな。あいつらはどうやら兵器らしいし」
「生体兵器――」
「その考えが一番正しいと思うよ。少なくとも自然発生した生き物じゃない。何者かがこちら側に故意に送り込んでくるんだ」
「イェーガーと同じ――」
「そう」
 暫くの沈黙。
不意に扉が開き、虎徹はそちらを向く。
すると斉藤と同じ白衣の男がそこには立っていて、虎徹を見てふん、と鼻を鳴らした。
「え、と?」
 虎徹は椅子から立ち上がりながら会釈。
斉藤も立ち上がって虎徹に「こちらはロトワング教授。怪獣研究の一人者だよ。私と違って彼は怪獣専門。時たまイェーガーの装備開発に協力してくれてる」と紹介してくれた。
「彼が例の鏑木兄弟の生き残りか」
「鏑木虎徹君。僕はタイガーって呼んでるけどね」
「ああ、名前が日本語でタイガーだからだろう?」
「ええまあ――」
 虎徹が所在なく後ろ頭を掻き、ロトワングはもはや虎徹には興味がないと自分のデスクへ向かいがてら斉藤にこう言った。
「指令に進言してきたよ。怪獣はこの先二体同時に現れるようになるだろう。やがて三体、そして四体」
「五体同時にともなれば人類は絶滅するだろうね」
「それって――」
 虎徹がそう疑問を口にするより早く、ロトワングは斉藤に向き直った。
「ワイルド・タイガー」の再起動をできるだけ早く! 私の予想だと、今のカウンターで下手をすると二体現れる。そうでなくとも次」
「君の予想は確かなのかい?」
「私が間違うものか」
「判った。できるだけ急ごう」
 頼んだぞとロトワングは言って、自分のデスクで何やら書付を始めてしまった。
自分には全く興味もないのだろうなと思い、虎徹はそろそろ帰りますと斉藤にも会釈をした。
「今日の予定は特にないんだろう?」
「そうですね。多分」
 じゃあ夕食は一緒にとろうか? 基地の案内がてら。18時になったらまたここにおいでと言われてそうですねと虎徹は了承した。
ラボの扉の前まで見送ってくれた斉藤に再び会釈をして自室へと戻ろうとしたその時、警報が響き渡った。
「怪獣出現! シドニーに向かっている模様。イェーガー出動要請発令」
 虎徹は天井を振り仰ぎ、それから斉藤を見た。
「パイロットは至急コックピットへ。搭乗準備が整い次第「ルナティック・ブルー」出撃します」



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