Novel | ナノ

SPLASH! 2 人魚のいる水族館 《北の星座》 (6)


NORD2


 参った、ちょっとヤバイ、辛い。
と、虎徹が少し弱音を吐いたその夜、バーナビーが深夜に水族館を訪ねてきた。
虎徹が海洋調査に行く事を了承してからこっち、過密スケジュールで昼間訪ねても殆ど虎徹と話せなかったせいもあるのだろう。
 まあでも大半拗ねちゃった的な・・・・・・。
――会ってあげなさいよ、ワイルドタイガー、貴方たち喧嘩したわけじゃないんでしょう?
 うん・・・・・・。
彼女に促されて虎徹は浮上する。触れることは出来ないけれど、近くに行きたい。それにあの鱗もあるし。
触れるか触れないかぐらいの軽いキスなら出来なくもないけど、やった分だけなんだか余計辛くなるので虎徹は苦手だった。
対してブルーローズは自分に躊躇なく触れてくる。触れながら、自分がこんな風に力を発揮して触れられる相手が出来るなんて考えもしなかったという。

「氷の国の王女様の話知ってる? 彼女はキスした相手を凍らせて殺してしまうの。何百年に一度目覚めて春になる前に一人生贄を氷の国へ連れて行かなければならない、そういった使命も持っていたの。だから一番大切な人を連れて行かずその側近を代わりに連れて行くのだけれど――最後に恋人とキスするの。薄い花びらごしにね」
 そうブルーローズ――いやカリーナに言われた時、胸を掴まれた気分になった。
何も言わないけれどこの娘はバニーと俺のこと、驚くほど正確に知ってる。知っててこの娘は俺のこと好きなんだと。
居た堪れない。何もいえない。この状況で俺が何を言えるだろう。責めてはいないのだろうけれど責められてるのと同義だ。
ブルーローズは自分は兎も角何故バーナビーを置いていくのだと、貴方はそれで何を彼に残すのだと言っているのだ・・・・・・。


 バニーはこの話知ってるのかな。
虎徹は思った。
いや、バニーは多分知らないんだろう。自分の体を慮っているだけで、そんなの知らない。
でもバニーはきっと、俺を殺したいんだろうな。いや違う、抱きしめて俺があいつの腕の中で死んでも――いいやって思うぐらい、手放したくないと思ってるだろう。
情が強(こわ)い男なんだ。失ったものが多かった分、多分俺はバニーにとって失ったら耐え難いものの一つ――いや恐らく下手をすると唯一無二のものだから・・・・・・。
屈折してるけれど俺にも判る。どうせ失ってしまうものなら自分の手で――ちょっと違うな。そうじゃない。元のままじゃなくてもいい、せめて形見だけでも欲しい――形骸だけでも・・・・・・これが近いかな。
 判るよ解る。俺は理解できる。だって俺も思ったモン。
友恵の身体を焼きたくないって。中に魂が入って無くても、形だけでも、手放したく無かったよ。この世から消したくなかった。それだけだって大切だったもん。
 俺やっぱ海底で事故に遭ったら――鮫に食われるとか、くじらに丸呑みされるとか・・・・・・食われるとかわんねえか。じゃなくてまー多分事故ったら骨も残んないだろーなー・・・・・・、。全くなんも残んないだろーなー・・・・・・。うーん・・・・・・。

 なんも残らないな。PDAだって発見されるかどーかもわかんねぇな。よしんば見つかっても一個しかないじゃん。割るのか? 二人で割る? PDAを?? うーん、こればっかりはなー・・・・・・。
鱗じゃ駄目かね。

――貴方時々変なことを悩むわね。
 彼女がくすっと笑った。久しぶりの笑顔だったので虎徹は少し嬉しくなった。
 俺って変かな?
――まあ、普通の人とちょっと変わってるなって時々思うわ。悩み方が可愛いもの。
 可愛いて・・・・・・。そ、そう?
――タイガーは優しいわね。普通ならそれ怒るわよ。大抵の男の人は。
 なんかもう、バニーによく言われるから慣れちゃったんだよな。ま、俺もバニー呼びして可愛いウサちゃんだよなーって返すから似たようなもんだけどさ。でもアイツはなんか途中から文句言わなくなったな。
――それもう、呆れられてるんじゃないの?
 そうかな。
――まあなんでもいいわ、でもちゃんと話してらっしゃい。
 うん。

 浮上しようとしたその虎徹の背中に、彼女はこう言った。
――ワイルドタイガー。
 はい?
名を呼ばれて振り返る。
彼女が深い瞳で自分を見上げているのが判った。
こうしてみると、蛸のような今の姿に重なって、エルフの女王様のような威厳のある美しい彼女の人としての姿が見えた。
本当に綺麗だな。青緑の透き通った瞳とプラチナブロンド。彼女は北欧の出身なんだろうなあ――海へ行ってしまう前に一度聞いてみようか、聞くタイミングを量りかねて今でも聞けていないことを。
 テオドア六世って知ってる? って。
今なら大丈夫だろうか・・・・・・。
 だがその虎徹の心配は杞憂だった。
そう、彼女は深く考えて考え続けて虎徹を見送るしかないとそう結論付けたのだ。奇しくもその答えはブルーローズが先頃出したものと変わらなかった。
彼の親切に私は何も返せなかった。ただ、優しくして貰って困らせただけで。だからせめて自分の事を話そうと思ったのだ。このまま彼が海へ行ってしまい、二度と遭えなくなるその前に。
――私の名前はハンナマリというの。職業はモデル。コンチネンタルエリア全体で活動してる――たわ。私のお祖母様はその昔、コンチネンタルエリアを支配していた帝国の一員で王族だった。でも帝国が解体されてお祖母様は還俗したの。それをスカウトしてきたモデルクラブが私の売りとして使用した経緯があって、その為私のモデルとしての愛称は銀の皇女というの。タイガーも耳にしたことがあるんじゃないかしら。
 ななななな、なんだって。
虎徹はそれこそその場で数メートル発射した。
 ええっ、マジで? ホントに当人なの?! うっは、どーしよ! あわわわわわ、ちくしょっ、似てると思ったんだ! だけどまさか本人だなんて・・・・・・! あっ、でも・・・・・・。
――でも?
 彼女――ハンナマリが聞き返す。
虎徹が突然挙動不審になったからだ。何か聞きたいことがあるのだろうかとハンナマリが問うと、「うーん、じゃあテオドア六世は関係ないのかなあ?」と言った。
――テオ・・・・・・六世がなんですって?
 あれ? やっぱり関係あるの? 王族同士のよしみとかで?
――全然関係ないわ! そうじゃなくて何故貴方がテオドア六世の名前を私に言うの?
 えっ、・・・・・・あのその。
虎徹はしどろもどろになる。それにハンナマリが飛びつくようにして聞いた。虎徹はびっくりしてそのまま捕まるしかない。
ハンナマリの強い8本――正確には12本の腕が虎徹の青い尾を掴む。驚くほど強い力だった。
――教えて! あの人に何かあったの?! まさか・・・・・・。
 いや、俺もよく知らないんだけど、テオドア六世がシュテルンビルトに来てたんだよ。今首都に召喚されて居ないけれど、バニーと、後イワン・・・・・・折紙サイクロンって知ってる? 俺たちヒーローの仲間なんだけど、折紙がちょっと調べてくれて・・・・・・その、あんたのことを探しにきたんじゃないかって。
――そんな・・・・・・。
 嘘よ、だってそんな、という。
それから彼女は泣き笑いしそうな表情で虎徹を見上げるのだ。
――そうなの。あの人来てしまったのね。駄目だってあれ程言ったのに・・・・・・。
 えっ、ひょっとしてテオドア六世が彼氏なの?!
それこそ虎徹は悲鳴を上げた。そっち?! えっでも王族となんて何処で知り合うのよ。え、でもなくはないのか。トップモデルだし? 結構女優も王族と結婚したりってあるもんな。何例か俺でも知ってるぐらいだし。知り合う機会はあってもおかしくないのか・・・・・・って、ひええぇえええ。
――駄目だって・・・・・・言ったのに・・・・・・。
 ・・・・・・。
なんとも答えることが出来ず、虎徹はその場でうろうろとなんだか漂っているしかない。その困った様子に気づいて、ハンナマリは弱弱しく微笑むのだ。
――ごめんなさい、タイガー、行って頂戴。BBJ・・・・・・彼氏を待たせたら駄目よ、ただでさえ貴方他人を不安にさせるタイプだから。
 でも・・・・・・。
――いいのよ、行って。早く。帰ってきてからきちんとお話するわ。私も考えを纏めたいし・・・・・・。あ、他の人には内緒にしておいて。BBJにも言わないで。お願いタイガー。
 うん。
するりと彼女は腕を解く。
自由になった身体をひとつ震わせて虎徹は頷き、まだハンナマリを一人にするのは不安そうだったが、それでも青碧の尾を一振りして浮上し始めた。
 


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