Novel | ナノ

SPLASH! 2 人魚のいる水族館 《北の星座》 (7)


 来訪初日は夜遅かった事もあってアールトネン城到着後程なく就寝となった。
希望者にはルームサービスが振舞われたが、機内でそれなりに飲み食いしていたのもあってどのメンバーも断ったらしい。
案内されたのはホテルで言うところによるとインペリアルスイートと呼ばれる部屋で、専用のエントランスがあり、ダイニングには10人がゆうに座れる大きなテーブル、応接間が存在している。ホームバーがあって簡単なカクテルなら作って振舞うことも可能だ。そして応接間(パーラー)に対して五つの寝室が存在していた。
 部屋に整えられたベッドの数を見てなんとなく悟ったヒーローたちは特に互いに突っ込むことなく各自の部屋に分かれた。
バーナビーは内心、一つだけダブルベッドだったらどうしようと蒼褪めていたがそんなわけはなかった。
 ハンナマリは虎徹から聞いて自分との関係を知っているだろう。だとすると、自分と虎徹を一緒の部屋にする配慮はするだろうけれど、配慮がどの程度なのか実は少々疑っていたのだ。虎徹は自分自身の魅力や他者に対する吸引力を知らない。
ハンナマリが恋しているのはテオドア六世かも知れないが、恐らく水槽で一緒に生活していた時にハンナマリは最も虎徹に心を寄せ頼りにしたろう。あれ程具体的な強力なつり橋効果の実例があろう筈がない。だが、バーナビーが思うよりハンナマリは十二分に大人で粋な人間だった。
 ほっとしつつも、カリーナが自分に寄越した微妙な視線に鳥肌が立ってしまう。
ブルーローズは自分たちの事を知っている。知っていて諦めないと彼女は言う。虎徹は恐らくブルーローズと食事に行ったとき――自分が店を紹介した――具体的に状況を説明したに違いない。バーナビーは実は少しだけ期待していたのだ。
 虎徹が直接話すことによって、ブルーローズが虎徹を諦めないだろうかと。
不潔と罵られてもいい、気持ち悪い、有り得ないと否定してくれて構わない。はっきり言わない虎徹が悪いのだとどこかで自分はそう思い込みたかったのだ。
だが、ブルーローズの態度は変わらなかった。むしろなんだか自分に対しても優しくなったような気すらする。
 一体全体虎徹さんは、ブルーローズにどう説明したんだ?! どういうことなんだ?! 
実際やんわりと問い正したのだが、虎徹は困ったような顔で「きちんとバニーと付き合っててやることやってるって説明した」という。
「どうやることやってるって言ったんです? 貴方また日系人の悪い癖で、言い方誤魔化したんじゃないでしょうね」
 虎徹はその台詞に特に反応しなかった。
「セックスしてるって言ったよ。俺がお前に抱かれる側で。ブルーローズもはっきり確認してきたぜ。女の子の立場になってもいいぐらいお前が好きなのかって聞かれてたしな・・・・・・」
 これ以上どう説明しろってんだよと、虎徹が淡々と答えたものだから、逆にバーナビーがしどろもどろになった。
その時二人は虎徹の部屋でその話をしていたのだが、丁度虎徹はシャワーを浴びてきたばかりで、ごしごしと自分の髪をバスタオルで擦っていた。
擦りながら少し不機嫌そうに窓枠あたりに視線を向けていたのを思い出す。
 言いにくいことを言わせたのだと解った。
だからバーナビーはすみませんと言ってそれ以上どうにも聞けなかったのだ。
 なんにしてもブルーローズとは僕自身がいつか――きちんと差し向かいで話さなければならないだろう。
その時期は恐らく今ではないだろうが。



 今日はもう遅いし明日には説明とこちらがわの動きについても説明があるだろう。もう休ませて貰って構わないだろうか?
と キースが言った。普段出動がなければ10時には就寝しているのだという。
さもありなんとカリーナとパオリンが頷き一同解散。
朝7時にはモーニングクールが入って、8時にはここのダイニングに朝食が運ばれる予定だそうだ。
アントニオとイワンとキースが三人でおやすみと行って寝室に引き上げる。
寝室と言っても一通りすべてが揃っているからその中だけで十分なにもかも賄えるようになっており、ネイサンだけ個室、後は虎徹ととバーナビー、パオリンとカリーナが同室だった。
「修学旅行みたいでわくわくする」とパオリンが手を叩いて喜んでいた。
 修学旅行は憧れだったという。
「ブルーローズも修学旅行行けなかったでしょ?」とパオリンが聞くと、「幸いな事に私調整してもらって行って来たのよ」という。
「そっか、羨ましいな。ボク、高校行けなかったから・・・・・・」
「スキップして大学?」
「自宅学習で、学校自体行ってないんだよ。行ったのは小学校までなんだ」
 なんにしても軍の連中に監視されないだけ相当ましだわ等と二人は話しながら割り当ての寝室へ向かってしまい、そのまま出てこなかった。
バーナビーもネイサンと少し明日の段取りについて声を交わしていた虎徹を促して自分たちの寝室に入る。
普通にホテルの一室のようで中に不自由がない。むしろホテルなんかより居心地がいい。ここでの会話は完全オフレコになるからだ。
 ヘルベルトシュタイン公国というよりも、コンチネンタルエリア全体で今非常に問題になっていることでもある。
その中でもNEXTに対する問題であるのなら――それがどんな内容であってもヘルベルトシュタイン公国内でそれが公にされることはない。少なくとも戴冠式までは、だ。
 シャワー浴びます?
さすがに湯を溜めての入浴はキツイだろうと思っての問いかけだったが虎徹はあっさりと、シャワーだけでいいよと応えてきた。
「NEXT関連施設――特に学校関連の視察? ですがあれですね、ルナティックが初めて現れたときにやったようなデモンストレーションなんでしょうね」
「まずは信頼関係を取り戻す――って言ってもキツいよなあ・・・・・・本国でも俺とハンナマリ囮にしてやっとこさっとこだろう。人身売買ルートの摘発は厳しいだろうな。内部にがっちり食い込んでる問題だから・・・・・・」
 虎徹が先にシャワー貰うね? と言いながら浴室に入っていく。室内は防音だが、内部だからシャワーの音も良く聞こえた。
「直接現国王には手落ちがないんですけどね・・・・・・コンチネンタルエリアとアジアンとの確執は広がるばかりでしょう。貧富の差、人種問題――カラードが劣っている、白色人種至上主義を呪いのように唱えるやからは多いですし。貧困層の問題にNEXT問題が絡んで更にややこしいことに・・・・・・」
 ヘルベルトシュタイン公国の現国王エリヤス二世がまだ現役続行可能なのに退位するというのは結局そういうことなのだ。
今世界各国にある王室で国王が政治他軍なども統括し全ての最高権力者として存在しているという王国は実はとても少ない。アジアンではまだ何十か残っているがコンチネンタルエリアでは既に象徴としてのそれと変化している。それでも王室の存在はコンチネンタルエリアでは大きく、未だに政府――特に大統領等との癒着は根深い。軍がそれにでばれば軍事色の濃いものともなる。世界を二分する共産圏の国では特にその傾向が強い。その為王族には礼節が特に求められその行動は国民にいつでも監視されていると言ってよい。
 ヘルベルトシュタイン公国の現国王エリヤス二世の悲劇は彼がとても思慮、慈悲共に深い王だったというところから始まる。
アジアンでの貧困層、特に子供たちに対する奴隷のような扱いは国際的にも憂慮すべき事態であったがそれにここ50年でNEXT問題が絡むことによって更に複雑かつ深刻化した。
子供たちを商品として売買する業者はともかく親が特に問題視された。貧困ゆえに止むを得ず子供を売りに出すというそれそもののが悲劇だったが、NEXTであるということが親から子への憐憫を完全に奪い去った。
 NEXT――第三人種――奇形。
人ではないなにか。全く別人種。
白人黒人黄色人という肌の色ではなく、その生態であり特性が、同胞を、わが子を全く別の何かとして排除しようとした結果がこれだった。
人は異物を嫌う。理解できぬものを嫌う。迎合できぬものを、肌の色が違うものを、宗教が違うものを、生活が違う者を、国が違う者を――自分が出来ぬ何かをなせる者を。
こうして貧しさと特異であるという二つがせめぎあい、NEXTは人ではない何かとして始末されていったのだ。
人身売買として横行するアジアン、コンチネンタルエリアへNEXT大量流入が始まった。
生きる為に逃げて国境を越えて、そしてそこも安住の地ではなく。
 コンチネンタルエリアでも問題は蓄積していた。
ここも楽園ではなかったのだ。
 兵役。
彼らは国を護る為に18になれば国防という名目で軍の職務につく。そうしてその間にNEXTという才能に目覚めたものは、特に殺傷能力に、索敵能力に、あるいは探知能力に、肉体的に優れた者たちは徴収されたまま帰ってこなかった。
彼らは軍によりNEXTであるということから二度と俗世間には戻ってこれなかったのだ。それでもそれはまだましだった。
知らぬうちに拉致されて、その能力故に兵器とされた者たちと比べれば。
彼らはみな帰ってこなかった。そうしてその国のどこかで、誰も知らない裏側で消費されていくものとなったのだ。
 各国で対応に追われた。このままでいい筈がない。
ヘルベルトシュタイン公国も例に漏れなかった。
NEXTの出生率、いや発現率は世代を追うごとに顕著になっていたからだ。
年を経てNEXTに成る者も多かったが、それにもまして生まれながらに選ばれし者力を持つ者が急増していたのだ。
NEXTに緩和した政策をとる国にNEXTたちは殺到した。コンチネンタルエリアではまだ取り組みが始まったばかりだったのだ。
その中でヘルベルトシュタイン公国は特にNEXTに対し緩やかな政策を取っていた国だった。
先を争ってNEXTたちはこの国を目指した。
世界最大の連合国家が、シュテルンビルトという箱庭都市を試験的に作り、それが成功し多くのNEXTがそこを楽園と信じて目指したように彼らもまた目指したのだ。
それが嘘だとしてもそれしか彼らには希望がなかったからだ。
ヘルベルトシュタインの議員の幾人かは過小評価していた。
NEXTがどれだけ切望していたかを、そして自分たちが行った事がどれほど下劣だったかを理解していなかったのだ。
 少し多く税金を払えばヘルベルトシュタイン公国はNEXTを歓迎するでしょう。貴方はここで安住できるでしょう。
ほんの少し投資してくれればこの国は貴方の味方となるでしょう。
最初はほんの僅かな小遣い稼ぎであり、単なる政治的パフォーマンスだったはずのそれが問題になるとは。
 やがて最初ほんの僅かだったそれはダムを決壊させる怒涛の水流の如くヘルベルトシュタインに押し寄せてやがて発覚するのだ。
この国がそんな楽園ではないと、そしてNEXTに対する環境整備もなにも整っていない事等などを。
 全て嘘だったのだ。
議員は辞職し、大統領は失脚し。だが世論はそれだけですまなかった。
ヘルベルトシュタイン公国現国王は議会も軍も監視できなかった。いやむしろ積極的に彼もまたそれを黙認したのではないのかという疑惑。
晴らすことは出来なかった、できる筈もない、エリヤス二世はそんなこと知る由もなかったのだから。そして何か政治や軍に手出しできる権限なぞ何十年も前に失って久しかったのに。
だが、王であるということはそういうことだった。
国民の不満も何もかも、彼には責任を取らなければならない理由がある。それが王というものだからだ。
 こうしてエリヤス二世は引退を決意する。
わが子であるマティアス・テオドアに自らの体験と教訓を諌めて、新しい時代にNEXTという第三人種との共存とその決意を新たにせよと。

 テオドア六世。
彼は彼でその境遇にどう思ったろうか。この激動の時代、彼が選んだ人は。
間違いないとバーナビーは思う。虎徹も誰が悪いとかそういう単純な問題ではないと理解していた。
勿論、ヒーローと言う個人単位ではなくて国自体がこの重大さをよく理解していた。
 本国はヘルベルトシュタイン公国からの正式な依頼で ヒーローたちを NEXTという第三人種の保護――人権問題他、コンチネンタルエリアでの現問題を打破する為のモデルとして、デモンストレーションするために訪れる事にしたのだ。
 誰かが行動を起こす必要があった。
次代のヘルベルトシュタイン公国の国王は、NEXT問題について怯まず立ち向かうと。
その証明のためにも、シュテルンビルトのヒーローたちは ヘルベルトシュタイン公国の新しい出発のその場に立ち会わなければならなかった。
「・・・・・・」
 シャワーを浴びて戻ってきてベッドに腰掛けている虎徹にバーナビーは言った。
「明日ハンナマリさんも含めて一度全員で話し合ったほうがいいかも知れませんね。明日朝、時間がとれればですが・・・・・・」
「明日は官邸に12時には行かなきゃならないんだろ? 夕方から施設周りだっけ」
「小学校やら中学校やらですね。スケジュールはSSが担当してるのだろうので明日の朝食ででも説明があるんでしょう」
「了解」
 虎徹は答えた後暫く思案した風にベッドの皺のあたりに目を走らせていたが、やがてバーナビーを見る。
例の――アレだけど、そっちはやっぱりハンナマリも来るのかな。
でしょうね。多分。
 そっか。
さすがに・・・・・・は無理でしょう。
 そうだな。
その為に僕たちが来たんですから。
 バーナビーはそう答えてそれからふと思った。
「彼女、モデルを引退できてないって言ってませんでしたっけ」
「言ってたな」
 大変なんだろうな、幻獣化から解除されても自分ちに戻れなかったって言ってたよな? でも落ち着いたらモデルもやればいいんじゃないのか・・・・・・無理か。
何言ってるんだとバーナビーは鼻を鳴らした。
「無理でしょう。今まで入ってた保険も全部解除でしょうし、そもそもモデルもなにも、彼女の体には途轍もない価値がつく。普通の保険会社じゃ保障できませんって」
「体に価値て・・・・・・」
 お前酷い言い方するなーと虎徹が呆れたように言う。
持参したパジャマを既に届けられていたスーツケースから徐に出すと虎徹はそれを身につけて、ベッド脇のソファにどさりと身を投げ出した。
 部屋も大きくてゆったりしてて、城ってすげえ等と言っている。
バーナビーはもしハンナマリがモデルも続けるとしたら――そんなことできる訳がないだろうけれど――の身体にはコンチネンタルエリアの保険会社がこぞって保険をかけるでしょうねと言った。まあ恐らく契約解除してそういった俗世間とは一切切り離された生活を送ることになるのだろうでしょうけれどと。
 王族は王族なりのそういった何か保障があるのかも? 聞いたことないし僕は知らないけれどなどという。
聞いていた虎徹は途中ではたと気づいた。
これはひょっとして、今NEXT問題としてコンチネンタルエリアが揺れている問題そのものなのではないのかと。
「まてまて」
 と虎徹がソファーから身を乗り出した。
「身体なの?」
「そうです」
「え? 本気で?」
 心底意味が判らないといったように、虎徹が繰り返す。
「『からだ』なの? 『いのち』じゃなくて?!」
「だからそうですってば。モデル業なんか若い商品価値のある時期なんて一瞬だ。その間に商品になる からだ に何かあったら困るじゃないですか。作家でもありますよ。『みぎて』とか『脳』とか。アスリートでいうなら『脚』とかね」
「うへええええ」
 虎徹が変な声を上げた。
「な、なんか俺理解できたような気がするよ、お前らコンチネンタル系の奴らとアジアン系の考え方の違いっつーかさ・・・・・・。いや、NEXTに関してはアジアンの方が人身売買組織の中心だから別に文句いう筋合いないっつーか、いや、淡白っていうか自分自身に対して価値つけんならそれはそれですげえっつーかさ」
それからまじまじとバーナビーを見上げて言うのだ。
「何か?」
 バーナビーが虎徹の不躾な視線に惑う。虎徹はそんなバーナビーにいっそ無邪気に笑った。
「お前も掛けといたらどうだ」
「何に」
「顔とか、身体とか」
「僕がですか?」
 バーナビーは鼻を鳴らした。
「無理ですね」
「なんで」
「貴方バカですか? ヒーロー契約書にサインしたんでしょ? 明記されてるじゃないですか。この職業はNEXTを駆使したレスキュー隊のようなもんなんですよ? 身体の損傷なんか日常茶飯事だってのが最初から予測できるじゃないでしょうが。ついでに僕たちは肉体強化系NEXTだから 身体に対する保険かけられませんよ。何処の保険でもそれ明記されてますんで!」
「マジで!」
 初めて知ったわ! と本気で虎徹が感動している様子なのでバーナビーは一瞬虎徹を張り倒そうかと思った。
このおじさんは今までどうやってヒーローをやってきたのだというのだ。つうか、これで12年選手だってところが解せぬ。いや僕は認めないからな! ここだけは正式なパートナーとして認めないっ!
「シュテルンビルトに帰ったら契約書の見直しですからっ!」
 特に虎徹さんの! っていうか虎徹さんのを! 僕がっ!
「え? なんで?」
 再び無邪気に聞いてくるのでバーナビーは無言で虎徹に近寄ると「?」と見上げてくる虎徹の体をイヤと言うほど抱きしめてやった。
「ぐえっ――! ちょ、バニーなんでっ・・・・・・」
「今まで生きててくれてありがとうございますっ!」
「ひえっ?」
 待って待って、放して痛い! なんで? 下手すると俺の命日今日なの? 今日になるよバニー。
意味が判らないっ! と騒ぎ暴れる虎徹の身体を文字通り抱き潰しながら、バーナビーは心底今までの虎徹の人生とその迂闊さを許容してくれた運命に誰にともなく感謝したのだった。



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