Novel | ナノ

 エア無配<3> カリーナと銀の鱗


エア無配<3>


 タイガー、そのさ、・・・・・・ずっと、解ってたの?

そう聞いた時、答えを聞けなかった。
もしタイガーが知っていたら、私はどうすればいいのかしら。そうやって悩んでいたけれど、色々あって忘れていた。
今更のように思う。あの時・・・・・・タイガーが答えなかったのはきっと優しさなんだって。
でも、――それは同時とても残酷なことだ。



TIGER&BUNNY
「カリーナと銀の鱗」
The aquarium where a mermaid is.
CHARTREUSE.M
The work in the 2014 fiscal year.



 メタリックブルーに輝く肢体。
綺麗な碧の鱗、金粉を塗布したようにそれはきらきらと輝いていて、光の下様々な色に変化して見えた。
上半身は概ね人の姿をしていたけれど、そう、タイガーは一匹の綺麗な人魚になってしまっていたのだ。
ブルーローズというヒーローに来てくれと軍から依頼があったのはその日の午後。タイガーが保護されてから三日目の夜。
私は一つ返事でそれを引き受けて、閉館後のパシフィカルグラフィックへと向かう。
到着するなり軍の連中にタイガーを呼んでくれと言われた。
こんな物々しいいでたちで、こんな風に監視されていたら彼はきっとこないだろう。人であっても警戒するだろうし、人の思考も忘れ果ててただの美しい海洋生物になっているのだとしたら、怯えさせるだけできっと出てこれやしない。
 それでも軍の連中の剣呑な視線と、パシフィカルグラフィックの専属獣医他飼育員の真摯な瞳に促されて私はタイガーを呼んだ。
ザ・オーシャンシー・パシフィックのだだっ広い空間――普段はマリンショーを行っている最上部だという――に私の声は空しく吸い込まれていくばかりに見えた・・・・・・。
なんで私こんな空しいことしてるんだろう、意味が無いじゃない、バーナビーに呼ばせればいいのよ、だってあの二人事実上恋人同士なのだから。
そんなことを叫び出しそうになっていた私は、口を押えて涙を懸命に堪えていたのだけれど、音も発てずに眼下に突然現れたタイガーに息を詰まらせる。
 すうっと本当に何の音も発てずに、タイガーは私が跪く水槽の際にひょっこりと顔を出したのだった。
馬鹿みたい、こんなの無理、タイガーは私のところになんて来るわけない、当たり前――何をされるのかもわからないのに・・・・・・と思ってたのに、タイガーったら。
「・・・・・・――っ」
 余りの事に呆然と暫し私とタイガーは見詰め合ってしまった。
美しいルチルクォーツの瞳――それが真っ直ぐに自分を見上げていて、まるでなんで泣いてるんだよ、泣くなよ、と言っているように見えた。
「た、タイガー・・・・・・」
 嬉しさと大半以上の戸惑いよ? タイガーどうして私の声に出てきちゃうの、だって貴方、他人は嫌いでしょう? と思うや否や、軍の連中が網を投げたのを知って私は咄嗟に能力を発動してしまっていた。
 きんと凍る網の縄目。
それが空中で真っ白く凍り付いて、ぱきぱきと砕けていった。
軍の連中がなにやら叫んでいたけれどどうでもいい。その後パシフィカルグラフィックのスタッフとも言い争いになり、更に軍の現時点での最高指導官が「やめんか!」と怒鳴っていた事などが耳の端で判っていたのだけれど、私はタイガーに手を差し伸べたまま、「怖くないよ、私が傍にいるから、身体治そう?」と呟いたのに彼は頷いてくれたのだった。
後からパシフィカルグラフィックの飼育員たちにそれは気のせいではないのかと何度も聞かれたが、私は「いいえ、タイガーは判っている。私の言葉もその意味も、多分判ってくれているのよ」と説明した。私自身も半信半疑だったのでその言葉には説得力はなかったのだろうけれど、でも少なくともタイガーが私の言葉だけは聞き取ってくれているとそう信じた。信じたかった以上にそう感じられたから。
 今の彼に人の肌は毒なのだという。
熱すぎて、触れればそこから火傷と同じ状態になって崩れてしまうという。
だから私は能力を発動したままタイガーに手を差し伸べた。
イルカたちや巨大な水棲生物の手術や手当てもこんな風に行うのだという――水で湿らせたつるつるの床、そこへ自らのし上がって身体を見せて欲しいとそう頼んだら、タイガーは右手を伸ばして私の手を取った。
 力強い手だった。
真紅の爪がかちかちと音を発てたけれど、それは思ったより硬質的じゃなくて、ゴムのように柔らかくしなるものだのだと触れてみて初めて知った。
それと掌には鱗なんかなくてつるつるの人肌と変わらなくて、肘の途中まで外側にはヒレのような突起が続いていたのだけれど、それもしなやかでとても柔らかなものだった。
形状から触れたら私の手が痛そうと思っていたのだけれど、そんなことは全然なくて。
 タイガーはすんなりと水槽から這い出ると、床の上に自分の身体をのしあげた。それからその金色の瞳を瞬くと、くるっとその場で身体を滑らせて、足――尾っぽに今は変化してしまっているそれをみんなの前に晒してくれた。
怪我をした部分は丁度右太ももの外側に相当する部分で、自ら上がってみせてくれたそれは一直線に鱗が剥げかけていた。その上白く変色してしまっておりパシフィカルグラフィックの専属獣医が確認して呻いた。
「縫わなきゃ駄目ですねえ」
 そういいながら彼は私の作った氷に両腕をつけて、十分自分の手を冷やした後そっと鱗に触れていた。
細かい作業になるので、極薄い手袋をしていたのだが、素手でやるべきなのかと悩んでいたようだ。余りに冷やしてしまうと手がかじかんで細かい動きが出来なくなるという。
私は私に望まれている事を直ぐに理解した。
大丈夫、私がアイスシールドを極薄く縫う部分にかけますから、治療に専念して下さいと。
「麻酔はどうしようかね・・・・・・」
 医師はそう言ったあと、じっと金色の瞳を向けているタイガーに振り返った。
タイガーは何も答えなかったけれど、首を横に振る仕草を寄越してこれは多分大丈夫、っていう事なんだろうと私が医師に麻酔は要らないと伝えた。
「タイガーはそういうの前から大丈夫な人だから」
 これは嘘ではない。
実際タイガーは何度か酷い裂傷を受けたことがあって、現場で縫って貰っていたのを私も観た事があるのだが、「麻酔をした方が痛い、麻酔が痛いとか本末転倒だろう」と救急隊員に言ってそのまま縫って貰っていた。見ているほうが痛々しかったものだから、「そういうものなの?」と聞くと、笑顔で「そうだよ」と返してきた。
やはり肉体強化系NEXTというのはどうしても怪我をしやすいのだ。大抵は打撲なのだけれど、たまに切ったり折ったりすることがあり、それはハンサムも同条件の筈なのに頻度はタイガーがヒーロー中最多だった。でも私は知っている。タイガーはバーナビーの身体にとても気を使っている。彼にとって容姿が商売道具だというのもあるのだろうし、多分会社の上司にも言われているのだろうけれど、タイガーは身体を張ってハンサムを良く庇う。自分の身体に無頓着なところもあるのだろうけれど、タイガーには自然に誰でも庇ってしまう癖のようなものがあるのだろう。実際私やドラゴンキッドに対してもそうで、何かあると本当に体を投げ出す勢いで庇ってくれる。
ロックバイソンやバーナビーに、そういうのはお節介の範疇だと窘められても「女の子の身体に傷つけていいところなんか一つもないだろ」と言い返す人なのだ。
 一人前扱いされていない、同じヒーローなのに、と思うこともあるけれど、私は正直タイガーのそういうところが嫌いじゃない。
むしろ嬉しいなって思ってしまった。
 NEXTというだけで、カリーナちゃんの力はそのためにあるんだから・・・・・・女の子でも戦える力を持っている、市民の盾になり自己を犠牲にして当然だと言われ続けているヒーローと言う職業に、私は昔少し失望しかけていたことがあった。
 私だって生身の人間なのだ。NEXTだっていうことで多少頑丈で、人より出来る事も多いけれど、でも私だって傷つけば血を流すし、殴られれば痛い。銃で撃たれたら多分死んでしまう。誰にも判って貰えない――ヒーロー仲間ですら、いやそもそもヒーロー仲間なんて前は考えなかった。
だけど多分それを変えたのはタイガーだったのだろう。
 そんなことをつらつらと考えていたらタイガーの治療が終わっていた。
「タイガー、もう今日はお終いだって。ザ・オーシャンシー・パシフィックに自分で戻れる?」
  ・・・・・・。
 返事は何もなかったけれど、タイガーはもそもそと前に進んでそのままぽちゃんと水槽の中に潜っていく。
そしてその時はそのままタイガーは戻ってこなかったので、私は次の治療日程を聞いてから帰路に着いた。


 シュテルンビルトパシフィカルグラフィックの人たちは皆気さくでいい人たちばかりだった。
タイガーの事も本当に大切にしてくれているのが判る。水棲生物が好きな人が大半で、皆彼らの扱いに長けていた。
蛸様怪人や深海魚人など、見た目がグロテスクでどちらかというと怖い変身をしてしまったマディソン症候群患者たちにも本当に心を砕いているのが判る。
圧が低すぎて、ザ・オーシャンシー・パシフィックではどうやら体に悪いらしいと、その日深海魚様人の幻獣を別の水槽に移すという大変な作業を行うことになっており、私はその作業中に丁度かち合った。
タイガーに会いたかったので地下一階まで降りてきたけれど、それも良かったらタイガーと直接会える場所に行きたかったので誰かに付き添いを頼みたかったのだ。けれどその移送作業で皆忙しそうだったから、今日は諦めようかなと思っていた。でも途中でタイガーの治療中にも立ち会っていた、ザ・オーシャンシー・パシフィック担当飼育員の一人が私に気づいてくれた。
「ブルーローズさん、上にいっていいですよ」
 そこじゃつまらないでしょう、貴女は彼に素手で触れる唯一の人なんですから、給餌スペースに行ってワイルドタイガーを呼んでみたら如何です? と給餌スペースの場所を教えてくれた。最上階の4Fに相当する給餌スペースは狭かったけれど、その狭さがちょっと心地よい。だって二人きりになれるもの、タイガーにだけ話したいことが私には沢山ある。
呼んだらタイガー来てくれるかな・・・・・・。
しかしその心配は杞憂だった。私がその給餌スペースに訪れると驚いたことにタイガーがちょこんと水面から頭をだしているのが見えたから。
真っ直ぐに私を観ていた。そして私を認めると、本当ににっこりと笑ったものだから、私はどぎまぎしてしまう。
「タイガー、私のこと、判る、の?」
 笑って少し傾げられる首。その仕草が「どうして? 当たり前だろう?」と言っているようで胸が詰まる。
なんにしてもタイガーが自分を見分けてくれているということだけは本当なんだろう。
 そして綺麗なルチルクォーツみたいな瞳がすっと細められて、私は嬉しくて――そして同時に悲しくなった。
同時に思ってしまったのだ。
タイガーは、今ここにいるタイガーはフリーだ。誰のものでもないって。

 なんで私、告白しなかったんだろう。
まだ学生だから、ヒーローだから。そういって先送りにしてた。
タイガーはヒーローバカだから多分一生ヒーローだろう。でも私は多分二十歳を過ぎて暫くしたらアイドルヒーローをやめる。ステルスソルジャーみたいに、第二の人生を――極普通の芸能人として再出発するんだ。その時私はカリーナっていう一人の女性として、タイガーに選ばれたい。
 ヒーローとしてはパートナーになれなかったけど、二度目の人生のパートナーとして私を選んでみない? って。
 ちょっと女王様然として、手を差し伸べて、タイガー私の手を取ってって。
楓ちゃんとも上手くやっていけるわ。私たちもう前から友人だもの。
 タイガーはそして私の手を取る。取らないわけが無い。私たちきっと完璧な恋に落ちるわ。きっとそう。
なのに。

 バーナビーがタイガーと付き合ってるって皆にカミングアウトしてきた時。
正直私はずるいと思った。それと抜け駆けして最低、どうせアンタはタイガーを脅迫して、逃げ場をなくして追い詰めて、それしか選択肢がないように仕向けたんだろうって半ば本気で思ってた。おかしいよ、そんなのおかしいじゃない。大体なんでバーナビーなの? ヒーローとしてだってパートナーなのに、職場結婚は当たり前だっていうけど、なんでハンサムが相手なの? おかしいよ、こんなの絶対おかしい。私は認めない。バーナビーとなんか別れちゃえ、男同士で上手く行くはずなんかない。絶対直ぐに破局るんだから。
 悔しい。
夜毎思ってた。
早く二人が別れないかなって。なんでもないふりをしながら、私は心のうちでそんなどす黒いことを考えていたのだ。
だからタイガーが人魚になって、私以外誰もタイガーに触れないって知って――蒼白な顔色をして俯いたハンサムに 私本当は心の中でいい気味ってちょっぴり思ってたの。
 私は・・・・・・浅ましい人間だ。
違う、こんな・・・・・・こんなこと望んで無かったよ。
タイガーが、ハンサムとできてて、考えたくない事してたとしても、二人の不幸を願った訳じゃない。ましてや違う、仲を裂こうなんて思ってなかった。そうじゃない。そうじゃないんだよ・・・・・・。
「違うよ、違う、こんなのイヤだよ、タイガー・・・・・・。私に告白もさせてくれないの? 大好きだって、ハンサムと同じ意味で――タイガーの事好きだって言えないまま終わるの? こんなの皆不幸だよ・・・・・・」
 小首を傾げて泳ぎ寄ってくるタイガーの前で私はしゃがみこんで泣いた。
ごめんね、一瞬でもざまあみろとか、いい気味だって思ってごめんなさい。もういいよ、ハンサムとなにしててもいいよ。なんでもいいよ、だからタイガー元に戻って、お願い・・・・・・。
 タイガーが困ったように泣き出した私の前で何度も顔を覗き込む仕草をしてくるのが判った。
タイガーったら、どんな時でも優しいんだもん――。



 それから私は毎日のようにタイガーの下へと通った。
ハンサムの顔が見れない気分だったので、彼が階下から上がってこない事をなんとなく察して給餌スペースの方へ。
勿論ハンサムとかち合わないように細心の注意を払って時間もずらした。
タイガーは全く気づいてなかったけれど、ハンサムは私の気持ちを知っていた。普通こんなの判るよね。上手く隠してるって私は思ってたけど、なんだか筒抜けだって途中で判ってしまった。だってドラゴンキッドにも言われたもの。ファイヤーエンブレムにもそんなの最初から知ってたわよって呆れ顔でいわれた。
ホント、タイガー以外にはばれてたんだ。あ、スカイハイは気づいてないだろうってキッドが言ってたから、正確にはタイガーとスカイハイ以外の人にはばれてたってことか。
その日も給餌スペースにたどり着くなりすでにタイガーが待っててくれるのが見えて私は自然に顔がほころぶのを止められない。
 色々仕事の都合をつけるけれど、軍や水族館からの正式な依頼がある日以外はどうしても閉館後になってしまう。
それもそんなに長くは居られないから、毎日ほんのちょっと挨拶程度だったけれど。
 能力を発動してそっとタイガーに手を伸ばす。
私少し不思議な事があったんだ。タイガーね、髭とか伸びないの。水中で髭剃りとか、出来る訳がないからこのままいったらタイガーは髭もじゃになっちゃったり、折角整えてるトレードマークの髭もおかしなことになっちゃうのかなあ? って思ってたんだけど、ずっと変わらないの。
幻獣化してしまった瞬間から、タイガーは外見上何も変わらない。これってどういうことなのかなと軍の連中や、水族館の人たちにも聞いてみたけど皆判らないという。
そりゃそうよね、NEXTのことなんて自分のだって良く判らないんだもの。
「ね、タイガー?」
 ふふっと笑って私は聞いた。
タイガーはやっぱり多分、人とは違う生き物になってしまっていて、こうして話しかけてみても答えはなくて。だから少し大胆になっていたんだと思う。
「凄く聞きにくいこと、聞いていい? 私ね、拘ってるのそこかも。やっぱ気になるもん」
 それでも、タイガーには今全く人の言葉が伝わらない――とそう思っていても恥ずかしかった。自然に語尾が小声になる。
「あのさ、タイガーってその・・・・・・ハンサムとその・・・・・・せっ――」
 ・・・・・・クスしたりしてるのかな。
してるとしたらどうなってるのかな。どっちが女役なの? それともその、順繰りにやってるとか、そういうのじゃなくてその男同士でやる方法が別にあるとか? そんなのだ、けど・・・・・・。
 今まで出来るだけ考えない事にしてたんだけど、なんだかその時どうしても聞いてみたくなったのだ。答えが無いってことを勿論判っていて。
「――女の子の立場になってもいいぐらい、ハンサムが・・・・・・バーナビーが好きなの?」
 ルチルクォーツの瞳が一瞬大きくなって、それからきゅっとすぼまった。
タイガーの綺麗な金色の瞳――深みを増してそれは亀裂の入った人ではないものになっていたのだけれど――、二度、ぱちぱちと瞬きした、ように思えた。
「・・・・・・ごめんね、変なこと聞いて」
 ・・・・・・。
思ったように答えは無かった。



 それから更に時間が経って、タイガーが元に戻った。
マディソンが目覚めて、幻獣化していた人たちが概ね皆元の姿に戻る事ができた!
人魚になってた間、タイガーは本当に酷い目にあったし、辛い事悲しい事沢山あった。でももう大丈夫。
悔しいけど、ハンサムが幻獣化解除の方法を見つけてタイガーを人魚から人間に戻したのだった。
 なんかあの時私はもういいかなって。
素直に、タイガーとハンサムのこと認めてあげようってそう思ったんだ。
ハンサムはハンサムなりに真剣にタイガーの事が好きだったんだ。自分の命を賭けてもいいぐらい。
タイガーが外洋に去っていく時、海に身を投げたのは人魚だったタイガーじゃなくて王子様のバーナビーの方だったって後から聞いてびっくりした。
 人魚姫の物語がおかしなことになってるよ。
アンデルセンの悲劇と違って、人魚姫に去られそうになった王子様は、自分が代わりに泡になるから彼女を人にしてやって欲しいって自分の身を捧げたのだ。
シュテルンビルトで人魚姫の物語は、そんな風に新解釈アレンジバージョンのアニメになって今深夜放送されている。それの元になったのがタイガー&バーナビーだっていうんだから世の中どこかやっぱり可怪しいなって思うわけだけど、これはこれで割合人気があるみたい。子供たちは純粋にこっちの方が素敵だと喜んでいるみたいだけど、ロックバイソンみたく「人魚姫の物語はハッピーエンドだと思ってた」と更に勘違いする世代がこれから増えちゃうんじゃないかしら。
 うーん、それは後世のアレンジ創作なのよ、って教えるべきなのかなあ。
まあなんにしても、私はなんだかすこんと二人の関係について諦めがついたのだ。
私は私がタイガーを好きでいいじゃない。好きなままでいいじゃない。
ハンサムとどういう関係でもやっぱり好きでどうしようもないんだもん。じゃ精一杯好きなだけ好きでいてやろうって私はそう開き直ったのだ。
人魚だったときのタイガーがくれた凄く綺麗な鱗が空へ還っていくとき。
私は心の中でそう祈った。
どうか、いつまでもタイガーの事を好きでいさせてくれますように。
ずっと、ずっと――!
 そうして晴れ晴れとした気持ちでいつもの私たちに戻って。
やれやれ、やっとこれで皆元通りと思ったらその日タイガーに一緒に食事に行かないかと誘われた。
ずっと、お礼がしたかったからと言われてびっくりする。
 そんなに気にする事ないのよ?
あの治療だって元々軍からの依頼だったんだし。
でもタイガーは「奢らせてくれ、話したいこともあるから。今日一日付き合ってくれないか」とそう頼み込んできて、そんな彼は初めてだったから、私はこくんと頷いた。
 素敵なレストラン。
タイガーにしてはとてもいい場所を選んだなあと思っていたら、案の定ハンサムに紹介されたんだって。
 ふ、ふーん・・・・・・。
後、タイガーはなんだかんだ言いつつ、あの銀の皇女ハンナマリとメール友達を続けてるらしい。
そういえば今度本当に私たちはヘルベルトシュタイン公国へ行く事になってしまった。
ヒーロー全員が一時的とはいえ国外に出るなんてことはいまだかつてない。司法局が治安維持の観点からして非常に問題だと頭を悩ませていたが、国から命令書が届いてしまった。
国家間の問題でもあるらしく、下手に断れないし状況が状況なだけに当然だけれど大統領も出席するというのだから、所謂専用機で私たちヒーローも一緒に連れてっちゃおうということで現在話がまとまりつつあるようだ。
 でも当然ながら自分たちのマネージャーなんか連れて行けないし、向こうでの世話係は多分軍関係者になるんだろうなあと思うとちょっぴり不安。
タイガーはフォックストロットに乗れる日が来るとは思わなかったと子供みたいにはしゃいでるけど、多分これ男性組は全員凄く楽しみにしてるみたい。
出来ればエアフォースの方に乗りたいなとかハンサムやロックバイソンなんかは言ってるけど、さすがにそれは無理なんじゃないかな。
 一緒に食事をして、そんな共通の話題をとても楽しくした。
外に出るともう夏だけどさすがに日が暮れていて、遠くにジャスティスタワーの女神像がライトアップされて美しく映えているのが見えた。
そのまま二人でモノレールまで移動。
セントラルパークの綺麗な水銀灯通りを二人で歩いていた。
 一緒に並んで歩いて、なんだかデートみたいだなんて。
そうして歩きながら、不意にタイガーがこう言ったのだ。
「あのさ・・・・・・あの質問の答え、今してもいい?」
 私はびっくりしてタイガーを観る。それから跳び退った。そりゃもうそれこそ全力で。
「たたたたたた、タイガー、何の答えを今更なの?!」
「――お前判ってんじゃん」
 その反応がそんままじゃん・・・・・・、とタイガーは目線逸らし気味でため息をついた。
私はその場で固まってだらだらと汗を流すしかない。
だって、判ってしまったのだ。タイガーが答えようとしてること!
いいいいいい、いいよ、タイガーいいよ、今更だよ! 答えなくていいんだよ!
なのにタイガーは「こんなの、俺だって言うの凄く恥ずかしいんだからな」って答える気満々なのだ。
タイガーもう、この鈍感男! どうしてアンタはいつもなんかズレてるのよ!
「楓には・・・・・・勘弁して貰ったけど、ホントもう勘弁して・・・・・・」
「勘弁してって思うならいい! 言わなくていい!  答える義務なんかタイガーにないんだから!」
「――義務なんかないよ、勿論。こんなプライベートでも最も言いにくい事情なんかさ、誰でもヤだよ。でも・・・・・・その、ブルーローズは違うだろ。だってお前、本気なんだから、そうだろ?」
「た、タイガー」
「だから恥ずかしくてもなんでも俺は真面目に答える。あの時答えられなかったから。はっきり言うと俺はバニーと寝てる。やることやってる。そんでもってお前が疑惑に感じてること、そのまんまだ。バニーが俺を抱いてる。そういえばいいのかな?」
 そう聞いて、私は膝から崩れ落ちそうになった。
そうじゃないかって思うことと、本人からそうだって肯定されるのとでは話が全然違う。
その場で固まって、三秒後にぼろぼろと涙を零した。
だって、だってこんなのあんまりだ。
「それって、タイガー、私に諦めろってことなの? 私こんなにタイガーの事好きなのに! なんの望みもないの? タイガー前から、男の方が好きだったとか? 奥さんはどうだったの? わた、私が・・・・・・諦めて――タイガーの事、好きなのに・・・・・・」
 タイガーは瞬間たじろいだ感じで後退ったけど、でもその場で首を必死に横に振ったのが判った。
「・・・・・・そうじゃない・・・・・・! そうじゃないんだ・・・・・・、そうじゃなくて、お前が本気なのは判ったし、判ってたよ。判ってたから悩んだんだ俺。お前もバニーもそっくりなんだよ。俺に・・・・・・たまたま俺が居たから――そこにいたから。他の誰かじゃなく俺が――お前たちに選ばせたんじゃないかって」
「、たいがー?」

 お前が本気だって事は判ったよ。
俺あの時エコロケーション使ってただろう? 判ったんだ、本気の度合いがバニーと変わらない。むしろどうしてずっと気づかなかったんだろうって思ったよ。
何時何処で、お前のその気持ちが俺に対する思慕になって、どこから本気になったのか、バニーですら気づくの遅れた。言わせて、あんな顔させて、それでやっと気づいて振り返って、そしたら愛しくて堪らなくなって――俺もどっかおかしいんだ。
お前の気持ちも判った――判ったら、お前も抱きしめたい。でもそうするわけにはいかないんだ。だって、――そうだろ? 両方いっぺんには出来ない、やっちゃいけないことだって判るから。でもそしたら考えたんだ。バニーとお前の違いは何処なんだって。
「違ってたのは、バニーが告白して、お前がしなかっただけ、だろ? 結局のところ」
 後、バニーが多分一番一人で孤独だ――っていう理由が。
「判っちまった。俺はバニーを――多分最初・・・・・・」
「タイガー」
 私は俯いてしまって、地面にくそっと吐き捨てるタイガーに恐る恐る近寄ってその顔を覗き込む。
だって、タイガーが泣いてるのかと思ったんだもん。
 でもタイガーは泣いてなかった。でも本当に泣きそうな顔をしてた。
何が辛いのタイガー? ハンサムの事好きで幸せなんじゃないの? そんなに苦痛な恋ならやめてもいいのに。それとも別の理由なの。
だから私はその後に続くタイガーの言葉に立ち竦む。
「これは勘違いの恋なんだ」と。

 人はみんな寂しいんだ。
どっかで寄り添いあって誰か一緒に歩いてくれる人、気持ちを判ってくれる人、認めてくれる人そう言う人がいたらいいなって。
特に俺たちはNEXTだから、それで人より多くのものを失ってきた。友人だったり恋だったり。
力と引き換えにみんな、何かとても大切なものを失くして来てる。
だからこれは錯覚なんだ。
寂しい者同士が集ってそこが余りにも居心地が良かったから手放したくなくて。
バニーのそれはきっとそう。
 俺がいるから今幸せなんだってそう勘違いした。二度と失くさないためにはどうしたらいい? 手元に置いておけばいい。だったらそれは二人きりの約束なんだろうって――だからこうなった。バニーが俺を望むのも、俺がバニーの事を大切に思うのも、多分――だから勘違いなんだと。


 後何年かして、――そしたら二人とも気持ちが変わるだろう。俺はダイジョーブ、なれてるし、天国に友恵だっている。
俺だけのひとがいてくれるから、その記憶だけで十分なんだ。
お前のそれもバニーのそれも錯覚かも知れない、判らない、その答えを出すのは俺じゃないから。

「俺が――ヒーローを引退する日が来て、――もう二度と戻ってこない日が来たとき、バニーは俺の横にいないかも知れない。これは間違いだったんだってバニーが居なくなったとしても俺はそれを認められる。引き止めて置けないと思ってる。お前もだ。その日が来たときに同じように俺を思ってくれるのか? 俺はないと思ってる」
「今だけだと?」
 そう。
タイガーが頷いた。
「それはバーナビーもタイガーは好きじゃない、これは本当じゃないって思ってるってことなの?」
「判らない」
 タイガーは悲鳴のようにそう答えた。
「判らないんだ、今バーナビーを大切に思っている気持ちも、いつか無くなるものなのかどうかなんて! 判らないんだブルーローズ、俺にも判らないんだ。ごめん、わからなくなってしまった。傍に居たい気持ちも大切に思う気持ちもここにある。だけど同等の重さでお前もここにいて、それも本当だと思ったら、じゃあ俺の恋心てどこにあるんだ、どれが真実かなんて俺には判らないんだ。頼むから許してくれ、俺がバニーを好きでも許してくれよ、これは違うんだって・・・・・・そう時々思いそうになってる。でも俺ホントにバニーの事が好きなんだ。離れたくない、傍に居たい。でもそれはヒーローたち全員にも思ってることと同義なんだよ。だから俺は――!」
 それからタイガーは私を抱きしめる。
それこそ、本当に真摯に――ああ、その時私はタイガーの震える身体を抱きしめて、私はこの人のどんなところも許せるって心から思ったの。
そんな風に不器用で、誰に対しても一直線で誤魔化せなくて、そんなちょっと間違えたら無神経なこの人が好きよ。
タイガー、私は貴方のことが好きよ。だからそんな風に怯えないで。私は――大丈夫だから。
「――だからお前を俺は今抱けない。ごめん、ブルーローズ、俺は今俺をバニーにしかあげられないんだ。俺は一人しかいないから。だから待ってくれるか」
「待っていていいの?」
 私はぼろぼろと涙を零した。
今度は嬉しかったから。嬉しい。あきらめなくていいんだ、そう思ったら本当に泣けて泣けて止まらなくなった。頭では解ってる。私はこの人を諦めなくちゃいけない。だけどどうしても駄目だったのだ。この胸の思いを今は消せない。消したら多分私自身が砕け散ってしまう。
だけどタイガーは苦しそうにこういうの。
「喜ぶなよ、ブルーローズ。俺今滅茶苦茶ずるいこと言ってるんだぞ。お前の親父さんに殺されても文句言えないぐらいヒデエことだこれ。俺だって楓にそんなこというやついたらぶん殴ってる」
「それでもいいよ。だって私、タイガーのこと好きなんだもん。この気持ちに気づいてから、どんどんどんどん好きになって、何時か絶対告白するんだって――思ってたよ。その願いが叶って告白したら、今度はやっぱりタイガーに同じように私を好きになって貰いたい。でもね、もし未来その願いが叶わなくてもいい。今は好きで居させて欲しいの。好きでいていいって言ってくれた、それが嬉しいの」
「ブルーローズ・・・・・・」
 タイガーが私の身体を離す。
そしてじっと覗き込んでくる。私も見つめ返して、タイガーは右手の親指で強く自分の左目の目元を擦った。
「違う、本当なら俺はお前に、俺のことは諦めろ、忘れてくれって言うべきなんだ。ああ、畜生、俺って本当にいやなやつだな」
「タイガー、そんなことないよ、私今とても嬉しい」
「・・・・・・」
 それからタイガーは私の目の前で自分のポケットを探り、薄いパラフィン紙に包まれた飴のようなものを取り出すのだ。
なあに? いやだまたキャンディー? タイガーっていつも甘いものポケットに持ってて振舞ってくれる。でもなんだか皆タイガーの子供みたいね、キッドは喜んでるけれど。
だけど目の前で広げて見せてくれたそれは、私の想像を遙かに超えたものだった。
 というより私は眩暈がした。
えっ、嘘。だってあの鱗は――幻獣化はNEXTの仕業だから、その魔法が解けたら何もかも消えて失くなる。そう、あの時タイガーの綺麗な鱗は空へと還って行ったのだ。私はそれを見送った、覚えてる、けど。
「・・・・・・この前休暇貰ってさ、実家に――顛末話に戻ったじゃん、俺?」
「ああ、うん。海洋調査に行かなくて済んだんだもん、良かったね」
「うん。楓もかーちゃんも兄ちゃんも喜んでくれて、俺も当然嬉しいよ。バニーが気を利かせてくれたんで三日間ぐらい皆で過ごせてさ――、近くに教室があって母ちゃんが知ってたんだ。楓と一緒にいってさ、俺はなんか駄目だったんだけど、楓が上手くてさ――作って貰ったんだ」
 楓もさ、俺が人魚だったとき鱗を見てただろ? 楓は欲しいって言わなかったし俺も失念してたんで上げなかったんだけどさ、お前もバニーもなんか凄く大切にしてたから。
 それは七宝焼きだった。
「凄い、綺麗・・・・・・」
 青い鱗を模した、本当に素敵な七宝焼き。
金粉を塗してあって、蒼と碧の透き通るような彩色で、銀をベースにして作られたのだろう、裏側が透けはしなかったが、夢見るように美しくそれは水銀灯の明かりの下で輝いていた。
「お前にやる。本当にありがとうブルーローズ。お前が居なかったら俺は死んでた。ありがとう、こんなことぐらいしかお礼出来ないけど――」
「ううん! 嬉しいよタイガー!」
 私はその七宝焼きを胸に抱きしめる。
消えてなくなってしまったあの祈りが空に届いて、そして戻ってきてくれたような気がした。
「でも、いいの? こんなに綺麗なの貰っちゃって。ハンサムにも同じものを?」
 タイガーは首を横に振った。
「何個か作ってみたんだけど、俺は不器用でなんだかぐちゃぐちゃになっちゃって。かーちゃんは俺の鱗知らないしな。結局楓も2つ作ったんだけどさ、一個は上薬? っていうのかなで焼きむらになっちゃってあんまり上手く出来なかったんだ。それはだから奇跡の一個。作ったのは楓だからもしお礼言うなら楓にはメールでもしてやって」
「・・・・・・」
 ありがとう、大切にする。ホント大切にする。
「ありがとう、タイガー」
 うん。

それから私たちはモノレールまで二人で並んで歩いた。
蒼と銀のそれを右手で握り締めてぎゅっと胸に押し付けて。
そっと、タイガーが私の左手を握る。私も握り返して、ずっと二人で歩いたの。

 今はまだいい。これから未来先どうなるかなんて判らない。
でもそれでいい。多分タイガー自身だってきっと変わっていくだろうから。

 ハンサムが出す答え、私が出す答え、そしてタイガー自身が出す答え。皆いつかそれぞれの答えを出すのだろう。
でも今日今さっき気づいてしまった。タイガー、肝心なところ答えてないよ。多分素で失念してるんだろうけど。

 ねえ、タイガー、私のこと好き? ちょっとは望みある? 将来タイガーと付き合う付き合わないはおいといて、カリーナって女の子をタイガーどう思ってるの?
将来好きになる可能性ってあるのかなって。ねえ、いつか?


――その答えをいつか聞ける日が来るだろうか。







FIN.

「カリーナと銀の鱗」

※後日談その2です。Aunty Thomasさんのコメントを元に作成しました。




※用語/
エアフォース(大統領搭乗機のコールサイン エアフォースワン/副大統領の場合はエアフォースツーとなる)
フォックストロット(大統領家族搭乗機のコールサイン 正式にはエグゼクティブワン・フォックストロット)





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