Novel | ナノ

SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(6)


 シュテルンビルトパシフィカルグラフィック再公開から三日後。
シュテルンビルトが誇る巨大水槽 ザ・オーシャンシー・パシフィック の最上階には観覧席が設置されていて、そこでは恒例のマリンショーが行われる事になっていた。
最上階である四階の天井はドーム型になっており、マリンショー開催時に天候が良ければ大きく開け放たれてフルオープンドームとして機能する。
マリンショーは休止されたままだったが、こちらも再公開の予定があると聞かされた。詳細は追って連絡すると。
公開されてからこっち、虎徹は自分の個室から殆ど昼間は外に出ないでいるらしい。心配したこの水族館に人魚がいるという情報は今のところどこからも出てこない。上手く観客の目からは隠れているようで、ヒーローたちは一まず胸を撫で下ろした。しかし虎徹に対する行動制限にもなってしまっているのが多少の気がかりで、何かストレスを溜めてないかと聞くとまだ判らないとのこと。ただ、ここ三日観察した限り自分に与えられた囲いの中に閉じこもり、大抵は寝ているようにじっとして動かないのだが、どうかすると手持ち無沙汰そうにラッコから押収したのかウチムラサキの貝殻を水槽の下方に積み上げていたりしたそうだ。
 虎徹はザ・オーシャンシー・パシフィックに居るほかの水棲動物たちととても上手くやっているらしい。
水棲動物たちは自分たちの事を良く理解していて、この巨大水槽で思いの他自然に棲み分けをしている。
イルカたちの領域はこの水槽の最上階に相当する四階部分で途中に大陸棚を模した擬似的な海底が作られていて、大抵イルカたちはその部分から下にはあまり行かない。
虎徹もパシフィカルグラフィック(水族館)が閉鎖されていて誰も居なかった頃は頻繁に浮上していたようだが、再公開されてからは人に観られたくないのもあるのだろう、あまり浮上しなくなったという。後飼育員の言うところによると、イルカたちがショーを行うということをどうやら虎徹は理解しているらしいとのこと。
「練習場は別にあるんですけどね、なんか知ってるみたいです。邪魔しないようにっていう彼なりの配慮じゃないですかねえ」
「それって、人としての意識があるっていうレベルなんじゃ・・・・・・」
 バーナビーが期待を込めてそう聞くと、イルカだってそれぐらいわかりますから、同程度の知能だって考えると4歳から6歳児ぐらいですかね? と答えてきた。
「でも、人間と同一思考形態かってういとそうじゃないと思うんですよ。実際タイガーさん、エコロケーション使ってますしねぇ」
バーナビーが知りえない大半の水族館での生活、虎徹の日常を聞くとこんなことを教えてくれた。
「昼間は四階部分にほら、アシカやオットセイもですけど、ラッコなんかも放つことがあるんですけど、タイガーさんラッコにもえらい人気で、貝殻貰ってるみたいですよ。貰ってるってういより取り上げてるのかなあ。この前氷と交換してました」
「氷?」
「ブルーローズさんが上にくると氷を結構作っていってくれるんですよ。助かります。ついでにタイガーさんも欲しがるんで、こんなかんじの? このぐらいの大きさのを作ってくれてそれと貝殻とを交換? ですかね。ラッコの方も氷欲しがるんで」
飼育員がこのぐらいの大きさですよと手で抱え込むような仕草をして、結構大きいんですと教えてくれる。
 バーナビーはちょっとむっとした。
「ブルーローズってそんなに頻繁に上に行ってるんですか?」
 暗にずるいという意味を込めての台詞だったのだが、飼育員には伝わらなかったようだ。
「ええ。ブルーローズさんは夕食どきを狙ってきてますね。一時期軍から要請があってタイガーさんの治療に協力してましたから、同じ時間に来る癖がついたっていうのかな?」
「え?」
 軍からの要請? 思ったのと違う返答があってバーナビーは鸚鵡返しに聞く。飼育員がああと笑って頷いた。
「タイガーさんの皮膚治療です。軍の連中が迂闊に触ったせいであの後結局壊死の部分が広がってしまって、急遽治療する事にしたんですが大量に氷を使うんです。それに軍の連中をタイガーさんが酷く警戒してしまっていて、隠れてしまって出てこない。それでアイスマスターのブルーローズさんに協力を仰いだみたいですよ。ブルーローズさんが呼ぶと彼出てきますから。呼ぶだけならバーナビーさんでも良かったんでしょうが、それだけでなく彼女の力が治療に最適だったっていう理由が最大でしょうね」
「それ僕全く知りませんでした。せめてアポロンメディアは通すべきでしょう? 彼は僕の同僚で同じアポロン所属なんですから」
 飼育員は悪くないとは判っていても声に棘が出る。バーナビーは実際かなりむっとしていたのだが、「アポロンさんはご存知だったと思いますよ」と飼育員がきょとんと答えてきたので、更にムッとなった。僕が知らないということは、ロイズが途中で情報を握りつぶしたのだろう。理由はなんとなく察するが。
飼育員は餌やり――夕食はもう済んでしまったのですがもし行きたいのであれば最上階へどうぞとバーナビーに会釈して去っていった。彼はもう勤務明けらしい。昨日夜勤だったのであまり寝てないという。引き止めるのも悪いのでバーナビーは最上階への行き方を聞くに止める。バーナビーは実は一度も最上階に――虎徹に餌を、ではなくて食事を与える様を見たことがないのだ。時間が合わないというのもあるのだが、水槽越しにでも地下にくれば虎徹が嬉しそうにバーナビーのところへやってきてくれるので。
 直接手を触れたいという誘惑があることもあるのだが、けして触ってくれるなと散々ぱら注意されてしまったのもある。
人肌が毒だという今の彼に触れていいのは、現時点ではブルーローズだけなのだと聞いて胸が詰まった。
実際あの女王様はバーナビーを見て鼻でせせら笑ってくれた。
 いや実際は単に自分をちらりとみやっただけだとは思うのだが、バーナビーにはそう感じられた。
どーせ、僕が行っても触れないし。
ブルーローズと上でかち合って、ブルーローズだけが虎徹に触れる様を観ると思うとそれだけで動悸が収まらなくなるのでバーナビーは故意に時間を避けていたのだ。
そしてふと思う。思えば他のヒーローたちもそれとなくそれぞれがかち合わないように時間を調整して来ていないだろうか? 一度折紙サイクロンを見かけたので話しかけようとしたら何故かダッシュで逃げていった。え、なんで? と訝しく思ったがロックバイソンに遭った時も、「やあ」だかなんだか口の中でもぞもぞ言われた後に視線を外されて、これまた勇み足で背中を丸めて去っていった。なんだか僕が避けられてるみたいだ、なんて。
「なんでかな・・・・・・」
 そう呟いて水槽のガラスに手を這わせる。
先ほどまで飼育員が居たので虎徹は姿を見せなかったが、そろそろ彼が帰ったことを知って虎徹が現れるだろう。
 バーナビーは虎徹が人魚になってしまってから、水棲動物のあの優雅な泳ぎ方が全身を使ってこそ出来るものなのだと知った。
ヒーローになる為にトレーニングは欠かさず行っているが、水泳はあまりしない。いや、一応設備はジャスティスタワーにあるので、ほぼ毎日泳いではいるのだがメニューの一つであってそれ単体に秀でているわけではないのだ。肉体強化系というNEXTのせいもあって、虎徹もそうだが筋トレを中心にメニューが構成されている。ヒーローとしてシュテルンビルトで望まれているレスキュー内容には海難救助という項目は申し訳程度にしか付け足されていない。勿論、かつてあったシュテルンビルト沖の海洋プラント爆発事故などのような海上での活動が全くない訳ではないので、年に一度は海洋警察等と合同で訓練を行ってはいるものの、実際役立てた事は今までで一度もない。ついでに言うと、バーナビーと虎徹のヒーロースーツは水中活動できるように作られていない。
 全身を波のようにたわませながら彼らは泳ぐ。手で水を掻くわけではない。むしろ手は使わない。ぴたりと身体の側面につけて水の抵抗を出来るだけ少なくする。
尾だけではなく、頭から身体全てを使って彼らは高速で泳ぐのだ。思えばイルカも本当に美しい泳ぎ方をする。虎徹は特に半分は哺乳類だが下半身のそれは魚類に近い造作となっていて、肺呼吸だけでなくえら呼吸も出来る為イルカのそれより水中活動における持久度が上だ。
息継ぎをする必要がないので、これは水中で減圧する必要がないということでもある。しかもエコロケーション機能も備えている為、水中活動では実質無敵な状態ではないだろうか。 そんな事を考えていると、思ったとおり虎徹がこちらに来るのが判った。
透明度が抜群な水槽だが、余りの巨大さに奥の方はブルー一色に染まっていて人の目にはよく見えない。閉館時間を過ぎているので照明も低く落とされているし、実際地下一階部分は本当の海であったら漆黒なのではないだろうか。勿論これは人の目に触れるものであるから照明がそこここに備えられていて、ため息が出る程美しい。
 向こうから高速で泳ぎよってくる大きな魚影。いや、人魚の影。
青に圧し抱かれたその空間に浮かび上がるシルエットはふと、何かに気をとられたように逸れた。
バーナビーは目を凝らす。何か居たのだろうか?
すると虎徹が泳ぎ寄って行った先に居るのはあの蛸怪人だと判った。
余りに見事に海草に紛れているのでバーナビーは気づかなかったのだ。
 何をしてるのだろうとよくよく見てみると、それは人が会話している様に良く似ていた。
ひょっとして、幻獣化――マディソン症候群に罹った者たちはみな意思の疎通が出来るのではないだろうか? とバーナビーは考える。
 しかしバーナビーは首を振った。
もし知能がある程度高かったとしても、人としての思考形態を失っているのであれば意味が無いことだ。幻獣同士で意思の疎通が可能だったとしても、それを人の言葉に置き換えられないのであれば。
 虎徹さん・・・・・・。
バーナビーの物思い、胸に突き刺さるような悲しみをどう感知し得たのだろう?
胸を押えて俯いたその時、虎徹が水中で振返る。
蛸怪人に背を向けて、慌てたようにやってくる虎徹にバーナビーは悲しげな微笑を向けた。
「貴方と――一緒にセントラルパークを歩きたい。またいつか――」
 その呟きが判ったのだろうか? それとも偶然?
虎徹が水中で右手を伸ばす。その仕草がいつも彼が先を行くときのそれと酷似していて胸が詰まった。
だからバーナビーも右手を伸ばす。いつも、彼が振返って自分の手を掴むように、掴んでくれるように。
 しかしその指先は分厚いザ・オーシャンシー・パシフィックのガラスに阻まれて届かなかった。




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