喪 失(8) バーナビーは、告白の件は残念でしたが、一度うちに遊びに来て頂けませんか、あくまでバディとしての親交を深めるために。 等と言って、渋る虎徹をなんとか自宅に招き寄せることに成功した。 もしかしたら、幾度か訪れて肌を重ねた室内、それを見れば思い出すのではないか、なにか重なるのではないかと期待したが、虎徹の中のバニーの自宅のイメージは、どうやら以前住んでいた高層マンションのものらしい。 実際一度シュテルンビルトを離れていたバーナビーは、再びヒーローになったとき、新しい自宅を借りた。 以前と違ってもう少し庶民的な、でもゴールドステージの中央公園に程近い、つまり本社により近い場所にあるマンションになった。 独り暮らし用なので、少し狭くなったが、ゲストルームもある2SLDKである。 勿論、虎徹が尋ねてくるのを想定して借りたのだ。 ダイニングテーブルも買った。 ソファも入れた。 細々した日用雑貨も、客用分まで買い揃えた。 短い間だったが、虎徹はここに何度も訪れていたはずなのに、全く身に覚えがないらしい。 様子からそれを察して、もしかして単に記憶を分離させているだけでなく、どんどん忘れて行っているのではないかと不安になった。 いつか思い出すどころか、全てを忘れてしまう、そんな可能性もあるのだと。 「座って下さい」 促すと、おずおずとソファーに腰を下ろした。 「どうぞ」 焼酎を勧めると、ちょっとだけ顔が綻んだ。 どうして、好みを知ってるのか?と聞くので、僕は虎徹さんのことが好きですから、と答えた。 虎徹はそれには返答せず、ただ顔を赤くして俯いた。 焼酎を一口啜る。 「チャーハンもどうぞ。 あなたは覚えてないかも知れませんが、あなたから教わったんです」 そういうと、虎徹は困ったような顔になる。 今、彼の心の中はどうなっているのだろう。 自分の言葉を流してしまったのだろうか、それとも考えてくれているだろうかと。 しかし虎徹はやはり答えず、チャーハンを口にした。 バーナビーが話題を振るばかりだったが、ぽつりぽつりと短い会話をした。 気まずい雰囲気に耐えかねたのか、虎徹は焼酎を煽った。 一杯飲んだら帰るつもりだったのだろう。 それほどに、虎徹の行動は解りやすかった。 バーナビーはそんな虎徹の様子を観て、胸がちくりと痛んだ。 でも、もはや引き返すつもりは毛頭なかった。 目の前で、虎徹の頭がふらりと傾ぐ。 あれ、といったような顔。 バーナビーはそれを冷静に見下ろしていた。 「は、・・・ッ・・・」 がくんと、膝が砕けた虎徹は、そのまま手足に力が入らなくなり、呆然とバーナビーを見上げる。 「虎徹さん」 バーナビーの手が、虎徹の頬に触れた。 「ごめんなさい」 多分、その後のことは虎徹にとっては悪夢だろう。 「ちょ、待って・・・・・・」 がくがくと笑ってしまい、使い物にならない手足で、それでも虎徹はなけなしの抵抗をした。 恐怖でひりついた目が、やめてくれと懇願している。 それでも、バーナビーは努めて気にしないように、虎徹の身体を抱き上げて、ベッドに横たえた。 「大丈夫、優しくしますから」 「待って、ちょっと待って、バーナビー、頼む、やめてくれ」 必死に抗うが、もう朦朧としている。 眠剤の量はうまく調整したと思うが、どこまで眠らずにいてくれるか解らなかったので、バーナビーは急いだ。 早急に服を脱がせていく。 虎徹は触れられる度にびくりと身じろぎし、やがて冗談ではなく本気なのだと悟り、絶望の呻きを漏らした。 「いやだ、やめてくれ、お願いだから、やめて」 悲痛な声だと思った。 本気で嫌なんだと思ったら、バーナビーは挫けそうになった。 でも、自分を励ましつつ、努めて虎徹の気持ちを考えないように、淡々と脱がせ、自分も脱いだ。 一瞬交わる瞳。 見開かれたそれは、トパーズのようだった。 揺ら揺らと震えていると思ったら、一筋涙が頬を伝って落ちた。 そっと、その瞳に唇を落とす。 「虎徹さん、僕はあなたを覚えています」 びくりと上がる肩。 必死に、虎徹は顔を背ける。 「覚えてます。 忘れません。 絶対です。 覚えてます」 「・・・・・・・」 嫌々をするように、虎徹が首を振る。 しかし、その振り方は段々緩慢になり、やがて、がくりと首が落ちた。 もう目を開けていられないのだろう。 弛緩した体で、弱弱しくまだ抵抗している虎徹を、出来るだけ優しく抱いた。 長い事、使われていなかったせいで、虎徹の身体は酷く硬く、バーナビーを迎え入れるには辛いことになっていたが、丁寧にほぐして繋がった。 その間、虎徹は必死に意識を繋ぎとめようと努力し、そして結果陥落したのだ。 「大丈夫、覚えてます。 覚えてるんです。 だから」 思い出して。 祈りを込めて抱いた。 でも、その祈りはやはり届かなかった。 数時間後、虎徹を抱き締めたまま寝ていたバーナビーは、虎徹の悲痛な声に飛び起きた。 「いやだ、バニー、バニー、バニーィイイ!」 慌てて暴れる身体を抱きこんで顔を覗き込むと目が開いていない。 閉じた瞳から、止め処も無く涙が流れ落ちていて、彼は必死に中空を掴む仕草をしていた。 バーナビーは虎徹の名を呼んで揺さぶったが、当たり前だが薬のせいで起きることはなく、その悲痛な声を長く聞く羽目になった。 ひりつく喉から出てくる悲鳴は、バーナビーを呼んでいる筈なのに、空しかった。 酷い事をしてしまった。 駄目だった。 むしろ彼を傷つけただけじゃないか。 そう思うと、バーナビーの目からも、後悔の余り涙が流れた。 どうすればいいんだろう。 どうしたらよかったんだろう。 でももう、僕も限界だったんです。 体が小さく痙攣し、虎徹は呻くようにシーツに顔を擦り付けて、啜り泣いている。 そんな彼を背中から抱きしめたが、虎徹は震えながら呟いていた。 それを聞き取って、バーナビーははじけるように、虎徹から身体を離した。 バニー、ごめん、ごめん、ごめんよ、バニーごめん。ごめんなさい、許して。 今度こそ涙が止まらなくなった。 眠る虎徹の横に蹲りながら、バーナビーも声を殺して泣いた。 本当にどうすればいいんだろう、こんな悲しいこと。 どうすれば良かったのだろう・・・・・・。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top |