Novel | ナノ

SPLASH! 2 人魚のいる水族館 《北の星座》 (2)


TIGER&BUNNY
SPLASH!2〜人魚のいる水族館〜「北の星座」
The aquarium where a mermaid is.
CHARTREUSE.M
The work in the 2014 fiscal year.


NORD1


「虎徹さん、起きて」
 そう、肩に触れる優しい手。
虎徹ははっとしたように目を開けて、それから胸を押えた。
 水――、水の中・・・・・・。
透き通った青の空間、ガラス球のような小さな世界に閉じ込められていた日々。
違う、大丈夫終わったんだ。そう、俺はもう人魚じゃない。
「あ、ああ、ごめん、俺、魘されてた?」
「ええ、少し」
 ああ、参った、サンキュー、バニー。
そう言いながら虎徹は身を起こす。

B−747をベースに改造された政府専用機の一つ、C32という機体に今シュテルンビルトのヒーローたちは全員搭乗していた。
 今年の二月下旬。
豪華客船ルナ・マルセイエーズ・オー号がシュテルンビルト沖合いを通過中にその作戦は決行された。
その客船には秘密裏に幻獣使いと称された希少NEXTである一人の少女が搭乗していたからである。
正確には「貨物」として輸送される途中だったマディソン・グラハムは、シュテルンビルトから差し向けられたヒーローと軍特殊部隊及び警察によって無事保護された。
しかしその最中に追い詰められたマディソンが能力を発動、ルナ・マルセイエーズ・オー号に乗り組んでいた乗員乗客軍警察ヒーローを含む280名が幻獣化し海原へと消えてしまう。やがて三ヵ月後、バーナビーが幻獣化の解除条件を見出して事態は一件落着となるのだが、虎徹はその間人魚に変化させられてしまっており、数体の同じ被害者――マディソン症候群(NEXTによる幻獣化を起こした人間の総称)患者と共に、水族館(シュテルンビルトパシフィカルグラフィック)の巨大水槽 ザ・オーシャンシー・パシフィック に保護されていた。
 人魚の居る水族館として世界的に有名になったそこに、もう人魚は居ない。
それはさておき、その時虎徹と言う人魚と共に保護されていたマディソン症候群患者の中に、蛸がいた。
 海洋棲の軟体動物、あの八本足の蛸である。
ちなみにその蛸は大体蛸だったが、人ほどの背丈があって実は足に相当する部分の四本の先は二股に分かれており、ぞっとする事に人型もなんとなく残していた。
見た目はつまり非常にグロテスクで初めて観た人間であるのなら間違いなく10人中8人がぎょっとする容姿をしていた。
彼女はそんな訳で事情を知らない水族館の職員やヒーローたちには蛸怪人または、蛸様幻獣などと呼ばれていたが、虎徹は憤慨していた。
どうやら幻獣化された同士には、互いの姿が幻獣化される以前の人間としても見えているらしく、虎徹曰く彼女の正体(?)は絶世の美女だというのだ。
軍関係者も彼女の正体を知っているらしく虎徹以上に保護に気を配られていたこともあって、バーナビーは『彼女』が政府関係者か、当時の世界情勢からヘルベルトシュタイン公国の大臣かまたは縁者ではないかと推測。そしてその推測は大体間違ってはいなかった。
 ハンナマリ・コイヴレフト
彼女は事実、コンチネンタルエリアでは銀の皇女という愛称で知られたトップモデルの一人で、それ以上に彼女が重要人物として厚遇されていた理由は、彼女がコンチネンタルエリア最古の王室を持つ、ヘルベルトシュタイン公国の王太子にプロポーズされていたという事実があったからだった。
 だがハンナマリは逃げ出した。かつては巨大な帝国の一員であった彼女は既に庶民として生活の場を手に入れており、再びそこへ戻ろう等とは考えても居なかったからだ。そしてその重責や重大さを十二分に理解しており、自分にはとても背負いきれるものではないと身を引くことを選ぶ。だがその逃亡の最中、彼女は幻獣化されてしまうのだ。それも醜い蛸の姿に。だが一緒に保護されていた人魚――ワイルドタイガーに励まされ、彼女は自分の運命を向き合うことを決意する。
そうして運命のあの日。王太子テオドア六世は違わず彼女を見つけ出し、バーナビーが虎徹を人魚から人間に戻したように、彼女も蛸から人へと戻る事が出来たのだった。
 めでたし。
絵に描いたような大団円を迎え、日常が戻ってきて、はいこの通り。――――とは一応なったものの、一つこなさなければならないことが本国には残った。
ヘルベルトシュタイン公国が、戴冠式、とその前に行われる結婚式にシュテルンビルトのヒーローたちを全員招待してきたからだ。
 シュテルンビルトを守護するヒーローたちが全員同時にシュテルンビルトを離れる事例はかつてなく、そもそもNEXTがそのような政治的にも重要な場に招待されるということが異例も異例、かといって全世界規模でトップニュース扱いとなってしまっていた幻獣化事件を今更もみ消せるわけもなく、悩みに悩んだ末本国は、大統領ごと政府でまとめて、ヒーローたち8人をヘルベルトシュタイン公国に空輸してしまうことにしたのだった。
 ヒーローたちが居なくなる事も勿論全世界に知れ渡ってしまうため、彼らが不在の間は軍がシュテルンビルトを一時期守護する立場として駐在する事も同時に発表された。幻獣化事件を担当したノーマン大尉が最も現場に明るいという事でそのまま据え置くこととされた。

 NC1981年10月1日
本国から、エアフォースワンと、エグゼクティブワンフォックストロット の二つの国際信号コードが発進。
10月16日から行われる予定のヘルベルトシュタイン公国 結婚式と戴冠式にヒーローたちは臨むことになる。
こうして10月18日を帰国の目処とし、二週間余に及ぶ日程へと飛び立った。

 只今その途上、飛行機の中。
ファーストクラスをもっと豪奢にしたような空間、隣の席で同じようにくつろいでいた筈のバーナビーが心配そうに虎徹を揺すり起こしたところ。
ここのところ虎徹は眠ると良く魘される。
その時漏らす台詞から推察するに、大体なところ幻獣化してしまっていた頃の悪夢らしい。
悪夢、というのには少々滑稽な台詞も多々混じっていたのだけれど、今日のそれはあの蛸――――じゃなくてハンナマリ関連の事なのだろうなあとバーナビーはあたりをつけていた。
 思い出したのかな。あの蛸――――じゃなくてハンナマリと虎徹はザ・オーシャンシー・パシフィックの中で三ヶ月も事実上一緒に暮らしていたのだから。
僕と別れる前に話したように虎徹はきっと、水槽に残していくしかないハンナマリと沢山話したのだろう。
 彼女は虎徹について行きたいと――考えてみたら当たり前だ、一人水槽に残されるなんて考えても耐え難い――そう望んでいたのだと初めて知った。
虎徹はきっと沢山悩んだろう。そして苦しんだろう。思えばそれは当然の筈なのに、僕はあの時そんなこと全く考えもしなかった。自分の事でいっぱいいっぱいだったから。そう考えると色々と思い当たる。
ブルーローズとも色々あったんだろうな。まあ、あっただろうけど。怖くて聞けないけど、ブルーローズと何を話したんだこの人は。でもって、楓ちゃん――本当に忘れてた。彼女の事をもっともっと考えなきゃいけなかったのに、後回しにしてた。あの娘は虎徹さんと違って聡い子だから判っちゃっただろうな。ああもう、楓ちゃんに情けないところ見せてどうするんだ、しっかりしなきゃならなかったのに迂闊すぎた。取り返しつくかなあ。
「ねえ、バニー、俺また変なこと言った?」
 微妙な顔つきをしていたのだろう。
虎徹がおどおどしたような表情でそう伺ってくる。
バーナビーは笑顔になって「いいえ」と答えた。
「いえ、今日は特に変なことは言ってませんよ。ただ、泣くなよとか、誰かを慰めてる台詞でした」
「あ、そ」
 虎徹は心底安心したような顔になる。
バーナビーはその表情が面白くてちょっとからかいたくなった。
「そうですね、放送禁止用語の羅列とか、蹴るだの突っ込むだのてめーのかーちゃんがで」
「わー! ヤメテ!」
 虎徹が慌てて座席から身を起こしてバーナビーの口を手で塞ごうとする。
バーナビーがそれを笑いながら避けて、斜め前の席に座っていたネイサンが、「あら、楽しそうじゃない? なにタイガーがそんなこと言うの?」と聞いた。
「ええ」
 バーナビーが虎徹の手と攻防しながらネイサンを見る。
「人間じゃなくて、相手がイルカでしたけどね」
「イルカ相手に?」
「なんでも、虎徹さん、パシフィカルグラフィックでは若いオスのイルカにモテモテだったんだそうなんです」
「ちがっ――――モテてねえよ!」
「ええ? モテてましたよね? お誘いをお断りするのに苦労してるとかなんとか」
「あら、イルカってタイガーみたいなのが好みなの? 人魚が好み?」
「セックスパートナーとしては最高なんだそうです」
 虎徹がギャーッと叫んだ。
「俺は全然好みじゃねえンだよ! 俺あいつらから逃げ回るのマジで大変だったんだからな!」
「まあオアツイのねえ・・・・・・ふぅん。で、タイガー貴方結局どうだったの?」
「何もねえよ! あってたまるか!」
 勿体無い、面白そうなのに。
面白くねーよ! と虎徹が絶叫したところで、何々、なんの話? とパオリンとカリーナも席から振り返ってきた。
「人魚だった時の話」
「わあ、面白そう! ねえタイガー話してよ」
「話すことなんかねえよ!」
「虎徹さんの寝言が近頃面白いんですよ。この前はこんな事言ってましたよ。『あっ、それは俺のホットドッグですか? 食べる? 水につける? あっ、やめて、一つは残しておいて、それ貝じゃないから! 打ち付けたらぐちゃぐちゃになっちゃうでしょ! でででで、殿中でござる!』とか。ところで、殿中ってどういう意味ですか?」
 これがもうすっごい泣いてるんですよ。
びっくりするぐらい寝ながら泣いてるんで、慌てて起こしちゃったんですけどね。
 バニーのばかっ。
虎徹が「ひーん」と顔を両手で覆ってくるりと自分の席で丸くなってしまう。
少し離れて左斜めの席にいた、イワンも反応してきた。
「殿中っていうのはあの、日本でいうところの、城の意味なんです。忠臣蔵というお話が日本にあるんですけど、日本のお城の中では剣を抜いてはならないっていう決まり事がありまして・・・・・・その禁を破ると切腹というものなんですけどね、確か刀の鯉口三寸――鞘から九センチくらいでしたっけ・・・・・・。場所にそぐわない事をしている、してはならない、みたいな言い回しですか、ね」
 バーナビーは目を丸くした。
「随分と厳しいんですねえ」
 はい。と、イワン。
「一体人魚の時に何が?」
 そう聞くと、虎徹が膝を抱きかかえながら、すんすんと鼻を啜り上げて、「夢で見るぐらい、もう魚と貝に飽き飽きしてたの! 温かいものが食べたかったんだよ・・・・・・。バニーが折角買ってきてくれたのに、俺の口の中に入る前にあいつらがぐっちゃんぐっちゃんにしちゃってさあ。で、俺にまた貝殻を――――」
「ラッコがね」
 バーナビーにそう背中でしれっと言われて、虎徹は肩を落とした。
「お前にはわかんねぇよ、マジで辛かったんだよ、あんときさあ。俺、こんなに悲しい夢をみたのマジで初めてだよ。今でも夢だって判っててもそれを思い出すと胸が苦しくなる」
「ふん」
 バーナビーが軽く鼻を鳴らして、虎徹の肩に手を置いた。
「すみません、虎徹さんがあんまり面白いんでつい。もう言いませんから機嫌直して」
「別に怒っちゃいないけどさ」
「ごめんなさい」
「もういいよ」
 ところで。
アントニオがイワンの席の隣で聞いてきた。
「後どんぐらいかね」
「フライト情報見てるけど、後五時間ぐらいかな。到着が二十時って話だからそろそろ起きてた方がいいかもね。眠れなくなるよ」
「ヘルベルトシュタイン公国は日が割合長いらしいよ。なんていったっけ? 白夜、みたいに日が沈まないわけじゃないみたいだけど、薄明るいって」
 パオリンがキースの声に応える。
「あ、私も少し調べてきたんだけど十月って一番いい季節みたいよ。この月逃しちゃうと戴冠式はともかく結婚式が大変だからじゃない? 十二月あたりになると日が沈んでる時間が長いって。極夜ってほどじゃないだろうけど、うんと暗い時間が長くなるらしいの。オーロラも見えることがあるとか」
「へーえ」
「なんにしても楽しみだね、楽しみだ」
 キースがそう屈託なく言う。
「ええ」と、バーナビーもその言葉に微笑んだ。




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