Novel | ナノ

パシフィック・リム Introduction(1)

【T&B】パシフィック・リム

Introduction


 嵐が来ている。
蠢く風の音、それもこの堅牢なアンカレッジ基地内部(アイス・ボックス)に重低音で木霊する。短いインターバルだ、怪獣時計は止まらない。そして次の襲撃目標は恐らくここ。彼らは海の裂け目からやってくる。何故かは判らない――そんなことをうとうとしながら考えていた虎徹は突然響き渡った警報に飛び起きた。
兄である村正は全く起きる気配がなく、そういったところも虎徹にしてみると肝が自分より数段座っているなあと感心しかない。
だが緊急事態だ。やっぱりだ。怪獣が来やがった。
「ほら起きろ、起きろって兄貴!」
 何時怪獣(KAIJU)が襲撃してきてもいいように環太平洋防衛軍(PPDC)の簡素な待機室で寝食を共にしていた村正はぐっすり眠っていてまだ起きない。
どんな時でも睡眠を必要な分だけ取れるというのも軍人としての大切な適正だというが、そりゃないだろうと虎徹は二段ベッドの縁を思い切り蹴り上げた。
 それでも起きないのでベッドによじ登って村正の頬を両手でぺちぺち叩いてやる。更にキス。
「チクショウ、なんだ虎徹」
 来たか。
来たとも。
目を擦りながら村正は起き上がり、「もう少し優しく起こせ」と文句を言う。
虎徹はベッドから飛び降りると、村正の上着を放り投げてやった。
 急いで部屋から飛び出ると、既に周りはハチの巣をつついた様な大騒ぎになっており、整備士の一人が村正と虎徹の兄弟を見るな否やこちらだと手招きしてきた。
「ロシア空母から入電! 「ルナティック・ブルー」の追撃を振り切って現在アラスカ沖に移動中!」
「やはりアンカレッジ――このシャッタードームが目標か」
「そのようです」
 村正は整備士とそうやり取りをして、「ルナティック・ブルー」の現パイロットは誰か、と質問した。
「改修後初搭乗者同士のバディだそうだ。オリガ・ペトロフとユーリ・ペトロフ」
 虎徹が村正を見た。
「ルナティック・ブルー」の前パイロットは虎徹ら鏑木兄弟と並んで有名な兄弟パイロットだった。
だが死んだ。
多くの怪獣を倒し、ロシアでは英雄だった彼らは来襲する度に力を増す怪獣に遂に屈した。
怪獣にはセリザワスケールという1から5までの力のランクを測る基準が存在するが、その基準によると既にカテゴリー5に迫る勢いとなっていた。
 成長――いや、進化速度が増している?
実際苦戦した――単騎でギリギリまで持ちこたえていた「ロック・ブレイヴ」が撃破され、パイロットが激烈な戦死を遂げたのは記憶に新しい。
その後「ルナティック・ブルー」と「ワイルド・タイガー」の二機がかりでなんとか討伐したのだが、この怪獣は史上初のカテゴリー4と認定された。勿論それはパイロットの士気にも係るため極秘とされ、今でもカテゴリー3ということになっている。だが事実は違う、何かを超えてしまった。
そして「ルナティック・ブルー」はこの戦闘でスクラップ同然となり、改修を余儀なくされた。念のためコアシールドを強化し現在騙し騙し稼働中だが出力が不安定らしい。オリガ・ペトロフ士官の苦渋の表情を思い出す。現在開発中である第五世代機が完成次第、「ルナティック・ブルー」に内容を引き継ぐ予定だそうだが、間に合うだろうか。第一世代機「ルナティック・ブルー」のパイロット二名の消耗が思った以上に激しく、この戦闘後に引退させたが、この兄弟もまた数か月後にこの世を去った――第一世代機には搭乗時間に制約があり、それを超えると死に直結したのだ。彼らは勇敢だった。誰よりも長く戦い、多くの怪獣を倒した。だが世界から英雄と讃えられた彼らはこうして密かに消えていった。
 機体もそうだが、パイロットももたない。戦闘が続けば続くほど人間は痛み、そしていつかイェーガーに乗れなくなる。
このままではじり貧なのではないのか。
そう村正等他のベテランパイロットは危惧していたが、まだパイロットに就任して間もない虎徹は余りそういったことは考えないようで、今日も特に重圧を感じることなく、軽く「ユーリ・ペトロフ? 俺と一緒に適正訓練受けてた司法官上がりのひょろい奴?」等と変なコメントを入れていた。
「お前だってそうだろ」
 村正は苦笑しながら言った。
「イェーガーパイロットの適正者(NEXT)――ドリフトの適正は体格、運動能力共にあまり関係ないからな」
「そだな。俺も単なるサラリーマンだったしなー。なんにしてもユーリも上手くやってるんだな――って相方もしかしてオリガ士官?! マジで?!」
 あのすげえババア! じゃなくて俺らの訓練担当してた鬼教官! と虎徹が騒ぐので村正は失笑しつつある事実を今更のように教えてやった。
「ユーリの実母なんだ。俺がお前を呼んだように、オリガ士官は自分の息子を指名したのさ」
 そうだったのか。
虎徹の方はすっきり納得したというような顔をしていたが、村正はそんな虎徹の横顔に顔を曇らす。
 そうとも、NEXTの親族はNEXTであることが多い。
だからピックアップした。
減り続けるパイロット――戦闘で死んでゆくドリフト適正者(NEXT)を補填する為に。
「いいから用意しろ、虎徹」
「へーい」
 緊張感無くパイロットスーツに袖を通す虎徹の後姿を見ながら、出来ることならイェーガーから降ろしてやりたいと思う。
パイロットになぞなるもんじゃない――このまま行けばそんなに遠くない未来、自分たちは先代パイロットたちの後を追うことになるだろう。
それでも誰かが戦わなければ。
 パイロットスーツを装着すると、自分の背骨をなぞる様にして嵌め込まれたシナプスコードリーディングシート(神経伝達回路)がぴたりと張り付いてくる。それはごく薄い複数の金属板の連なったもので、これと特殊なジェルによってドリフトによるイェーガーへの身体連動を密にすることが出来る。
 両隣から装着感の確認をされて頷く。
いつもと変わりない感触にぐっと手を握りしめれば、システム起動のカウントダウンが始まった。
 ドリフトというこのシステムを虎徹は完全に理解しているわけではない。
だが意味は分かる。
頭の中に誰か他人を迎え入れることだ。

 イェーガーと呼ばれる巨人兵器が建造されたのは今から僅か七年前に遡るが、怪獣(KAIJU)が次元の裂け目を通ってこちら側に来たとき、それはただ一度きりの災難なのだと人類は信じ込もうとしていた。
だがそうではなく、すぐに人類はこれが「前哨」に過ぎずこの悲劇は繰り返されるのだと――これは始まりなのだと知る羽目になったのだ。
 巨人兵器、いや対怪獣決戦機であるイェーガーが建造され始めたのはこれ以降からで、初めは一人のパイロットがこの巨大なロボットを動かす予定だった。
だが思った以上に人間の脳に負担がかかると分かり、その結果一人が右脳を、もう一人が左脳を担当するということで人間側の操縦負担を軽減するという方法がとられることになった。
 いわゆるバディシステムである。
右と左、二人の人間が一人の意識となることでイェーガーの能力は発揮される。
そしてシンクロ率が高いほど、適応率が高いほどにイェーガーの能力は倍増する。
そういった特性から、バディである二人は親族、兄弟、夫婦、親友、恋人同士であることが最良とされた。
村正と虎徹の兄弟パイロットが、無類なる適正をイェーガー「ワイルド・タイガー」に見せたのはそのような理由からであった。
 「ワイルド・タイガー」は日本が所有する第三世代機(マークV)である。
怪獣がやってくるのは太平洋グアム沖の深海、恐らくチャレンジャー海淵からだと言われている。研究部門の連中は恐らく知っているのだろうが、今のところその情報は公にはなっていなかった。
ただ怪獣の行動パターンからどうやら人間密集地、大都市を目指して彼らはやってくるということ。
どうやってそれを知るのかは判らないが、明らかに太平洋沿岸域にある人類の重要拠点を目指して、そこを破壊するためにやってくるとしか思えないのだ。更に怪獣の青い血は猛毒で、下手な金属ならその血だけで溶かしてしまう為怪獣をただ倒しただけでもその都市は汚染されて人の住める場所ではなくなる。其の為、最初の怪獣「トレスパッサー(侵入者)」が現れたサンフランシスコは壊滅した。最終的に核兵器で仕留められたがその時オークランドが犠牲になった。今ではその場所にはイェーガーの廃棄処分場があるばかりである。
なんにしても人類はその経験から核兵器では怪獣を倒すのにあまりにも効率が悪いことに気づき、巨大人型兵器「イェーガー」構想を提案、その建造に着手したというわけだ。
動力は原子力。プロトタイプから第一世代はエネルギーコアシールドの開発が間に合わず長時間搭乗することが出来ないという弱点がある。
それらの問題を解消し、より安全に乗れるようになった三世代機、そうやって多くの機体とパイロットを犠牲にしながらも、人類はその後つかの間の平穏に安堵した。
 イェーガーがある限り、そしてパイロットがいる限り、彼らがこの世界を守ってくれるとそう信じたのだ。
イェーガーパイロットは英雄となった。
テレビに連日出演し、怪獣を倒すことはパフォーマンスとなり、子供たちのおもちゃとなった。
だがそれも半年前までのことだ。
 言ってもせんのないことと村正等、歴戦の勇者、いや今では数少なくなってしまった年配パイロットたちは飲み込んでいたが、最初から解っていたのかも知れないと今更のように思う。
「彼ら」は学習するのだ。
なんらかの方法でか、一度敗れた戦法は次に来襲する怪獣には効かない。
彼らはイェーガーに敗れ去る度により一層強くなって深海からやってくるのだと。
 そうして何時か――。
「兄貴」
 虎徹は自分の横で思案顔をしている村正に声をかけた。
「行こう、ミラクル・マイルを超えられると厄介だ。なんか今回のはえらくすばしこいやつらしいぞ」
「泳ぐ?」
「サメっぽい形らしい?」
 上陸できるのか? そのナリで?
村正がそう聞くと虎徹は知るもんかと言った。




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