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SPLASH! 2 人魚のいる水族館 《北の星座》 (8)


NORD3

 ハンナマリはアールトネン城から出して貰えなかったが、ヒーローたちは違っていた。
そもそも彼らには彼らだけに課された責務があり、その為にヘルベルトシュタイン公国へやってきたのだから当たり前なのだが。
八人全員揃って極々シンプルな朝食を取った後、政府専用車両が三台差し向けられて首都へととんぼ返り。
グリッツ市内にある各小中学校及び、NEXT教育関連施設の視察に向かった。
首都グリッツにおける小中学校の総数はなんと1200以上。
それを全て回るのはヒーローたちの滞在期間全てを使っても到底無理なので、国立6校に絞って回ることになった。
途中ヘルベルトシュタイン公国司法局管轄の教育機関へ立ち寄り、その筋のお偉い方もぞろぞろとついてきた。
国立小学校の中庭で、歓迎セレモニーが開かれる。
8人は壇上の隅で綺麗な中庭の装飾物やら掲げられた国旗等に目を走らせながら神妙に整列して待っていた。
「こういう時、本当にワイルド君たちが羨ましいと思うよ」と、キースが少しうんざりしたように言う。
女子組みたいにマスクや装飾ぐらいならまだしもヘルメットはキツイと零す。
「同意です。ヘルメットはもう少し軽量化しないと、今後シュテルンビルト以外での活動が増えてくるとしたらかなりキツイですよね」
「俺なんかマジ最悪だぜ。トランスポーター空輸して貰う訳にはいかねえからなあ。持ち運びの方法を考えないと」
「全員アイパッチにすりゃいいだろ」
 俺は前から奇怪しいと思ってたと虎徹がめんどくさそうに突っ込む。
バーナビーはそういう虎徹に対しても上から更に突っ込んできた。
「それより全員顔出しにすればいいんですよ。コンチネンタルエリアではそれが普通なんですから」
 シュテルンビルトのやり方が古いんですよ。まるでどっかのおじさんみたいだ。
「お前ね・・・・・・」
 虎徹が何か言ってやろうと口を開けたとき、今まで長々と学生たちに口上を述べていたお偉いさんがヒーローたちに手を差し伸べた。
「彼らがシュテルンビルトから遥々いらしてくれたそのヒーローの方々です。皆さん盛大な拍手を!」
 その後ヒーローたちはわっと子供たちに取り囲まれ、各々が握手や質問に応えて行く。
 虎徹とバーナビーのところには特に子供たちが集ってきた。
バーナビーは元々本名で活動しているので当たり前なのだが、驚くほど多くの子供たちがワイルドタイガーのことを虎徹と呼ぶのに驚く。そして同時に「人魚」であったことに質問が集中してこれには虎徹自身も相当面食らったようだ。
「虎徹はどうして人魚になったの? NEXTの仕業だって聞いたけど報道の通りなの?」
「どうやって戻ったんですか? バーナビーが戻したって聞いたけどそれってバーナビーと虎徹が人魚姫のストーリーみたいに、互いに好きだって事なの?」
「二人は付き合ってるんですか」
 虎徹は本気で吹きだしていた。
あたふたしてるのでこの人そういうのが駄目なんだよなあとバーナビーがフォローを入れてやる。
「NEXTの仕業っていうのは本当ですが、あれは事故なんです。わざとそうした訳じゃないですし、タイガーさんだけじゃなくて何百人も同じように幻獣化されてしまいました。たまたま人魚に変化したのがここにいるワイルドタイガーだけだったっていうだけで」
「ワイルドタイガー以外はとても怖い変身をしてたっていう話もあるけど本当ですか?」
その質問にバーナビーは目を丸くする。シュテルンビルト以外の報道にも一通り目を通していたつもりなのだが、やはり全てを網羅するのは難しかったらしい。ここいらの幻獣化の詳細は軍――特にノーマン大尉には釘を刺されており一般市民には極力話さないということで司法局とも合意していたものだから少し言い淀む。暫く悩んでからバーナビーはこう答えた。
「それは事実と違います。実際僕は一角獣に変化してしまった人も見ましたよ。とても綺麗でした。どうかすると人魚よりもね」
 蛸も見ましたけどね・・・・・・という言葉は飲み込み二人は付き合っているのか、恋人同士なのかという質問にはにっこりと微笑んで、
「もし恋人同士じゃなければ幻獣化が解除できないとしたら、自分の娘や息子が幻獣化してしまった人やお父さんやお母さんが幻獣化してしまった人は戻れなくなっちゃうじゃないですか。でも実際はそうじゃなくて、殆ど全ての人が元に戻りましたよね。だからその情報も間違いです」とかわす。
 子供たちは「あっ、そうか・・・・・・」と腑に落ちないような顔をしていたけれど、一応納得したようだ。
 虎徹は大きな息を吐き出しながら、「まー、そういう事。後ね、俺はワイルドタイガー! 虎徹は本名だからね、やめてね」と言う。
しかし子供たちはその台詞にも互いに首を傾げ。
「どうして? 鏑木・T・虎徹の冤罪を晴らすべきだってこっちでは言われてるよ。NEXT犯罪では至上稀に見る重犯罪だったのだから、虎徹――ワイルドタイガーは本名を明らかにして名誉回復に努めるべきだって」
 虎徹は喉の奥で唸った。ぐうの音も出ないとはこういうことなのか。
これは・・・・・・どうなのだろう? とバーナビーが口を噤み虎徹を見やれば、虎徹は眉間に皺を寄せていたがやがてこう子供たちに言うのだ。
「あー、いいんだ。その件は俺がやなの。ワイルドタイガーって呼んでもらいたいの!」
 子供たちはそのストレートな言い様に顔を見合わせていたが、そういうことならと鷹揚に了承したようだ。
その後は皆、ワイルドタイガーと彼を呼ぶようになり、虎徹も安堵してリラックスした調子で彼らと会話をしている。その様を眺めながらバーナビーは感慨深く思った。
やはりシュテルンビルトとコンチネンタルエリアとは常識というかNEXTに対する感覚が違う、ということだ。
 バーナビーはライアンと組んでみてどうしでしたか? という質問も当然のように来た。
彼は彼で素晴らしいパートナーでしたとバーナビーは素直に言う。
ワイルドタイガーと比べてどうですかという質問には、ライアンが断言したように僕の相棒はワイルドタイガーでしか有り得ないと思いますと返す。
何故なら、同じ能力者には世界広しと言えども早々簡単にはめぐり合えないのですから、同じシュテルンビルトでこうして出会えたのも何かの運命なのでしょうという。
ライアンが認めて推薦してくれたように、彼の言葉は本当だと思いますと。
子供たちは誰もがこの答えに満足したようだ。
 そもそも。
ライアン・ゴールドスミスはコンチネンタルエリアでは特権階級レベルにある有名なNEXTだ。そもそもゴールドスミス家というのがエスパーニャ地方ではかなりな豪族だという。
コンチネンタルエリアでのライアンの評価は非常に高い。地元における有力な名家であることは勿論、コンチネンタルエリアでも名士と名高い一族だということから、ライアンというNEXTを排出した時に彼らが行わなければならなかった活動、支配階級の者に要求される責務を含めてかなり冷ややかな目を向けられたらしい。しかしゴールドスミス家はライアンという跡取り息子をコンチネンタルエリア全体に対して放出した。NEXTとして身を立てろと僅か10歳でエスパーニャ地方全体の司法局へとその身柄を譲渡したらしい。結果として勿論ゴールドスミス家のバックアップもあったにせよ、彼は十二分の才能を発揮しコンチネンタルエリアではヒーローとして不動の地位を確立した。そしてシュテルンビルトへの召喚。あの時彼名声はコンチネンタルエリアでは全盛期に達したといっていい。
 シュテルンビルトはNEXTの聖地としても名高く、ヒーローシステム発祥の地として世界的に有名だった。そこで一世を風靡したタイガー&バーナビーの、それもバーナビーの二代目バディとして選ばれたのだと聞いたとき、コンチネンタルエリアのNEXTたちがみな狂喜したという。それほどまでに世界的に重要な意味を持っていたのだ。
勿論その効果を全て知り狙いここぞとのばかりの召喚をしてのけたのは、今は拘束され刑に服しているコンチネンタルエリア経済の鬼才であった、マーク・シュナイダーの経営手腕によってのことだったのだが、その後シュナイダーが失脚し、ゴールデンライアンは移籍をした・・・・・・その移籍に関してもライアンの評価は高かった。
 紛争を起こし、コンチネンタルエリアでの軋轢の多い悪名高いミッドイーストエリアへ。NEXTの地位向上を考えてのことは勿論、彼は身をもってNEXT差別及び人種差別への壁へと立ち向かったのだとそう思われているのである。生粋の白人が、それもNEXTが、イーストアジアンへの移籍をするというのはそれ程危険なことであったのだ。
 バーナビーは内心、金に釣られてだ、契約内容が相当良かったのだろうと割合ビジネスライクに観ていたが、――――実際それも間違いないのだけれど――――コンチネンタルエリアの実情を、特にNEXT関連の情報を得るたびにライアンの決断が相当なものだったのだと今更のように評価を改めていた。彼は彼なりにNEXTであるということを真摯に受け止め、自分が所属するエリアに対する敬意とそして自らがやらなければならないヒーローというものに対する覚悟があったのだろう。
 シュテルンビルトとは違う――ライアンは解って貰おう等とははなから思っていなかった――ただ、平和ボケしたNEXTの楽園・・・・・・甘やかされた現実、そんな場所で悩み苦しむ虎徹やバーナビーを観ながらあの冷ややかな反応、彼にしてみるとこの程度の困難に何を悩む必要があるのだ? 等と思って呆れていたのかもと今更のように恥ずかしく思ってしまう。我ながら卑屈だなあとバーナビーは嘆息した。
 その頃虎徹は子供たちに「何故シュテルンビルトのヒーローたちは正体を隠すのか」と質問されて本当に困っていた。
自然に子供の目線に合うように屈みこんで話を聞いていた虎徹は「へっ?」とかなんとかいっている。そんなこと聞かれるとは全く思っても見なかったのだろう。
バーナビーもそれは内心悪習の域に近いのではないのかと薄々思っていたことだったので、虎徹の答えが聞きたいと耳を欹そばだててしまう。ちらりと虎徹と視線を交わしあい、それからバーナビーは顎をしゃくって見せた。
虎徹の方はバーナビーが助け舟を出してくれると信じて疑わないところがあったので、このバーナビーの無言にはほとほと参ってしまったようだった。
「うーん、なんていっていいか・・・・・・そういうモンなんだよ」
 シュテルンビルトではそういうもんなんだ。ヒーローっていうのは芸能人とはまた違う。市民の為に――えーともしヘルベルトシュタイン公国? で同じようなシステムを採用するとしたら 国民の為に・・・・・・になるのかな? そうその、自分以外の誰かの為に、自分に許された力を――NEXTを使うんだ。それは別に殊更宣伝する事じゃないだろ? 普段は一般人として生活してるんだから――」
「それは普段は一般人として生活したい、だからNEXTだって知られると面倒だからって事なの?」
 うわー、容赦なく突っ込むなーとバーナビーは苦笑。
またまたへっ? と言った後固まってしまった虎徹の肩に手を置いて、バーナビーは苦笑したまま首を左右に振って見せた。
「僕らも帰国したら司法局に色々報告してみます。存続させた方がいいシステムなら勿論そのまま残しますし、君達が今疑問に思っているように、コンチネンタルエリアで採用されているヒーローシステムの方がより一層洗練されているのなら、シュテルンビルトが導入するのもやぶさかではないでしょう。ごめんね、これから僕たちまだ回らなきゃ行けない所があるんだ。もし他に要望や聞きたいことがあったら司法局にメールで問い合わせてくれると嬉しいな」
「バーナビーが答えてくれるの?」
「勿論」
 バーナビーは鷹揚に頷いた。
「ワイルドタイガーはこういう公の場に慣れてないんで今はしどろもどろだけど、ちゃんと時間を置けば今の質問にも答えられると思うよ。だから要点を纏めて書いてくれると助かるんだ。いいかな? ね? 虎徹さん?」
「あ、え、いや、うん。・・・・・・てか虎徹さんはよせよ。お前が言うとちびっ子共が全員それでいいんだって真似しちまうからさ」
 立ち上がりながら虎徹は子供たちにすまんと頭を下げて「虎徹じゃなくてワイルドタイガーな!」と言う。
子供たちはきゃっきゃきゃっきゃと喜んで尚も虎徹の手を掴んで放さないそぶりを見せたが、「そろそろお時間です」という教員や役職の人たちに促されて自分たちの教室へと戻っていった。
 途中一時間の昼食休憩があったが、それ以外は移動と視察、セレモニーの繰り返しで終わった。
行きと同じように三台の政府専用車がアールトネン城へヒーローたちを送り届ける。
帰りの車内で八人のヒーローたちは各々かなり疲弊していたらしく言葉も少ない。
ドラゴンキッドに至っては、イヤリングをバッグの中に仕舞い込みながら車窓から美しいヘルベルトシュタイン公国の森林に目を走らせているブルーローズの肩に寄りかかって転寝を始めていた。
「場所代わりましょうか?」
 ファイヤーエンブレムがそう聞くと、ブルーローズは笑顔で大丈夫と言う。それからもう髪の毛下ろしちゃっていいかなあ? と誰にともなく呟く。
「いいんじゃないの?」とこちらは既にマスクを取って、一個人の顔に戻っていたネイサンが笑った。
「ドラゴンキッドはチャイナ服が似合うから何処でも人気だったね」
「同じイーストアジアンでも日本と中国はなんていうかカテゴリが別だものね。そういう意味ではタイガーもラッキーなんだけれど」
「やっぱりミッドイーストは良く思われてないみたいね」とヒーローから普通の女の子の顔に戻ったカリーナ。
「実際NEXT――人身売買が横行してるのはニューイーストエリアなんだけどね、特にNEXT差別が酷い地域だし・・・・・・手段がテロと言うか過激派が多いから、ミッドイーストの方が一般には警戒されちゃうわね。移民してきた方にしてみたら、そんな偏見堪らないんだけど。日本や本国みたいにNEXTに対する社会的システムが整ってるところはまだまだ少ないのよ」
「NEXT問題に関しては、中国もそんなにかわんないよ。ボクの扱いだってある意味人身売買と変わんないからね・・・・・・」
 えっ? とネイサンと髪を下ろしていたカリーナがドラゴンキッドを見る。
彼女はいつの間にか目を覚ましていて、ブルーローズゴメンね、ありがとと言いながら身を起こすのだ。
それからドラゴンキッドもため息をついて、自分の髪留めをぱちんと外しながら言った。
「本国ってさ養子縁組凄く多いでしょ? 最初シュテルンビルトに来てボクが不思議だったのはそれだった。育てられる人が育てる、孤児を引き取って裕福な人が何人も何人も育て上げて、凄い大家族で、それが当たり前って社会だったから。でもうちら日本を含めてニューイーストエリアからファーイーストエリアでは血縁関係が何よりも大事とされていて、家族に部外者は中々入れないんだ。あ、勿論戦時中とかは違ってたんだけど、そもそも中国は今凄い人口爆発で子供作るのにも制限がかかってる。二人目からは税金かかるんで、生活に余裕がない家庭は兄弟なんか作れないんだよ」
 その政策は知ってるけど、もう大分前に緩和されたのでは? とネイサンが聞く。
まあねとパオリンは続けた。
「だって結局悪い事ばっかり増えちゃったんだよ。一人しか子供作れないとなったら中国では男子至上主義的なところがあったからさ、男の子が最初に生まれなかったら始末したりしてたらしい。その始末って結局養子に出すってことだよ。養子に出すって聞こえはいいけど、売り飛ばすってことだよ? そこからもう人身売買が一般化しちゃったって思っていい。それを規制したら、今度は出産届けを出さない、だから中国には戸籍を持たない第二子が沢山いるっていわれてる。実際居ると思うよ。彼らは黒孩子(ヘイハイズ)、本国ではブラックチルドレンって呼ばれて随分昔から問題になってるんだ。そしてそれにNEXTっていう問題」
 ボクはね、割と裕福な家庭に生まれたんだ。
生まれた時女の子だったんで両親は少しがっかりしたかも知れない。でも第一子が女の子だと今は第二子を作ってもいいって政策緩和されてたんで問題なかった。ボクがNEXTに目覚める前まではね。
「ボクは割りと小さい時にNEXTに目覚めたみたい。バーナビーさんと一緒ぐらいじゃないかな。自分じゃ覚えてないんだもん。兎に角中国ではNEXT差別が酷かったから、多分ボクの両親はボクを守るために、二人目どころじゃ無くなったんだと思う。中国ではNEXTは高く売れるんだ。小さい子供ほどそう。農村なんかでは魔女狩りみたいなことも行われていたらしい。お母さんとお父さんはボクを抱えて地方都市を転々としたよ。ボクが問題を起こしてNEXTだってばれるたびにね」
 ネイサンがまあ、と自分の頬を両手で包む。
カリーナも目を瞬いてそんな、と呟いた。
「NEXTでも人として生きていく為に、中国には幾つか方法があった。勿論裕福で政府関係者ならそもそも問題ない。そうでなくてもかなり裕福なら本国に留学したり、国籍取得して出て行くって手もあるし。まあでも在る程度裕福でもボクんちなんか一般家庭だし、どうしたかっていうと、一つは軍に入ること、もう一つは殺傷能力や応用力の高い能力であると認められたら――NEXTを駆使する特殊な職業につくって手があった。ただ軍や特殊職業につくって事は多分その、兵器にされるってことだ。人として扱われない可能性も高いしボクは一応女の子だったんでお母さんはその道にだけは行かせたくなかったんだと思う。そうしてボクの両親が選んだ方法が、シュテルンビルトのヒーローになる事だった。ボクは一生懸命勉強したし、訓練もしたよ。お父さんが何度もシュテルンビルトに下見に行って、多くの企業と交渉した。その努力が実ってヒーローの年齢制限の緩和化と同時にボクは第三期入れ替え時期のオーディションで抜擢されて、オデュッセウスコミュニケーショからヒーローとしてデビューする事になったんだ」
 お父さんもお母さんも喜んでたよ。勿論ボクだって嬉しかった。頑張ったかいがあった。NEXTだって馬鹿にされて怯えられて罵られて恐れられて、でもそれが終わるんだって思った。お父さんとお母さんもこれで中国で安心して暮らせる。しかも胸を張って、娘はNEXTだったけれど、シュテルンビルトでヒーローをやってるんですよって。誰にももう後ろ指さされない。安心して枕を高くして眠れるって。
「でもさ、それって同じ事だよね。人身売買――国際養子とどう違うの? 勿論不幸なことばかりじゃない、養子っていう名の人身売買にだって売り渡された先で幸せに暮らしてるって言うけどさ、ボクなんか幸せなほうだって判ってる。でもね、時々思うんだ。せめてボクが女の子じゃなくて男だったら、だったらボクは両親と暮らせてたのかなって。生まれた国で生きていけたのかなって。シュテルンビルトが嫌いなわけじゃないよ。大好きだよ。でもね、時々考えちゃうんだ。どうしてボク男に産まれなかっただろう。どうしてボクNEXTなんだろうって」
「パオリン!」
 ネイサンが堪らずパオリンに抱きつくとぎゅっと抱きしめる。カリーナもそんなパオリンの肩にそっと手を載せるのだ。
「あんたそんなこと考えながら今日施設回ってたの?」
「ん、ずっとじゃないんだけど、今日小学校でね自分NEXTだっていう女の子に どうやったらNEXTってことで差別されずに生きていけるの? ヒーロー以外に、私たちが生きていける方法ってあるんですか? って質問されて、答えられなかったんだ。そしたらぱーっと自分もそうだったなって思い出しちゃって」
 やっぱり隠さなきゃいけないのかなって思ったんだ。
タイガーさんがさ、横で別の質問に答えられなくてあたふたしてたんだけど、タイガーさんが正体隠すのに拘るのってそう言うことなのかなって。
「NEXTだって知られたら生きづらい、例えそこがシュテルンビルトであっても・・・・・・そうでしょう?」
「そうね、それは私も否定しない。でも、ヒーローが正体を隠す理由はそればかりじゃない」
「転換の時期に来てるのかも知れないってボクも思う。コンチネンタルエリアでそうであるように、NEXTがNEXTであることを誇れるように、まずは自分から始めなきゃいけないのかなって」
「そうね」
 カリーナはそれに応える。
「でもね、今はまだ早いんじゃないかな。私たちまだ未成年だもの。タイガーも言ってたけど、ヒーローやっててもまだ私たちは子供だし、子供としての楽しみ方や生活を捨てちゃいけないっていうの。そういう生活を守る為にも正体を隠すのは『ヒーローの当然の権利』だって。多分娘――楓ちゃんや奥さんのことを思いやって、彼はそうでなければならない理由があるんだろうけれど、その点に関しては私もそう思う。うちの両親も歌手ならともかくヒーローをやるのなら素性を明らかにしてくれるなって多分タイガーと意見一緒よ。それに今はまだ私たちはこれでいいんじゃないかな。早く大人になろうとしなくていいのよ、そんなこと成人したら否応なしに考えなきゃいけないことだから。私はアイドルヒーローをやめて歌手でデビューしたら自分自身をカミングアウトすると思う。その時きっと、ヒーローであったことがとても役に立つ。今を頑張ればいいのよ」
「そっか、そうだよね」
 パオリンが笑って、カリーナも笑った。
「そうよ、今一番頑張らなきゃならないのは、中年でしょ。とりあえず中年が頑張ればいいのよ。私たちはそのサポートってことで」
 中年が頑張ってるのに私たちだけ遊んでる場合じゃないって前に言ったけど、この問題は中年に任せるべき。だって私たち今青春真っ盛りなんだもの。
「ね」
 ネイサンが吹き出した。
その理論でいくとアタシも相当頑張らないとねえと言う。
 ネイサンは大丈夫よ、だってヘリオスエナジーのオーナーだもん。知ってるよ、NEXT人権保護団体の会長やったりしてるって。シュテルンビルトで一番NEXTに対して出資してるのヘリオスエナジーなんだから。
 それから三人で顔を見合わせて盛大に笑った。



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