Novel | ナノ

 エア無配<2> 牛は願いから鼻を通す


エア無配<2>


TIGER&BUNNY
「牛は願いから鼻を通す」
The aquarium where a mermaid is.
CHARTREUSE.M
The work in the 2014 fiscal year.



 今俺は窮地に立たされている。
何時からこうなったのか判らない・・・・・・。いや判るっちゃ判るか。そうだ、コイツがバディヒーローになって半年ぐらい経ってからだろうか。
それまで俺とコイツは親友だった。高校時代からの腐れ縁ともいうが、コイツが恋をして素早い結婚をしてからもずっと、変わらぬ付き合いを続けてきた。
最初にコイツがヒーローになったとき、追いかけるように俺がヒーローライセンスを取ってクロノスフーズに就職した時、シーズン毎、ヒーローの先輩方が引退していった時等など、いつもコイツがなんだかんだいいつつ傍らに居た。
 別にやましいことは何もしていない。
純粋に単なる友情の延長上だ。友恵さんが亡くなった時も傍に居た。多分コイツは生身の彼女を知る誰かと思い出を語り合いたかったのだろう。
一番美しかった記憶を共有するものとして、俺はずっと昔から傍らにいた友恵さんを除くと唯一の他人だったから。
 その後五年が経ち、一時期やけばちになって色々やらかしていたコイツも大分落ち着いてきた。
ヒーローの在り方、シュテルンビルトにおいての企業のバックアップ体制の大改革があったのはその頃だ。
今まで中小企業が集って一人のヒーローのスポンサーをしていた時代は終りを告げ、シュテルンビルト七大企業がヒーローを独占、統括して運営をする、そういった方式に転換したのだ。幸いクロノスフーズは元々七大企業の一つでもあった為俺の処遇に大きな変化は無かったが、コイツは違った。
 昔はHERO TVを運営する親会社がアポロンメディアであったこともあって、アポロンのヒーロー事業参入は認められておらず、その傘下にある子会社や、同じメディア関係でも少し畑の違う出版関連企業が代行してヒーロー事業部を立ち上げていた。だがこの転換が決まった際に、コイツが所属していたトップマグ――シュテルンビルトにおける紙面出版を主に扱う老舗の企業は、アポロンメディアにヒーロー事業部を売却することになってしまった。この二つの企業の間にどういう取り決めがあったのかは知らないが、アポロンメディア社は新規にヒーロー事業部を立ち上げる権利と、今まで存在していた自分に連なる企業の事業部も同時運営することが認められたのだ。
それは一社に二人以上のヒーローを所属する権限を半ば無理矢理、司法局からもぎ取ったということでもある。
 恐らくトップマグから買い取った事業部は、後々閉鎖する予定だったのだろう。
だが、当時のアポロンメディアCEO アルバート・マーベリックはその前にある企画を立てた。折角ヒーローを二人以上独占する権限を得たのだ、この機会を逃さず利用して何が悪い事があるだろう?
 こうしてバーナビー・ブルックスJrがデビューする時、ワイルドタイガーというベテランのヒーローが その補佐として最初からバックアップする事が決定していた。
バーナビー、そうあの新人ヒーローには最初から全て与えられていた。お膳立てが整っていたのだ。誰よりも優位に立ち、誰よりも高みへ昇る事を既に決定付けられていて、彼の成功は約束されていた。
 コイツは最初の頃、お膳立てそのものに自分がなるという事実、それを相当嫌がっていた。
 どうしようもないと解っていつつも、心の奥底では納得等していなかったのだろう。
なのにこれは一体どうした事か。
 何時の間にやらこの二人は反発しながらも強固にくっついていた。まるで磁石だ。どっかでくるっとひっくり返ってがっちりばっちりくっついたのだ。
最初から似たもの同士というか、奇跡的にこいつらNEXTまでご一緒だ。本当に磁石だったのかも知れない。本人たちに自覚は無いが。
 だが、このくっつき方は少々周りにはうっとおしい。いや迷惑といって過言ではないだろう。
そして何故か俺がその迷惑の渦中に絶対連れてこられる。がっちりばっちりくっつきたいならくっついたままそのまま二人でなんとかすりゃあいいのに、二人とも俺からみたら滑稽なプライドを持っているものだから、変に隙間を作りたがる。
 その隙間を作るために何かを挟みたいのは解るんだが、何故、毎回俺なのか。
いい加減にして貰いたい。



「そんな約束してねぇっ」
 と虎徹がアントニオの左横で喚いた。
「いいえ、聞きましたよ僕は。ちゃんと、この耳で! ねえ? 言ってましたよね、バイソン先輩?」
そう、冷静にスプリッツァーを一口含みながら右横からしれっとバーナビーが返す。
アントニオは二人の間にちんまりと座っていたが、いい加減頭痛がしてくると頭を抱えた。
 その後あーでもない、こーでもないと俺を挟んで空中戦だ。大体これ、俺必要なのか。前から思っていたがなんだろう俺の存在価値って緩衝材かなにかなのか。
何故虎徹は毎回修羅場に俺を呼びつけるのか。
アントニオは本気で頭を抱えた。俺はどうしてここに居るのだろう。どうしてこうなるのが判っていたのに来ちまったのか。
そうして回想するのだ。



 腐れ縁とはどこからの時点でそう言うのだろうか?
何時から俺と虎徹はそういう関係になったのだろう。
眉間に皺を寄せ、人差し指で皺を押えながら本気で考えてみる。そうすると最初の間違いは友恵という女子高生を半ば拉致して虎徹と向かい合ったあの日に遡ることに気づいてしまった。彼女はそう、真性の魔女だったに違いない。男は30過ぎないと魔法使いになれないが、女は生まれながらにして全員魔法使いだと誰かに聞いた気がするが、誰に聞いたかが思い出せない。そうこうするうちに、なんだかんだで親友になってしまった虎徹から「友恵と結婚する事にしたんで」とさらっと言われた時の衝撃を思い出す。
 アントニオはその時サイダーを飲んでいたが、気管に直接吸い込んでしまってあの時本気で死ぬかと思った。
冗談かと思ってその時は「大丈夫かっ」と騒ぐ虎徹を放置して「まあ上手くやれよ」と家に帰ってしまったが、その後本当だと風の噂で知った。
学生結婚なんていまどきやるなと思っていたら、友恵側の親類縁者に絶縁され、父親あたりにぶっとばされたという。
 当たり前じゃねーかと思ったらそれで済まず、なんだかんだ言って二人は大学時代をべったり過ごし、虎徹がヒーローライセンスの取得をしたのとほぼ同時期に結婚を決めていた。
トップマグという老舗の出版会社がスポンサーについたという。虎徹は長じて本気で夢を叶えてしまったのだ。
その一報が俺の気持ちに火をつけたのかも知れない。
虎徹に出来るんなら俺に出来ない筈がねぇ。幸いといっていいか、自分の所属するコミュニティ――ヒスパニック系社会は横のつながりも強固だが、縦社会でもある。そして義理人情に篤く、多くの同志がいる。シュテルンビルトのクロノスフーズはそうやって苦労して成り上がった俺たちの仲間の一人が立ち上げた会社でもあった。それに俺の力は単体では他者に脅威に働きにくい力でもあり、司法局がライセンスを下ろす事を最初からよしとしてくれていた。更に幸運な事に故郷が同じというよしみもあったのだろう、単身面接に訪れた俺を迎えてくれたクロノスフーズのCEOは二つ返事でそれまで参入していなかったヒーロー事業への進出をその場で決めてくれたのだった。
 妬むか羨むか? そんな風に少し得意げに思いつつ、それでもなんでもないかのように俺は虎徹にその事実を告げた。
俺もまたヒーローになるのだとそう言ったらコイツはどんな反応を寄越すだろう?
 だが虎徹はそれを聞いて目を丸くした後、そうか、とだけ言った。
それから、いつシュテルンビルトに来るのかと聞いてきたので、来月になると告げた。
 飲みに行こう、ヒーローが素顔で行ってもいい店があるんだ。ブルーノートっていうんだけどさ、ステルス先輩が推薦してくれて、ヒーロー関係者なら安全にだべれる場所なんだ。俺も友恵を連れてたまに行く。そんな風に名詞を貰った。
 シュテルンビルトに出てきた日、虎徹は嬉しそうに駅まで迎えに来てくれた。
当然のように友恵さんも来ていたので俺はぺこりと頭を下げた。そのままブルーノートへと向かう。
 この夫婦は移動中もべったり二人でくっついていた癖に、何故かブルーノートのカウンター席に座る時には俺が主役だといって、俺の両脇に離れて座った。なんだか居心地が悪い。
「あ、私はスプモーニ下さい」
 ころころと柔らかな笑いを含んだ声、そして手馴れた風に彼女がそう言って、虎徹は「焼酎お湯割りで」と注文する。
俺はというとその時は完全におのぼりさんだった。
「なんかオススメのはないのか?」
 虎徹は「へっ?」という顔をしていたが、なんだかいたずらっ子のような表情になって、バーテンダーに注文した。
出てきたカクテルに俺は眉間に皺を寄せる。おい、こりゃ一体全体どうやって飲むものなんだと。
「未完成のカクテルって言われてる。よう、アントニオ、ようこそシュテルンビルトへ」
 意味が判らず目を白黒させる。
ニコラシカというらしいそのカクテルは、シュテルンビルトでは一般的で有名なものなのだそうだ。
ドイツで生まれたというこの規格外のカクテルは、ブランデーが入ったグラスの上にレモンスライスと砂糖が山盛りという状態で提供される。
普通カクテルというものはシェイクされるなりなんなりして完成された状態で出てくるものなのだが、このニコラシカだけは違うのだそうだ。
「口の中に全部いれて、後は自分の好きなように飲むんだよ」
「ど、どうやるんだ」
「お前砂糖どんぐらい使う?」
「知るか」
「じゃ全部使えよ。次んときは自分で調整すんだぞ。レモンと砂糖そのまま口にいれろ。できるなら二つ折りして」
「お、おう?」
 俺は言われたとおり口に入れた。すると虎徹が間髪居れずにそこでそのまま飲む。ブランデーを一口という。
甘酸っぱいレモンと砂糖のインパクトと一緒にブランデーの熱い味が流れ込んでくる。不思議な感覚だった。だが、不味くはない。いや、美味しい。
思わずごくりと飲み込んで、目を見開いて虎徹を見るとにやにやと笑っていた。
「どう? 結構美味いだろ?」
 レモンの果皮を灰皿に吐き出しながら、俺は頷いた。
「ようこそシュテルンビルトへ! 嬉しいわ、これからも宜しくね」
 友恵さんにもそういわれて俺はなんだか赤くなって俯く。それから虎徹に「結婚生活が順調で何よりだ」とぼそぼそと言った。
「まあまあ上手くやってるよ。つい最近やっと友恵のご両親とも和解したし」
「NEXTってだけで相当言われたろうにお前も良くやるよな。学生結婚とかいまどきねーだろ」
「まあ、そうだな。でも約束だけはしときたかったんだよ」
「そんなの二人だけの秘密でもなんでも良かったじゃねえか。オリエンタルタウンどころか、こっちの街でもお前の所業は有名だったぞ。すげえNEXTがいたもんだって」
「だって一緒に居たかったんだもん」
 だもん、ってお前。
「虎徹、お前時々えらい可愛いな?」
「うっせー! 気味悪いぞウシ」
「ウシ言うな」
「けっへっへっへ、デビュー決定おめでとさん」
「ありがとよ」
 だが、ウシ言うな、ウシ。
「バイソンだからな」
「ウシじゃねーか」
「お前こそうるせーよ」
 ふふふと友恵が左横で笑った。
俺と虎徹が同時に彼女を見る。
「なんだか、学生時代に戻ったみたいだね。とても嬉しい。ロックバイソン・・・・・・格好いいね。虎徹君・・・・・・ワイルドタイガーと一緒に活躍してね。応援してるから。勿論虎徹君の次になっちゃうけど」
「お、おう」
 そりゃしょうがないな、友恵さんは虎徹の奥さんだからな。
そう言うと友恵さんは肩を揺すって笑っていた。
 その後ブルーノートは俺と虎徹と友恵さんとの、長らく良い隠れ家であり癒しの場となっていた。
他のヒーロー関係者も当然黙認してくれていたし、当時の先輩方、ステルスソルジャーを筆頭に皆優しかった。長い長い蜜月。
その間何か夫婦間の諍いがあることに、友恵さんにも虎徹にも何故か俺が呼び出されて付き合った。しかしそれは割合楽しいものだった。今思えば、ではあるが。
あの当時呼び出される度にどうして俺、この二人の緩衝材になってんだろうなあと理不尽なものも感じてはいたのだが、そこはそれ、友恵さんには俺に大きな貸しがあった。
若気の至り、学生の冗談とはいえ、友恵さんを拉致して虎徹を呼び出したという一件についてだ。
よくよく考えたら十分犯罪なのだ。だが友恵さんも虎徹も何故かその一件を流してくれていた。もし警察に通報されていたら俺は今頃まだ刑務所に居ただろうと思う。彼らが許したとしても友恵さんのご両親、NEXTではない普通の人々にとってそれは格好のスキャンダルであっただろうから。NEXTであることへの差別は未だ根強い。それもあって、俺はどうしても友恵さんには弱かったのだ。
あの当時からだからどうしても友恵さんの肩を持ってしまうのはしょうがないともいえた。そこらへんは虎徹も飲み込んでいただろうが、事あるごとに「ずるい」とは愚痴られていた。
そうして友恵さんに子供が出来たから、暫くはもうお酒に付き合えそうも無いといい、虎徹も足が遠のいて、それはそれで俺は幸せだろうと思っていた。
楓ちゃんが生まれて、虎徹と俺もヒーローやって中堅といわれるようになって、成績も順調で。
 だからあの時俺は思ったのだ。
邪険にしなきゃ良かった、めんどくさいとか思うんじゃなかった。そう思えているときが一番大切で幸せなことだって気づかなかった。
 呼び出されることが億劫だって思えたときが一番最上だったって、どうして気づかなかったのだろうかと。



「泣くなよ」
俺はそうぽつりと言った。
久しぶりに呼び出されて、本当に久しぶりにブルーノートで。
でも右横には虎徹がいても、左横には誰も居ない。それは多分虎徹自身が一番思い知っている事実だって俺も知っていたのに、ああ、なんてこんなに軽くなっちまったんだろうって。その日も同じ台詞を俺は言った。
 泣くなよ。
最初に呼び出された日、虎徹は俺が横に座ると明け方までずっとただ声を殺して泣いていた。
俺はずっと横に寄り添っていた。
そしてその後も何度も何度も呼び出されて俺は行く。初日以来殆ど虎徹が泣くことはなくなっていたのだけれど、台詞は変わらない。慰めの言葉を知らないから俺はこういうしかない。そして多分虎徹自身も慰めてなんか欲しくなかった。そうだ、きっと。
「泣いてねぇよ!」
兎角弱音を吐かないヤツだから、コイツがこうやって涙を見せられる相手は多分俺ぐらいしか居なかったのだろう。
付き合ってやるぐらいのことしか出来ないが、俺はだからその当時は良く虎徹の無茶飲みに付き合ってやった。苦い酒だった。俺にとっても友恵さんは大切な友人だったのだから。
やがて酔いつぶれてテーブルの上に「友恵ぇ・・・・・・」と突っ伏して沈没。涎を垂らしながらうにゃむにゃ言っている虎徹の髪を右手で梳いてやりながら、人生ってのは本当にままならぬものだなあと思った。
 泣いてないとかいいながら、やっぱ泣いてんじゃねぇか・・・・・・。でも俺は優しいからそんなとこは指摘しないでおいてやる。
ずっと、未来永劫、俺とお前が天国とやらにいって、友恵さんと再会する時までだ。
それまでどうなるかわかんねぇけど、出来るだけ傍に居てやるよ。でも俺はやっぱな、お前と友恵さんはお似合いだったと思うぞ。
 出会わない不幸よりも、出会う不幸を選ぶ。
その言葉を誰がいったろうか。多分何かの書物で読んだのだろうと思うけれど、その言葉の重みをしみじみと感じる歳になったのだと俺は思った。
いつまでも子供ではいられない。だが、俺もコイツも大人になった――とは言い切れないのはなんでだろう。
「しょうがねえなあ・・・・・・」



 それからまた月日は経つ。
虎徹は一見立ち直り、ブルーノートに預けてあった焼酎とブランデーのキープボトルはラベルが黄ばんできて。
そんな時にコイツの相棒としてアイツが来て、再びボトルのラベルが貼りなおされて新しい時を刻み出す。
何度か中断したものの、虎徹がシュテルンビルトに帰ってきて再びヒーローを始めまたやめて、そしてタイガー&バーナビー再々結成時にシュテルンビルト市民はこれ以上ないといったぐらいに沸き、歴代ヒーローの中でもコイツほど波乱万丈な男はいないんじゃないかと思った矢先に、どういっていいのか判らないが有り得ない事態に。
 まさか俺も虎徹にマーメイド伝説が来ようとは思いもしなかった。
俺の貧弱な頭というか知識に、人魚っていうのはまず、悲恋が原作だなんて思ってもいなかったんだ。
「あ、アレってハッピーエンドじゃなかったっけ?」と聞いたら虎徹に水を吹かれた。
その時コイツは マディソン症候群という滅多に罹らないNEXTの能力にあてられて、有り得ない造形をした幻獣そのものになっていた。それも水棲生物 伝説上の人魚ってやつだ。
 虎徹を見ながらこれがアニエスさんだったら萌える・・・・・・とどうでもいいことを考えていたのは内緒だ。
なんにしても虎徹は野郎で、野郎が人魚になったっていっても同じ野郎で腐れ縁の俺にしてみたらがっかり以外なにものでもない。
男の人魚なんてマジで誰得なんだよ。
「お前の知識はアンデルセンじゃなくて後世の創作だからな。原作はアンデルセンだから悲恋だな!」
「あれ?! あれって違うのか?! まさかあのなんとかマーメイドってやつはそのアンデルセンが元になってるってか?」
 お前とバーナビーは最初から悲恋だろというと 虎徹が誰と誰が悲恋なんだよっ! と叫んでまた水をかけてきた。
くっそ、この魚類が。
「虎徹お前なあ・・・・・・」
「――バイソン頼む!」
 縦に亀裂の入ったルチルクォーツ(金糸水晶)――宝石のような瞳。そこに涙が浮かんだと思ったのは見間違いだろうか。
単なる水の雫か――水の飛沫が飛び散り、ザ・オーシャンシー・パシフィックの際に寄って虎徹の言葉を聞き取っていた俺は一瞬仰け反った。
 楓ちゃんのことだろうか、家族の事だろうか。
それは当然だろう、俺の実家からも近いし俺は虎徹の家族を知っている――そう思いながら頼むのならバーナビーのやつの間違いだろう、アイツは事実上お前の家族じゃないかといおうとした時俺は言葉に詰まるのだ。
「頼む――バニーを頼む・・・・・・俺が居なくなっても、アイツを見ててくれ。あいつをどうか支えてやってくれ・・・・・・」
 語尾は消え入りそうだった。
虎徹はザ・オーシャンシー・パシフィックの水に沈みこみそうになりながら、そう俺に真摯に頼んできた。
 だけどお前――・・・・・・。
俺は声を詰まらす。
「お願いだ、お願い・・・・・・俺が居なくなってもアイツがヒーローとしてやっていけるように、シュテルンビルトで生きていけるように」
「だってお前・・・・・・」
 友恵さんと楓ちゃんならまだ判った。手助けする方法も見つけられただろう。だけどバーナビーは。
「・・・・・・虎徹、バーナビーは無理だ。俺にはどう手助けしていいか判らない」
「見ていてやって、傍にいて、時折助言してやって。友恵ン時みたいに」
「お前無理だ、わかンだろ・・・・・・?」
 男と女は違うんだ。やっぱりどう考えても違う、違う。
虎徹、バーナビーをどう手助けすればいいっていうんだ? あいつが望んでるのはそうじゃないのに。
「虎徹、昔とは違うんだ・・・・・・」
「バイソン、それでもだ、頼む」
 虎徹はそれでも哀願してきた。
だからその時の俺にはそれしか出来なかった。
「・・・・・・判ったできる限りな。でも抱くとか抱かれるとか無理だから」
 判ってる。
そう、虎徹が呟いた。




 あの時の悲壮感と決意はなんだったんだ、というように、旅立つその日に虎徹は幻獣化を解除してしれっとシュテルンビルトに戻ってきた。
俺の悲壮な決意を返せ。
 とはいえなかったので、ただ良かったなと肩を叩いたに留まったが、何でか知らんが今俺はまた昔のように――パートナーが友恵さんっていう可愛らしい魔女からバーナビーっていうごつい凄いヒーローに代わったという事除けばだけど――呼び出されていた。
そしてパートナーが激烈な転換を遂げたにも関わらず用件が全く変わっていなかった。
 俺は不毛な言い争いの緩衝材になってカウンターに突っ伏するばかり。
つーか俺の存在意義ってなんだ? 必要なのか? これマジで必要なのか? 俺が?
いやいやいやいやいやいや、必要ないだろ。
虎徹お前おかしーだろ、なんでしれっと戻ってきてんだよ。お前が戻った時点であの約束はご破算だろ。なんで勝手に継続になってんの。
大体お前らまだ結婚してねーだろ。ヒーロー引退するまで無理だから事実婚っていうけどよ、事実婚なら俺をここに呼び出す理由がわからんのだが。ていうかねーよな? なんでお前ら勝手に俺を間に挟んで騒ぎを起こすわけ。本当にいい迷惑だっ!
「ああもう、いい加減にしてくれ!」
 俺はカウンターに叩きつけるようにグラスを置くと、「てめえが悪い!」と叫んだ。
「なっ!」
 なんか虎徹が喚いていたがどうでもいい。つーか俺が喚いてた。
「虎徹が悪い! いつもいつもいっつもお前が悪い! それでいい! お前が責任とれ! もう俺のとこに持ち込んでくるな!」
「ええええええ!」
 いや待て、バイソン! これは洒落になってねえっ! お前今親友売り渡したぞ! 俺が死んでもいいってのかよ!
「やれるもんならやってもらえよ、死ぬほど可愛がって貰え、俺はもう知らん!」
 ウッソー!!
虎徹が何か喚いていたが、素晴らしくいい笑顔になったバーナビーが右横で立ち上がり、すれ違い様「Thanks」と呟いていった。ホントにどうでもいいところまでさまになる男だ。
虎徹は逃げ出そうとしたが一瞬遅く、首根っこをつまみあげられて猫のように連れ出されていく。裏切り者〜!! 等とまだ聞こえていたが、俺は故意に無視した。
 二人が出て行って暫くしてから、カウンターで頭を抱えたままだった俺にバーテンダーが「大丈夫ですかねえ?」と声をかけてきた。
 大丈夫じゃないかも知れないが、俺はもう知らん。
くっそ、なんで俺はいつもあいつの呼び出しを無視できないんだ。大体予想通りの大惨事になるってのが最初から判っているってのに。
 畜生。
バーテンダーが肩を竦めて、友恵さんが亡くなって以来、俺の愛飲していたいつものあれを出してくれた。
 モスクワのラバ(Moscow Mule)。
人の恋路を邪魔するヤツはラバに蹴られて死んでしまえってか。いや逆だ。人の恋路に首を突っ込ませるな、俺は他人でいたいんだ。傍観者で居たいんだよっ。
「頼むよ、友恵さん・・・・・・」
 俺は再びテーブルに突っ伏して哀願する。
天国で彼女が ごめんね と笑ったのが見えるような気がした。



FIN.

「牛は願いから鼻を通す」
Cattle through the nose from wishes


※後日談その1です。Sさんリクエストありがとうございました。







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